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 埋草コラム

2003.12.26
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入口をうまく開くことができれば
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寿司屋や蕎麦屋なんかで、
入口の戸をぴたりと閉めていて、
どんな人がやっているのか、
客はいるのかいないのか、
値段は高いのか安いのか、
さっぱり分からない店がありますけれど、
中に入るのには勇気が要ります。
そういう店は自分のことを、
あまり説明していない。

ファミレスなんかだと、
店の中はよく見えるし、
どんなものがいくらで食べられるか、
自分のことをちゃんと説明している。
自分のことを説明しているということは、
他の者を受け入れる用意がある
ということだと思う。
そういう店には入りやすい。
入りやす過ぎて、飽きるかもしれない。

説明はしていても、その説明が難解で、
かえって入りにくい店というのがあります。
「インドネシア料理」という看板を出した店が、
近所のマンションの一階に突然現れて、
驚いたことがあります。

中はよく見えるのですが、
大衆食堂風のテーブルと椅子が
いくつか置いてあるだけで、
いつ見ても人っ子一人いなくてガランとしている。
店の人もいないし、
インドネシアを感じさせるものがどこにもない。
いったい何を考えているのだと
思いたくなるような、謎の店でした。
間もなく、なくなってしまいましたが。

「色気はないけど安い」と張り紙をした、
いっぱい飲み屋もありましたが、
入るのをためらっちゃいます。
少しは夢もほしいですよ。

自分のことを説明しないということは、
入口を狭くして、
他の者を受け入れまいとすること、
あるいは受け入れる者を限定しようとすることだ。

自分のことを説明するということは、
入口を広くして、
他の者を受け入れようとすることだ。
それは言葉であったり、
雰囲気であったり、
態度であったりするけれど、
このホームページも私自身もうまく、
入口を開くことができればと考えています。

2004年に望むことです。

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