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 埋草コラム

2004.4.16
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過去のことは修正できない
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たしか昔あった、
木下恵介劇場という、
テレビ番組だったと思う。

かつて恋人どうしだった、
篠田三郎と中田喜子がある日、
郊外の街で偶然出会う。
近くの喫茶店に入って、
現在の生活のことなどを、
静かに報告しあう。
いまでは二人とも結婚していて、
それぞれの生活を持っている。
そして、しばらく語り合った後、
礼儀正しく別れる。

たったこれだけの話が、
淡々と描かれているだけなのだけれど、
篠田三郎と中田喜子の、
静かな出会いと静かな別れの情景が、
記憶の底にずっと残っている。
静かな出会いと静かな別れが、
かつて激しい恋と激しい別れがあったことを、
想像させるからだと思う。

過去の激しい恋や別れは、
どうしたのだろうか。
忘れたのだろうか。
記憶から薄れたのだろうか。
そうなのだと思う。

過去は終わってしまっていて、
修正できないから、
そう思うことで記憶から遠ざけたのだと思う。
だから、静かに出会い、
静かに別れることができるのだ。

過去が終わっていないと感じていると、
そのときの記憶はいつまでも生き続ける。
いまこの時も生きているから、
そんな過去とは、静かに出会うことができない。

終わった過去と終わらない過去、
この二つの過去で、
私たちは生きているのかもしれない。
そして日々、そんな二つの過去を生み出している。

過去には戻れないから、
過去のことは修正できないのに、
なかなか思い切れない過去もあります。

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