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 埋草コラム

2004.8.16
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「世話をする」ということ
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家人が下の子を産んで、
家に帰ってきたころのことだ。
自分としては家事をよくやったと思う。
仕方がないからやった、というのとは違う。
気持ちよくできたし、達成感もあった。
すがすがしささえ感じていた。

家事をやったからほかのことができない、
ということもまったくなかった。
本もいつも以上に読めた。
たぶん、時間がないので、
無意識の内に時間をムダにしないようにと、
心がけていたのかもしれない。

家事をやったのは、
思いやりとか、優しさからというのとは違う。
また、家事は分担するものだという考えから、
そうしたわけではもちろんない。

もうほとんど、本能のようなものかもしれない。
子どもを産んだばかりの家人と、
生まれたばかりの赤ん坊と、
3才の子を目の前にして、
自然に身体が動いたといったほうが、
事実に近いような気がする。

そのときの気持ちはたぶん、
虫を育てたり、動物を育てたり、
草木を育てたりするときの、
「世話をする」ということとつながっていると思う。

トシをとると草木を育てたり、
ペットを育てたりするのも、
「世話をする」ことで自然に身体が動くように、
自分を仕向けているのかもしれない。

動きたくなくなったら、
そうするのもいいかもしれないなんて、思っています。

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