落語ネタの不思議なお話「あくび指南」

上方は芸どころですから、文楽、義太夫、浄瑠璃など、庶民が好んで稽古をしたということですが、江戸っ子のほうは
どうかといいますと、「稽古屋」なんて噺にでてくるように、ちょいと粋な師匠を隙あらば手前のものしようなんて
よからぬ考えで通う連中が多かったようですな。
この「あくび指南」という噺ですが、正直言って余り面白くない。だから高座でも余りかけられなくなっています。
なにしろ男がね、よりによって「あくび」を習いに行こうてんですからおかしなものですよ。
まあさんざっぱら習い事をしつくしてしまった男が「あくび」でも習ってみようかという好奇心だけからなのか。
それとも、この噺にはなんらかの意図があるのか探ってみたいと思います。
江戸と現代での大きな違いの一つに「スピード」があります。
東京−京都、大阪間が二時間あまりで移動できる。二十日くらいはかかったであろう江戸のころとは大違い。
コンピュータやネットワーク、インターネットなどの普及、メディアの発達で居ながらにして世界のニュースを知ることが
できるようになりました。カウンターに座って一分もすれば牛丼がでてくるし、カードを入れれば現金が出てくる。
通信販売で数日後には品物が届けられます。リニアモーターカーなどが実用化されると東京−大阪間を二、三十分間
で移動できるという。
このようなサービスが低料金で利用できるようになると、金持ちと貧乏人の差とは何なのかわからなくなります。
金持ちにとっては実にいらいらがつのる時代ではないでしょうか。
金持ちの食い物なんざ頻度はべつにして喰えなくは無い。高級車だってね、所有できないかもしれないがレンタルで
乗れますよ。高級ホテルのスイートルームだって一泊数十万するとしても、その辺のOLが利用してるよ。
金持ちがね、ここまでは貧乏人に手が出ないだろうなんて物が少なくなってきたといえる。
三十億円かけて、つかのまの宇宙旅行気分てのがあったが価値観の相違かも知れないけど、庶民にとっては
今は魅力を感じないでしょう。いくら広い豪邸に住んだといっても寝るところはベットの上でね、立って半畳、寝て一畳
と思うと差別化は難しいでしょうな。
科学技術がどんどん進歩してくると貧乏人は色々なコンテンツを持てるようになってくる。
金持ちはどこで差別化して「貧乏人とはここが違う」というのをどこにもつかというのが論点になってくる。
そうなると、新幹線や飛行機で早く行くとか豪華な料理を食べるとか贅沢な部屋に住むとか宝石をたくさん身に着ける
なんてことではなく、いかに人手を使って京都、大阪まで行くか、つまり大名行列みたいなことをやるとかね、通し駕篭
で大阪まで行くとか、何十日もかけて歩いていくとかというのが差別化になる。貧乏人には暇が無いから時間を
かけることはできない。人手を使うことは高コストになってくる。
この頃SLOW−LIFEなんて言葉があるけど、江戸の暮らしをすることができるってことが最高の金持ちのステータス
になってくるということなんです。
「野ざらし」に、夕べ降った雨の水溜りで釣りをしている人がいる。こいつは贅沢なんだという感覚。その人を三時間
釣れるかどうか見ていた奴がいてね、そいつが一番偉いということになる。」
時間を浪費できる人物こそ金持ちということになる時代がくるのですね。
「あくび」をわざわざ習いに行くというこの落語は時代を先取りしているといえなくもないのでした。