落語に登場する「堀の内」にでてくる男

そそっかしい人物の噺です。落語にはそそっかしい人物がたくさん出てきますね。
小柳枝という噺家は代々そそっかしい人が多かったなんて話を聞きますね。
「粗忽の釘」の大工さんも、そそっかしいといえば言えなくも無いですね。
粗忽とそそっかしいというのは若干ニュアンスが違うのでしょうがね。
東京は阿佐ヶ谷近くにある堀の内のお祖師様をお参りして、そそっかしいのを治してもらおうという
わけなのですが。支度をするのにもとにかくそそっかしい。
朝起きて顔を洗って手ぬぐいのかわりに雑巾で拭いてしまったり、ネコと雑巾を間違えたり、
子供を湯に連れて行って、背中を洗ってやろうとして壁を洗っていたり、他所の家の子供の服を、
自分の家の子供だと思って脱がしてしまったり、自分は服を脱いでいないのに湯に入ろうとしたり
まあ、そそっかしいの極地ですね。湯屋だと思って床屋の鏡の前で脱いじゃうなんてことはしょっちゅう
ありますな。
お祖師様のところに行こうと、お弁当をもって家を出たのはいいのだけど道がわからない。
あっちへいったり、こっちへいったりで、うろうろしている。人に道を聞くのはいいのだけれど、戻って
きてまた同じ人に道を尋ねちゃったりする。結局見慣れた場所に出てきたなと思ったら、なんの
ことはない自分の長屋に戻ってきただけだった。
こうなるともう病気ですね。
まあ、病気だからお祖師様に願かけて治してもらおうとしているのだけれど。
それでもやっとのことで、着くことができたのですが。お賽銭を投げようとしてね、有り金全部投げちゃう
からお茶も飲めなくなっちゃうし。お弁当を食べようと思って背中にしょってきた荷物を解くと、
女房の腰巻に枕が包んであったてな具合ですからねぇ。
江戸中を赤い腰巻しょって歩いていたわけですねこりゃぁまぁ。
この噺を聞いたときには、この男は相当な近眼じゃないかと思っていました。
そうでもなさそうなんですがね。
この男の描写はかなりデフォルメしてあるにしても、その辺にいそうな気がしてくるのは小生だけ
でしょうか。