「杢兵衛」という人物

同じ長屋に何十年も住んでいる「長屋の古参」。長屋の人からは「古狸」という仇名をつけられている。
回生がないけど、家族構成はよくわからない。職業もわからないけど、おそらくは職人さんか。
人の面倒見はいいほうだ。大家さんの代わりをしている。大家さんは遠方にいるようだ。
長屋には一軒だけ空家が在った。長屋の人達は、そこを物置代わりにしていた。
ある日、杢兵衛さんのところに空家をかりたいという人物が現われた。空家を貸してしまうと長屋の人達は
困ってしまう。何とかしようと立ちあがったのは杢兵衛さん。一計を案じた。
長屋にお化けが出るという話をでっち上げたのである。一人目は成功したが、二人目には失敗する。
杢兵衛さんは若い頃は他の長屋に住んでいたが、所帯をもったときに、この長屋に引っ越してきた。
杢兵衛さんが住む長屋には、わけのわからない人物もいまして。友達同士の男なのですが。片方が
ぼんやりしている。もう片方は、あわてものでわけがわからない発想の持ち主ときてる。ある日この男
浅草寺の近くを歩いていると、「行き別れ」にであった。人だかりがしている。分け入って横たわっている
男をみると、早合点してしまう。友達だというのだ。友達は夕べ浅草に飲みにきたことを知っているから
てっきり、ここでばたんと倒れたものと思いこんでいる。ところが、ここからが凄い。
本当に友達なのかどうか疑っている人に、証拠としてその友達を連れてくるというのだ。
周囲があきれているうちに、友達を連れてきてしまう。連れてくるほうも来るほうだけど、付いてくるほうも
おかしなやつでしてね。死んでいる人を見て自分だというのだ。抱き上げてから。気がついた。
抱かれている自分は自分だけど、抱いている自分は誰なんだってね。おかしな人達ですよ。
杢兵衛さんの長屋にはこんなこともありました。
杢兵衛さん家の前の路地向こうに夫婦が引っ越してきた。江戸の引越しは早いのです。荷物なんて無し。
前のところで質屋にいれて、引越し先の質屋で家財道具をそろえるてな具合。身一つでなんてことも
あったようです。この夫婦の旦那のほうが杢兵衛さんを訪ねてきた。何の用かと言うと、壁に八寸釘を
打ちこんでしまったという。その先が杢兵衛さんのところに出てはいないかという言うのだ。
路地向こうの家の壁にいくら長い釘を打ったからといって、杢兵衛さんの家に出るわけはないのだけど。
その道理がわからないという困った旦那でした。
杢兵衛さんの周囲には不思議な人達が住んでいるようでして。かくゆう杢兵衛さんも変わった人なんでしょう
けど。