落語ネタの不思議なお話「おはぎ大好き」

三遊亭円窓師匠の紹介文から」引用いたします。噺の骨子は以下のようなものです。
高座で聞くことが少なくなった噺のひとつです。
その家の姑と嫁は共におはぎが大好きという村中の評判。
ある日、隣から「おはぎ好きだった爺さんの命日なので、おはぎを作った」と、お裾分けに大きな重箱
どっさりのおはぎを貰った。
姑は、嫁が裏の畑で草をむしっているのを幸いに、一人で食べてしまおうと、急いで頬張って口に運んだ。
だが、とても食べ切れないので、なんとか腹ごなしを、と考え、「隣に線香を上げに行って、
故人の話でもすれば、腹ごなしになる。で、帰ってきてから、また食うべぇ」と、隣へ出掛けようとしたが、
ふと、不安になった。その間に嫁が畑から戻ってくれば、重箱を見つけて、おはぎを食うに違いない。
そうはさせたくない。
そこで、姑は重箱のおはぎに呪いをした。「これ、おはぎよ。わしはこれから隣へ行って、
お線香を上げてくるで、その間に嫁が帰ってきて重箱の蓋を開けたら、蛙になるだぞ」。
そして、姑は重箱を棚に置くと安心して隣へ。
ところが、嫁はとうに家へ帰っていて、隣の部屋から婆さんの様子をジーッと見ていた。
嫁は「そんな呪い効くもんか」と、重箱の蓋を開けて、残っているおはぎをきれいに食べてしまった。
そのあと、田圃へ行って蛙を五、六匹ほど捕まえて、重箱の中に押し込んで棚に置くと、
涼しい顔をして裏の畑に行ってしまった。
隣から戻ってきた姑が重箱を開けてびっくり。おはぎが蛙になっている。姑は蛙たちに大きな声で言った。「
のおはぎに戻りなせぇ!」。蛙たちは重箱から跳び出して、ピョン、ピョン、ピョン、ピョン。
姑はその後を追いながら言った。「あんまり跳ねるな。あんこが落ちるから」
素朴な時代の話でしょうか。嫁と姑。なさぬ仲です。いろいろあったのでしょうね。
おはぎなんて、今では普通の食べ物になってしまいましたが、その頃は貴重品ですよ。
砂糖なんてめったに手に入らないのですからね。
砂糖ならぬ塩でさえもね。
「敵に塩を送る」なんてことがあるでしょう。
昭和の戦後には砂糖の代用品として、「サッカリン」なんて物質があったくらいですので、江戸の頃はさぞやと
いうものです。
この話と同じようなのが住職と小坊主の例にありますでしょ。
「おはぎ」。「ぼたもち」ともいいますね。「棚からぼたもち」なんてね。
落語の中で、嫁と姑の確執の話では、「松山鏡」が思い出されます。
「おはぎ」ならぬ、「鏡」が題材になりますね。
円窓師匠は、このような民話的な題材を取り上げて高座にかけております。
人柄でしょうね。
話は変わりますが、七代目 三遊亭円生は誰が継承するのでしょうか。
という話題を友人としております。
円窓師匠しかいない・・・・というのが結論でした。
一門の円弥師匠も一日も早く柳枝とう名跡を継いで戴きたいと思います。