落語に登場する「お百姓さん達」

「松山鏡」という落語があります。
鏡なんて見たことも無い農村がありましてね、勿論鏡なんてどこにも無いのですが、
ある時に、お殿様から鏡を御下げ渡し戴いたのですね.
使い方なんて知りませんから、箱ごと納戸の中にしまっておいたのです。
その家の主が亡くなって今は息子の代になっておりました。
この息子はたいそうな親孝行でしたから、亡くなったじいさんに、いつも会いたい
会いたいと願っていたのです。働き者の嫁と一緒に農作業に急がしいい毎日を送っていました。
歳を重ねるに連れて息子の顔は次第に、じいさんの面影に瓜二つとなっていったのです。
ある日のこと、息子は何の気なしに納戸の鏡が入っている箱を開けてみました。
覗き込んでみると、箱の中には、じいさんがいるではありませんか。覗き込んだ息子をじーと
見ております。息子は懐かしさの余りに
「なんでぇ。じいさん。死んだとおもっただにぃ、こだなとこに隠れてござったのけぇ。
おどれぇだこんで。」
それからは孝行息子、朝晩、農作業に行く前と、帰ってきたときに、納戸に行っては、
じいさんに会っていました。
そんなことが毎日続いていたのを、嫁は不審に思えてきたのでした。
「亭主は毎日、あそこで何やってんだべなぁ。」
意を決しましてね、亭主を先に畑へやってしまって、自分は納戸に入りました。
亭主がいつも覗き込んでいる箱の蓋を開けて、びっくりしたのです。
「あれまぁ、こだなとこに女をつれこんでいたとはなぁ。あの馬鹿野郎が浮気しくさって
どげなめにあわしてやるべか!」
もう、かんかんになって怒ってしまったということです。
二人とも、ただ自分の顔が写っていただけなのにね。
「饅頭というものが無かった村がありました。」
ある日のこと、お百姓二人が道を歩いていると、道端に饅頭が落ちていました。
「おい。みかけねぇものがおっこてるが、なんだべかなぁ」
「白くてぶよぶよしてるしなぁ。虫じゃねぇか。」
「虫か。それにしちゃうごかねぇなぁ。」
「うだな。とっつかまえて、わってみるべか。」
お百姓は、手に取り上げて、割ってみた。
「なんだ。やっぱり虫だぁな。ほれ、こだに小豆さ食ってるだに、小豆虫だんべぇ。」
こんどは「おはぎ」です。
民話に、お寺の坊さんと小坊主の「おはぎ」を巡る騒ぎですよね。
お坊さんも小坊主も大の「おはぎ」好きです。
あるとき檀家から「おはぎ」を戴きました。お坊さんは小坊主には隠して自分ひとりで
食べていました。小坊主達はこれを知って悔しがりました。
お坊さんは檀家に出かける前に、小坊主に「おはぎ」を食べられてはまずいと思い
「おはぎよ、もし小坊主が蓋を開けたら蛙に化けるのじゃぞ」
と言って呪文をかけたのです。
小坊主達はこれを陰で聞いていました。
お坊さんが出かけると、早速、「おはぎ」を皆で食べてしまいます。
そして中には、蛙を入れておきました。
お坊さんが帰ってきて、早速、「おはぎ」の蓋を開けると中から蛙がでてきました。
「おいおい。蛙よ。わしじゃわしじゃ。小坊主じゃないよ。間違えるな。」
この噺と同じで、坊さんと小坊主を、姑と嫁に置き換えたのが、
円窓師匠の「おはぎ大好き」という落語なのです。