「落語ネタの不思議なお話………目黒のさんま」

江戸時代も元禄のころになると、世は太平でして、大名達には庶民の生活などは

解からなくなってきたのだろう。落語には大名の話がでてくる。

この「目黒のさんま」は、先代金原亭馬生師匠が型を作り上げたといってもよいもの

でして、……

殿様の食事なんていうのは、味気ないものだそうで、お毒味役などがいるからか、

暖かいものは出てこなかったそうですね。冷えたお汁なんぞおいしくなかったでしょうに。

魚は高級魚でしょうから、庶民が食べる「さんま」「いわし」などは絶対にでてこないの

でしょうね。

その殿様が野駆けにでて運動をしたものだからお腹が空く。大名でもお腹は空く。

家来達はあわててでてきたものだから、昼食の仕度を忘れていた。殿様は一食食べな

かったら死んでしまうものと思っているので、あわてふためく。ところに近所の農家で

焼いていうる「さんま」のジュウジュウと焦げる匂いがしてきたからたまらない。

直ぐに持参せよということになって、差し出されたのが真っ黒に焼けた「さんま」。

魚とは鯛のようなものとしか出合っていない殿様はびっくりする、が空腹には耐えられず

恐る恐る口に入れると、うまい。空腹に油ののりきった「さんま」がでてきたのだから、

美味しいに決まっている。

城に帰ってみると、いつもの味気ない食事が続いた。思い出すのは、あの「さんま」の

ことばかり。でも、食事に「さんま」を出すようにとは言えないので、我慢をしていた。

   

ある日の事、江戸市中にお忍びでお出かけということになった。家来数名を連れてね。

市中に出かけた。通りに「荷売り屋」がでていた。当時は天秤の前後に食器や食材を

駕篭に積んで売って歩く商売があって、寿司なども最初はこの方式です。そば、うどん、

お酒などを売っているなかには「つまみ」として「ねぎま」などが庶民の定番であった。

殿様はこの「荷売り屋」を見つけて中に入った。座るものは「床几」ではなく、「醤油樽」

汚い徳利に安酒。つまみには「ねぎま」を頼んだ。この「ねぎま」が、また絶品で、庶民に

とってはたいしたものではないが、殿様にはご馳走に思えた。  

   

これあから、この殿様は市中にでては、庶民の味を見つけるのを何よりの楽しみに

するようになった。通りが買った「道具屋」の前で「火焔太鼓」を見出したのもこの殿様。

芝居小屋に入ると、殺され役の役者が倒れた後に、毛氈で包れて退場したが、その後

に再びでてきた。これを見た殿様が死者が生き返ったと思い込んで大騒ぎするという

事件を起こす。これもこの殿様の仕業……………・か?

でなわけないか………