「高尾太夫」という人物

 

吉原の里の太夫職という松の位即ち大名よりも位が上かもしれないという権威があった。

当時の女性としては最高のインテリジェンスと美貌を備えていた。なにしろ大名達の相手をするの

だから、歌や音曲、世間のニュース、歴史など身につけていなくてはいけない。歌麿の浮世絵などにも

残っているように江戸の市中には知れ渡っている女性なのだ。

しかし太夫職の行く末などはあわれなものが多いという。大名に身請けされるケースは多かったよう

だが、所詮長続きはしない。あきられると放り出されて行方知らずなどということに。大商人に身請け

されることもある。お妾という立場なのだが、やはり野におけ蓮華草だったそうだ。

幸せな結婚をして一生を終えた太夫さんは少なかったということだ。

 

さて高尾太夫に会うにはどうするのかというと大変なのだ。大名や大商人を相手にするので庶民は

まず会うことが出来ない。料金も高い。三十両位ということだ。一両あれば一年暮らせた時代の三十

両だ。ますます庶民には手が届かない。万が一会えたとしても必ずしも床をともにすることができるとは

限らない。ふられることがあるのだ。お金は取られてしまう。普通のお女郎さんでも同じだったという。

売り手市場だったのだろう。

 

こんな状況の中で三浦屋のいる高尾太夫に一目惚れしてしまった紺屋の職人がいた。浮世絵を見て

まいってしまったという。恋煩いということで仕事も手につかないし飯も喉をとおらない。

事情を聞いて親方は高尾に会わしてやろうという。但し金が足らないから三年間一生懸命働けという

高尾太夫に会えるのであれば、もう夢中で三年間働いた。三年過ぎて親方が少しばかり金を足して

三十両を揃え、吉原事情に詳しい藪医者に頼んで連れていってもらった。

紺屋の職人ではいけないので野田の醤油問屋の若旦那という設定で出かけた。

お茶屋を通して高尾に会いたいということに、ところがこの日は高尾のスケジュールが空いていた。

合いましょうということになって、部屋に通され、どこを気に入れられたのか一晩一緒に過ごした。

朝が来て高尾太夫、職人に一服つけながら

「主様次はいつ参りんす。」

もうこれ以上騙しておれなくなった職人は本当の自分の未分を明かしてしまう。

次に来れるのは三年後ということに。

高尾太夫からすれば前代未聞の話だったでしょう。三年間も働いて稼いだ金で自分に会いにきて

くれた。若旦那なんてものじゃない。次はまた三年間働いて会いに来たいと言う。   

高尾太夫にとっては誠実な男性に見えたのだろう。

翌年に年季奉公を終えると言う。それからは職人の女房になるので待っていて欲しいと言う。

 

高尾太夫のこの判断が見事である。おそらくは先輩達の哀れな末路を知っていたのだろう。

堅気の生活に身を置きたいと言うわけだ。

紺屋という職業は職人の中でも最低のランクのものだった。松の位の太夫が最低のランクの職人の

ところに嫁に来るというわけだ。

これは実話だと言う。とすれば高尾太夫の聡明さが際立ってくる。

 



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