「禅宗坊主の世界」
これは会社経営者を退任して余生を禅宗の坊主として過ごそうとした人の話です。
修行の世界に入るわけですが、正座することが本当につらいものだったそうです。
私も学生時代の夏休みなどに体験学習などと称して座禅などを行ったことがありますが、たしかに正座は
辛いですね。普段の生活でも正座はしませんから、10分ともちませんし、いざ立つとなるとあるけるものじゃ
ありません。
修行となるともっときつい。作務という作業をする時間があります。庭を掃除したり、廊下や厠の清掃。
石などの運搬などなど。毎日繰り返されるそうです。これも修行なのですね。
いっしょに同じことをやる。これが作務の目的だそうです。
それから街角で托鉢姿の僧を見かけます。托鉢は、どんな天候の中でも行われます。これも修行でしょう。
どんな日もそれなりに意味がある。日々是好日なのだそうです。
坊主の世界も俗っぽいものがあるそうです。いじめです。家業を継ぐために坊主の修行をやらなければ
ならない者は、あとから何を好き好んできたのかわからない途中乗車の者をいじめるそうです。
これは一般社会も全く同じですね。そしてその解決は自分自身でやらなければならないそうです。
彼はあまりにもひどいいじめに耐え切れずに、お寺の高僧に相談したそうです。高僧はこう言ったとか。
「私が中に入ればあなたはもっといじめられることになります。これはあなた自身で解決するしかない。」
閉じた坊主の世界でのいじめは創造を逸するものがあるでしょう。
彼は自分で努力をしていじめがなくなったそうです。
学校における「いじめ」の問題も深刻なものがあるでしょう。学校の責任。親の責任とか、いろいろ
言われておりますが、結局は自分で解決するしかないでしょう。学校や親が守るのではなく、自分で解決
できるようにバックアップする。自らが立ち向かっていけるように勇気付けてあげることでしょう。