「子守りと子育てとは違うのです。」

 

「子守り」という言葉は今は余り使われなくなっております。

「五木の子守唄」などで有名ですが、昔といっても十数年前ですが、近所の家の子供をおぶったり、抱いたりして

いくらかの小遣いを貰っているような子供がいたものです。

「子もりっ子」などと呼んでいましたね。子供たちを集めては公園で遊ばせたりしていましたね。

 

「樹木医」という職業があります。木のお医者さんですね。樹齢何百年などという古木を環境とか病気などから

守っている人で、資格があるのだそうですが。

「桜」の木を守っている人を・・・・・「桜守」というそうです。

「桜を育てているのではない。」・・・・・と明言されておりました。

「桜守」とは、桜のそばにいて、いつも見守っていること。・・・・・・なんだそうです。

 

人間にも同じことが言えるのだそうです。

「子育て」は自分の子供だけを見ている。だから見える範囲が狭くなる。結果として子育てを失敗する親が多くなる。

「子守り」は子供のそばにいて、いつも見守っている。少し距離があるので見える範囲は広くなる。

「近所の子供たちの子守りをする。」という表現はあっても、「近所の子供たちの子育てをする。」という言葉は

余り聞いたことがないです。

現代の親たちは、「子供を見守っていない。」と言われると、うなづけませんか。

 

「桜守」・・・・桜の寿命は数百年といわれていますが、その桜を寿命が百年足らずの人間が見守っていく。

人間が見守っているのか、桜に見守られているのか、どっちなのでしょうね。

桜の花は毎年同じように咲いているように見えますが、「桜守」がみていると、はなびらの数や大きさ、子房の

成長具合などが違っているのだそうです。

環境によって左右されてくる。

地球の温暖化の恐ろしさは桜にも影響しているのだそうです。

桜は寒い冬の時期に栄養分を蓄えて春になると一気にそのエネルギーを爆発させて開花する。

温暖化は、その冬を桜から奪ってしまうというのです。

確かに今年の桜の開花は異常でした。例年より一ヶ月近くも早く咲いています。新入学の時期に咲いていた桜が

散ってしまっているのです。

来年もおなじではないでしょうか。

温暖化が桜を狂わせている。

ということは、人間も当然ながら影響を受けていないはずがありません。

人間は暑ければ暑いなりに、寒ければ寒いなりの暮らしをしてきました。

近代文化はこれを否定してしまいました。

そのことの及ぼす結果がどうなるかを、桜はメッセージとして伝えてきているのです。

 

それにしても、人は何故、桜という木に魅されるのでしょうか。

「桜守」という言葉はあっても、「梅守」という言葉はないでしょうね、きっと。

「桜の木は人骨を抱いている」などという怪しい話をきいたことがあります。

西行法師は、春三月、満月の夜に桜の木の下で死にたいと歌に残しています。

 

人間は木を知ることはできない。木に寄り添うだけのこと・・・と、「桜守」は語っております。

その意味を真剣に考えなければいけない時がきているということでしょう。

 



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