五代目 古今亭志ん生ファミリー
志ん生師匠には四人の子供がいましてね、長女、次女と長男、次男ですね。長男は十代目 金原亭馬生です。
次男は五代目 古今亭志ん朝ですな。奥様の名前は「りん」とおっしゃる。
この奥方がよくできていた方でしてね。貧乏生活なんてものともしない、そのたくましさや尋常じゃないですねぇ。
志ん生師匠は晩年病気で倒れたのですが、下の世話まで面倒をみたのが古今亭円菊師匠でした。志ん生師匠を
背中におぶってね、「世界湯」という銭湯に連れて行く姿が見られたそうです。銭湯で腰掛ける場所はいつも
同じだったようです。寄席に復帰するのですが、もう呂律がまわらなかったのですね。でもファンは本当に復帰を
喜んだのです。奥様を先に亡くされたのですが、お墓に葬るときは余りにもあっさりとした別れの言葉を言ったので
周囲が驚いたそうです。
ご存知志ん生師匠。酒好きでは有名ですが、これも凄いですよ。半端じゃないというわけで。
関東大震災の時ですね、あの大変なさなかに、志ん生師匠が真っ先に行ったところが酒屋だったという。理由はね、
酒屋が壊れて酒がだめになってしまうから運び出そうとした・・・・・というよりはね、酒屋も逃げてしまうだろうから
ただで酒を貰おうというようなことだったというわけですな。地震の最中にまずはそこに思いつくというのは凄い。
こうなると立派ですよ。
高座に上がりましたが酔いつぶれてそのまま寝てしまった。客も粋でね。起こさずにいたという逸話は余りにも
有名ですね。
十代目 金原亭馬生師匠も親譲りの酒好きでした。ご飯より酒の方が好きだったようで、白菜の水炊きで一杯という
のが好みだった。御飯を余り食べないので栄養失調だったというくらいの酒好き。十代目 金原亭馬生師匠の
娘さんが女優:池波志乃さんでして、旦那が中尾彬さんです。酒好きの点ではやはり兄弟、血筋は争えない。
五代目 古今亭志ん朝師匠も同じですな。
志ん生師匠、稼いだ金は飲んでしまうか女を買うかなどで、家庭にはいれない。奥方は仕方が無いので内職で家計を
助けるわけですね。和裁ができたそうで、蚊帳などという難しいものもこなしたそうですよ。
とにかく志ん生は落語のことしか考えていませんからねぇ。子育ては奥方さんの細腕に任されたという。
こんな夫ですからねぇ、たいていは嫌になってしまうのでしょうが、りんさんは違いました。
志ん生のことを解っていたのでしょうねぇ。大成をすると信じていたのでしょう。
思えば落語の中に出てくる長屋住いの職人の夫婦みたいなものでしょうか。
そういえば落語に「替り目」という噺がありますよ。飲んだくれの亭主に貞淑な妻がでてきます。
さんざん飲んで帰ってきた亭主。飲み足りないがのんだくれですよ。つまみを出させて一杯飲もうとする。
つまみなんかないから寝てしまいという妻ですねぇ。とうとうおでんを買いに行かされるのですが、
つい本音を言ってしまう亭主。この間のやりとりがじつに良いのですね。
志ん生夫妻もさぞや・・・・・・・と思う噺でした。
さて馬生師匠ですが。幼少の頃は絵を書く才能があったようですねぇ。母親の影響が強いということですがね。
絵描きになったらという話もあったようです。馬生師匠の色紙などは素晴らしい挿絵があったということですが
そうかもしれませんねぇ。
まだ志ん生師匠が売れていない時代に育っていますから食べ物も満足ではなかったのでしょう。馬生師匠は
やはり線が細いという感じがします。反対に志ん朝師匠の場合には売れてきておりましたから、元気な子供に
育ちましたようで・・・・・・ね。
一家が暮らしたのが有名な「なめくじ長屋」ですね。業平の埋立地にあったので湿気が凄かった。住む人はいない。
大家はただでいいから第一号の入居者が欲しかった。志ん生はこれ幸いに杉並の方南から引っ越したというわけ
ですなぁ。夏は蚊の大群が押し寄せる。蚊帳がないと寝てなんかいられない。なめくじは10センチくらいのがいた
という。壁を這うので粘液で光っていたというようなことですよ。
そんな志ん生師匠でしたが、枕元には「落語全集」を離さなかったくらい、落語を研究していた。天才志ん生も努力の
人であった。人情噺「吉原奇談」「藁人形」などに冴えを見せている。