人から聞いたいい話「金平糖」

 

これはテレビ番組で放送されたものから一部を紹介するものです。

 

第一話:

ユーハイムというとバームクーヘンの製造・販売で有名です。一級ブランドです。

これはカール・ユーハイム、エリーゼ・ユーハイムというドイツ人夫妻が作り上げたものです。

時代は第一次世界大戦まで遡ります。場所は中国です。ある日エリーゼのところに銃を持った日本兵が

やってきた。銃口を向ける。エリーゼは死を覚悟します。ところが日本兵は手に金平糖をのせて差し出した。

エリーゼは金平糖などというものを知らない。毒薬だと思った。受け取りを躊躇する。

日本兵は一粒をとって口にした。エリーゼは受取った。日本兵は帰っていく。

金平糖をエリーゼは子供に分け与えた。

その後、夫妻たちは日本に渡って横浜でバームクーヘンの店を開店する。しかし関東大震災で店は壊れ再建する

ものの第二次世界 対戦が勃発し、ドイツ人捕虜として神戸にあるドイツ人の収容所に入れられる。

この収容所については多くの逸話が残っている。日本人は彼らに対して非道なことはしなかった。

終戦後ユーハイム夫妻は神戸でバームクーヘンの店を再開し、現在ではカール氏の製法をそのまま受け継ぎ

国内各地でユーハイムの店が営業している。

 

第二話:

 

「白旗を掲げた少女」としてドラマ化され放送されました。「さとうきび畑」というドラマもありました。

沖縄戦での日本軍や一般住民の置かれた状況が描かれている。

アメリカ軍は実写フィルムで残していた。「ひめゆりの悲劇」なども含めてその悲惨な状況は時の経過とともに

若い世代には伝わってはいない。終戦を迎え生き残った住民はアメリカ軍に投降していく。自害する人も

少なくはなかった。その中で棒の先に白い布を結びつけて肩に担ぎ投降する少女の姿が一枚の写真に残された。

その少女がどのようにして生き残ってきたかをドラマ化したものである。

少女には父親と姉が二人に弟が一人いた。父親は那覇に出かけてその後行方不明。おそらくは亡くなっている

ものと思われる。人々は西の方、すなわち糸満市のほうに向かって逃げ延びていた。

兄弟四人も同様であった。十分な食糧など持っていない。他の人も同様である。

逃げていく中で少女と弟は姉二人と行きはぐれてしまう。それからは幼き二人だけでの逃避となる。

誰も助けの手をさしのべようとはしない。いやできないのです。自分たちが生きていくのが精一杯だった。

二人はなんとか食料を調達して逃げ延びていく。

しかし途中の海辺で空襲に会い弟は犠牲になった。一人になった少女。空襲から逃れるべく洞窟に逃げ込もうと

してもそこは既に人々で埋め尽くされ仲間に入れようなどという者はいなかった。

少女は累々と横たわる日本兵に遭遇する。彼らは食糧を持っていた。缶詰などは開けられないし調理するものは

手段がない。その中であったのが「平糖」であった。どうやら日本兵には支給されていたのではないでしょうか。

「金平糖」が少女の命を救ったともいえる。

そんなある日に、ある洞窟の前にたどりついた。そこには老夫婦二人だけが生活していた。少女はいつものように逃げようとするが引き留められる。老父はけがをしていて手当てのしようもない。

優しく招きいれ食事を与えた。それから三人での生活が始まる。

やがてアメリカ軍が迫ってくる事態になっていた。老人は白旗を作って洞窟から出て投降するように言った。

少女は投降し収容所に着いた。そこには姉二人との再開が待っていた。

あの写真の背景にはそんな事情があった。

 

「金平糖」を巡ってこんな人生模様が繰り広げられていたのである。