ボクは大学生の頃、家庭教師のアルバイトをしていた。
学部は文系なのに数学が得意だったから、数学中心で。
2年生までは
街の中にある校舎だったんだけど、
3年生からは
校舎が山の中にできたから移転したんだ。
そこの売店のおばちゃんの紹介でやることになったんだ。

行くのは
週一回
相手はホントに
勉強が苦手中学生の男の子
時にはやさしく時には厳しく
小さい頃から先生になりたかったがんばくんはせっせと勉強を教えて、
成績もちょっと上がったりして。
勉強が終わるとゴハンをごちそうになったりして、
けっこう楽しくやってたんだ。
ただひとつの欠点をのぞけば...。

3年生からボクが通っていた校舎は、
文字通り
山を切り開いて建てたもの。
自然に囲まれてるのはとってもよかったんだけど、
駅から遠かった
駅から遠いなんて大学はいっぱいあると思うし、
街の中の校舎も駅に近い方ではなかったんだけど、
駅を降りると
遙か向こうの山の上にそびえたつ大学が見えるっていうのもちょっとね。
目的地は見えてても全然近づかないってのは
ツライものがあるし、
やっと校門までたどり着いても、
そこからがさらに
大変敷地の一番奥の校舎まで坂道を
せっせと登らなきゃならない。
ボクが卒業する頃には駅から
バスも走り始めて、
かなり
快適になったみたいだけど。

この校舎は、山の中にあるだけあって(というか、
大学内に山がある!)、
ある意味
環境は良くて、休み時間にボーっと外を見てると
トコトコと
野ウサギが出てきたり、敷地内に散策路というのがあって、
好きな時に
山の中を歩いたりすることもできたんだ。
ボクは歩いたことはないけど...。

そして
家庭教師の話。
大学の裏側にあった家まで行ってたんだけど、そこまで行くのが結構大変で、
歩くと
30分くらいかかったかな。
それも
登ったり下ったり畑の間の道を行かなきゃならない。
それでも最初のうちは歩いて通ってた。
ある日、いつものように歩いていると、
どこからともなく
「パーン!パーン!!」と爆音がする。
「何だ!?」って感じでいろいろ考えたけど、
どう考えてもまわりの景色を見る限り
猟師さんが野鳥を撃ってるくらいしか思いつかない。
それで、どう考えても
流れ弾に当たって死んでいるボクの姿しか思い浮かばない。
こんな、車もたまにしか通らないような道で
のたれ死ぬわけにもいかないけど、
この道を通らないと教え子の家にはたどり着けない。
迷ったけど、
なるようになるわと思い、また歩き出した。
いよいよ
爆音が近くなって、いよいよかと覚悟(?)を決めた時、
爆音を出しているのが変な機械みたいなものだというのがわかった。
近くを通ると耳をつんざくような
「パーン!」という音。
何の機械だったかは定かではないけど、
鳥とかが畑に寄ってこないように音を出してるみたいだった。
まったく
人騒がせな機械もあるもんだ。
思わず
死の覚悟までしちゃったじゃないか!

こんなこともあった。
さすがに歩いて通うのは大変だとすぐに気づいたがんばくん。
車に
自転車を乗っけて大学に持って行った。
多少は楽になったんだけど、何しろ
登ったり下ったり忙しい道。
毎回
汗だくで通うことになってしまった。
教え子の家に着く直前に
すごい下り坂があったんだけど、
その坂を下りてすぐを右に曲がらなくてはならなくて、
あんまり
ブレーキがきかない自転車だったから、
曲がりきれなくて
田んぼに突っ込んだこともあった。
水がなかったからよかったけど...。

ぜんぜんタイトルの
「満月の夜」が出てこないって思ってるでしょ?
ここからが本題。

のどかな大学も、ある日を境に
めちゃくちゃ
デンジャラスな大学に変わってしまったのである。
それはどういうことかというと、
学内の
散策路野犬が出没して、学生が襲われたとか襲われなかったとか、
とにかく
危険だということで、散策路が閉鎖になってしまったのである。
大学周辺も危険なので、
暗くなってから帰る人は必ずふたり以上で帰るようにと言われるようになってしまった。
「えー!?」ってなもんである。
家庭教師に行くのに
ふたり以上で行くのも変だし、
「今日は先生がふたりだよ〜ん」ってのも通じないだろうし、
相変わらず
ひとりで自転車をこいで通う日々が続いた。
結局、野犬が出るなんて話は最初だけで、
大丈夫じゃ〜んって空気が広がった頃...。
いつものように
家庭教師を終えて帰り道の時間
街灯なんてほとんどない道だから、夜はホントに暗くて怖い道
ただ、その日は
満月で、まるで連続で街灯がついているような感じだった。
それでも
怖いな〜と思いながら自転車をこいでいると、
何やら遠くの方で
「ワォーン」という音が聞こえる。
すぐに
野犬だとピーンときたが、勝手にピーンときただけであって、
実際はどっかの飼い犬だろうと思い込もうと思った。
とにかく早く駅まで行こうと
必死で自転車をこいだが、
相変わらず音の主は
「ワォーン」「ワォーン」と叫んでいる。
ふと右前方の方を見ると、はるか向こうの田んぼのまん中で、
らしきいくつかの影が
月に向かって遠吠えしているのが満月の光に照らされてはっきり見えた。
「ゲッ!ホントに野犬!?ってか月に向かって吠えるのはオオカミだろ!」と思った瞬間、
あろうことかその集団が
ボクの方に向かってダーっと走り出した
「まじで〜!!??」だよ、ホントに。
何でこんなに遠いのに見つけるの?っていうか見つけてもほっといてよ!って感じ。
これ以上は出ないっていうスピードで自転車をぶっ飛ばしたにもかかわらず、
黒いたくさんの影ものすごいうなり声をあげながら
ダダダダ...と近づいてくる。
ありえないっつ〜の!!
すぐに
影たちは自転車に追いつき、ペダルをふむボクの足に今にもかみつこうとしている。
足を振り回して蹴っ飛ばそうとしたんだけど、
足を離すと当たり前だけど自転車のスピードは落ちる
スピードが落ちて止まっちゃったら
囲まれて...わぁぁぁぁ!
野犬の集団に襲われて、
集団の真ん中から苦しそうな手だけ出てます
的な光景が頭をよぎって、
もうどうしようもなくて、とにかく
死ぬ気で自転車をこぎ続けた。
どれくらい走ったか、とにかく必死でぶっ飛ばして、いつのまにか
駅の近くに来ていた。
野犬たちもあきらめたらしく、静かになっていた。

駅に自転車をとめて、階段を登ろうとするんだけど、
足が疲れて上がらない。
それでも何とか足を引きずって電車に乗った。

その電車は、
途中までは地下鉄で、大学の少し手前の駅から地上に上がるという電車。
ふつうは最後の地下の駅で折り返してもどるんだけど、
1時間に何本かは地上に出て、ボクの大学の方まで来るというもの。
たぶん一生の間に何度もないだろうと思われる事件に遭遇して、
ぐったりと疲れたボクは、電車に乗ってすぐに眠ってしまったらしい。
電車に乗ったのが夜の
8時40分くらい。
ふっと目を覚ますと、
「もう終点ですよ!」と半分怒りぎみの駅員さんに手を引かれて、
電車から引きずり出されるところだった。
寝ぼけたボクは
「まだ寝たいの!」と言って電車にもどろうとしたんだけど、
「何時だと思ってんですかっ!」と駅員さんにピシャッと言われて、
ホームの時計を見て
ビックリ!
なんと
12時5分前になってるじゃないの!
3時間以上も電車に揺られて寝ていたことになる。
確かに夢の中で
「豊田市〜豊田市〜」と、
大学よりもっと先の逆方向の終点の駅名を聞いたような気がするけど、
ふつうは起こしてくれるでしょ
後から聞いた話だけど、
地下だけで折り返す地下鉄バージョンの電車は、
終点で車庫に入るから、その都度起こしてくれるらしいけど、
地上に出るバージョンの電車は、行ったり来たりしてるだけだから、
起こしてくれないらしい

わけのわからない知らない駅で降ろされて(自分が悪いんだけど)、途方に暮れたボクは、
駅から出てすぐに公衆電話を見つけて家に電話をかけた。
「電車で寝ちゃって知らない終点の駅で降ろされちゃったけど、何とかなるから大丈夫。」
と電話を切って、ふと振り返って駅の入り口を見ると、何やら
見慣れた駅名
どうやら終点ではなく途中の駅で止まる電車だったらしい。
次の日の朝には
かけもちでやってるバイト先に行かなきゃいけないし
道もわからないしと思ってたけど、
確か地下鉄の駅で5つか6つ先だったと思い出し、地下鉄沿いに歩き出した。
学生だし移動は定期だし、500円も持ってないくらいだったから、
タクシーにも乗れないし、歩くしかない。
死ぬ思いで自転車をこいだ後は歩きかよ、でも3時間寝たから大丈夫か
などと勝手に自分に思いこませながら3時間くらい歩いて、
深夜の3時過ぎにバイト先に着いた。
そこはフルーツの加工工場で、ビルの1階フロアが全部工場になっていた。
当然開いてるはずもなく、そこの
非常階段の脇の壁にもたれてしゃがみ込んで朝を待った。
しばらくすると、また眠っていたみたいで、
床にいやっていうほど顔をぶっつけて目が覚めた。
しゃがんだ足がしびれて、そのまま
顔から倒れたらしい。
その後も
前に倒れたり横に倒れたり、最後には足の感覚がなくなってた。
結局朝になってバイト先のおじさんに起こされて、
さすがに働くのは無理だろうということで、家に帰った。

ボクもいろんなことを経験してきたけど、あの日ほど
踏んだり蹴ったりな一日はあれが最後。
若いうちの苦労は買ってでもしろとは言うけれど、もういらない

あれから始まったのか、あの時もそうだったのか、定かではないのだけど、
最近わかってきたのは、
なんか調子わるいなぁって思う日はだいたい満月だってこと。
夜、仕事からの帰り道に
満月が見えたりすると、
「ああ、それで今日はダメダメだったのか」って思ったり。
満月の日はダメダメながんばくんなのである。


2008