第一章 雪の中の死


珍しく、関東は連日の大雪となった。
電車はJR、私鉄全線ストップという異例の出来事であった。

大粒の雪の舞う外界を部屋の中から見ながら、
「電車が動かないんじゃ、会社行けないわね。もう一眠りしようかな。」
そう言うと、由希子はベッドへと潜り込んだ。

由希子は、N電気会社に勤める28歳のOLである。
同期の友人たちのほとんどはすでに結婚していたが、由希子は独身であった。
しかし、付き合ってる彼氏はいる。
今は仕事も面白いし、まだ束縛はされたくないという考えから、結婚願望は無い。
「結婚する時は仕事も遊びもやめて良い奥さんになるんだ」
これが由希子の気持ちであった。

・・・・2度寝から3時間くらい経ったであろうか。
電話のベルで起こされた。
時計は10時少し前くらいである。

由希子は、てっきり会社からの電話かと思っていた。
2度寝で重い目を手でこすりながら、由希子は電話を取った。
「もしもーし・・・」
寝ぼけた声で由希子が応対すると、
「京王閣由希子さんですね?」
聞きなれない男の声が聞こえてくる。

「はい、そうですが、どちら様ですか?」
「警視庁の西船橋です」
「警視庁・・・? 警察の方ですか?」
「そうです」
「警察の方が、私に何の御用ですか?」
「失礼ですが、吉岡年次さんをご存知ですね」
「あ、はい・・・」

吉岡は、由希子の現在の彼氏である。
現在は結婚願望の無い由希子だが、
将来はこの人の奥さんになるんだろうな・・・と考えていた。

「吉岡さんが、死亡したのです」
「えっ!!??」

一瞬、何がなんだかわからなかった。
いきなり知らない人から電話があって、死にましたって言われても
それを素直に受け入れろというのは無理な話だ。

・・・話を聞きたいという刑事を待つ時間が、やけに長く感じた。

1時間くらいたっただろうか?
困惑した中で、由希子はインターホンの音を感じた。
西船橋と名乗る警視庁の刑事がやってきたのである。
警察手帳を見せてから一礼した西船橋を部屋の中に通した。

「吉岡さんのアドレス帳に貴女の名前がありましてね」
「あの・・・、本当に年次さんは・・・・・」
そう言いかけた由希子に、西船橋は1枚の写真を見せた。
雪の中にただ寝ている様に見える写真の中の人物は、確かに吉岡年次であった。

「吉岡さんに、間違い無いですね」
「はい・・・・」
「今朝方、蒲田で遺体で発見されたのです」
「・・・・・・・蒲田!?」

吉岡と蒲田・・・
由希子には、そのつながりがわからなかった。
由希子の家は三軒茶屋だし、吉岡の家は取手である。
会社は、同じ有楽町にある。共に蒲田という地からは無縁なのだ。
無論、一緒に遊びに行った事なども無いし、話も聞いた事が無い。

「失礼ですが、吉岡さんとは恋人同士の関係ですか?」
「はい・・そうです・・・」
「結婚とかは考えていなかったんですか?」
「はい、まだそういった事は・・・」
「それはおかしいですね。吉岡さんの上着のポケットに、婚約指輪が入ってたんですよ。」
「婚約・・・・指輪ですか?」

今まで、お互いに結婚という言葉は口にして出した事が無かった。
なのに、何故・・・?

「これなんですがね」

由希子は指輪を手にとって見てみた。
プラチナ台にダイヤが埋め込まれている。
指輪には、Y.Kのイニシャルが掘られていた。

「アドレス帳から見ても、Y.Kというのは貴方だけですし、
 多分貴方への指輪だと思うんですが。」
「いえ・・・見た事無いです。」
「そうですか。ところで、昨日の貴方の行動を教えていただけませんか?」
「私を疑っているんですか!?」
「いえ、関係者には一応全員に聞いています」
「昨日は・・・ずっと家にいました。車を持っていないので、
 電車が動いていない以上、どうにも・・・」
「吉岡さんの事で、最近変わった事とか、誰かに怨まれているとか、無いですか?」
「いえ・・・知らないです・・・」

他に、2.3事務的な質問があり、由希子は西船橋刑事と
吉岡の遺体を見に行く事になった。

雪の中を90分ほど車で走っただろうか。
霊安室に通された由希子の前には、1人の人間が冷たくなっていた。
顔から白い布を剥ぎ取ると、そこには紛れも無く吉岡が居た。

「・・・・・・・・!?」

吉岡が死んだ・・・・。
この実感が急激に由希子を襲った。
声にならない声をあげながら、涙が止まらなくなった。

ようやく涙がおさまった頃合いで、声をかけられた。
捜査一課に呼ばれ、色々聞かれた。

由希子は、家で話した通りの事しか答えられなかった。
そして、結構長い付き合いでありながら、自分が吉岡の事を
あまり知らないという事に気付いた。

まだ電車が動き出さないので、由希子は車で家まで送ってもらった。
「何か思い出した事があれば、私までお電話下さい」
そういうと、西船橋は去っていった。


     第二章 襲われた由希子


由希子は、何か抜け殻になったような間隔だった。
部屋の中でボーっとしていた。
いや、表情はボーっとしているように見えるが、頭の中は
吉岡との記憶が駆け巡っていた。

・・・ふと電話機に目線が行った。
留守電ランプが点灯している。
再生ボタンを押してみた。

「・・・ピー・・・京王閣さん、どうしたの?雪で来れないのかな?
 でも、ちゃんと会社に連絡しなくちゃダメだよ」
会社の先輩の日暮里の声だった。
あ、そうか・・・。会社に連絡しなくちゃ・・・。
そう思った時、2件目が再生され始めた。

「・・・ピー・・・君には悪い事した。でも、吉岡は死んで当然なんだ。」
こんな言葉が流れてきた。

あわててテープをもう1度再生してみた。
変声機でも使っているのか、妙な声だった。
「誰がこんな・・・まさか年次さんを殺した犯人?」

そういえば、吉岡の死因は後頭部への打撃だそうだが、
誰かに殴られたか、転んだ等の事故かはまだ不明らしかった。

由希子は、西船橋に電話をした。
「はい、警視庁捜査一課ですが」
「西船橋さんを出してください!京王閣です!」
「あ、京王閣さんですか。私、西船橋です。何かあったんですか?」
「家に、変な電話がかかって来てたんです」
「変な?どんな内容ですか?」
「年次さんが死んで当然だっていう電話なんです!」
「これからそちらへお邪魔してかまいませんか?」
「はい、すぐに来て下さい」

数十分後に、インターホンが鳴った。

「刑事さん!」
思い切り良く開かれたドアの向こうには、
予想と違う人間が居た。

由希子は、みぞおちに一撃を食らい、そのまま倒れ込んだ。

西船橋が由希子の部屋に到着したのはそれから20分くらいしてからだった。
インターホンを鳴らすが、返事が無い。
ドアノブを回すと、鍵はかかっていない。
部屋の中に入ると、適度な暖房がかかっている。
「京王閣さん・・・」
呼びながら部屋の中に入っていった。
1DKの部屋の奥にはベッドがあり、その上には全裸の由希子が横たわっていた。

「京王閣さん!!!!」
・・・呼吸はあった。気を失っているだけらしい。
頃良く、由希子が目を覚ました。
「あ・・、刑事さん・・・・」
「気がつかれましたか。」
「はい・・・・あっ!!!」
自分が全裸であることに気がついた由希子は、
反射的に西船橋に平手打ちを食らわしていた。

「何するんですか!」
「・・・・!?ち、違いますよ!私が来た時にはすでに貴方は・・・」
話を聞いて、由希子は落ち着きを取り戻し、とりあえず服を着る。

「・・・すいませんでした。」
「いえ、わかっていただければいいんですが、何があったんですか?」
由希子はここまでのいきさつを話した。

「とりあえず、その留守電を聞かせてもらえませんか?」
そう言われ、由希子は留守電を再生しようとした・・・・
が、うまくいかない。

「あれ?どうしたんだろう?」
そう言いながら電話機を調べると、テープが入っていない。
「どうしたんですか?」
「あの・・・・テープが無いんです」
「無いんですか?まさか、盗まれたとか?」

ついさっきの事なのだが、記憶がはっきりしない。
テープを1度電話機から出した様な気もする。
結局、捜したが見つからなかった。
「どうやら盗まれた様ですね。」
「はい・・・・・・」
「でも、ある意味これで吉岡さんは事故ではなく殺されたって事になりそうです。」

その後、鑑識が呼ばれ、指紋の採取等が行われたが、めぼしい証拠は見付からなかった。また、大雪とあって、由希子を襲った犯人の目撃者も出なかった。

西船橋が帰って、再び由希子は1人となった。
ふと、疑問がうかんだ。
「何で私は全裸にされたんだろう・・・」
犯された感覚が全く無い。単に服を脱がされただけっていう感じなのだ。

・・・一夜明け、朝。
今日は土曜日、会社は休みだ。
昨夜は、不思議なくらいに熟睡した。
色々有りすぎて心身ともに疲れたからだろうか。

少しして、とりあえずシャワーを浴びる為に浴室へ入った。

「・・・あれ?」
変な違和感みたいなものを由希子は感じた。
が、光景はいつもの浴室と変わりはないようだ。

変だな・・・と思いながらもシャワーを浴びる。
身体をまさぐってみたが、やっぱり昨日は服を
脱がされただけで、何かされた様な感覚は無い。

浴室から出て、ショートヘアを素早く手入れし、
軽くジュースを飲む。
一息ついたところであらためて考えてみる。

「ほんとに、何にも知らないんだ・・・私・・」

吉岡とは付き合ってもう4年くらいだろうか。
一緒に遊ぶのは日常的で、2人だけの旅行もしたし、
お互いの家で夜を明かした事もある。
もちろん、男と女の関係もあった。

しかし、由希子が知っている吉岡といえば、
年齢・住所・電話番号などのありふれた事だけだ。
プライベートに関しては、ほとんど知らない。

元々、デートの時には、ほとんど由希子が話し手で
吉岡が聞き手という立場だった。
したがって、必然的に由希子は自分の事を吉岡に話し、
吉岡の事は聞けない状況を作ってしまったのだ。


     第三章 指輪


「あの指輪が気になるな・・・・」
現在由希子が知っているキーワードは、
吉岡が持っていたという指輪と、盗まれた留守電テープ。
後は、自分が全裸になってた事くらいか。

昨日は見ただけだったので、本当に自分宛てかどうか知りたい。
吉岡は以前にも由希子に指輪をくれた事があり、指のサイズは
知ってるはずだから、はめてみればはっきりするはずだ。

由希子は西船橋へ電話をかけてみた。
「はい、警視庁捜査一課です」
「あの、京王閣と申しますが・・・・」
「あ、西船橋です。何かあったんですか?」
「あの、先日見せていただいた指輪なんですが、確認したいことが・・・」
「何ですか?」
「私宛てかどうか知りたいんですが・・・」
「そうですね。京王閣さんの指のサイズはいくらですか?」
「えっと・・・確か9号だと・・・」
「じゃあ、違うかも知れませんね。あの指輪は8号なんですよ」
「そうですか。。。。」
「京王閣さんの知り合いかなんかでY.Kの方って居ますか?」
「いえ。。。。心当たり無いです。。。」
「あとですね、検死の結果、やはり吉岡さんは誰かに殴られたものと断定しました」
「そうですか。。。」
「では、また何か気付いた事とかありましたらご連絡下さい」

・・・どうやら、指輪は自分宛てでは無かったらしい。
具体的な結婚の話などしたことも無かったし、考えもしなかったが、
婚約の真似事といった感じで、誕生日に吉岡から指輪をもらった事がある。
その指輪は紛れも無く9号なのだ。

二股でもかけられていたのだろうか?
そういった考えが由希子に浮かんだ。
同時に、あの指輪が誰のものか知りたかった。
吉岡を撲殺した犯人と指輪・・・・・
絶対に深い関わりがあるはず・・・

女の直感というやつだろうか。
そう思うと、いてもたってもいられなくなり、由希子は急遽出かける事にした。

とりあえず、例の指輪を売った店だ。確か、ケースには「新宿ボコ山岡」と
あったと記憶している。
由希子の住む三軒茶屋から新宿は近い。

新宿に出た。
ごった返す人込みの中、ボコ山岡という店はあっさりと見つかった。
駅構内に広告看板があったからだ。
由希子は店に着くと、吉岡の写真を店員に見せた。
「この人が指輪を買いに来ませんでしたか?吉岡という人なんですが」
「・・・少々お待ち下さい」

数分して、別の店員がやってくる。
「この方でしたら、確かにいらっしゃいました。1週間前です」
「・・・!?」

一週間前といえば、確かデートの約束をキャンセルされた日だった。
「あの、この店には、一人で来たんでしょうか?」
店員は少し考えてから、
「いえ、お連れの方がいらっしゃいました。かなり奇麗な方でしたね。
 確か、指輪を選ばれたのはそのお連れの方です。もちろん、お支払いは
 男性の方がされましたが。」

ショックだった。
これで、完全にあの指輪が自分宛てで無い事がはっきりした。

「その連れの人の名前とかわかりませんか?」
期待せずに聞いたつもりだったが、以外にも
「あ、わかりますよ。少々お待ち下さい。」
という返事が返ってきた。
「えーとですね、花月園 朋子さんというお名前です。
 住所は、六郷ですね」
「ろ、六郷?」
「蒲田のすぐ近くですよ」
「あ、そうですか、ありがとうございます・・・・。」

不思議だった。
何故店員がこうもあっさりお客さんの事を教えてくれたのか。
「刑事にでも間違われたのかな?」
なんて思いながら、店を後にした。