気ままな伝言板


         『はまってしまった』

マジシャンのナポレオンズさんの小石さんが(頭がぐるぐる回る人)がブログの中で書いていた小説には感動してしまい、是非私のHPでもご紹介したいと承諾を頂きここに載せました。
なかなか考えさせられる展開に深い意味を感じさせられました。

読んで頂けると幸いです。

残されたもの

 『ギロチン( guillotine
  広辞苑によれば、
  フランスの医師ギヨタンの提唱によって制作された
  死刑執行の斬首台。
  2本の柱を立て、その間に斜め状の刃のある斧を吊り、
  その下に受刑者をねかせ、死刑執行者が縄を引くと、
  その斧が落下して受刑者の頸部を切断するように
  造ったもの。
  主としてフランス革命時代に用いられた。
  断頭台。ギヨチン。』

11
月に入ったというのに、
境内の中庭は暖かい日差しに温められている。
園児たちが、額に汗をにじませながらも
飽きることなく走り回っている。

「園長先生、
 先生も一緒に駆けっこして遊ぼうよ」

園児たちが私のもとに走り寄ってきた。

「はいはい、
 だけどね、私はもう走ることなんて、
 とうの昔に出来なくなっているからね。
 堪忍しておくれ」

それで園児たちが諦めるはずもない。

「じゃぁ、なるべくゆっくり走ってあげるから、
 ねぇねぇ一緒に駆けっこして
 一等賞を決めようよ」

園児たちに手を引かれ、
私は境内の桜の木の下のスタート・ラインに立った。
ごつごつとした枝ばかりになった桜の木を見上げると、
確かに秋の気配を感じさせる高く青い空が見えた。

そうだ、あの日、今日のような青空の下、
関東地方の桜は華やかに満開を迎えていた・・・。


私は、まさにこれから
人気を独り占めしようかという勢いのマジシャンだった。
大学のマジック研究会で様々なマジックを習得し、
年に数回の発表会や学園祭でイリュージョン、
つまり大ネタを演じていた。
完全に自己流であったに過ぎない
私のイリュージョン・マジックが、
なぜか学園祭のメイン・イベントにまで
なってしまったのだ。
評判を聞きつけた大学のOBが勤める
ケーブル・テレビに出演したのがきっかけとなり、
大手民放テレビの特番に進出することになった。
ただの学生マジシャンに過ぎなかった私が、
ほんの数ヶ月の間に
ゴールデン・タイムの番組でイリュージョンを演じる
スター・マジシャンとなってしまったのだ。

「ぜひ、我が社の専属になって、
 一緒にテレビ界を総嘗めにしようじゃないか。
 君には、マジックの革命児になれる要素がある」

芸能界というものに
まるで興味のなかった私でも知っている
芸能プロダクション、魁プロの藤堂社長自らの誘いを受け、
私は現役の大学生のまま
プロ・マジシャンとしての活動を始めることとなった。

『天才イリュージョニスト、
 香坂真は死を恐れない。
 しかし・・・』、
そう題された私の初めてのスペシャル番組は、
12
月も半ばを過ぎた金曜日の夜に放送された。

ずいぶん以前に倒産してしまった工場の広い敷地に、
今夜だけのために設置された
線路が敷き詰められていた。
その始発点には、本物のSL機関車が
白い煙を絶え間なく吐き出し、
今にも走り出そうとしていた。
始発点から伸びる線路の1キロ先の地点に、
私は横たわっていた。
情けないほど蒼白の顔を隠そうともせず、
私はされるがままになっていた。
両手をしっかりと縛られ、
その不自由になった両手首と足首を
線路のレールにしっかりと固定されていたのだった。

「さぁ、ご覧いただきましょうか。
 イリュージョニスト、香坂くんは
 間違いなく冷たい鉄製のレールに
 両手足を縛られています。
 ここからわずか1000メートル先には、
 本物のSL機関車が待機しています。
 その機関車が、今ゆっくりと走り出しました。
 まだ、ゆっくりです。
 しかし、もうすぐに、
 機関車はトップ・スピードになって
 この場所に到達、通過することでしょう。
 その前に、香坂くんは
 レールから脱出しなければならないのです。
 あぁ、もう機関車の音が鳴り響いてきました・・・」

線路に横たわったままの私に
まるで棺桶のような箱がかぶせられ、
スタッフたちが一斉に線路から遠ざかる。
と、すぐに、機関車が線路を軋ませてやってきた。
まだ箱は微動だにしていない。
危ない、もう間に合わない。

箱を粉々に砕き、
機関車は段々と速度を落とし、
やがて停止した。
ゴトン、と車輪が半回転し、
機関車の運転席から誰かが出てきた。

「あぁっ、
 香坂くん、香坂くんが出てきました!
 まったくの無傷、元気なようです。
 奇跡の脱出は、まさに成功しました!」

番組は高視聴率を獲得し、第2弾、第3弾と続いた。
私は、若くして芸能界で
大成功を収めたマジシャンとなったのだ。

その後、日本各地で脱出マジックを公演し、
名声に続いて大きな富を得ていった。
公演を重ねるにつれレパートリーを増やし、
マジック・ショーは日増しに充実、
慌ただしくも順調に時は過ぎていった。

夢中で日々の公演をこなし、
様々な経験が私のマジックに積み重なった。
忙しく日本の各地を廻っているうちに
8年という歳月が過ぎ、私は30歳になっていた。
その日も、私は東北の街の
市民ホールのステージに立っていた。

ホールの楽屋から、
川の両岸に続く桜並木が見えた。
桜は満開の時を迎えていて、
まるで桜色の川のように、
どこまでも続いているのだった。

ショーは順調に進行し、後半のステージを迎えていた。

「さぁ、どなたか、
 一緒にマジックを経験していただきたいと思います」

ステージには、大きな花瓶に
たくさんの赤い薔薇が挿されている。
だが、この薔薇をマジックに使う訳ではない。
観客をステージに上げてしまうと、
この薔薇はさっさと片付けられてしまう。
代わりに、ステージには
『ギロチン』が運び込まれるのだ。
薔薇は、観客を安心させる小道具に過ぎないのだった。

人の良さそうな60代と思われる男性が、
女性アシスタントに促されてステージへとやってきた。

「さぁ、それでは、
 このお客様に参加していただくことにしましょう。
 お客様にチャレンジしていただくのは、
 このマジックです!」

私の合図で、
『ギロチン』がステージ中央にセッティングされた。

『ギロチン』、
大きく重い刃が落ちてきて、
下に空けられた穴に入れられた人間の首を
切断してしまうという、死刑に使われた道具である。
マジック・ショーにおける『ギロチン』は、
上から大きく重い刃が落ちてくるのは同じであるが、
穴に入れられた首が落ちることはない。
刃は、空けられた穴の上のストッパーにあたり、
停止する仕掛けになっているのだ。

いつものように、ステージに登場した男性を促して
頭を穴に入れてもらい、

「ワン、ツー、スリー!」

助手が手にしていたロープを離すと、
刃はまっすぐに落ちてきた。
いつものように鈍い音とともに
刃がストッパーに当たる音がした。
観客から悲鳴が入り交じった歓声が聞こえてきた。
と、その声にかき消されるように、
いつもとは違う、
うめき声のようなものが耳に聴こえてきた。
私は、そのうめき声の聴こえる方向を探った。
すると、私の目に男性の頭部が飛び込んできた。

夢なら一刻も早く覚めてほしかった。
しかし、それは夢ではなかったのだ。

重い刃が落ちた衝撃で
締め付けが緩んでいた金属製のストッパーが
穴の部分に食い込んでしまっていたのだった。
ストッパーは、男性の首に衝撃を与えると同時に、
強く圧迫していたのだ。

「は、早く、カーテンを閉めろ!
 誰か、早く、助け出せ!」

『ギロチン』を倒し、
必死になって刃とストッパーを避けると、
男性の頭を穴から抜くことができた。
しかし、その先はどうしたらいいのか、
誰も知る由もなかった。

やがて、誰かが呼んでくれた救急車が到着し、
男性は病院へと搬送された。

私は、ステージを手伝ってくれている
数人のスタッフとともに所管の警察署に連行された。
あれこれ事故の経緯を聴取されるのだが、
刑事の声はまるで耳に聴こえてこない。

「刑事さん、あのお客さんは、
 あの、大丈夫でしょうか?」

初老の刑事は、

「残念だが、
 君の罪状は業務上過失致死になったよ」

執行猶予の判決を受けた私は、
その後二度とステージに立つことはしなかった。
様々な問題に対しては、
藤堂社長がすべて真摯に対応してくれた。
私は藤堂社長に甘えて、
ただ部屋に引きこもっていた。

「香坂君、
 亡くなった方のご遺族には
 私が誠心誠意お詫びし、
 償っていくつもりだ。
 君はゆっくりでいい、いつか立ち直って、
 君なりの今後の人生を見つければいい。
 君の人生はまだまだ続くのだから」

時は過ぎ、私は早くも60歳になろうとしている。
藤堂さんも数年前にこの世を去ってしまった。
ステージを手伝ってくれていたスタッフたちとも、
音信が途絶えて久しくなった。
時間だけが駆け足で過ぎていった。

私は故郷に戻り、遠い親戚の寺に住みついたのだった。
親戚の夫婦には二人の息子がいたが、
ふたりとも寺を継ぐことを嫌い、
寺を出て都会へ行ってしまった。

「真や、どうだろう、
 お前さえよければ、
 この寺を継いでくれないか」

そうして寺を継いで、もう25年、
4半世紀が過ぎようとしている。
寺が運営している幼稚園の園長になり、
子供たちの成長だけを見つめる日々が続いた。

「隣の街にサーカス団が来ていて、
 5月まで公演しているそうですよ。
 どうです、園児たちに見させては」

園の先生たちも園児の親御さんたちも、
大いに乗り気になっていた。
ことさらに反対する理由もなく、
私たちはバスを設えてサーカス会場へと向かった。

白いテントが見えてきた。
思った以上に大きく立派な施設のようで、
駐車場には多くの車が停まっていた。
車やバスから降りた人々が、
長い列となってテントに吸い込まれていく。

「は〜い、皆さん、
 ゆっくりと、ちゃんと前を見て、
 はぐれないように付いてきてね」

園児たちの列の最後尾を、私もゆっくりと歩を進めた。

すり鉢状になった客席に囲まれた、
円形の舞台が見える。
舞台奥には、3メートル四方くらいの
高いステージがあった。

園児たちと一緒に、象や熊、
ライオンやトラなどのショーに見入った。
1時間も過ぎた頃、
会場が暗くなってスポット照明が奥のステージを照らした。
その照明の中に登場したのは、マジシャンだった。
30
代くらいのマジシャンは、
純白のハトを次々と出現させて観客を魅了していた。
園児たちも次々と現れては頭上を飛び回るハトに
歓声を上げている。
ハトは、テントの天井あたりを1周して
ステージの奥へ吸い込まれるように戻って行った。

「さて皆さん、これからご覧いただくのは、
 とても不思議なマジックです。
 さて、どなたかに手伝っていただきたいのですが」

マジシャンは、
満席の客席を縫うようにして近づいてきた。
園児たちが、マジシャンの手にしている
魔法のステッキに触れようと、
あちこちから手を伸ばしている。

「さぁ、みんな、
 誰か僕のマジックを手伝ってくれる人はいるかな?
 できれば大人の人、男の人がいいなぁ」

ひとりの子供が叫んだ。

「園長先生!」

すると、その声をきっかけに、

「園長先生!」

という声があちこちから沸き上がった。

「そうかぁ、じゃぁ、
 君たちの園長先生に
 お手伝いしてもらいましょう!」

とっさに逃げることもできなかった私は、
マジシャンに促されてステージに向かった。

「さぁ皆さん、こちらの男性、
 園長先生だそうです。
 園長先生にこれから
 素晴らしいマジックを体験していただきます。
 では、イリュージョン・マジックの用意を!」

マジシャンのかけ声で、
ステージに大きな道具が運び込まれた。

「皆さん、
 このマジックの名前はご存知でしょうか?
 これこそ、
 あの有名な『ギロチン』です。
 上に取り付けられている大きな刃が、
 一気に落ちて下の穴にあるものを
 瞬時に切断してしまうのです。
 試しに、まずはこの大根でやってみましょう」

マジシャンの合図でロープが離され、
衝撃音とともに大根が切断されて
ステージをコロコロと転がった。

「さて、練習はここまで。
 これからが本番です。
 ではお客様、
 この穴の部分に大根、
 ではなくて、
 お客様の頭を入れていただきましょう」

私はまるで催眠にかかったように、
マジシャンの言いなりになって
頭を穴の中に入れた。
客席から園児たちの声が聞こえてくる。
みんな、
「止めて〜!」
と叫んでいるようだが、
鳴り響いている音楽で
彼らの声はかき消されてしまっている。
私にはいつしか音楽までが聞こえなくなって、
遠い昔のことだけを思い出していた。

あの頃、
私は連日のようにステージに立っていた。

いつの間にか経験が積み重なって、
私はショー・ビジネス界での成功例、
シンボルのようになっていた。

ステージを支えてくれるアシスタントたちは、
いつかは私のようにと夢見、
ステージを彩る女性ダンサーたちは
私の関心を引こうと妖しく肢体をくねらせていた。

少しずつ、ステージのあらゆることが
私の手から離れ、私はただステージで照明を浴び、
まるで漂っているばかりの存在になっていた。

あれほど熱心に練習し、
念には念を入れてすべてのマジック道具をチェックした
私であったのに、大切なそれらを
周りに預けてしまっていたのだった。

あの事故の直後、
私は必死になって
起きてしまった事実を誰かのせいにしようとした。
事故は、あくまで私以外の誰かの怠慢で
起こってしまったのだと信じようとした。
だが、
「責任のすべては、私にしか、ない」
という、私自身の声は消えようとはしなかった。

マジシャンが私のすぐ側に来た。

「どうです、今の気分は。
 さぞかし恐いことでしょう。
 園長先生、ずいぶんと捜しましたよ。
 あなたに、
 どうしてもこの恐怖を
 味わってもらわなければならないのですよ」

マジシャンは、
もう観客に語りかけているのではなかった。
マジシャンが話している相手は私、
私ただひとりだったのだ。

「もうお分かりでしょう?
 もう気づいているのでしょう?
 僕は、あなたに父を殺された者です。
 あの日、ステージに上げられて、
 何も分からないままに命を奪われた
 哀れな男の息子ですよ。
 まだ小さかった僕でも、
 あの日の父の無念は忘れない。
 残された母の想いも忘れない。
 僕はサーカス団の一員となって、
 日本中を廻ってきました。
 それは、ただ、あなたを、
 父を殺した憎むべき男を
 探し当てるためだったのですよ。
 そうして今、僕は確信しています。
 あの日、僕の父に刃を落としたのは、
 あなたなのだと。
 違いますか?
 あなたですよね」

本当ならば、恐怖のあまり力の限り暴れるはずだ。
なのに、私はむしろ落ち着き、
安堵さえしていた。
これで、これでやっと私にのしかかっていた
重しを降ろせるような気がしたのだ。
長い年月の間、私が待ち望んできたものは、
これだったのかもしれない。
私はマジシャンの声に応えず、
ただ静かに自らの呼吸を聴いていた。

「さぁ、
 僕の復讐を受けるがいいっ!」

ロープが離され、
重い刃が落ちてくる摩擦音が聴こえてきた。

あの事故の瞬間から今日までの出来事が、
まるでパノラマのように流れている。
目を閉じたまぶたの奥に、
これまで出会った人たちの顔が次々に現れてくる。

不思議なことに皆優しい笑顔で、
まるで私のこれまでの人生を
祝福してくれているかのようだ。

皆さん、これまでありがとう。
さようなら。



私は、生きていた。
大きな刃は、
私の首をかすり傷さえつけることなく
通過して落ちていた。
マジシャンのアシスタントに抱き起こされ、
私はよろよろとステージ中央に立った。
静まり返っていた客席から、
園児たちの叫び声が大歓声になって聞こえてきた。

「あの声が聴こえるか、
 お前のことを想って
 泣いていた子供たちの声が。

 お前が、もし一瞬でも命乞いをして
 暴れたりしたなら、
 僕はきっと刃をお前の首に落としただろう。
 だけど、お前は僕の言うことを
 静かに聴いているだけだった。
 なぜだ?
 なぜだ?
 僕は結局、復讐することができなかった。
 なぜだ?」

若きマジシャンは、
泣きながらステージに立ち尽くしていた。

サーカス団のテントは跡形もなく消え去り、
広場は元の駐車場に戻っていた。
多くの動物たちと曲芸師たちのショー、
綱渡りやピエロたちが見せてくれたスリルと微笑み、
それらは再び別の街へと旅立っていった。


一通の手紙が、
園児たちと一緒に作った
カバさんの郵便受けに届いた。

「母と話しました。
 母は、僕が過ちを犯さなかったことに安堵し、
 泣いていました。
 当然ながら、母もあの日のことを
 忘れてなどいません。
 あなたを許すという気持ちにも
 なれていないはずです。
 たとえ事故だったとしても、
 家族の楽しい思い出になるはずの一日が、
 地獄のような日々の始まりと
 なってしまったのですから。

 僕がマジシャンとなった理由も目的も、
 母は知っていたと思います。
 しかし、止めることもできずにいたのでしょう。
 母は理解してくれていたのです。
 今の僕の生きる糧が、
 父を奪った人間を突き止め、
 なんらかの復讐をすることだけであるのを。
 と同時に、僕がいつの日にか
 平穏な心を取り戻せるよう、
 祈ってくれていたのだと思います。

 僕は今、思うことがあります。
 僕が未だ憎んでいるのは今のあなたではなく、
 あの日、僕の父をステージ上で殺めてしまった
 マジシャンであるのだと。

 皮肉なことに、
 あの日のマジシャンに復讐するために、
 僕自身もマジシャンになりました。
 復讐のためだけに、
 マジックの修行を続けたのです。
 僕の計画は実を結び、
 とうとう復讐を遂げるチャンスを
 つかんだのでした。

 しかし、そこに、
 復讐すべきマジシャンはもういませんでした。
 あの日のマジシャンは、
 もうどこかで死んでしまっていたのです。

 僕は、復讐を終える時を迎えたようです。
 そうして、あの日に父が僕に見せてくれようとした、
 夢のように楽しく不思議なマジック・ショーの
 ステージに戻るべきなのです。

 ギロチンの刃には細工がしてありました。
 あなたを殺すことも、
 生かしたままマジックを成立させることもできた。
 どちらになるのか、
 その綱は僕の手に握られていると思っていました。
 ところが、実際には、
 その綱はあなたが握っていたのです。あなた自身の、
 そして僕の人生を左右する綱をも。

 ひょっとすると、
 誰の手にも、誰かの命の綱が
 握られているのかもしれません。
 僕は、僕の持っている綱を決して離さぬよう、
 これから新たな人生を生きていきます。

 僕たちは、
 マジックによって人生を狂わせられ、
 再びマジックによって
 人生を取り戻せたのかもしれません。
 僕は、もう一度、
 マジシャンとしての人生を始めます。
 あなたも、もう過去の呪縛から
 解き放たれてほしいのです」


桜は満開を迎えていた。
園児たちは、彼らにとって
人生のほんの数度目の春のただ中を
走り回っている。

「園長先生、
 いっぱい、いっぱい、
 花が落ちてくるよ」

「そうだねぇ、とってもきれいだ。
 おや、この桜の花びらを
 手の中に握って、
 ふぅっと息をかけると、
 あらぁ、不思議だねぇ、
 こんな可愛いサクランボになったよ」




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            『君を思う』


君の 熱い思い 俺でよれりゃ ゆっくり
かなえて あげたい

君は 無理しないでと ほほ笑んだ 君の瞳に
愛する 力を 見たよ

どうして そんなに 頑張るのと 君は僕に 言うけど

答えは 急がないで やがてわかるから


僕は あきらめない 今は無理でも 誓ってみせる
君と 僕の 夢のことだから 

君の 言葉を忘れない 俺に勇気をくれたから
きっと その思い かなえられたらいいね

君から 言われた 『自分を 愛するように 生きてね』
そして 私を笑顔でいさせて 最後まで あきらめないでね

君から 言われた 『自分を 愛するように 生きてね』
そして 私を笑顔でいさせて 最後まで あきらめないでね

命ある限り 君を愛していたい


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            『ぬくもり』

二人の影を舗道に重ねながら君と歩くと
手のぬくもりが笑顔に変わる
ずっとこのまま 
泣けるくらい今が好き

風が冷めたくなったね
秋の風が心地よい
そろそろ君に言わないとね
大好き、愛してる、そして一緒になろう

冬の雪が愛する人をつつむように
弱い俺がこんなに強くなれたのも君がいたから

わがままで、泣き虫で、負けず嫌い
そんな君を愛してる
心からそう思った

君が一緒だとどんなことでも出来る気がする
こんな日がいつまでもずっと続くことを祈ってる

メールが来ないと淋しくなる
眠りにつくまでずっと君のことを思っている
辛いことも君の笑顔が変えてくれる

淡い日差しが窓を飾る時
本当にこんなに幸せでいいのかと感じる

人を愛おしく思えるようになれたのも君の愛を知ったから

もし君がいなくなったら 僕もなくなる

いっぱいの力で君を愛する

わがままで、泣き虫で、負けず嫌い
そんな君を愛してる
心からそう思った


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            『泣き虫』

なんだか泣き虫って言葉に感じてしまった。
どうして涙が止まらない

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            『気がつく』


今日タクシーに乗ったらとても雰囲気の柔らかい感じの運転手さんだった。
私は運転手さんに『この仕事好きじゃなくても良いけど背中に死神がついているみたいに暗いですよ』と言った。運転手さん怒るどころか『見えますか?』
やっぱりこの人別なことを考えて今の空間過ごしていると思った。
本当なら『ふざけないでくださいよ、死神なんて縁起でもない』というはずなのに見えるんですか。そう私は霊能力者ではないから見えない。
でも人生の楽しさや頑張りや次への期待がないとすべてが『どよん』としている感じに見えるんです。
私は酔っ払っています、でもあなたに命預けているから、私の思った感覚を言った。
『たとえ近い距離だって今の私の命をあなたに託している感覚の私の身になってください。』
だからこの空間がどんなに大切だか。

『運転手さんが世間を嫌いになろうが、この先をどうしようかより私は私のためとそして今あなたに私は身をまかしている状態だから私はあなたに言いたい。
運転手さんはとっても大切な人の命を守っている素晴らしい仕事をしているんですよ。
そして辛いのはあなただけじゃない』と言葉にした。

決して乱暴な運転や理不尽な会話なんてしていないしさっきまで一緒に乗っていた人との会話を素直に聞いている。
仕事もまじめなんだけど、後姿に『矢』が刺さってる感じがした。

今その運転手さんが『こんなにずばっと言われたのに素直に聞いちゃいました』と言ってくれた。。
人は素直だから本心を見抜かれたくないけど時にそんな人に出会うと、こんな人なら喋ってみようかなと思ったのかもしれません。
運転手さんは最後は笑顔になって『ありがとうございました』と爽やかだった。

でも本当にその人の背中に死神なんてついていなかったのに、その運転手さんが私が降りる時に改めて問いかけた。
『その死神というのなんで見えるんですか?』って言ったから、私は感覚ですよって言ったら、助手席に座っている人も運転手さんに『あなたは無理しないで』と言った。

一人でいるのに。


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             『デート』

デートって響きが懐かしくもあり、なんか新鮮でもある。
デートで絶対になくてはならないものはというより相手がいなくてはデートは成り立たない。初めてのデートはいつだっただろうと思い返すと、高校3年生の時に文化祭に呼ばれて友達と二人で行き、そのお礼ということで電話をして二人で喫茶店に行った。

今から思うともう少し洒落た展開をすればよかったけどその当時の私にはそんなことさえ考えられなかった。
何しろ小・中学生の時は肥満児で食べることが喜びと逃げ道。
女性に対しては興味はあっても話すどころか、直視できない。

初めての喫茶店のコーヒーに砂糖が入れられないくらい手が震えていた。


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    『鳥のモモの焼いたやつ』

食べ物には色々な思い出がいっぱいある。

先日こんな話しを聞いた。

家族で年に一度お墓参りにいく時がありその帰りはそのお墓の近くのレストランで食事をするのが恒例になっているらしく子供たちも喜んで一緒についてくる。

そしてお墓参りが終わり、レストランに行こうとしたらそこの駐車場はいっぱいで入れずやむなく今回はあきらめようと思ったらしいのだが、子供の一人が『やっぱりここで食事したいな』と強引では無いけど口にする。

別に次の用事も無いので近くだったのでまたお寺に車を止めそのレストランに行ったらしい。

車がいっぱいと言うことは人もいっぱいで席に着くまで20分待たされることになった。

言い出した子は『こんなに待つんだったら悪いね』と言うけどやっぱり食べたいものがあったみたいだ。

 

そしてようやく席に着きメニューを広げ選ぶ。

親はお勘定を払うのでどうしても、料金の方から視線を送る。

子供たちは食べたいものから視線が行くのは自然の流れでそれも良いと思ってる。

年中行くようなところでも無いし、すごく高級という料理でも無い。

親心か自分たちが先に安いものを選んでは子供たちが選び辛いと感じ『何がいい?』と聞くと一人は安めな『ハンバーグが良い』と答え、つられる様に親も『私もそれでいい』と答えてもう一人の子に『何にする?』と聞くと、申し訳なさそうに『私は飲み物いいから、ステーキ&ハンバーグが良いな』と言う。

子供の定番はやっぱり食事にはジュース等の飲み物ですよね。

でもその子はその定番の飲み物を削除してもこの『ステーキ&ハンバーグ』が食べたかったみたいだ。

親はもちろん『良いよ』と言う。さほど料金だって変わるわけではないけどその子の申し訳なさげな心が感じた一瞬だった。

なんでもいいと親が言ってもやっぱり子供は考えているのかもしれない。

私だけ少し高いものは気が引けると。

注文をとりに来る人が来る前にポツリとその子が『前にここに来たときステーキを食べた味が忘れられない』と言った。

もちろん肉をめったに食べない家族ではないし、普段だって食事に行くといってた。

でも、ここでこの雰囲気で食べた味が忘れられないのかもしれない。

子供の良き思い出がここにあるのかもしれない。

 

やはり混んでいるのでその料理が出てくるまでに30分近く待ったとき、その子はこんなに待たしてしまったのは自分がここに来たいと言ったからだと感じているみたいに、『遅いね、悪いね』と口にする。

弟はお腹が減っているから厨房の方ばかり気にしてみているが愚痴を言うわけでもなく、ふざけるでもなく待っている。

親は違う所に行けばよかったかな?と思ったり、またこの忙しさでは店員に催促も出来ないし、ましていらついたら子供に可愛そうだと察し会話で気を紛らそうとしている。

 

そして料理が来たら待ちかねた弟は好きなポテトフライから平らげる、それを見て親はそっと自分の分も弟のお皿に移す。

一番待ちかねた姉も『私のも食べる?』と言いながらポテトを移してあげる。

本当はそれも全て食べたかったのに待たせたほんの少しの弟へのお詫びなのかもしれないと思った。

待ちかねたせいもあるし、まだ並んでいる人もいるので食事は自然と早くなる。

親は『ゆっくりで良いよ』と言うけど少し早い。

待ち時間50分、食べるのは5分と言ったところだろうか。

思いを込めたステーキなのに周りに気を使って食べたステーキはどんな味だったんだろか?

『ご馳走様、美味しかった』と言葉を残しそのレストランを後にする。

パンもあったし満足で終わったと親は感じた。

そして家に帰り少し時間がたちはしたけど一応カレーを作ったら、その二人の子はぺろりとカレーを食べた。

その時の顔が妙に二人とも安心した顔で食べていたことにその親は『この子達、さっきはやっぱり気を使って満足とまでは行かなかったんだ』と思ったらしい。

 

いくら美味しいものでも色々な事を考えたり、気を使ってはせっかくのご馳走の味も半減してしまうし満足とは思えないけど、それはそれなりに親への感謝と血が通っているけどわずかな遠慮なのかも知れないと思った。

 

この話しを聞き私も親に誕生日のとき『好きなもの』といわれると決まって『鳥のモモの焼いたやつ』と言ってた。

私にとってはそれがとってもご馳走だった。

もちろんもう少し高価な他の食べ物も知っていたけど、中学まではずっとそれだったような気がする。

ちなみに今でも大好物です。

 

だからと言ってその家族は質素な生活をしているわけではないけど、たまに垣間見るこんな子供の姿に妙に考え深さを感じるのかもしれない。

 

お金もこんな風に使われたら幸せだろうな。

 

人への良い気使いは悟られまいとすればするほど、どこかに感じ取られてしまうものですね。それが愛情なのかもしれません。

 

おみくじを引いて大吉が出たとき、何の保証も無いけど小さな幸せを感じるのも同じかもしれない。

 

高校の時、俺の親父が試合前になると必ず『トンカツ』を食卓に並べた。

『勝つ』の縁起なんだよね。

今でもトンカツを食べると思い出すな。

 









愛は?

色々なことをありつつも、何年前からこの伝言板は塩漬けになってしまったんですけど、私がブログなどはじめてここに書き込まなくなってしまいました。でもね、ここの書き込みで嬉しかったといってくれた人がいたんです。

こっち側の感じ方で申し訳ないの愛情のある一人の為にでも出来る喜びは我が身の愛かもしれない。



『小説」

色々なことを考え色々なことに参加してみて楽しかったから勉強にもなったことを小説に書こうと決めた。
こんなことをここに書くのもおかしいんだけど、ブログの楽しさをすごく感じたから、人は不器用なのにいい人がいっぱいいるし、自信を持って欲しいのに見ている側だったけどブログということによって少し前に出られたという感覚が大好き。

今問題になっているようないじめだって角度を変えれば『おい、おまえはパシリやらせてるけど俺達の仲間なんだ』と言ってるんですよね。
その子が辛いと思う事は絶対やってはいけないけどぎりぎりセーフは人生の肥やしになります。

ずっと幸せで、挫折を経験していない人ほど、人の言葉や基本的な挨拶が出来ていないんではないかと思います。

クレームも処理をするのとクレームをつけるほうとの差を感じたときに今の自分が測れる気がしました。

そんなことを久しぶりに小説に書きます


『デジカメ』


願の一眼レフのデジカメを競馬を控えて買った。
ここ一年位前からずっと欲しくて何回もヨドバシカメラに行って見てました。
やっぱり遠くを撮ったり、動きのあるものを撮るとその違いが一目瞭然
ですね。
でもまだ使いこなしていないし、カメラのアングル、シャッターチャンスなどまだまだ小学生レベル。
カメラは大学生、腕は小学生ではカメラ申し訳ないですね。
これからゆっくり勉強して使いこなしたいと思っています。
先日高校の剣道部のOB会で写したのですが、その場で使い方を教えた後輩の方がとっても良い写真を撮り、とても複雑。
早く上手になりたいものです。
今は剣道と猫の写真ばかり撮っていますが楽しいですね。

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『ブログ』


最近流行っている『ブログ』というやつに私も挑戦してみました。
最近流行っていると言うよりはずいぶん前からだけど私にはなんか難しいと感じていたのであえて手をこまねいていた。
また私の入り込む世界ではないかなと思っていたと言った方が正解かな。

PCの進化は私には早すぎて追いつかないです。

HPを立ち上げているんだからブログぐらい簡単でしょ?と言われたけどやはり未知の世界は私には厄介なものでした。

でも話題の猫の『はっちゃん日記』と言うブログをみた時なんか面白そうと思って娘に聞きながらやってみた。 何事も『やろう』と言う気持ちが起こったときが始めるチャンスなんだし、そこでやらないとまたとうぶんやらないのかもしれないと思った。

仕事も衣替えのシーズンでほとんどの日曜日は仕事していたし、それ以外は剣道の用事やらなんかでのんびりする時間も無かったので考えも及ばなかった。
今少し落ち着いたので試みてみました。

とりあえず我家の猫の『武蔵』について書くことにしてみました。

3年も我家にいるので色々な写真もあるし、昔の思い出と今を見比べて書き込んでいくのも面白いですしね。

自分のHPでもクリーニング店・剣道・気ままな伝言と書き込みがあり、その場所でもそんなに頻繁に書き込めていないのに今度は日誌みたいな物に手を出すなんて無謀!

でもブログは書き込むと言うより呼吸的感覚で少しの時間ですむしね。

とりあえずなんとか表紙が出来たのでここに載せました。
名前は『武蔵とほろ酔い』としてみました。

アドレスはここからお入り下さい。

 http://love.ap.teacup.com/musasi/    

毎日は出来ないと思いますが、我家の武蔵をごらん頂ければ幸いです。

もう一人(猫)の小次郎もいるので、徐々に参加させて行きたいと
思っています。

よろしくお願い致します。



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『旬』

 

人間にとって食べるということは生きていくだけではなく、心にゆとりや、感謝の心を改めて感じられることと私は思います。食は毎日のことですから、生産者または製造会社は価格の安定やあまり変動のない供給、安全性は最大の課題だと思います。特に安全性の面では日本は他国に比べてとても厳しく行っていると思います。話題になっている輸入牛肉問題や鳥インフルエンザなど直接生命に関わることは国と国とが安全対策に全力で真剣に取り組んでいると感じていますが、少し前に利益を求めすぎてしまう業者が『このくらいなら大丈夫』的感覚で規制外の牛肉を日本に輸出してまた輸入が規制されてしまった。日本の畜産面積から考えると海外の低価格の牛肉は不可能に近く、特にアメリカ産牛肉は大変重要な供給元と感じています。安全性を最重要課題としている日本にとってその心無い業者の行動はとても悲しい行動と感じました。

また今の農業の形態も大きな変化の時期に来ているように感じます。少し前までの農作業は太陽と土と水という自然の恵みの中で育成された作物を収穫するのが一般的でしたが、今は銀座のビルの中で苗を育てお米を収穫したりしている。また葉物もいっさい外気に触れることなく、土も使わずまさに工場で物を造るかのごとくオートメーション化の農業が開発されている。安定供給・安定コスト・食物の安全面から言えば申し分ないのかもしれません。でも私は自然の力というか、その時の気象条件に一喜一憂して出来上がる食物を感慨深く受けとめ、そして季節感ただよう『旬』を感じたいと思う時もあります。とはいうものの食べたい時に食卓に並ぶ食材を提供してくれる生産者は並々ならぬ努力と開発研究に素晴らしいと感謝もしています。

今の日本の農業に求められているのは二極化ではないでしょうか?

低価格・安定供給と『極める』という感覚のこだわりの食材!

消費者も明確な方が選びやすいと思います。

両方とも簡単なことではなく、計り知れない努力がなくては出来ないと思います。開発者の思いの多くは次世代への希望とすごしやすい生活への願いを込めて今を頑張っていると思います。利益なくして物事は進めませんが、少し難しいかもしれませんが優先順位を『幸せな笑顔』を一番に、そして『利益』を二番目に求める農業・食品製造業になれば嬉しいなと思います。



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傘寿のお祝い

人生の師匠、元衆議院議員粕谷茂先生の傘寿のお祝いが京王プラザホテル
で行われた。元秘書の先輩たちが発起人となり盛大な会となりました。
私も元秘書なのでお手伝いとして参加いたしましたがあまり役には立たず
でしたが久しぶりに皆様に会え、私は顔を見せると言う感覚でしたがとても
楽しく笑顔いっぱいで過ごしました。
元の選挙区という渋谷・中野・杉並だけではなく各地から400人のも人が
集まり祝ってくれる素晴らしさは、国会議員を勇退してもこれだけの人が
心からお祝いをして参加して頂けるのは、今まで粕谷先生がどう国会議員
として、人として正しくそして人の為に生きてきたからだと感じた。
『政治はフラッシュ撮影のように一瞬だけ美しく見せるのではなくではなく、
今を考え、先を見据え、そして人が少しでも笑顔で暮らしていけるよう
政治を志す者はは一途に生きる』と改めて感じました。
粕谷先生の言葉に『一志一道』があります。私もとっても大好きです。
私なりに考えるに「一つの道を迷わず志を持って生きる』と感じています。
何事もその道で生き、極めると言うのは成功の大小ではなくその道を
信じて歩んでいく心ですね。 

私は年賀状に今年の一年の思いを書くのですが今年は『心一つで迷わない』
と書きました。私にとって一番難しいです。

秘書時代の二年半で色々なことを習いました。
八割は怒られてばかりでしたのですが、その一つ一つが今にして思えば今の
権田義一と言う人間を作ってくれたと信じています。
私はこの秘書時代に『自信』と言うものを少しわかりかけました。
自信はひけらかす自慢ではなく、自分がどう生きてきて、これからどう生きて
行かなくてはいけないか、真剣に考えることが出来るのが『自信』なんだと。
人に『感謝』、人に『優しく』、そして何よりも『明るく生きる』そのことを習い
それを実践している粕谷先生は素晴らしい師匠です。

定刻の会場の時間となり、たくさんの人が流れるように会場へと入っていくと
思われたのになかなか人が進まず、受付をしていたのでどうしたのか?
と思い見に行くとその広い入り口には粕谷ご夫婦が立ちお客様を出迎えて
いるだけではなく、粕谷先生本人が一人一人のお客様に感謝の言葉と
暖かい『握手』をしていた。『え、400人全部の人と握手か?』
若手の議員や新人歌手のサイン会ならわからないでもないけど八十歳と言う
年齢とこれから挨拶や色々な催しがあるのに疲れはしないかと思いましたが
それは普通の八十歳に心配することでした。
粕谷師匠は人とふれあい政治家として前だけを見て突き進んできた人だから
このくらいで疲れたなんて少しも思っていないと思った。
やっぱり鍛え方が違うとつくづく感じた。正にまだ現役です。
それよりもこの場に来ていただいたお客様への出来る限りの心なんだと。

会が始まり受付も片付けに入り、私は仕事を抜けてきたのたまっている仕事
があり大変申し訳なかったのですがそのままご無礼をさせて頂きました。

なによりお客様の笑顔にとっても感動をし、元気な粕谷先生ご夫婦にも
会うことが出来良い一日になりました。
政治も人も何事も一日にしてならず。かも知れませんね。

粕谷先生ご夫妻とは長いお付き合いなのに三人で写真なんて初めてで
私は感動しています。でもすごい緊張しているのか、それとも子供のように
なってしまったのかいつもと違うような私の顔はなにか嬉しいです。

いつまでも元気でご活躍をなさってもらいたいです。


先輩や後輩の秘書の皆様本当にご苦労様でした。



テニスの親父

朝起きて息子と30年ぶりにテニスをしてきた。
息子はソフトテニス部なのですが、本人いわくまったくといっていいほど
サーブが入らないというので『俺が教えてやるよ』とある時私が
酔った勢いで言い、日曜日に新宿公園の中にあるテニス練習場に行くことに
数日前に決まった。


私はテニスの指導なんてまるであるわけもなく、先日たまたま見た
テレビのテニス教室を思い出し、剣道の面を打つ打突の機会と
合わせれば何とかなるだろうと二日酔いテニスコーチが出来上がった。


そこにはすでにテニスをしている人がいたので何気なく見ていると
『この人は上手い!』と思い準備体操をしながら何でこの人はどうして
こんなに上手いのかとわかったのです。

 

打つ前にすること@『足の位置』

 

球を打つ前にすること、やらなくてはいけないことが大切だと感じた。
剣道と似ているなぁと感じた。
面を正しく打つ時のこととテニスをあわせて考えた。
剣道なら面を打つまでの攻めや注意点なら
『足の構え』『気合』『竹刀の握り』これをテニスに置き換えてみた。


その上手い人を見ていると何球も同じ所に打ち込めるって、
三つのポイントだと。

『足の位置』『呼吸』『トス』これが常に安定している。
そしてとりあえず息子に打たせてみた。
『素晴らしく、ばらばらだ!』素人の私にも今の振り方が
テニスとはほど遠い、幼い子が羽子板をしているように見えた。


そしてまず素振りをさせ上手な人とどこが違うかと思ったらまず
『足の位置』の確認!息子はサーブを打つのに相手コートに対して
真正面のように体を向けている。体は横向きして球をトスして
体の回転(腰のひねり)で打ち込まないと安定したサーブには
ならないと思った。だから横向きにするということはその形で
体に『ため』を作るから横向きと思った。それには足の位置が
決まらないと体の向きは安定しない。


だからわかりやすく下に線を引きここに足を置くことにさせた。

 

打つ前にすることA『呼吸』

 

その次に息子を見ていると構えたらすぐ打とうとしている。
剣道も緊張し過ぎたり、気合を出さないと心が決まらず、正しく打てない。
師匠の言葉を思い出す。『緊張は誰でもする、何かをしようとするとき
(審査の時なら礼をする前にする)だからフーと一瞬で息を全部吐くと
あとは息を吸うだけだから自然と体の緊張がほぐれる』体が堅くては
しなやかに打てない。

足−腰−肩−腕−ラケットの順番に力の移動が流れる水のように
爽やかに行われないと思った。無駄な力は体のバランスを悪くし、
安定したストロークを邪魔するばかりではなく、疲れが早く体に表れる。

そして何より球に体を載せて打つためには無駄な力はマイナスだと思った。
剣道も最初から力を入れて打つのではなく、相手の面の芯を打ちたければ、
無駄な力を抜く握りと構え。そして爽やかに体を移動して、
打突の瞬間に竹刀を握る!

(切る瞬間の指先の小指から人差し指に流れるような力の移動)
力の強弱によって自然で爽やかな体の流れ、そして打突時により
爆発的な満足感が生まれる。

 

打つ前にすることB『トス』

 

球をどう打ちたい所に上げるか?
私も上げてみたら打とうとして球を上げると打とうとすれば
どうしても重心は後ろにかかるからそのまま球を無意識に上げると
自分の頭上の方に上がってしまい、打つポイントが後ろに
なってしまうから、一番力の入る自分の伸ばした左手の位置に
上がらず良い形で打てない。

それをわからせるためにコップに水を入れ左手の手の平に乗せ上げさせる。
球をトスするようにさせて自分に水がかかってしまうことでいかに
球を呼び込んでしまうと感じさせた。剣道の攻めをする時早く
打ちたいがために上体が突っ込んでしまい、そのまま打てないから
一度引き上げて振りかぶり打つから隙ができる。
その時に打たれる。

テニスのトスはその逆と思ったというよりトスを上げる時は
打つ動作の動きではなくトスはより力を入れず、激しく打つと
思うために心静かに穏やか上げるように、形としては腕を上げるけど
手の平は平行移動するには、上げる力の反比例をどこで
逃がすかと言えば、上げながら手首の逆に折ることによって
手の平の球は自分の方に来なくまっすぐ上がる。

私は剣道の攻めの時、下半身は前に出しても上体は逆に後ろに
引っ張るようなイメージで入る。そのことによって懐が広がりより
体全体にまろやかさが出来、そのままの体のバネとなり
(自然な貯まり)そして打つための体のブレが
なくなり何倍もの力となる。

 

『力の掛け算』

 

打ち込む球の力はかけ算だと思う。

 

足し算的と思うと色々なことをすれば全て利となるかも
しれませんが意外とそうではないと思うのです。

テニスなら1(横向きではない構え)×1(緊張した堅い体)
×1(打ち込む場所に上げられない球)=1(安定しない鋭さのない棒球)
そこを考え、打ち方のきっかけを少し気がつくと足し算ではなく、
何倍ものかけ算になると思う。

2(相手コートに横むきの構え)×2(緊張をほぐした心でいる体)
×
2(打ち込む場所に正しく上げた球)=8
(的確に打撃、安定したストローク)

少し気がつくだけで8倍もの変化になる。

あとはコーチが妥協せず一球一球コメントをし、今日したい
目標の設定と励まし、応援と出来なかった時の罰ゲームを一緒にする連帯感。


一球も入らないサーブが共に手探りではじめ30分後には
半分以上入りだした。

二年間やってもあまり入らなかったのに今打球は少し
イメージに近づいている。

一番驚いているのは息子なのか私なのかわからない。
そして目標として『10球連続で入ったら上がり』と決めた。
少しやっていると連続で3回までは入るようになったけど4回目の壁が
厚く何回もぶつかる。

『連続で入ると言うことはその積み重ねで目標にいけるよ』と
無理なのかもと自信安危になっている彼に言う。
でもそうは簡単ではないのはわかっている。

そして悩むと力が入りすぎ球が枠に入らない。

3回外したらトスだけ10回としたから、その時は一緒にする。

20分後8球連続で入った。そして9球目だ。
『今準決勝の決めのサーブだぞ』とわざと声をかける。
プレッシャーをかけるが、途中で『緊張したら一球目のように
はじめの心に戻れ』といったことを思い出して欲しいからと祈った。

彼は今までより大きく深呼吸を一つ入れる。
見ていると心が決まったのか目がしまった。

その時自信の球が入った。
そして最後の10球目は『決勝だな。自分に自信を持って外れても
良いから思い切って振れ』と言った。脅かしのプレッシャーより
応援者の信じた言葉は見方なのに敵以上に厚くのしかかるに
違いないと思う。

彼は周りにいる人たちも気になってない。
その頃になるとこの二人(親子)はなにをしているだと
思って見ている人がいました。
もちろん通行人もいたけど何人かは立ち止まって見ていた。

自分が剣道の決勝の時足はガタガタ、
緊張は最大限だけど礼をして構え、気合を出した時は吹っ飛んでいた。

今の自分は頑張てると感じた。自分を好きになりかけている。


『まさか!』

 

1時間前の軽い二日酔い親父とあまりサーブが決まらない
羽子板息子ではなくなって、大げさだけどウィンブルドンの
センターコートにでもいるような気分になっている。


枠に入れ!となんて祈りはしてない。
自信を持ちかけている男を見ている瞬間に、今人の成長と自信という
香に遭遇していると思った。

そして彼は渾身の球を打った。
まさか!入りやがた!

そして決まった時彼はずっと無言だったのに笑顔で
『ありがとう』と言ってくれた。

朝から親父を泣かせるなよといいたかったけど、
『良かったな、誰のおかげだ!』と少し照れながら言うと
『お父さんのおかげです』と言った。


調子に乗って地面に私のラケットを立てて『ここに当ててみろ』
と言ったら、なかなか立たないのでもたもたと
セッティングしている俺に向かって彼は勘違いして打ち込みなんと
持っているラケットに当たった!
でも私は『馬鹿ヤロー、危ねーじゃねか』と言葉にする。
でもちょっとすごい!とも思った。まぐれだと思いちゃんと
立ててからまた打たせた。

少し人も見ているし絶対当たらないと思ったら、
二度目のまさか!が出た。

一発で当てた。
また確認『誰のおかげだ』答えは『お父さんのおかげ』
もうすでに星一徹の親子&浜口親子になっている。

 

『礼』

 

成長は遅くても、信じあう心が合う一瞬で笑顔になれる。
今の喜びがあるから結局は今までの練習は近道だと思った。
『気づく』と言うのってこんなところなんだと思った。
剣道もいっぱい稽古しても変化はなく成長はしていないじゃないかな?
と思っているときもあるけど『気づく』と言うことのために
今を腐らず信じて歩くのが近道と感じた。


そのコートを出るとき『お世話になったコートだから
『礼』をしよう』と言い二人で頭を下げて帰ってきた。


近くにマクドナルドに入り遅めの朝食は不思議だった。
気をまったく使わない息子がテニス道具を
全部持ちドアを開けてくれた。

そして多くを語る事のない彼がポテトを口にほおばりながら、
『自信ついた』とぽつり。


私は『3万円』と言って手を出した。
『コーチ料は出世払いにしとく』と添えた。
親子でもただでは教えない。
そのおかげか競馬が当たり、息子の替わりに神様が払ってくれた。

剣道もテニスもなんか似ていた。
球(面)を捕らえるところの難しさ、
心が形に表れる所なんてそっくりと思った。

ちなみに私は何回か打ったけどまるで入らずでしたが
口だけは絶好調でした。




ただ逢いたくて

目を閉じると ただ逢いたくて

それしか浮かばない

逢えない時間が 切なくて

呼吸が止まりそう

 

あなたを好きだから 触れていたい

冬の海を二人で歩きたい

強く抱きしめて眠りたい

 

目を閉じると ただ逢いたくて

今頃あなたは何をしているのだろう

君のためだけに 生きていたい

無邪気に笑顔になれる

 

あなたを愛しているから 

横にいるあなたが大好きなんだ

ゆっくり眠りたい

出来るならあなたを抱きしめたまま

 

本能のおもむくまま強く抱きしめたい

願いがかなうなら今すぐあなたに逢いたい

当たり前の幸せなんていらない

辛くたって、苦しくたってあなたに逢いたい

 

あなたは俺に勇気をくれたね

そして愛する力と幸せの大切さを

ずっと一緒にいたい



(最近作った私の詞です。誰か曲をつけてくれないかな?)


生きる笑顔

久しぶりの親友の再会は本当に楽しいと感じる。
お互いを見て『まだ若いな!』と同じことを口にするのは、お世辞なのか、
それとも本音なのかわからないけど、
『老けたな!』よりはよっぽといいと思う。
人生前向きに生きて、死ぬ時には笑顔の数では誰にも
負けないとがんばって生きているのかもね。
家族での付き合いだから子供一緒だ。
まだ幼い瞳をキラキラさせながらちょっこんと座る子供を見て
『まだまだこれから大変だな』と私は心でつぶやく。
少しじっくりと独身を味わっていた彼だけに子供はできたてホヤホヤ!
それでも私の高校生と中学生の子供達とは同じなんだ。
少し考え深いものがあるが、それも若さの秘訣かもしれない。
数ヶ月前に鹿児島のもう一人の親友から孫の写真を送られてきた時
『おいおいもうおじいちゃんか?』と思っていたら今度は自分の息子か?
なんとも摩訶不思議というか、人生や年齢や若さには幅があると思った。
誰が決めたわけか知らないけど、そこそこの平均的な人生の流れが
あるけど、この三人の中に入ると私は平均的なのかもしれない。
それは決して良いというわけではなく、流れの平均という意味です。
時に人生の変化ってその人の精神的なものを若くしてるんだと思う。
一人は孫が出来また一つ頑張ろうと気持ちを上げる。
そして我子が生まれ、子供が成人になるまでは気持ちを休めないと
笑顔での前向き。
どんなことでも前を向く、そしてその子たちのために頑張って生きていく。
色々悩みながら生きて行くことは『普通の幸せ』で、誰かのために
生きがいを持って生きていくときは『すごく幸せ』なのかもしれない。
お金がかかるから頑張って働くって、良いことですね。お金は使うために
あると思う。でも、その使い方に道はいっぱいあるし、
どんな使い方だって意味はある。でも、なにも意味もなく
お金を溜め込むなら、愛する人や、将来のことや、
周りの為にお金を使ってあげた方が、お金も『笑顔』になっていると思う。
この子宝という『宝』にお金という大切な心のこもった『金』を注ぐのだから
一生懸命働き、働き甲斐があると思う。
我子たちもこれからまだまだお金はかかるけど少し先の笑顔が
見たいから頑張れるのかもしれない。
若さはきっと環境でどうにでもなるんでしょうね。



免許書換

先日三年に一回の免許書換に行って来た。
ここ何回はすぐ近くの新宿署で行ってきた。
と言うこは優良運転手と言うことになる。
でもどういう訳だか三年に一度位の間隔で一番軽い違反をしてしまい、
ゴールド免許にはならない。
毎回今度こそと思ってはいるのだが戒めのように捕まってしまう。
今回は特に厄介な時期につかまってしまった。
書換期間の一ヶ月前で完全に残ってしまう時期だった。

久しぶりに府中試験場も何か懐かしいので心新たに出かけていった。
平日の午前中はガラガラで受付の案内も丁寧で久しぶりの私にとって
ホッとして動きやすかった。
今は写真を持っていかなくても良いことを知っていました?
私は準備良く笹塚で撮っていきバッグに忍ばせ言われたらすぐ出す体勢
で気合を入れていたのに最後までその写真を出すことはなかった。
いっぱいあるからどこかに貼っておくかな。(魔除けにいかがでしょうか?)

いよいよ久しぶりに講習を受けるので感想を書いてみました。
良かったらお読み下さい。
決して非難して書いているのではなく自分も人前で話すこともあるので
わが身に置き換えて書いたと言った方が良いかもしれませんね。

まず変な言い方だけどすごく丁寧な教官だから柔らかく良い空気は感じた。
でも、講師と言う立場を角度を変えてみたら私はこう感じた。

人は何を感じて人の話を聞くのか?
内容だけなら本さえあれば誰でもできる。
でも講師はその時間内でより重要なことや絶対に感じ取らなければ
いけないことをどう受講者に感じ取らせるかが大切と思う。
よく料理の本の通り作ったけどたいして美味しくできなかったと
思うのと同じだと思う。
微妙な火加減やタイミングは本には書ききれないからだと思う。
講師は『大きな声』『正確な時間配分』『偏らない話の流れ』
これは最低限の注意点で、さしてその講師の重要要素ではない。
そして聞く側の心になるのではなく『相手をひきつける!』
ここに大きな価値がある。
それは講師の持っている人格、迫力、熱意、今まで生きてきた自信、
その少しづつの集合体がその講師の所作に出る。
免許の場合は誰もが望んできていない、だからなおさら内容より
雰囲気やその関わっている時間が短く感じるような話しの
進め方や展開、そしてなにより毎回人は違うのだから
その場の空気の瞬時の読み取り。
少しでも食いついてきたと察したら一番大切な内容を詰め込む。
人の集中力は一時間の中に10分と思っている。
頭の良い人ほど短い。だからたくさんのことを瞬間で感じ取れ、
後は頭を休ませる。
天才は努力しないんじゃなく、自分でもわからないほど絵として頭に残せる。
そしてそれを別の形に置き換えられる。

その点免許などの時に限らず、ビデオとかスライド(パワーポイントなど)は
印象に残りやすいのは映像として脳に焼き付けるサービスだからだと思う。
いわゆる普通の人に天才の頭の中の覚える組織を
手助けしているのだと思う。
特に喜怒哀楽の激しい言い回しや映像は残る。
物やシステムを売るなら過程の大変さより成功した実例。
守らせたいなら失敗して起きた不幸。
会社のプレゼンテーションで良いのは、できるまでの苦労や
大変さではなく絶対に成功すると言う洗脳。
競馬の予想も同じだと思う。(もちろん裏づけされた判例を用いる。
今の日本の裁判は正にこの方式)

人は心に残り、内容は頭に残る。

私が今回の講師に60点をつけた。
それはなぜかと言えば先ほど行ったとおりの事はクリアーしていた。
間違いはなく、言葉使いも悪くない、でも心に残るような事や
迫力みたいなこと、『そうか!』などの新鮮さの切り口、
人間的にこの人みたいになりたいと言う希望的憧れはない。

だから60点なのかもしれない。もちろん合格点です。

そしてマイナスポイントはその講師が終わり間近になると
頻繁に時計を見てる。
見ることは悪くないけど、見過ぎるのはどうかと思う。
初めてじゃないんだから『時間が体に入っていない』と感じた。
そして多少の時間のずれより、大きな良い流れや雰囲気を優先して
こそ聞きやすいし、聞く人の気持ちを気にするのなら、
それこそがこちら側の心になったと思う。

時々入れなくてはと思う落とし噺(ギャグ)も使い古されたものや
仕込みすぎて『これを言った時は笑ってください』では興ざめの極みだと思う。
だったら朝新聞を読んで気にかかったことを言った方がより
こっちとしても入りやすい。
笑いは心を休めさせるものであって、強制するものではない。

講師が使った話しを出します。
黒板にすでに1から10までの番号が書いてある駐車場の図があります。
そして講師が『駐車場に10台止められる場所があるのですが、
そのうち9台は埋まっていました。でも一台分は空いています
(その番号は9番を指しています)。そこに一台の車が右折して
入ってきたら止めずに出て行きました。
そして今度は左折して入ってきましたが止めずに出て行きました。
どうしてだと思いますか?』と受講生に聞きました。
何人かを指名しても誰も答えられなかったけど私はすぐにわかりました。

たぶん誰もが交通法規と思い答えなかったのか、
またはやる気がなかったのでしょうね。

(相手に質問を振るのは講習会や講義では必要と思うし、
それによって興味の確認や理解度のバロメーターにもなると思います。)

誰も無反応のままだけど講師は自慢げに、
答えは『車は急(9)には止まれない!』と言った時は
どうだと言わんばかりでしたが、私だけではなく何人かはわかっていたし、
妙に真剣に考えた人は『なに?』と言ってました。(私の隣のおじさんです)
そしてそのギャグの反応も感じないまま次の話しに移っていくさまは
『やれば良い』みたいな空気を感じました。

これが受ける側の『聞かなくちゃいけないのか?』の溝を深める瞬間ですね。

その講師は時折受講者の心を察するかのごとく
『面倒くさいでしょうが法律で決まった講習時間ですので・・・・』と
丁寧に言ってはくれるものの、その言葉でより面倒くささを助長させる。

じゃ私が講師だったら何を言うかといえば、平成15年の都内の事故件数
(これは言ってました)より『違反金は年間どの位あり、その使い道は?』
そして『交通取り締まりや事故等に関わる警官の全体比率』等ですね。
これは内部のことで言いづらいと思うかもしれないけど、
全部警視庁白書に出ていることだと思います。
公には出ていてもあまり一般には知られていない
数字だし興味あると思う。

その数字を聞けばこんなに違反して罰金払うのはもったいないと感じると
思うし、それによって違反する気もなくなるかもしれない?
好んで違反する人はいないから減ることはないですね。

またこんな豆知識を持って帰れば飲んだ時のネタになると思う。

まぁ、絶対にこんな話しはしないでしょうね。
逆手に取られるのが関の山だし、質問を受け付けないのもどの角度
から来られるかわからないから、受講者に聞かないんでしょうね。

なんか講義の内容より人間ウォッチングに重点を置いてしまいました。

でも、人前で話すと言うのは難しいものですね。
感想を言うは簡単だけど、自分がやるとなると大変ですね。

私が二時間受けてきた感想です。

次回は20分講習で済ませたい。


心を軽く

別に毎日すごく幸せばっかり感じて生きたいとも思っていないし、
でも、悲しいことばっかり感じては生きていくのが辛い。
時に頑張ったり、笑ったり、悔し涙、悲しい涙を流したり。
その心の四季を感じるから人として優しくなれたり、爽やかな心を感じたり
特に自分の感じた良いことは伝えて残したい。
それは子供だったり、色々な人だったり、同じ道を歩んでいく人だったり、
良い心を力んで伝えるんじゃなく、心を軽くした時良いことがある。
それは決していい加減じゃなく、無駄な力を抜いて打算的な心ではなく
この人にこの心を感じて欲しいと思うから無理はせず時間をかけて
ゆっくり一緒に歩きながら感じていたい。

人には寿命がある。

親父が長い眠りに付いた時とっても悲しかった。
怖かったし、厳しかったけど、それ以上に優しかったし、誰よりも私には
愛情を傾けて心配したり、一緒に喜んでくれた。

子供のとき私の剣道を見ているとき、けっして一番前では見ていなかった。
いつも決まったような距離感で私を応援してくれていた。
私も親になり今そんなことを感じつつ子供たちに接している。
一番近い所にいるから一番真剣に接してあげたいけど、べたべたした
愛情ではなく時には凛とした愛情を共有しながら、見つめていたい。
それは私を慕ってくれる教え子や仲間たちにも同じです。
そして時間がたてばおじいちゃんになっていくんだなぁと感じ、
その時はどんな気持ちなんだろう?

急になるわけではないからそんな道筋も頑張り、喜びも感じながら
皆で歩いていきたい。

そんなことは常に思っているわけでもないけど時々頭に浮かぶ。
先日知り合いの人からこんなHP知ってる?と言われた。

何かを言っているというより、見た人が自分なりに感じとれれば
それで良いと思った。
よかったら心を軽くしてご覧下さい。

音楽も良いので仄かに聞きながらどうぞ。

私は子供と一緒に見たら涙が出てしまいました。


優しさの笑顔

先日店に目の不自由な初老のお客様がお連れの方と二人で来てくれた。
衣替えのシーズンだったので色々と洗濯物の事を訪ねて来た。
物腰の柔らかい言い方や、言葉の節々に感じられる爽やかさに私は心が
通じたような気がした。
そのお客様は普段は一人住まいで、ほとんどのことを一人で
行っているみたいだ、それはお連れの人が
『また来週の土曜日に伺いますが、なにか困ったことや急用が
あったら言ってくださいね』との会話のやり取りで感じ取れた。
色々なことを話し、納得していただいたのか『少し多いので取りに
来て頂けますか?』とお客様が言われ、バイクで五分ほどの所
なので『ありがとうございます。集配させて頂きます』と私は答えた。
そして約束の日にお伺いをした。

ドアを開けてまず驚いたのはとても整理してあり、無駄な物が
転がっていない、目が不自由なだけに色々な物はかえって
必要がないのかもしれないと思った。
人は生活をすれば必ずゴミと愚痴は出る。
貯まらないのはお金で、貯めたくないのにぜい肉とストレスは貯まる。
そんなことはどうでも良いのだが
ヘルパーの人が週一なのに出来ることは自分でする責任感と努力を感じた。
それから何度か集配が続き少し会話もしたりして、そのつど暖かい
笑顔がそこにある。
行くたび『いつもすみませんね、ありがとうございます』と言ってくれる。
私は仕事だし、ましてお客様の方は目がご不自由だしそんなにまで
言われて感謝されると私の方が恐縮してしまう。
定期的な集配で心も通い合いそのわずかな時間もなにか心休まる時
になってきた。そんなある時毛布を出して頂き、表示通り洗濯をした
のですが僅かだけどなにかごわごわとした感じが毛布に見うけられた。
洋服でも毛布でも布は永久的なものではなく、どちらかと言うと
生ものと言う感覚で私は思っている。

だから使い込んでくれば生地は傷むし、劣化や変色と言ったことも
時間の経過ではしょうがないとも思っている。
でも、そうだからと言って何もお客様に伝えずでは仕事としての
責任感がないとも思っている。
人間だから間違いや失敗があってもしょうがないと思っているが、
あり過ぎてはいけないし、それをごまかそうとする方が問題があると思う。。
私は感じたままをお客様に伝え『お客様によりご納得行く形で
対応していきたい』と伝え代替の毛布か弁償と考えていた。
お客様はその内容をしり納得されたかのように、いつもの笑顔で
『そうですか、良いですよ。別に縮んだってかまいませんよ、
私は小さいし少しくらい平気ですよ』と言ってくれました。

微妙な感覚だから変わらないと言えば変わらない、
目がご不自由だからと言うわけではないけどかえって手触りや感覚の
違いは私達より敏感と思っている。
その時は『それでは店に戻って考えて次回ご返事をさせて頂きます』と
言葉を残し返ってきた。
お客様のその優しさがかえって心に残る。
私はお金と思ったけど結局またそれを買いにいくのも大変と考え、
同じ物くらいの毛布を買い持っていくことにした。
そしてお客様宅に集配とお詫びに行った。
お客様と顔を合わせたとき『先日の毛布のことなんですが・・・』
と言いかけたら、お客様は『良いんですよ、気にしないでください、
全然変わっていませんよ、だからその毛布は持ってかえって
ご家庭で使ってくださいね。』と笑顔で言ってくれた。
私は驚いた。

このお客様は完全に目が見えていない全盲であり、私は先週も
今も変わりの毛布を持ってくることは伝えていないのに、
『その毛布』と言われた。
目では見えなくても感覚で相手が何を持っているか分かることもある
と聞いたこともある。
また、目では見えない代わりに心を読まれていたのかもしれない。
私は驚きとそのおおらかな優しさを感じ言葉に詰まった。
なんと言う素晴らしい笑顔なんだろう。とも感じた。
そして私はその言葉を頂きお客様のお宅を後にした。

どんなに辛い状況においても相手への思いやり、優しさ、感謝の
気持ちを忘れてはいけないとこのお客様に教えてもらった気がした。

笑顔は作るものではなく、相手にあげる物だと感じた。
最高な笑顔だからもらった相手は幸せになる。
私はどんな笑顔を差し上げられるかは、これからの生き方に
かかっていると思った。
歳を重ねてこんな素晴らしい笑顔になれるよう修行をしないと
もらった笑顔に失礼ですね。


孝行

こんな響きに何を感じるだろう。
孝行ってすることのように感じてた。
ある言葉を思い出す
『こんな事をしたからじゃない、こんなしたいことをさせてもらえた
事を嬉しく心から思っていてくれる人の笑顔が好きなだけ』

ふと思うと俺の親父は剣道が好きだったのか?
俺が剣道で活躍しているのが好きだったのか?

もし活躍しなくても、結果らしいことがなくても嬉しかったか
もしれない。 生きていたら今聞きたい。

生きることに疲れて落ち込むときがあっても親父は笑ってた。
子供のときはへこたれたら殴られた。
大人になったら悩みを言う時駄目出しなんて言わなかった。
それは俺が頑張っているからじゃない。
上手く言えないけど同じ血が流れてると感じたのかもしれない。

なにか必死にやっている姿が良かったのかも?

恩返しなんて、お世話になった人たちに返せない。
その人たちも俺に返せなんて言ってない。
ただ『お前の背中を見ている人もいるよ』と言う親父の言葉。

剣道なら親父の旅立つ間際に七段を見せられたこと。
孫を抱かせてあげられたこと。
一緒に酒を飲めたこと。
これは俺が思うことだけだ。

高校に入る前に親父と二人で車に乗って一泊で富士山の周りを
走った。
もちろん宿なんてない、寝るのは車の中。
高校に剣道推薦で行く俺に何かを言いたかったのかもしれない。
突然『いくぞ』と言い二人で毛布を積んで出た。

富士山に付いた頃には夜だった。
親父は何も言わずに『ここで今日は寝よう』
交わす言葉もない、なんだか意味もわからない。
翌日朝起きて近くの湖に行って森の中をくぐり二人で釣りをした。
ちっちゃな魚を何匹も釣って、楽しかったことは忘れない。

昼飯を食べてるとき『剣道頑張れよ』と言われた。

なんだかわかららないけど写真を撮ろうと言い出した。
すべて俺ばかり。

なすがままというか、訳わからない。

そして家に帰ったけどそのことについて何も語ろうともしない。

わからないまま今に至るけど、今、今日少しその時が
孝行なのかもしれないと感じた。

子供に何を期待するんじゃなく、大丈夫か?
だけなのかもしれない。

そして俺ができる孝行はそのことをなんだったのか?
とずっと考えることなのかもしれないと思った。

怖くて、殴られて、優しくて、一番心配してくれる人がいる。
その心を宝物にしていることが孝行なのかも?

『お前がいるから俺は頑張っている』と言う言葉を
親父が残してくれた事が最高な息子孝行かもしれない。


たいしたもんでしょ

我家には二匹の猫がいます。
二匹とも拾ってきたんだけど、とっても可愛く人なつっこい。
名前は日本猫が『武蔵』で、もう一匹はアメショウで『小次郎』
つけたのだが、私が拾ってきたのではないので皆好き勝ってな
名前をつけて呼んでいる。
『スティチ』『マイケル』とサードネームまである。
なかなか気が強いけど暴れることも、無駄な爪とぎもせず
なかなか頭がいいみたいだ。
なにしろ人間の食べるものが大好きで困る。

私の酒のつまみの鳥のささ身やイカの燻製ときたらもらうまで
離れることはない。
それほどの執着があるなら芸ができるかもと思い少し
仕込んでみた。
新年だし書初めをさせてみた。
まぁ、私ほどではないけどまずまずのできに合格点を出した。
成せば成る、成さねば成らぬ、何事も。ですね。

次は英語を書かせてみようかと思っています。


新年明けまして
おめでとうございます


新年をお元気にお迎えになられたこととお喜び申し上げます。
私も楽しいことばかりな2003年とは言えませんが、
色々なことで楽しく過ごせ、大きな事故もなく新年を迎え幸せと
感じています。 何よりも元気でいられたことが良かったです。

今年の抱負というか自分なりな望むことは、やっぱり少しでも
皆と一緒に少しでも笑顔を作って行ける一年でいたいと
思っています。 片寄った大喜びがあり、辛い事もあるなら
私は今年みたいに人とのふれあいの暖かさを感じれたような
一年の方が私らしいような気がします。
こんなことの方が大きな望みかもしれませんね。

仕事も世間の流れと同じにまだまだ厳しい状況ですし、
剣道もなかなか思い通りにはいきませんが、
まだ大満足や悔いがないといえるほどの修行もしていず、
これから、日々努力のほうが良いと思っています。

なにより、このHPのおかげで色々な人と出会えたこと
そして色々な励ましや、共感や、勉強になったこと
そんな一つ一つが心の積立貯金かもしれません。

満期になるときはたぶん最後までないとは思いますが
途中解約せず少しづつ頑張りたいものです。

今年も自分なりにこのHPを愛し共に成長できたら良いなと
心から思っています。

こんな勝手気ままなHPをごらん頂き感謝しています。

今年もよろしくお願いいたします。



試験問題

冗談で作ったゴンダクリーニング店の採用試験が見つかり
載せてみます。
本当は絶対ありえないのですが、作ってみたんです。
まぁ、暇つぶしにやってみて下さい。
意外と簡単そうで難しいですよ。

問題

答え

結婚式

先日結婚式に行ってきました。
弟の結婚式です。
血はつながっていないのだけど、それより強い縁だと思っています。
中学から剣道を通して付き合ってきたから当たり前ですね。
まぁ、剣道だけではなく色々なことでお互い助け合って来たと言うか、
一番大切な時に裏切らず、自分のこと以上に真剣に考えているし、
なにしろ呼吸で今の相手の状態がわかるって感じですね。

ちょうどその日は別な式典もあり、二次会は参加できなかったけど
色々と楽しくと言うか、満足な結婚式というか、なにしろ笑って
ばかりだった。 まぁ、お祝いの席だし良いでしょう。

場所は京王線橋本駅の近くのホテルで行われた。
行くまでにどのくらいかかるのだろう?
笹塚から1時間見ていれば着くと思い電車に乗り込む。
ジャストタイミングで急行がホームに滑り込んできた、せっかちの
私にとってこの上もない喜びだ。 それだけで軽い上機嫌。

調布を過ぎたあたりから、窓越しに見える景色も変わってきた。
車内は空いていたから、今最高の紅葉を味わえたのはラッキーだ。

少しのどかな風景が心を癒し、色々な思いを巡らせるのにも
良いシチュエーションとなっている矢先、電車は目的地に近づく。
えーーーって声が出るようなビル街が突然現れた。
都会に逆戻りしたのかと思わすような景色。
ベットタウンというのってこんなことを言うのかと思った。

そんなことを感じながら改札を出てホテルへい向かう頃には
小雨交じりの天気も祝ってくれるかの如く軽い日差しが顔を出してくれた。 
本日の良い気分益々良好。

ホテルに着くとK木君が先についていた。
先輩二人は余裕の到着なのに新郎の同期が来ていない。
まして、前日から来ている地方の客人だ。
遅れている苛立ちというより『大丈夫?』との心配の方が先である。

案内の人がそろそろお式が始まるので中の方にと言葉にした時、
悪びれることのない笑顔でその二人は普段着で到着。
案内人の人に急いでお願いしますといわれても、変わらぬ笑顔。

まぁ、お祝いだし、ぎりぎり間に合ったんだし、良いよその笑顔。
そしてチャペルへと移動する。
厳粛なそして爽やかな式が行われる。
私は写真の関係でバージンロード側の席を取り、ひとしきり落ち着くと
おとぼけ二人組も入ってきた。

新郎新婦の感動的入場、そして式が行われていく。
一つ一つの動きが心に響き、言葉に出来ぬ熱いものがこみ上げる。

賛美歌になり皆、お祝いの心で口にする。
ふと思うと後部から声が聞こえない。
振り返りカメラを向けると、笑顔の二人は居酒屋のメニューでも見て
いるかのごとく、目では追うものの歌っていない。
でも、シャッターチャンスには満面の笑み。 恐るべし。

無事にその二人以外は感動しつつ式場を後にする。

宴席に移る前に少し間があり、その時その二人に遅れた理由を聞いた。
『すいません、途中で腹が減ったので駅前で食事してました』
K氏完全に笑いのつぼにはまる。
『こいつら馬鹿!これからパーティーなんだから食事出るのに』
まさに其の通り。
なんとまぁ、その時の感情だけで動くやつらなんだ。

そして新郎が来ると福岡の後輩が『メシ食うのどこと?』と尋ねている。
『ここだよと』新郎が指をさす。
私は何を言っているか新郎に尋ねた。
日本語で言うと『パーティー会場はどこですか?』らしい。
私も軽い笑いのボディーブローが入ってしまった。
『パーティー』は『メシ食うとこ』俺のPCの翻訳システムには載ってない。

さっきのアメリカ人の牧師さんの方が比べ物にならないくらい
日本語が上手い。 それでも彼たちは必死の標準語だ。

そして、披露宴となり司会は後輩のT君が行い少し心配は残る。

とても身近という列席者なので和気藹々と進行し、全員挨拶ということに
皆、軽い緊張感が走る。 挨拶といってもその場からのスピーチで
ややホッとしていた。 でも、私は乾杯者の後にすぐに挨拶といわれ
ましてや上の方からだ。
まだ来ないと思っていたので、ビールをグビグビ飲んだ所で指名が来て
慌てていったものだから、マイクを持った瞬間ゲップが出そうになり
堪えようとしたけど出てしまった。
まぁ、マイクは通さず横を向いたけど、また音のないやつだったから
セーフだとは思う、私も何回も挨拶はしているけど初めて挨拶前に
お客様の前でゲップしたのは、ちょっとへこむ。
挨拶は急だったので考えていた半分も言えなかったけど、その分短め
だったからかえって良かったかもしれない。

一通り挨拶も終わり、司会者のT君も少しは慣れてきたのか、段取りも
無事こなしてきた。 でも、慣れすぎていくのも妙に怖い。
式典では場面が変わるときの言葉としては『続きまして』とかで
場面変更を口にするけどT君は『じゃー、ケーキカットに・・・』おいおい
『じゃー』はないだろう! でもそれは序曲に過ぎなかった。

電報披露で司会者が読み上げる、かなり来ていたので全部を読み上げる
ことなどどこの結婚式もない、そんな時はお名前だけ読み上げるのが
通例だと思って気をゆるしていると、締めるように司会者の口から出た
言葉は『たくさん頂いておりますが以下同文です』だって。
今は結婚式だぞ、試合後の表彰式をやっているんじゃないよ。
でも、以下同文と絞めたところは剣道人らしい。

そのあとは新婦側の友人から素晴らしいベルの演奏や、心温まる涙の挨拶と
続き、時折結婚式に来ていると思い返してもらえるが、この一角だけは
『K君とゆかいな親父たち』の宴会と化しいている。
結婚式で『ウーロンハイ大きいグラスで!』と頼んでいる姿はない。
まさに養老の滝にいる気分となり、新郎までこっちに来て飲んでる。

そんな楽しい結婚式もそろそろお開きとなる時間となり、再び司会者登場。

でも、すでに司会者は酔っている。
段取り表の字が小さく見えずらいのかマイクを持ってまま、
『次はなんだっけ?』と独り言なのか、誰に聞いているのかわからない
言葉を言い始めた。
私も酔っているけど近くにいたので急遽交代。
絶対に結婚式の司会はしないと決めていたのに、こんなタイミングでする
ことになりこれも何かの縁かもしれない。

最後は式次第にのってはいなかったけど、お笑い鹿児島人に
万歳をお願いをし、この式典をお開きとさせていただきました。

私は来るときに絶対に涙は見せないと心に誓ってきました。
でも、絶対にとまらない涙がこぼれると思っていたけど、その時は
声でも出して泣いてやるか!とまで思っていた。

弟の結婚式だから誰よりも嬉しいし色々なここまでの道のりも知っている。
花嫁になられる方には心から感謝の気持ちでいっぱいです。
それよりもまして親の心が少しわかる立場になり、新たな旅立ちに
『心から幸せに!』
とだけ願う、そして今の二人の笑顔が最高だぜ!と感じた。

結婚式の挨拶で言えなかった言葉をここで言います。

『K君は厄介な神輿だけど、良いかつぎ手が見つかってホッとしてます。
時にはどこにも負けない、日本一の神輿にだってなります。
今宮出しをしたからには、このKと言う神輿を宮入までしっかり
花棒をかついで下さい。 少し辛くなったら俺たちが掛け声を
一生懸命かけてあげるから、威勢の良い爽やかで冴え渡るような
気合でお願いします。 神輿は感謝いっぱいの気持ちで
そして心にいつも『愛している』を納めてきっちりかつがれろ』

なんてね。 今頃涙が出てきたよ。
楽しいなおやじたちのおかげでこの言葉を言うのを忘れてしまった。

ご新婦側の方々にはご無礼の数々本当にすみません。
良い男ですのでよろしくお願いします。

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帰り道

時の中に身を委ねると何かが見えてくる。
大勢の中にいると自分の力をわかってもらいたくて目立とうと
してみたり、頑張りすぎたりする。

自然の力に逆らうかのごとく無理がある。
一時的にそれが成功につながっても、正解ではないこともあると言うか
早く歩めば無理が生じる、そしてどこかに歪みみがあれば疲れとなる。

早く名前を出した分だけ、落ちるのが早ければ何もならない。

人の笑顔を見て心から喜べることなどないに等しい
でも、仲間や身内は自分のこと以上に嬉しく感じることもある。

やりたいことをするのだからどうなろうと勝手ではないか?
ある意味一人だけならその生き方もいさぎ良いかもしれない。
人の生き方に完璧なんてないし、全ての人に『こうあるべきだ』という
生き方もある訳ではない。
体も顔も心も皆違うようにその人にあった生き方、時間の過ごし方が
あると思う。

それを間違ってしまうと厄介なことになりかねない。
自分の力以上を心がけることは良いけど、身の程知らずになっては
周りに迷惑がかかるだけで何もならない。

よく言う『かき回すだけかき回して、飽きたから居なくなる』
これもその時に真剣に正しいやる気なら何も問題ではないけど、
ただの思いつきや、言い訳の隠れ蓑では失礼だ。

子は親の鏡である。
弟子は師匠の鏡である。

自分の背中を見ることは出来ないけど、子や弟子の姿なら良く見える
それは愛があるから、真剣だから、外見より内面のことが良く見える。

特に困っている時、悩んでいる時など強く感じる。
それは自分の鏡だから。
そんな時慌てているわけではないけど、ちょっと自分の身の振る舞いや
置き所が見当たらない。 自分だから。

一本の長い川は途中で流れが淀んだり、滝のように激しくもある。
でも、その源流は穏やかで、爽やかで、清らかである。
命が形になる瞬間だから。

私は子供が出来た時健康ならそれで良いと思った。
だから神様にあとは願いませんからと祈った。

人生の師が『人というものは欲にはきりがないものだ。だから
自分がどこかでしっかり欲を抑えないとおかしくなる。』と言った
言葉を思い出す。

お金はほしいけど遊びもしたい。
地位や名誉もほしいけど努力はしたくない。
裏腹だけど本音だと思う。

剣道の教え子にも真っ直ぐに歩んでほしいと願うだけ。
だけどやっぱり期待をし過ぎてしまう。
それも悪いことではないと思うけど、期待のかけ過ぎは少々
問題なのかもしれない。

私の師匠の言葉をお借りすれば何事も
『過ぎたるは及ばざるが如し』これに尽きる。

私の酒量もまさにこれそのものである。

すみません、注意を聞かず良い鏡になれない出来の悪い弟子で。
出来の悪い子ほど可愛いということわざを言い訳にしています。

おっと言い訳コーナーになってしまった。

先日たまたま会った教え子と飲みながら色々話しをして、心が朗らか
になり、その帰り道一人になった時、こんなことがふと頭の中に
浮かんだ。

とりとめのないことを考えるのもたまには良いものです。

教え子の目が輝いていたのが嬉しかった。


武蔵の寝相

ネコを飼って約一年になりました。
それまで知らなかったことや、習性や、本能や、愛情みたいなものが
感じられてとてもネコというものがわかりました。
でも、まだまだ不思議なこともあるんでしょうね。

最初のネコの武蔵は今でも二人になると足元で甘えてきます。
皆がいるとあまりこびないのですが誰もいなくなると『ゴロゴロ』のどを
鳴らしてやってきます。
彼の指定席は私が座っていない時のPC前の椅子です。
私が立つとすぐにここは俺の席といわんばかりに飛び乗ります。

それでも最近は二番目のネコの小次郎に先に載られて仕方なく
下で寝ていることもあるのですが、たいがいは気持ち良さそうに
アホ面で寝ています。

あまりに無防備な姿なので大丈夫かよって心配してしまいます。
まぁ、一生この家にいるのだからくつろいで遊んでくれれば
良いけどね。


久しぶりの声

先日何年かぶりに後輩のMから電話がかかってきた。
予期せぬ後輩の電話に嬉しさがこみ上げている自分がわかった。
電話から聞こえてくる懐かしい声にたまらなくいとおしくも感じた。
彼とは先輩、後輩という関係もあるが少しだけ私が高校のコーチと
までは行かないが何回か稽古を続けて行った時に高校生だった
ので思いも深い。
卒業してからも近しく付き合って北海道で一緒に飲み歩いたり、
源流館にも入って一緒に試合もしたりとずいぶん仲良く遊んだ後輩で
もあるし仲間でもあると私は思っている。
学生時代はとっても可愛い顔をしていたのだが、ある時から首から
上はプロレスラーの武藤みたくなってしまった。
(ちょっとマニアックな例えになってしまった)
でも心はいつまでもやさしい良い男は変わらない。
(慌ててフォローしてもだめかな)
母の手伝いで関わった居酒屋を引き継ぎかなり良い感じな店にして、
私の大好きな店ができた時『ずっとこの店をやり続けてくれ』
と言ってしまった。
特につくね焼きは色々な種類があり最高・絶品だ。
作り方も教わったので昔は良く作って家でおつまみにした。

本来その店の味はどんな常連にだって言わないし、決め手の隠し味
なんか言うわけもない。でも、私には教えてくれた。 
まぁ、彼も知っているのでしょう、私は一度言ったら引き下がらないことを、
そしてこの二人の関係に『ノー』の言葉など言える隙間がないことを。 
彼にとって私は金正日なのかもしれない。 他にも色々な料理
を考えるとお客様に出す前に私に出してコメントを聞いてきた。 
すべて美味しいので『美味いなぁ!』と連呼していたのが記憶にある。
 
だから彼の店に行ったときは自分から注文をしたことがない、
すべてお任せである。 彼も私のことを良く知っていて今日はどんなものを
食べたいかわかるのか量・素材・タイミングを外さない。
そんな彼がある時奥さんの実家へ住居を移すと言い出した。
それを耳にしたのは飲みに行って奥さんの何気ない一言と、
店内に張られたお知らせでわかった。

奥さんが『実家に戻ることになってすみません』と言うから『里帰りなんだ』
と言うと『え』と返す言葉と共に、二人の視線はM君に注がれる。
話しが進むにつれ、小さなM君の体が段々より小さくなっていたのに
気が付いた。 もうすでに彼はまな板の下に沈んでいた。
奥さんが『先輩にはすぐに言わなくてはならないから稽古に行って、
伝えてくると言って稽古に行ってたから伝わっているのかと思ってました』
と呆気にとられてた。

俺もここのところ忙しいのに仕事前によく稽古にくるなぁっと思ってたから、
そうだったのかと納得した。
『すみませんでした。言おう言おうと思って稽古に行くのですが、
先輩の顔を見るとなかなか言えなくて』と言葉にする。
『バカヤロー、みずくさいじゃないか』と言葉にするが怒りとかではなく、
寂しさで心が落ちた。
私は自分の思いがすぐに顔や態度に出てしまうと言われる。
よほど私が悲しい顔をするとでも思ったのだろう、
自分では隠すのは上手いと思っているのだが『バレバレ』とY口君も
教え子ながら師匠に指摘してくる。

でも、言葉では強気発言なのにやはり悲しい顔になってしまったみ
たいだった。 自分でも感じた。 それから閉店まで何回か足を運んだ。
最後は一人で飲みに行った。
常連のお客さんも別れを惜しみ店内はいっぱいになり、
私は良いところで身を引いた。 
帰りのタクシーの中で私は大泣きをしてしまった。 
運転手さんまでつられて泣きはじめてしまった。
私は言った。『運転手さん泣かないでくれ、事故しちゃう』とそこだけ
冷静だったことを覚えている。 そして彼は九州へと旅立った。

そして数年がたちその彼からひょっこり先日電話があった。
色々なことがあり、嫌な事や辛い事も経験したらしくボソボソと
話してくれた。途中で声が聞こえなくなり、『どうした?』と聞くと、
いっぱいになった涙声で『本当に早く先輩には連絡したかったの
ですが、自分としてまだ納得できる状態ではなく、今やっと住まいも仕事
も変え落ち着きました。剣道もできるような環境にも恵まれ、
良い人たちに囲まれ可愛がられています』と言い『その前に先輩に
電話したら自分の愚痴になっちゃうし、先輩にも心配かけるから出来ず
にいました』『やっと出来て嬉しいです』とすすり声で言うもんだから、
つられて涙がこぼれた。

返す言葉は『良かったな』しか言えなかった。
いつまでも変わらない大切な心・思いやる心・心配かけない心を
彼は忘れていなかった。
だけど何年経っても人に伝えることが遅いのだけは治らないものだ。

今Y口君が飲み会の席で気を使ってくれ、自然のように振舞う姿
『蝶のように舞い、蜂のように飲ます』のきっかけとなったのはM君の
後姿が手本と私は思っている。

自分にとって宝というものはいくつもあると思う。
物質的なこと、もそうでないこともその人にしかわからない。
私の宝箱の中には、人との触れ合い・出会い・絆みたいな事がある。
彼の人を信じる心の清らかさに久しぶりにこんな涙が出た。

いつかはまた皆で剣道して、美味い酒の味を変えるような君の歌を
つまみに騒ぎたいものですね。


心を育てる

先日とってもいい言葉を聞き自分にも思い返して心の中にしまった。

仕事でホテルの人と話しているとき、人は色々な人がいるから
楽しいと思うし、感動もする。だけどその反対にどうして
こんな考え方になってしまうのか、人に上下をすぐにつけたがる
のかと思うとその人は言葉にした。

仕事がら毎日何人も人を見ているし、ほとんどがお客様で、
日々感謝の気持ちで接しているから、少々のことは気にならない
とは思うのにそれでもやっぱりどうして、と思うこともあるらしい。
ホテルには旅行や一時的宿泊のお客様の他にも常駐されて
マンション代わりに利用しているお客様もいる。

割合はわからないけどかなりの人がいるみたいなのです。
その人たちは金銭面では少しは余裕があるからできることだと思う。
当たり前だが仕事の収入も高額、現在の地位や学歴なんかも
一流と思われる。それでいて明るく楽しい良い人柄の人もいっぱい
いるとは思うが、やっぱりその中の人の中には
『俺はおまえ達とは違うんだし、俺の言うことを聞いていれば良い』
的感覚でしか人を見ず感謝のかけらどころか、挨拶もしない
くせしてこちらからしないと礼儀がなっていないと言い出す。

それでいて少しでも自分より上と思うと腹の中とは違うお世辞で
手のひら返しの態度が現れる。それを目の当たりにしている
その人たちが思うことは、こんな心を持ってしまった今までの
生き方にその人の悲しさを感じると語った。

たぶんその人たちは勉強をいっぱいしてきて成績も優秀で親に
とっては自慢の子供であったに違いないと思う。
男にはありがちな肩書きが一番でそれが心の自慢ともなっている。

受付の人が『地位や肩書きを得ようとする努力はとても
良い事だと思うけど、その過程で成績を上げる事も必要だと思うけど、
ともに「心を育てなくては」人としては尊敬できない』と言葉にした。

『心を育てる』かと私は思った。勉強なら教科書や参考書はあるけど、
『心を育てる』教科書は本じゃなく親であり友達であると思った。
私の周りにもいっぱい良い教科書があるから楽しく明るい気持ちで
勉強して行こうと思った。


一番良い教科書は教え子たちかもしれませんね。

私は好きな言葉の中に
『ありがとう』と心からいっぱい言えた人が一番幸せ。

I want to tell you "thank you" from the bottom of my heart.


冬眠開けた

我家にはたくさんのゆかいな仲間達がいる。
その中でももっとも長く家にいるのが亀のキャサリンだ。
彼女はとっても季節を考えて行動するタイプなのです。
もう、家に来て4年位になるのかなぁ。
いつも彼女を見て四季の移り変わりを感じる。
人間にはない冬眠と言う行動は興味深い。
すでに全長30Cmを超えかなり重たくもなってきた。
体力もなかなかのものと言うか体を洗う時は手袋をしていないと
かじられてしまう。一度かまれた時は皮を噛み切られた。

亀の首って驚くほどすごい伸びるんですよ。
一緒に暮らしていないとわからない事ですね。

この頃暖かくなってきたのか水の中から顔を出してきた。
エサの食べ方はまだまだ鈍いけどしっかり目が覚めたみたいだ。
亀って20〜30年生きるからどこまで大きくなるのやら。

早く竜宮城に連れて行って欲しいものです。

やっと春なんですね。
気持ち良い日差しを感じなから楽しく日々を送りたいですね。
こんなに大きくなりました。
スタイル抜群なキャサリンです。



ちょっと暇つぶし

書類を整理してたら変な心理ゲームみたいなものが出てきたので
書いてみました。暇つぶしにやってみはいかがでしょうか?


今から始めるのですが、これは全部見てからしないで上からゆっくり順に
指示どうりしてもらえますでしょうか?
答えを書くときはなるべく直感でお願いします。
 
(1)まず筆記用具をよういしてください。                 
 
(2)その紙に左側に縦に1から11までの数字を書いて下さい。     
 
 (3)その数字の2の横には好きな数字を書いて下さい。      
 
 (4)37の所に自分の知っている異性の人の名前を書いて下さい。 
   (必ず、性別の逆の人の名を書くこと、女は男・男は女の名前
    どうしても同性の知り合いの名前を書きたい人は書いて良いです)
 
(5)4・5・6.にも知り合いの名を書いて下さい。             
       (ここには家族でも、他人でも、性別も何も関係なくお願いします。)
 
(6)8・9・10・11.には歌のタイトルを書いて下さい。         
  (自分が歌えるとかではなく思いつくままお書き下さい)      
 
  (7)その紙を裏返しにして何でも良いですからお願い事をしてください。
  (それは心の中で思ってください。)                   



それでは解説です。

@ 3に書いた人は今一番あなたが愛している人です。      

A 7に書いた人はあなたが好きだけど、かなわぬ恋の相手です

B 4書いた人はとてもあなたが大切に思っている人です。   

C 5書いた人はあなたの事をとても理解をしてくれる人です。

D 6書いた人はあなたに幸福をもたらしてくれる人です。   

E 8に書いた歌は3に書いた人を表す歌です。          

F 9に書いた歌は7に書いた人を表す歌です。           

G 10に書いた歌はあなたの今の心の中を表す歌です。       

H そして11
の歌はあなたの人生を表す歌です。          

解説終了です。 1・2についてはありません。
いかがだったでしょうか?

くれぐれも好きな相手に試してがっくり来るようなことがありましても、
私には責任は取れませんので冗談の聞く相手に試して遊んでください。


感謝

明けましておめでとうございます。
昨年はHPをご覧頂きありがとうございました。
今年も少しづつですが書き足して楽しいものに出来たら良いなと
思っております。 また皆様から、クリーニング・剣道・競馬と
お問い合わせやご注文のメールを頂き感謝の気持ちでいっぱいです。

新年のご挨拶を早々に書きたかったのですが、1日より風邪を
ひいたのか熱はさほどでもなかったのですが、お腹の具合が優れず
熟睡が出来ないほど、冷や汗をかきながら苦痛を乗り越えました。
(ちょっと大袈裟ですみません)

そのおかげか新年早々健康の大切さを実感し、年初めから禁酒という
素晴らしいスタートを切り、食事はおかゆとバナナという正月料理には
相応しくない献立をとても美味しいと感じました。
でも丸一日過ぎやっとお腹も戻ったみたいです。
それでもお酒を飲みたいと思わないのは、かえって良い事なのかも
知れません。 このまま控えられたら素晴らしい。

私の体をいつも気にかけて頂いている宮坂先生に
『これを機会に本当に摂生しなさい』と強く言われそうです。
私は気が小さいのでちょっとどっかが悪くなると『これはまずい事になった』
気をつけなくてはいけないと固い決意をするのですが、
それ以上に記憶力が悪いのと意志が弱い事の方が優先してしまい
お酒に関しては摂生が上手く続きません。

バームクーヘンとお茶を飲みながら時を過ごすのもたまには良いかも。

体調も良くなったので親父の墓参りに行って今年の色々な誓いや目標
なんかを言ってこようと思います。 勿論健康のことは一番ですね。
健康じゃないと仕事も剣道も出来ないし、相手に失礼だと感じます。

また今年も皆さんと楽しく出来たらを一番に考えて頑張ります。


親父の背中

先日久しぶりに親友が家に来た。
もらい物だからあげるとビールの箱を手渡し、何か少し言いたげな
空気を投げかける。彼とは小学校からの知り合いなのだが、付き合い
始めたのは大学時代からで今に至る。
数少ない大切な親友と私は思っている。
親友と言うのは私の中で心から何でも話せ、相手が喜ぶ時は自分のこと
のように感動し、悲しい時は一緒の気持ちで悔しがり励ましあい
そんな空間を共有できる相手と位置付けている。
その逆なら簡単だけど。だから何人もいない。
その彼の口からすぐに出た言葉は「権田さ、俺結婚することになった」
やっと決まったかと私は嬉しかった。
以前から付き合っていることは知っていて私も一度お会いしたことがある。
とっても歳は若いのだが礼儀正しく、このいい加減な親父二人の
どうでもいい話しにあわせてくれる心の広い女性だ。
だから私もこの女性と結婚してくれたら最高だし、こんな奇特な人は
もう巡り合わないだろうと確信していただけに嬉しかった。
おまけに入籍はわが息子の誕生日と同じ日で忘れることもないだろう。
もう一つ重ねた「おめでた」もあった。なんとも手際のいいことだ。
可愛いだろうな自分の生まれたての子供を実感できるなんて。
また彼が照れながら「俺還暦になっても子供は成人式前なんだよな」。
かーーーー。親友としてはここを喜んでいいのか、大変なことだと励ます
ところなのかわからないが一応笑いながら「若さ保たないとなぁ」と返した。
でも何かとっても嬉しくなってきた。幸せと言う良い空気を運んで
くれてこっちまで良い気分だ。その数日後私は彼の実家に挨拶に行った。
すぐ近くなので昔はちょくちょく遊びに行ってお父さんと一緒にお酒を
飲ませてもらい色々な話しをしてくれた。
この頃少し体調が悪いので横になってばかりだと聞いて心配していた
ので顔も見たくなって行って来た。
玄関先にお母さんが出て挨拶をしてくれたが、お父さんは今横になって
いるのでと言われた。ちょっと心配だった。
その二日後ひよっこりお父さんが一人で歩いて私の店に来てくれた。
私は驚いた。寝たきりのはずのお父さんが笑顔いっぱいで
「権田君このたびはどうもありがとう」と言葉も姿勢もしっかりでもちろん
杖なんかも突いていない。
お父さん弱っているなんて俺に嘘ついていたのかと錯覚をさせる
くらい元気だ。 でも、お父さんの言葉を聞いてわかった。
「息子が結婚するって決まって嬉しくて嬉しくて寝てられないんだ、
まして向こう側のご家族には大変申し訳ないと思っているけど
子供もできるんだ。僕はね、こいつの子供を抱くのが夢だったんだ。
色々あったけど孫を抱くことをあきらめた事もあった。でも抱かせて
もらえそうだ。そう思ったら元気にならなきゃと思って今リハビリで歩い
てんだよ。孫抱く力つけなくっちゃ」「親孝行してくれた」と言う。 私は店先で
いっぱいになった。危なくお父さんの笑顔で泣かされるところだった。
あいつもついに親孝行ができたか。苦節42年だなぁ、いっぱい
詰まった親孝行って感じだ。
お父さんが帰る後姿が妙に力強く、久しぶりに商店街を歩くのか色々
見ながら歩く余裕さえ感じられた。
最後に言った一言が私に響いた。
「あと半年どんなことがあっても僕は死ねない」
この気持ちが生きていく力強さだと思った。
お父さんに嬉しくなるような頑張る風をもらって幸せな一日だった。


コロッケ

久しぶりに昼から時間があり競馬の菊花賞を見事に外し
天才武豊が落馬したんだから私の馬券が外れても当たり前だ。
何かちっよと意味不明のこじつけだが気分転換にコロッケを
作ってみた。 (なんでコロッケ???)


北海道から送ってきてもらったジャガイモと玉ねぎと豚肉がそこに
あったから作ってみただけなんだけどね。
思っていた以上に簡単だったんだけど台所は汚れるね。
勿論自分でかたずけました。\(~o~)/

作り方
ジャガイモ4個の皮をむき少し塩を入れてゆでる。
玉ねぎをみじん切りにして弱火で炒め、塩コショウと味の素と
マヨネーズで味を調える。
(マヨネーズはコクが出るので少し入れると隠し味には最適)

豚肉は本来ひき肉を使うのだが、私はあえて包丁で細かく
切った物を使いたい。 全体的に柔らかい中にあって豚肉の
食感と味がしっかり口の中に広がった時「当たり!」的感覚で
楽しめます。 豚肉は火をしっかり通さなくてはいけないけど
私は火通りは9割程度としておきたい。
後で揚げるし、あまり炒め過ぎると硬くなり過ぎるような
気がするし、旨みもなくなりそうだから。
塩コショウと日本酒と砂糖とごま油。(みんな少々です)

それを茹で上がったジャガイモと混ぜ、形を整え衣をつけて
わりと高温で揚げる。
やってみると簡単ですよ。
まぁ、技と言うよりは美味しいジャガイモが手に入ったら
それだけで勝ったも同然。(料理も勝負)


だいたいこのサイズが10個出来ました。
時間は20分でした。
子供と一緒に作るといい味が出ますよ。


人の温もり

八月に入り暑さも一段と厳しくなってきた。
皆さんの体調はいかがでしょうか? 
私はこの暑さにはめげていますが体調は良いです。
私の身近な人が夏ばてから別な病気になり入院をしてしまい
色々な面でばたばたとしてはいましたけど、その分規則正しい
生活を私は送るようになり、かえって体調は良くなりました。

日頃からの深酒で内臓にずいぶん迷惑をかけていたんだなぁと
こんな時感じます。
健康を当たり前としか思わず、少々無理してもすぐに回復するから
大丈夫と過信をし、また無理して頑張る。
日本人は休むのが下手だと言うけど、休むという響きが年齢を
重ねた人にとっては罪悪のように思えたり、仕事を離れると
かえって不安になったり落ち着かないみたいだ。

私などは剣道やPCや色々な人とお酒飲んだりとか気分転換が
あり(気分転換しすぎという声もある)精神的に楽しく暮らさせて
もらっているからそんな感じではないけど、一般的には仕事上
今の景気では増して気を抜いた瞬間、居場所がなくなるのかもし
れない。 私の場合は店がなくなる。

けど、それは正しい事なのだろうか?
私は甘いのかもしれないけど、日頃から皆と仲良く信頼関係
を持って仕事に取り組んでいれば、少々休んでも周りの人が
カバーをしたり助けて頑張ってくれているのが本当の仲間だと
思っている。
今の政治の世界や企業のトップは助けるどころか弱くなったと
感じたら皆で追い込むみたいに攻める。
もちろんニュースの内容からだけ判断すると私も当たり前な
結果だとも思うし、もっと前から厳しくとも思う。
けどその前にその上の人達は部下や周りの人に厳しくあたって
来たのではないのかとも思う。
だから、ちゃんと正しい仕事をしたくても出来ないし、その結果心が
行き交わらないから誰かが犠牲にならなくてはならないのはおかしい。

今回の入院で私は色々な事を感じた。
健康の大切さ・思いやり・仕事でのフォロー等どれをとっても
皆の心の温かさ優しさを感じました。
その人の日頃の行ないと周りに対しての心づいが
こんな形に表れたんだなぁと思った。

夏の暑さより人の温もりは熱く心地良い

武蔵の競馬予想

武蔵が来てもうすぐ二ヶ月になろうとしている。
猫の恩返しという映画が今始まっているけど、猫というのは
可愛いけど、可愛がられようとはなかなかしない。
けどやっぱり感謝してやがんなぁと思える行動もとる。
気ままというか、自分のペースは崩さないというか、ある意味
芯が一本通って見習いたい所もある。

競馬も武蔵が来た時、高額配当が的中し嬉しい。
先日もちょっとした事故があったのだが大事に
いたらず、最小限で事がすんだり。

仕事も暑いけどお客様も来店頂き、また元気に過ごせる。
福猫なのかなぁとちょっと感じる。

なにしろ一緒に居ると元気が出るような気にもなる。
少し大きくなったので見てください。
剣道修行の次は居眠り競馬予想屋かな。


BBQは最高!

源流館のバーベキューも恒例となり色々な人も参加して
くれるようにもなってきた。
でも、ほとんどが源流館のメンバーの家族なのだが欠かせない
人が何人にかいる。 その一人は私の高校先輩でもあるM本先輩だ
何が欠かせないかといえば心から酔っ払ってくれる。
唯一歩いてこれる先輩だけにいつも一番酔っ払う。
酒乱ではないので見たいるだけなら面白い。
コントなんかでよく見る酔っ払いの三倍ぐらい行ってしまう。
さんまのからくりテレビのサラリーマンの酔っ払いクイズに出したい
ほど、見事な気合の入った酔っ払いだ。
酔っ払ったサインは言葉最後につける「べきやろ〜〜〜」だ!
見事に何でもつける。 人を心配する会話でもつける。
「ゴンちゃん色々支度大変だな、べきゃろ〜」こんな感じです。
素面の時はとっても面倒見のいい先輩だから、酒飲んだ時位
少しは酔っ払っても良いのです。
私はこの先輩が酔ってくれないとBBQをした達成感みたいな
ものがない。 いつも一緒の宴席は酔うのを待ってる。
慣れない人には少し刺激が強いかもしれませんが、遠くから
見てると面白いですよ。 近くによると踏んづけたく時もなるけど。

それにして何で外のバーベキューは最高なんだろうと思う。
日常は何かにつけて室内的なことが多く、まして剣道は少しの
空間さえあれば出来るから広い所だけで舞い上がるのかもしれ
ないし、火の起こし方や肉の焼き方なんかも子供と一緒にでき
一体感を感じながらそこにいられる。

おかしなもので時間がたつと自然と自分のポジションが
決まったり、自分の子供意外と遊んでいたり、昼寝していたり
競馬で盛り上がっていたり(二人だけですが)と、なにか規制
されたものとは違うのに妙な収まり感がある。

剣道を通して心通じ合っているからだけではなく、
誰でも持っている良い心が何か通じ合って重なり合って、
仲間意識みたいなものが生まれてくるのだと思う。

今の時代の流れは大変なのかもしれないが、
こんなひと時を心から笑え、楽しく出来る今をまた頑張って
この子供達が、大人達がはしゃぐ姿がたまらなく最高!

みんなの力で次回も盛り上がりたい。

そしてもう一人なくてはならない家族。
皆さんご存知の「馬年だけに」で笑いの神様を引き寄せた
後輩のK木一家の次女きょんちゃんだ!
私の事を好きだといってくれた。 父親に無い気遣いだ。
他人では私の事を二番目に好きらしい。 ちなみに一番目は同じ
幼稚園の通っている男の子。 好かれて少し有頂天になっている
私をがけから落とすような一言。 
まぁ、洒落でも私の事を好きだという幼稚園生の感性は興味深い。


やっぱり彼女は知っていた。 私が上段好きだという事を。
上段とだったらいつでも試合したいと思うし、稽古もしたい。
勝ち負けよりやっていてすごく楽しい。 中段は嫌いだ。
だって中段は突きを打つから、別な権田が出てきてしまう。
なかなか良い笑顔の上段です。 
将来N体大剣道部で活躍するかも。
こんな彼女が先日私に手紙と折り紙をくれた。

そろそろ七夕だけに織姫と彦星は嬉しい。
とっても上手く出来ているのだが微妙に織姫の方が
大きいのは・・・・、まぁいいか。
下の絵なのだがちょっとわからないかもしれないが右から
お姉ちゃん・きょんちゃん・そして私なのです。
嬉しいと思った矢先よくよく見ると右手にはビールを持っている。
やっぱり私の右手にビールなんだ。
幼稚園生にまで印象に残る私のポーズは右手にビール。
そしてなぜか体が一番小さい。
心の大きさを見抜かれているようで怖いです。

手紙も入っていましたがその文章は教えられない。

久世氏登場

小学校からすっと一緒で中学校の剣道部からの近しくなり
高校も同じ剣道部だったことでよりいっそう親しくなったと
言うよりは血のつながっていない兄弟みたいな関係になった。
今彼は建設関係の仕事をしている関係で場所が変わり
なかなか時間的に難しく剣道は出来ないが、かなり昔は強く
よく一緒に試合に出たものです。
久しぶりに一緒にお酒を飲み楽しい時間を過ごせた。


名前は武蔵

新しい家族になった猫君の名前が決まった。
その名は
武蔵と私は決めた。
やっぱり剣道しているからこんな名前になりました。
前にも言いましたがバカボンドと言う宮本武蔵を題材
とした漫画を読み人の生き方には色々なことがあり、
真っ直ぐ生きるのも素晴らしい事だし、皆と和気藹々と
生きる事も良い事だとも思う。
私は自ずから剣道の道を極めたいと思って入った訳でも
なく、途中何回も辞めようと思っていた。
どちらかと言えば苦しいことは避けて通りたい人間で
今でもそんな気持ちは持ち続けているのだが、
剣道を通して学んだ事の中に「今辛いから逃げたい、
辞めたいと思う時は相手も、周りも辛い。 だから今を
頑張って自分の力を自分で感じ、もがいてみる。」
自分がかっこ悪いと思っているときほど意外と良い生き方
をしているんじゃないかなぁと思う。

それが自分に嘘がなければ。

武蔵が生涯を通し剣の道を目指しどんな犠牲を払ってでも
今を精一杯生き、その目標に向かう心。
私に一番かけている姿だ。

拾った猫にその思いを託すわけではないが、この子は
生まれたばかりなのに必死に生きている。

思い込みが激しい権田だから感じるのだけど、
私に何かとっても感謝をしているように振舞ってくれる。

その心見習わなければ。
40年以上生きて今それなりに生意気な言葉も言う私に
自分で言う時がある。
「一人でここまで来たわけではない、周りに生かされてき
たんだ。 いっぱい助けてもらってきた」

少しでもこの武蔵みたいに感じ取る相手に嘘のない
感謝の気持ちを持ち続けていたいものです。

わき目も振らずと言う事は私には不可能だけど、
それなりに頑張ってあきらめない心を持って生きて行きたい。

どうせ生きるんなら少しでも多く笑っていたい。
それも私の中で大切にしている言葉です。

一週間で少し大きくなったかな?

源氏名としては「にゃんこ先生」とも呼ばれている。
競馬予想もしてくれたら鯛の御頭付きでもあげたいね。

先週の久々の大当たりは武蔵のおかげかも。
福猫かも知れない。


新しい家族

今日(6月8日)新しい家族が増えました。

気候も暖かくなり洋服や毛布類もまた出始め、土曜日と言う
こともあり忙しい一日を終え、一杯の美味いビールを口にする
事を何よりも優先的に考え、私はバイクを制限速度を少し超え
家路に戻る時、ふと小さな物体を発見。
なんだろうと自宅300m位なところで私は急停車。
なんとも可愛い声で「二ャー、二ャー」と声を出している。
ちょっと汚れている壊れたぬいぐるみかとも思えるのだが、
一匹でぽつんと座っていのだ。

あまりに小さく可愛いので、ちょっとなでてみようと手を出した。
こんな時子猫は何十倍もある巨体が寄ってくのだから警戒をし
逃げるのが相場であるし、私もそれはそれで良いと思った。
けど、その子は触らせてくれると言うよりは視線をしっかり合わせ
むしろ寄ってくるではないか。
私は少しなでてみた。 また「二ャー、二ャー」と声を出してくる。
ほー、なんと可愛いと思って抱き上げてみた。
暴れるどころかやけに馴染んで、身を委ねて来る。
いやいや、この猫を家に連れて帰るわけには行かないと頭をよぎる
すでに我が家には、ハムスター・モルモット・亀と言う猫君には
申し訳ないが相反する先住者が居るし、飼う事はたやすい事では
ないことくらい承知している。

そして私はその猫をゆっくり戻すと、逃げてくれる事を願っていた。
あ、やっぱりこれで良いのかも知れないと心でつぶやこうと
決めていた。 けどそこから立ち去るどころかその小さな体を
私の足に絡めてくる。 だめじゃないかそんなことしちゃ。
と勝手に困って、喜んでいる私が居る。
もう一度抱き上げてゆっくりしっかり顔を見た。
目線がばっちり合ってしまった。

前から子供達は猫か犬を飼いたがっていたのだけど止めていた
のは私である。 その私の心の牙城が脆くも崩れ去っていく。
それもかなり大きい音を立てガラガラと!

私は近くだしちょっとだけ家にもって帰ってミルクでも飲ませて
元に戻してあげれば良いやなんて事は頭から吹っ飛んでいた。

バイクの前かごには酒のつまみにと思って買った豚の薄切り肉と
きゅうりとアスパラガスが袋に入って置いてある。
今日は豚の冷シャブサラダで一杯飲もうと思っていたからだ。

熱い時にはあっさりとしたつまみでビールなんざ最高なんだよね。
そんな熱い思いのおつまみ袋を少し寄せ、出来た空間にその子を
ひょいと乗せる。 またここで暴れて飛び出すしぐさでもしたら
あきらめるのかもしれないけど、おつまみ袋を背もたれにするが
如く優雅に横たわるではないか。
まるでリムジンに乗り込む社長で私が運転手と言った関係だ。
すみません例えが大げさ過ぎてしまいました。ただの50ccです。

そして家に帰りつまみと猫君を抱きかかえ家に入る前に子供に
見つかってしまった。
子供は大騒ぎだ! まるでワールドカップの日本の同点ゴール
に勝るとも劣らない歓声に包まれ、猫君我が家へ第一歩。

突然の私の行動に事態が飲み込めない子供達だが、そんなこと
よりこの猫君のことで盛り上がっている。

牛乳を少しあげてみたらすごい勢いで飲み干す姿がたまらない。
ずいぶんお腹へっていたんだなぁ。
当たり前だがキャットフードと言う代物は我が家にはない。
ご飯に鰹節をかけ、定番の猫まんまを差し出した。

唸るようにして食する。 この小さな体で今までは少しの
食べ物を争いながら食べていたんだなぁと思い、
「大丈夫だよ、あんただけのご飯だよ」と声をかけてしまう。

慌てて家(とりあえずダンボールの箱)を用意し、トイレ場所を
作ってあげる。 明日自分の剣道して、子供の試合見に行って
午後からの仕事前に猫君グッツを買いに行かなくては。
可愛いけど、飼い続けることの大変さもあるけど今は新しい
家族が増えたことを喜んでいる。
小動物園になりつつある権田家もまたいいか。


ペットは大きい

人間は一年中元気な人もいれば、だらだらしている人もいる。
年中恋愛したいと思っている人もいれば、そんなことは面倒と
思いそれ以外の趣味や仕事に興味がある人もいる。
本当の心や本能みたいなものは人間の理性と言う言葉で
くくられ、おとなしかったり、決め事を守る人を一般的に良い人と
表すと思っている。 私もそう思っている。

でも、私の場合お酒が体の中に入り込むと多少だけど別な人格
になってしまう。 時にはだいぶかもしれない。

その点動物は、冬はあまり元気ではなく冬眠に入ったり
動き食欲も鈍くなり、また春先などはこぞって繁殖の行動
に入り、わかりやすいし世話をする方にとっては方向性が
しっかりしていて扱いやすくもあり、季節感を感じられ良いと思う。

特に私の家にいる
キャサリンははっきりしていて気持ちが良い。
ご存じない方に説明をしますが、三年前に買った亀なのです。
買った時は右手の親指と人差し指をくっつけて輪を作る。
やってみて下さい。 そう、そんな小さな直径二センチ足らず
だったのに、今は全長30cmありそうな巨大になった。

昨年、冬に突入する少し前に小さな金魚を入れてあげた。
ちなみに名前は
ステファニー達(約10匹)暖かい時なら
二日でいなくなってしまう。
けど少し寒かったので餌にならず快適にキャサリンと同居して
いたのだ。 とっても微笑ましい光景も見ることが出来た。
ある意味とっても仲良しにも見えた。
このままだったら、ずっと同居するのかなぁと思って疑わなかった。

時間も何ヶ月か過ぎ、そんなことさえも忘れかけた暖かい春先
亀の動きがすこぶる活発になり、囲いをくぐり脱走したり、
小さな庭を徘徊したりと縦横無尽である。
そんな時ふと亀の池を見た。 いない愉快な仲間達がいない。
けどやっぱり動物にはちゃんと体内時計があり、春になり暖かく
なれば食欲も出てきて、自然の流れで金魚は餌になってしまう。

ちょっと可愛そうな気もするがそれによってキャサリンも大きく
成長し、グラマーな体になってくる。
本当に三年でこんなに大きくなるのというほど大きい。
よくペットは飼い主に似るというが、まさに大きい。

そして剣道の人から頂いた、モルモットもとっても大きくなった。


誕生日は最高!

同じ道場でもあり、私の一番関係の深い(剣道関係)山口君の
誕生日にお声をかけていただいたので、出席して来た。

仮装パーティーとの案内を頂き私は悩んだ。
いつもGパンかジャージしか着ない私にとって、それ以外は
すべて仮装になってしまうほどピッタリ来ない。

唯一それなりに人前に出られるのはスーツ姿なのである。
けど、やっぱり体がでかいからサラリーマンのようにはならず
二流のチンピラか、時代遅れのホストにらなってしまう。

だからといって主役と同じ剣道着という訳にも行かず、やっぱり
ダブルのスーツを身にまとった。
鏡越しに見る自分の姿、やっぱり借金のとり立て屋みたいだ。
仕事を終え少し遅れいくともうすでに盛り上がっていた。
宴会場に遅れてはいるとたいがい遅れてきた方が先に酔う。
何でなんだろうと思うが結構そんな状況を目にする。
だから私は気をつけてお酒を口に運ぶ。
まぁ、年上というよりは先生みたいな存在だからむりやりは
飲まされることもないし、楽しい時間を心から過ごせた。


ADSLは最高!

私の家にADSLがやってきた。
噂では聞いていたし、電気店の店頭でいじくっても見てたけど
いざ自分の家に入ったら意外とだめなのでは、または少し位
早くなるくらいでお茶をにごらされてしまうと高をくくっていた。

まるで、通販でダイエット器具を買ってこれで完璧だ!
と感じただけでタンスのおくの方にしまってしまうような物でも
しょうがないかとか、またはつなげるのにとっても労力がかかり
結局あきらめてしまうのではなんてと思ったりもしてみた。

そんな不安な私の家に小さな小包が届いた。
「うぁーー、やっと来た」とそんな迷いが吹っ飛ぶほど大興奮。
またいつものように大迷いで少ない脳みそをフル回転しなくては
と箱を開ける。小さくて軽い物が出てきた。

こいつがちっちゃいけどずこい偉いやつなんだ。
今回はまったくというくらいすんなりと設定が終わり、当たり前
だが説明書どうり行えばすんなりいくんだと改めて思った。

いよいよ、試運転だ。 再度パソコンを立ち上げる。

さて、インターネットを見てみるか?
その前にどうやってADSLにつなげるんだろうと考える。
わかんないから、途中でなんか出るだろうとダブルクリック。

あっという間に画面(スタート画面は自分のHP)がパッとと出るのは
いつも見ているからだと思ったけど、いつつながるんだろうまだ
わかっていない。 なんかおかしい。

そうなんですよ。 立ち上げたと同時にADSLも動いているんです。
電話のラインを利用しているだけだから、電話をかけるのではない。
まだまだ本当に理解しきっているわけではないけど、
次から次ぎに見るインターネットの画面が、早いの言葉しかない。

料金もつなげっぱなし見放題で3,980円(会社によって違います)
もちろんメールもいつでも送れる。

本当にすごいの一言だ。
料金だけでも私にはとっても特に感じるし、話中にならないから
のびのび出来る。

とっても快適で、ノーストレスで混雑もない。
光ファイバーが出来たらこれよりももっと早いなんて考えられない。

時代が早すぎるよ。
私とか松本先輩に合わせてほしい。 それでは遅すぎるか。


やっと帰ってきた

買ったばっかりのPCが壊れてしまった。
最初は快調に動いてくれて、楽しいと心から思った。
それもつかの間一ヶ月もしないうちにインターネットにつながらなく
なってしまった。 突然急になのだ。
別段何もしていないし、柔らかい女性のようにしなやかに
扱っているので、自然としか言いようがないが困ってしまった。

とりあえず何かプロバイダーのトラブルかも知れないと思って
私はSO−NETなので電話をしてみた。

会社自体は何にも停止している所もないしトラブル問い合わせ
もないので何かPCのシステムまたは設定トラブルの可能性
があるので、色々試してみましょうといってくれた。
もちろん電話は向こうからかけなおしてくれて、丁寧に言ってくれる。
本来ならこの時点でプロバイダーの責任ではなくなり
メーカーとのやり取りになるのだから、手放しても不思議ではない。
まして一日に何件もの問い合わせがあると思う。

その人はすごく丁寧にゆっくりわかりやすく一緒の画面を立ち上げ
導いてくれる。
専門用語を得意としない私にとって電話のやり取りは苦手なのだが
その人は実に丁寧にわかりやすく進めていく。
結局色々やったのだが、PCは機嫌を直してくれなかった。
その人はメーカーに問い合わせるさいにこんな事をした事を伝えると
メーカーもわかりやすいと言葉まで教えてくれた。
翌日心配してわざわざ電話までかけてくれたのである。

私は言われたままSOTECサポートセンターに電話をした。
男の人がでて、またまた親切で丁寧な言葉使いで対応してくれた。

最初のSOーNETの対応も素晴らしく丁寧で感激したが、
SOTECのサポートも実に腰が低い。(いくらなんでもPCでは見えない)
やっぱりいくつかの事をやってみたがだめだったので、
会社の方から取りに来るので渡して下さいと言われ、翌日に決まった。

そして待つ事一週間で戻ってきた。
結局モデムの故障らしくすべて取り替えたと記されてあり、
また詫びの手紙も添えてあった。

本来なら不良品を売りつけたのだから山ほど文句を言っても良いのかも
知れないのだが、その最初の対応が丁寧だったため嫌な感じもなく
かえって恐縮してしまった。

もし、最初の関係ないと思われるSO-NETの対応が悪かったら
そう言う気持ちになっていなかったかもしれないし、腹立たしく思って
しまった心でSOTECに電話をしたら開口一番皮肉を言ってしまった
とも思う。 まだまだ私は未熟人間だから心が出てしまう。

PCが壊れ元どうりになるまでの一週間はとってもつまんなかったけど、
このクレーム処理で得たものの方が多かった。

私もクリーニングの経営者としてまるっきりクレームがない訳ではない、
そんな時本当にお客様の立場に立って事を運んで行っているのだろうかと
改めて考えさせられた。
誰だってミスをおかそうとなんて思っていないけど、その事より今の
お客様の心になって対応をする。 簡単そうでかなり難しい。

私もミスをしない事が何よりも一番なのだが適切な対応、言葉使いを
考えなくてはいけないと感じた。
人を傷つけるのなら簡単なんだけど???  反省しきりです。

今はとっても快適に動いていて楽しい日々が戻ってきました。


何とか元に戻った

PCが突然壊れ、私はとっても困った。
あまりに突然の出来事に、どっしちゃったんだろう?
ただただそんな気持ちでした。
PCを数年間お持ちの方は、ちょっと興味がわくとやっぱり
やらなくていい所を知ったかぶりで触ってしまい、動かなくなって
しまう経験や、何かの手違いから水をかけてしまったりとかで起動
しなくなりメンテナンスの世話になってしまう経験少なからずいらっしゃる
のではないのでしょうか。
システム上のトラブルならさ最悪でも初期設定に戻せば事はすむの
ですが、中身要するにハードの故障となるとお手上げです。
私が前のPCを買ったのは5年ほど前で、定価は42万でしたが、
新しい機種が出ると言うことで半額の20万で購入しました。
内容はハードが2GBでメモリは32だったと思います。
それでもその時は良い買い物と言われたのですが、今ではそんな
レベルのPCは売っておらず、中古屋さんですらお見かけしません。
けど普通のちょっとしたことにはあまり不便を感じず使っていました。

と言うのもそれが当たり前と思っていたからですね。
今新しいPCが来て改めて思いました。
全然今のPCは違うし、液晶だからコンパクトで中身は大きい。
使いこなせるなんておくがましいほどの素晴らしさです。

それはまぁいいのですが、HPが皆の力の元復元できて嬉しかった
のですが、唯一アクセスカウンターがどうしても取り付けることが
出来ず悩んでいました。
別になくてもいいと思っていたのですが、やっぱり見て頂いていると
いう実感があり内容的に良い時や競馬の時やそのつど変化があり
私としてもとっても楽しみでしたし、前に付けられたのに何で・・・・・、
と少し自分自身に意地になっていました。

それがなんと今日やっと復活できたのです。
すごい嬉しい。 やったーって感じです。 この頃少し疲れ気味だった
のでなにかこんな事でもすかっと晴れた気分です。
特に今回は八幡武道具の社長をはじめ皆様には大変お世話に
なりました。 改めて感謝しています。

またアクセス記念のプレゼントを企画できて楽しいです。
とりあえず1000人目は復活記念で考えます。


馬年だけに

今でも一緒に稽古をしている後輩のK氏がポツリと口を開く。
K氏とはこよなく剣道と競馬とお酒を愛し、それ以外の事は
まるで興味がないと言っても過言ではない。
けど最近は痛風を患ってから控えめにお酒を口にしている。
特にビールと日本酒は間違っても口にしない。
よほど辛かったのだとその振る舞いで察しられる。
でも、競馬・剣道は元気いっぱい。
そんな彼はちょっと時間があると子供を連れて競馬場に行く
まるで近くのコンビニに行く感覚で府中まで行ってしまう。

やっぱり一人で行くのは心苦しいのか子供をダシに使い、
動物園に行こうと誘い出す。 一種類しかいないとてつもなく
単価の高い動物達ばかりなのに、べらぼうに安い入場料だ。

お嬢ちゃんにはポニーに乗れたり芝生で遊べたり、ウィンナ−
や焼きソバやジュース等が食せ、そんな時は大盤振る舞い。

そんな事は私もやってきたし皆さんだって思い当ると思う。
でも、ここからが違う。

彼は私に少し考えなくてはいけないと感じたという。
ある時娘さんがが学校の宿題で楽しかった事の絵を書いて
来て下さいと言われ絵が大好きなお嬢ちゃんは動物園の
事を書く事にしたらしい。
さすがに昔から要領の良いK氏だけにその辺は娘にも血が
受継がれている。 決して馬だけの動物園は書かない。
私は「良かったじゃない」と話し途中で言うが「それが・・・」
その絵の中にはライオンがいたり、キリンがいたり本当の
動物園なのだが、彼は競馬好きなだけに馬もいるんだと
目ざとく見つけたが次の瞬間、ちょっと気が落ちたらしい。

なんとその馬の背中にはゼッケンの番号が書かれてあった。
本来あまり動物園には普通の馬もいないけど、まして番号も
背負っていなし、近くに新聞を持った赤鉛筆を耳にはさんだ
人もいない。 彼は娘さんのそのほとんど完成に近い
学校の宿題の絵を見て注意も出来ず、ましてや書きなおしも
言える訳もなかった。 先生が競馬の事を知らなければ
それはただの飾りにしか見え無い事だけを願った。

他人事だから笑えるが我娘もそんな絵を純粋に書かれたら
ちょっと行動を考えなくてはいけないと思ってしまった。

私が図工の先生なら無条件で100点なんだが、その後の
事は聞いていない。
彼女の中で動物と言えば馬、馬といえば背中に人が乗っていて
ゼッケンがついている。 もちろん全力で走っている。
お嬢ちゃんは少しは気を使ってくれたのだが返ってそれが
笑いの神様を降りてこさせてしまった。

その日は彼と剣道しても可笑しくて身が入らなかった。
馬年だけに新年早々の初笑いには最高でした。

100人の村

皆さんは『100人の村』のことを知っていますか?

あるテレビ番組で紹介をしていて何気なく私は見ていた。
やけに小さな村があるんだぁと初めは思っていた。

でも、少し興味が湧き見ているとそれは世界の人類すべてを
統計比率にそって仮想的に縮小したことなのです。

ちょっと大袈裟になりますが、今日本は景気の低迷で皆
思い通りに行かなく、悩みも多いのではないでしょうか。
私も勿論現状を100%満足して生きている訳でないのですが、
それなりに頑張って仕事をして、剣道して、競馬して、お酒飲んで
楽しく生きています。 今は競馬はちょっとつまづきぎみですが。

それでもやっぱり心のどこかには俺は恵まれていないなぁなんて
思ったり、気持ちが相手に上手く伝わらない時など、どうして
わかってくってくれないんだとわがままになり愚痴を言う。

自分が一番いけないとわかっているのに自分を正当化する。
見返りや評価を期待して動いてしまう自分に未熟さを感じているけど
何か結果オーライですべて良しなんて思って時を過ごす。

前向きな時は良いのだけど、薄っぺらな壁にぶつかった時マイナス
志向になり、妬みや後悔の心になる。
それも真剣に生きている証拠だから良いとも思う。

上を見ればきりがないけど、もっと恵まれない人が愚痴も言わず
生きている。 自分は何を求めているんだろう。

そんな時この『100人の村』のことを知り改めて自分の
心と話してみた。

とらえ方は色々あって良いと思うし、どんな風に感じても良いと思う。
自分で書き記せば良いのですが、とても読みやすいHPがあったので
ご覧になりたい方はこちらからどうぞ。

別に偉そうに言っているのではなく今の私の心を書かせて頂きました。


正月にした事

いゃ、正月もいよいよ終りです。
のんびりしたなぁ、ふだんやらないパチンコ、麻雀や、
見れなかったビデオも見たし、親友ともじっくり飲めたし、
親父の墓参りも出来た。 それでいてぐたーっとも出来た。
なかなか良い正月だった。

特別におせち料理と言う物は無いのだが、それなりにそんな料理も
食べたので、ちょっと飽きてきた時テレビでチャーハンを作っていた。
なかなか美味しそうだったので、私も作ってみた。
これがまた美味しく出来た。 子供達にも好評で嬉しかったなぁ。
ベースとしてはおせちで残った具材(かまぼこ、ハム、焼き豚等)
新巻鮭を焼いて残った切り身、長葱、残ったご飯、卵ニ個(一人前に)

卵ニ個と言うのはご飯と混ぜるのに一個、のせるのに一個。
作り方はいたってシンプルに。ただ鮭に塩味があるので味を確かめて
調味料は最後に入れる。 日本酒の飲み残しがあったら小さじ1。
上にのせる卵は半熟が良いです。

それから麻雀を久しぶりにした。 本当に楽しかった。
きりきりした麻雀とは違い和気藹々で出来た。
終始良い感じだったのですが、最後の最後に国士無双で
終了した。 完全勝利で幕を閉じた。

さすがにあっけにとられてしまったみたいだ。
新年早々麻雀で役満を上がり、パチスロで約2万円勝ち、
今までとった事の無い、京都金杯を的中でき、何か今年の
ギャンブル運をすべてしまったみたいな感はありますが、
良い年になりそうと信じる事にしますが、深入りはしません。

ちなみに、麻雀は金銭はかけていませんがかなり本気に打ちました
負けると恥ずかしいギャグをしなくてはいけないルールなので
本当にかなり本気です。 安いレートの方が楽だと思います。

仕事も剣道も人間関係もこんなに楽しく出来たら最高です。

謹賀新年

明けましておめでとうございます。
今年もたいしたHPではございませんが
皆様方のご来場をお待ち申し上げています。

去年の同志会の納会で子供たちにこんな話しをした。

私も含めて人と言うのは弱いものだから、目標を持って生きたら
少々つらい事でも乗り越えられる事もあり、そこに行くまでの過程が
良い思い出にもなるから、新年の初めに誓う事を決めた方が
良いと思う。 二つが良い、一生の目標と今年の目標。
それは他人にどう思われようが、なんでもかまわない。

私自身が思った目標。
一生の目標は笑顔で、元気で、人の心をを傷つけず皆と楽しく
剣道できたら言いと思っているのですか、今年の目標は、
1.年間剣道の稽古回数120回。
2.教え子の中学生の渋谷区5回連続団体優勝
     &巣鴨大会個人戦で優勝する&昇段出来るよう
一緒に熱く稽古する。
3.二日酔いにならないようにお酒を飲む。
4.お客さまにご迷惑、クレーム等「0」
5.競馬年間を通してプラスで終る。

なかなか難しい目標もありますが、今年はこれが目標です。
目標は到達するのも素晴らしい事ですが、それまでにどのくらい
その事に向かって真剣で、自分を誤魔化さず出来るかだと思う。
頑張ります。

今年もよろしくお願い致します。 ありがとうございます。


顔が大きくなった

病気とか痛みとかは自分がなってみないとわからないものだと良く
言うが私は先日その言葉を身をもって体験した。
私の痛みベスト3!1位はなんと言ってもギックリ腰だ!
これこそ自分で体験しない前は皆少し大袈裟過ぎやしないか、
また皆痛みなれしていないから過剰に痛みを感じ過ぎるのではと
軽く思っていた。
決して馬鹿にしていた訳でもないのだが、自分がなってみて初めて
体験した爆発的な痛みは気を失いそうだった。

次にたまらないのは歯の痛みだ!
これはお手ごろの痛みと言うか、生活密着型で常に背中あわせなだけ
に嫌うと言うよりは、上手く付合って行こうとさえ思ってしまう程の仲だ。
私の痛みの中では歯痛は、近くに住んでいる親戚の叔父さんみたいな
ものだ。 これっと言って用事はないけど顔を会せる機会は多い。
けして会いたい訳ではない。 こんな感じかなぁ。

次は肉離れだ。
これは本気で怒らせるとアキレス腱まで行ってしまい、侮れない。
今年初めの事だけに記憶も新しいので、脹脛がうずく。

私は他にも骨折(わかっているだけで5箇所)、膝の十字靭帯切断、
足の裏に木の破片を1ヶ月以上入れて剣道。 縫った合計針数30針
我なが何という体だ。

でもそれらはみんな外部からは窺い知る事は出来ず、隠そうとすれば
何と言う事もなく隠しきれる。

でも今回の痛みは外側よりも精神的にダメージをうけ心がへこんだ。
痛みのレベルから言えば初段程度で痛みのうちには入らない。

それは飲み過ぎた朝、私には訳のわからないうちに訪れた。
前日だいぶ調子に乗って熱燗を飲み過ぎたなぁ、と思いつつ
「喉乾いた」と目をさますが、景色が見えない。目が開かない。
意識はあるのにどうしたんだろうと顔を触ってみるとあきらかにいつもの
手応えとは違う感覚。 むくんでいると言うよりは顔が堅い、でかい。

それでも、その時は飲み過ぎたんだと軽く思っていた。
時間がたてば元に戻るとたかをくくっていた私とは裏腹に時間が過ぎる
毎に顔の面積が広がり、よりバージョンアップしてきた。

目はもちろんの事、口もあまり開かなくなってきた。 元来おちょぼ口。
お昼頃になると鏡に映る顔はすでに私ではなくなっていた。
心が最高にへこんで、冷や汗まで出てきた。
けしてハンサムではないけど、それなりに人前に出られる顔だと
思っている。 変な言いかただけど人に不快感を与える造りには
なっていないと思っている。 でも今は充分不快だ。 びっくり人間大集合に
も出られる程巨大に変形してる。 息子が、私の顔を見て一歩後退をした。
口では「お父さん大丈夫、直ぐ治るよ」と言うが、彼はすでに私と一定の
距離を測り、それ以上近づこうとはしない。

息子は着ぐるみやお面が大嫌いなので、その系がいる時は近寄らない。
今の私はそのレベル以上なのだ。 彼の態度でわかる。
私も時間が経過する毎に巨大化する顔に怖さと絶望感が入り乱れる。

誰ににているといえば「アンパンマンとガッツ石松をたして二で割り、
隠し味に朝潮を振りかけたような感じだ」想像して下さい。
たぶん皆さんが思い描いた顔に間違いありません。

もしその顔でこれからの人生を送らなくては行けないと思うと、
暗くなるどころではなく、気が遠くなる。 今だからそんなことも言える。

アンパンガッツ権田もリングネーム的には悪くはないけど、いかにも
悪役で最後はメタメタにやられて負けそうだ。

その日は祭日だったので病院にも行けず、ただただ顔を冷やすだけだ。
何回鏡を通してこのアンパンガッツを目にしたことか。
ため息も出つくした。 食事も喉に通らない。 口も開かないからね。

次の日病院に行き診察の結果、「たぶん食べ合わせが悪かったのか、
疲れていたりすると何かに反応してしまうこともありますし、体には出て
ないので軽いアレルギーでしょう」と医師。
私の岩石顔を見て軽いアレルギーとは、こんなに心は重いのに。
トホホホホホ。

点滴と薬をもらい病院を後にする。
これで段々治まって来ますので安心して下さい。
そんな言葉を信じて家に戻り少し立つと視界が広がってくるのがわかった。
岩のように堅い顔面も心なしか柔らかくなってきた。
顔が少しもどって来たのがわかったのは息子が近くに寄ってきて
「少し良くなってきた」と喜んでくれた。
これは私に対してではない、家の中にふやけたアンパンマンが
居られるのが嫌だからなのだ。
私もこのままだったら、後楽園の新春アンパンマンショーに出られるけど、
剣道する為に八幡武道具に行って特注で面を作ってもらわなくては、
いや後輩に大きい顔面を持った男が居るからそいつの面をもらおうとか、
昨日までそんな事を真剣に考えていた。

薬も体に合ったのかみるみる腫れが引いてきた。
やっぱり医学の力は偉大だと改めて思った。

何年ぶりだろう三日間もお酒を一滴も口にしないなんて・・・・。
その後も完全に良くなるまでは酒量を控えようと誓った。
血液検査の結果、食あたりよりも一時的に大量のアルコールが入り
それによって体が拒否反応を起こし顔に出たと思われますと言われ、
付け加えるように、「疲れているとちょっとのことで弱い所に出てしまう時が
あるんですよ」と言われ思わず別な所を確認したが、大きくも堅くもなって
いなかったのは、悲しんで良いのか喜んで良いのかわからなかった。
それにしてもγ−GTPの数値がいつもよりずいぶん高く驚いてしまった。

皆さんからも色々メールを頂き嬉しかったのですが。
親しくしさせて頂いている医師からは「酔っ払って拾い食いして食あたり
じゃなくて良かったですね」とか、競馬の伸ちゃんからは「食当りで、
その勢いで競馬も三連勝!ですね(土・日曜日なぜか当った)」
また少し良くなった私の顔を見て、知り合いの防具屋さんのN君は
「権田さん今日はとっても顔の血色が良くて肌も張りがあり高校生みたい」
と変な誉められ方をされ、いつも行く時は二日酔いで寝不足でげっそり
して青ざめている顔なんだと確認できた。

それにしても久しぶりに精神的に落ち込んだのは言うまでもない。
それからと言うものずいぶん気をつけて飲んでいるので二日酔い無し。

こんな事でもないとお酒を控えられない自分が情けないけど
良い教訓になった。

アンパンマンとガッツ石松が妙に身近に感じられた。

今日も酒控えめにして早寝しよう。

携帯電話&PCウィルスの被害

皆さんは携帯電話お持ちですか?
こんな質問をしたら90%以上の人がハイと答えるのではないでしょうか?
もっと言ってしまえば、このHPをご覧頂いているお客様は100%
だと思っています。
もうすでに、携帯電話は特別ではない物です。
たがら被害も巧妙かつ悪質化してきて驚きです。
取り締まる法律がまだ成立しない前(野放し状態)に荒稼ぎを考えている
集団がいると思われます。
だいぶマスコミでも取り上げていますが、私の知り合いがこんな
メッセージを送ってくれたので載せて見ました。

【 携帯電話に関するトラブル(高額請求、新手のサギ?)】

手口:@下記番号を通知した状態でワン切りする。
A自分の携帯に着信履歴が残り、その番号に発信するとダイヤルQ2
に似た応答メッセージが流れる。
B応答メッセージを聞いただけでも携帯電話の通話料金とは別に
10万円程度の請求がくる。

【 該当番号 】
03−3227−2828  03−3280−7660  03−3280−7666 
03−3355−7550  03−3344−6710  03−3444−6555 
03−3446−0990  03−3446−0999  03−3446−4567 
03−3448−4760  03−3551−4330  03−3793−7552 
03−3851−4141  03−3984−6761  03−5340−8877 
03−5340−9330  03−5340−9381  03−5340−9382 
03−5348−4441  03−5391−7600  03−5420−4466 
03−5423−2570  03−5679−7844  03−5679−7848 
03−5724−2929  052−733−8488  052−733−1288 
052−733−1551  052−735−7300  053−427−3172 
06−4968−3114  06−6300−0702  06−6301−1999 
06−6301−7778

 実際に被害者が出ているそうです。
この番号以外にもあるかもしれませんのでご注意下さい。
請求は契約の電話会社を通じて請求され、請求項目はダイヤルQ2
情報料、または請求代行分となるそうです。
 明細に覚えのない項目での請求があった際は、
請求元に問い合わせ「支払い放棄」という所定の用紙を送付してもらい、
手続きをして下さい。


と言うコメントを頂きました。 送って頂いた方に感謝しています。
皆様もくれぐれもお気をつけ下さい。
知らない電話にはかけないのが得策かもしれませんね。

今回のコンピューターウィルスは今すごい勢いで感染しています。
知り合いも何人も感染したみたいです。

私はメールソフトはポストペットなのでおかげさまで感染せずに
すんでいますが、Outlookだと感染してしまうみたいです。
解除する方法もあるので感染してもガッカリしないで下さいね。

本当にやっかいですね。

キャサリンは冬眠

亀のキャサリンの動きが鈍くなり、餌もあまり食べなくなってきた。
気がつくと風も冷たさを含んできている。
段々冬になってきたんだと感じるのもこのキャサリンのおかげだ。
ペットショップで亀の冬眠について聞いて来た。
今まで家の中で飼っていたからそんなに気にしていなかったけど、
この1年で一段と大きくなり、小さな庭に放し飼い状態。
もうすでに家の中で飼える大きさではないので、申し訳ないけど
このまま外で頑張ってもらう事にした。

亀は土の中でも、水の中でも冬眠することが出来るらしい。
呼吸はどうするのだろうと疑問も残るが細かい事はいいゃ。

寒いのではと思って金魚のステファニー達を入れてあげた。
仲良く今は泳いでいるけど、気が抜けない状態だ。
金魚達が冬を越す方が難しいかもしれない。
本当に大きくなった。もう35cmはあると思う。

今権田家には亀の他に金魚とハムスターを飼っているのだが
次女が犬を飼いたいと言って来た。
動物好きな私も良いかなぁと思う心と、躾や世話や部屋が汚れる等
今まで二の足を踏んできた。
子供達も大きくなり手もかからなくなりここらへんで飼っても良いかなぁ
とも思い始めてきた。

来年あたり飼いたいと思います。
もし、お近くで小形犬の子犬を譲って頂けるかたがいらっしゃい
ましたら、ご連絡頂ければ幸いです。
健康であればミックス(雑種)で満足です。

段々権田家も動物が増えてきて、そのうち
『権田義一とゆかいな仲間たち』でも作ろうかなぁ。

動物は飼い主に似ると言うから、私の犬は酒飲みで勝負好きになるだろう。


歯医者さんはちょっと苦手

皆さんは歯医者さんは好きですか?と聞かれたら何人かは『はい』と
答える人もいるかもしれませんが、大半の方は苦手じないですか。
特に私と来たら大嫌いと言うよりは、その日一日げんなりしてしまう。

でも、近くにある歯医者さんは治療は好きではないのだが、ちょっと
面白いと思ってしまう。

なんと私を治療してくれるのは若い女医さんなのだ。
それだけで、少し痛みは和らぐのだが所詮イメージだけである。

なんでお医者さんは患者さんと思うと会話と言うか、治療中の言葉が
子供に向けてのような話し方なのかといつも思っていた。

ちなみに私の歯を見てくれる先生は20歳代だと思う。
とりあえず私は41歳! 下手するとお父さんに近いかも。

そんな先生が私の歯を見ると、『また歯磨きちゃんとしてないな』
とまるで小学生に言う口ぶりだ。 少しへこむ。
お父さん加藤茶かよ!とも突っ込みたくもなる。 な訳ない。

そして治療に入る。
治療の最初は決まって『麻酔しますよ』と言って看護婦さんが
歯茎に準備の麻酔液見たいなものを塗り、少したつとマスクの
下に笑みを浮かべながら
『権田さ〜ん、口開けて下さい、チクしますよ』と始まる。
髭剃り後のうす青い頬の、でっかい小学生が指に力を入れて
痛みをこらえて横たわっている。 私だ。
41歳に向かって注射する時『チクします』はないだろ!
けど、素直に応じてしまう。

そしてしばらくたって治療開始。
決まって言う言葉がある『痛かったら右手上げて下さいね』と
優しい言葉を投げかけて治療突入。

そして体に似合わないおちょぼ口の私は必死で開ける、
そんな時、ジ〜ン、ジ〜ンとけたたましい音をならした
歯を削るマシーンが患部や神経に触ると脳神経に激痛が
走る。 いくら麻酔をしていてもあまり効いていない時もある。
酒飲みは特に効きが悪いらしい。

そして私は『ウ〜〜〜』と言いながら右手を上げる。
それを見た先生は『痛いですか、我慢して下さいね』だって。
私は、なんの為に右手を上げたんだ、痛みが倍化してきた。

それでも、なんとか終了する。
すべて終了して病院を後にする時、女医さんから
『権田さん歯磨きは、お子さんに聞いてちゃんとして下さいね』
最後まで俺は小学生扱いかい。
と言いたい気持ちをぐっと抑えて『はい』と元気よく。

でも、この歯医者さんは明るいのと、とっても心配してくれ、
いつでも痛くなったら来て下さいと笑顔で言ってくれる。

本当に歯科医院は苦手だ。

居酒屋 八幡

ちょっと落ち着く良い居酒屋さん。 やはたと読みます。
駒大高校剣道部の後輩の小澤君が世田谷線の上町と言う駅の
近くでちょっと小洒落た料理と暖かい心で酒を呑ましてくれる。

大型チェーン店のような型にはまったサービスとは違い
店内が身近で色々な話しや、繊細な料理で満足させてくれる。
特にお刺し身と天ぷらとおでんはちょっと美味いよ。
他にも美味しいと思うけど私が食べたのはこれなので
食していない物を美味しいとは言えないから。

変わったサービスとして最初の一杯目の生ビールはサイコロを
振って出た目×100円と言うのも面白い!
ちなみに私は6だったので1杯600円と言う生ビールを口にした。
後輩の小澤君は「しまった」の顔を隠そうとするが、それもまた面白い。

数年前からまた剣道を始め、先日行なわれた世田谷大会にも
出場し汗いっぱいかいて頑張っていた。

剣道のように凛とした姿で料理を作り、丁寧な会話で安らぎます。

もし宜しければ来店して頂ければ幸いです。

権田のHP見ましたと言って頂ければ少しはサービスしてくれます。


住所は世田谷区世田谷3−8−5
世田谷線上町駅下車して北方に歩いて約300mの右側。
電話は(3426)4476です。


山田館長USJに行く

源流館館長の山田先輩が家族で大阪に出来た、
USJ(ユニバーサルスタジオジャパン)に行って来た

仕事で忙しく振舞っても、休みには家族で旅行。
なかなか、先輩も頑張っていると言うよりは、家族とこうして
遊べるからこそ少々嫌なことがあっても、頑張れるのだと思う。
まして出来立てのUSJに行くなんて、お見逸れ致しました。

先輩からの話しで内容の良さよりも、やっぱりと感じた事は、
わかっているのだが人が多いというか、人気アトラクションに
乗るのに2時間待ちとは聞いただけで疲れてしまいそうだった。

競馬だったら4Rは遊べるね、伸ちゃん!
カラオケで、ど根性ガエルなら40回は歌える。
その方がもっと疲れそうだ・・・。

それにしても楽しそうな笑顔がとっても言い感じだ。


公式USJのHPはこちらから



俺の夏休み

今年の私は今までとは、ちょいと違った夏休みだった。
いつもなら家族と一緒に北海道(実家)で過ごすのだが、
今年は東京で色々する事もあったので、今回は一人で過ごした。
今までも、何回か一人でいたこともあり、別にそれが特別ではない。
今回は知り合いの別荘にお言葉に甘えて転がり込んで、楽しんできた。
仕事を少し早上がりして、一路千葉へと向かった。
千葉と言っても東金市(九十九里海岸)なので車で約2時間弱で着く。
渋滞が無くてだけどね。

想像していた以上の別荘に「すごく良い感じ」と思った。
ゴージャスとか変わっているとかではなく、そこに住んで居る人柄が
良く表れていて、居るだけで落ち着くし、心が安らぐ。

肩に力が入らなく、押しつけでも無い気遣いといっぱいの笑い。
そしてバーベキューとカラオケ、勿論エンドレスのお酒で最高だった。

翌日の早朝はご主人とへら鮒釣りへと繰り出した。
車で5分くらいな所に良いポイントがある。
すでにそこには昨日一緒に盛り上がった、お仲間の人が糸を垂れていた。
早く来た分だけ魚が寄っていて、良い感じで釣り上げていた。

余裕の中で私に手ほどきをしてくれる。
そしてそんな楽しい時を送っていると、その人の知りあいらしい人が
やってきて、会話を始めた。
私は近くで真剣に釣りをしながら、耳を傾けると、その人は見に来た人に
「釣りしないの」と問いかけると「昔はしたけど、今はしないよ」と言う。
「釣りしないの?そんなのつまんないじゃい、
それじゃただ生きてるだけじゃない」と当たり前のように言う。

私は思わず、こけて川に落ちそうになった。
そんなに釣りって人生を二分するくらいな物なのかと。
釣り好きなオーナーも「そこまで言うか」と笑っていた。

終った後、昼ご飯を食べている時その事についてきいてみた。
あれはね、彼は今色々な事があり行きずまっているから
釣りやって、釣りは釣れる時もあれば、釣れない時もある。
人生みたいな物だから、今は良くなくても、そのうち良い事あるから
それ以上深く考え過ぎないように
」って感じてほしくて言ったらしい。
なんとも、深い意味がそこにはあったんだろうと思った。

釣りは魚を釣るだけではなく、ゆとりや心の安らぎや呼吸みたいな
幻の魚を己と言う餌で釣り上げるみたいと思った。


それにしても釣りをする人は急に哲学者みたいな事を言い出す。
だから私も好きなのかもしれない。


声が枯れた

久しぶりに親友の稲場氏と酒を酌み交わした。
ここのところお父さんの体調が思わしくなかったのだが、
ここにきて良い方向になってきたと言い、ホッとしつつ大酒を飲んで
しまった。 私も今は亡くなっていないのだが、親父の看病で母親が
気苦労し、私もそれなりに疲れていた事を思い出す。
元気な時はこんな親父と思っていたのだが、病でベットに横たわっている
親父を見ると、もう少しだから頑張って生きる気力を持ってくれと、
願った事を今思い出す。

私の親父は私の剣道する姿がとっても好きで、ある時など孫の運動会と
私の渋谷区の剣道大会が重なった時など、ちょっとだけ運動会を見て
さっさと私の試合を見に来ていたことがある。
普通のおじいちゃんはやっぱり孫の方が可愛いし、大人になった子供の
試合など興味も薄れてくると思うのだが、親父は剣道が好きだったみたいだ。

亡くなる1ヶ月前に七段を取ることが出来、ベットに横たわる親父が涙を
いっぱい浮かべて喜んでくれた。
初めて親孝行らしい事が出来たと私は思った。
お見舞いに来てくれる人に、うまく喋れないのに一生懸命私の七段の事を
誇らしげに、語り始める。
親父にとって剣道をする私は、中学時代から頑張ってきた高校、大学時代に
重ね合わせるように親父自信も思いで深い物があるのだと思う。
高校時代、稽古で遅くなると駅の改札まで迎えに来ている親父がいた。
「かっこ悪いからやめてくれ」と言うと、翌日は私に気づかれないように
電車の中の私を確認すると安心して一人で帰って行く親父。
それ以上私も言えなかった。

稲場もつい先日までお父さんが、危ない状況だった時、ぽろっと子供の時
のお父さんとの思いでを話した。
「おやじには迷惑ばっかりかけてた」と言いつつ目に熱い物を浮かべて
必死にこらえていた。 私も色々思い出した。
お互い出来の良い息子じゃないけど、今は親父の事が心配だ。
あんなに親父の背中が大きく感じていたのに、やけに小さく見える。
私は最後に冷たくなった親父の手を握った時
「この手で何回叩かれたんだろう」「もう一回叩いてくれよ」と
本気で思った。

そんな事を話していたら、声が枯れてしまった。
今日はまったく声が出ない。
とっても私の周りは静かで快適だったみたいだ。
普段いかにたくさん言葉を発しいているかわかった。


酔いどれ料理人

最近は男も料理をする時代だなんて、そんな言葉が昔に聞こえる。
だって、私の周りには料理が好きだという男が多いのだ。
でも、男の料理って食材の贅沢さもさることながら、道具にもこる。
私もご多分に漏れず、色々な道具を買った事がある。
卵焼きフライパン・りんごの皮むき機・スライスカッター・一人焼肉機
たこ焼き・圧力鍋など他にもあるけど書いているうちに情けなくなってきた。


私の得意料理はと言うほど偉そうに言えないのですが、
ちょっと変わった物で自信ありは、水餃子・そうめんチャンプル
海老チリ・タイカレー・豚キムチ・だし巻き卵、オムレツ。
かな、勿論一般的なカレーやチャーハンなども作るよ。

私の親友の稲場なんか小料理屋さんにも出しても良いような物を作る。

仕事が終って家に帰り、ビールを飲みながら料理に没頭する時、
なんか疲れとか、嫌な事が和らぐ。
特に良い出来な時は、お酒が美味い。

先日ペスカトーレ(魚介類のトマト風味のスパゲッティ―)
初めてにしては、上出来だった。本も見ず、感覚で挑んでみた。
どっから手をつけようかなぁ―と思い悩むが、とりあえずワインを飲み
イタリア人になってみた。 ワインだけでイタリア人なれないか。

そして完成したのが、これだ。 写真にして保存。
三人前で、約1,000円の食材費用です。

決め手は、白ワインとハマグリの入れるタイミングと紫蘇の葉、
そして愛情という、かくし調味料。
そんな事ばっかり言っている、酔いどれ料理人でした。


大雨で溢れそうだ!

今日(7/25)すごい雨が降ってきた。
久しぶりの雨なので、最初のうちは良い感じなんて思っていたのだが、
とてつもない、大雨になってしまった。
私の住んでいる中野区には、歌で有名な神田川が流れている。
情緒豊かな昔とは違い、少し前まで大雨が降ると神田川は
もう、たまんね〜〜〜とでも言いそうな勢いで、川から雨があふれ出る。
特に中野新橋あたりに被害は集中する。
今日買い物の途中で、ふとその川を見た時ら、『わ〜〜〜〜』と声が出た
皆さんの家の近くには川がありますか?
普段はとっても穏やかな川なのに、何かのきっかけで大暴れする。
自然と人の心はにているのかもしれない。
おとなしい人ほど怒るとすごく迫力がある場合がある。

私のようにいつでも、喜怒哀楽を表に出すような人間は、単純で
良いのかもしれない。 剣道以外ではおとなしいと思う。

また、その近くには二子山部屋がある。
そうです、貴乃花がいる部屋です。 この近くに芸能人も多く住んでいる。

私は小学生の時、相撲部屋からスカウトされた。
本当の話しなので笑えない。
小学校の時渋谷区の相撲大会で準優勝したからだ。
高校時代も柔道部を相撲で投げた時、道間違えたかな、とマジで思った。


夏が痛い

本格的な夏がやってきた。
見に来てくれた皆さんの中には、内勤の仕事の人もいれば、
外交の人もいると思うし、主婦の方もいると思いますが、
私の仕事(クリーニング)は夏はたまりません。

配達で車の時は良いのですが、バイクは直射日光をもろに受け、
信号待ちなど腕はじりじり焼かれているようで、ローストビーフの
気持ちがわかるくらい、暑痛いです。

中の仕事は蒸気を使う関係で、40度を超える。
普段から、ボーっとしている私なのだが、もっとボーっとすると言うか
朝起きた時からと言った方が正しいかもしれませんが、
冷たいビールの事しか頭に浮かばない。

今家に帰り、ビールを口にしクーラーの真下でPCと語り合っている。
ホッと、ため息がこぼれる。
暑くて苦しいから、こんなに美味いと感じられるのだから、昼間の
暑さも『少しは良いか』とこの時だけ思う。
けど明日は、また灼熱の太陽と格闘しなくてはいけない。

本当に私は勝手な性格と思ってしまう。

喉元過ぎれは熱さ忘れる。
まさに私の言葉かも。


落した人が来店

私の店に申し訳なさそうな声で、『財布を拾って頂いたそうで』と
かかってきた。 私は直接出なかったのですが店の人が受けてくれた。
とっても丁寧な声で、感謝していましたと付け加えた。

そして、その数時間後お財布の持ち主が店に来て、心からの
お礼を行ってくれ、お菓子と謝礼を私に手渡す。

私もお菓子は頂いた方が良いと思い、遠慮無くと言葉と共に手にした
のですが、金銭の方は辞退したのです。
だったら、最初っから権利を放棄すれば良いと思うのですが、
もし、落し主が現れなかったら貴方の物になりますが、拒否ですと
何もありませんと言われたので、そうしたのです。

落された方は感謝の気持ちをいっぱい言ってくれ、だから受け取って
下さいと言われ、私はそれを手にした。

短いやり取りだったが、こんなに感謝されとても良い気分になった。
拾った瞬間、悪魔のささやきが強かったら、こんな良い思いは
出来なかったと思う。
お金を拾う事もめずらしい事ですが、それによって表れる現実の
展開は予想できない。 良い事も悪い事も。
良いことをしたと思った行動で逆に嫌な思いをするかもしれない。


落した主が横柄(おうへい)な態度で接しられるかもしれない。

でも、この人は全然違った。
言葉も丁寧でしたが、それ以上に驚かされたのは、
謝礼の中に小さな文章に、諦めていた財布が出てきて・・・・・と
感謝文が入っていた。

本当に、とても良い心になった。

生きていれば嫌な事もいっぱいあるけど、こんなに良いこともある。
人とのふれあいを一番大切に思っている私は、また一つ良い
人に出会えたような気がした。
もう、その人と出会う事はないかもしれないけど、その事は
忘れないと思った。

良い事と思えたは、自分じゃなく相手が良いからですね。




財布を拾った

この前新宿に買い物に行った帰りに財布を拾ったのです。
バイクで走っている途中で『あれ、財布かなぁ』と思って拾ったら
色々なものがいっぱい入った財布だった。
意外とそんな時、こ洒落た包み紙だったりするのに本物。

交通量の多い所だったので、拾い上げ少し先でバイクを止め
ちょっと中身を拝見『キョギョギョ〜〜〜〜』と思う福沢諭吉が
笑顔でいる。 その数5人と友達の人達が並んでいた。
57,000円なのです。 
回転寿司なら何枚食べられるのかと暗算をしてしまった。

最近と言うか、いつもだけど競馬で痛い目を味わっている
ゴンちゃんは『天からの授かり物』と思えと微かな私の悪魔が
囁いたもののやっぱり5分後には代々木警察署の受付に居た。

手続きをする時に目に入った記録ノートの一行上に、拾得物の金額の
覧に50円と記されてあった。

本当の事はわからないけど、私が勝手に思うのだが
子供が道に落ちていた50円を『もらっちゃう&届けなくては』と考えて
悩みに悩んで正義が勝ったんだ、と思ってしまった。
そして警察署に持っていったんだと思う。

人間は絶対悪魔と天使が同居している。
そんなの当たり前ですよね。 
考える事が悪いんじゃなく、実行する事に問題があると思う。
その子の心と今の私の心は同じレベルだと感じる。
ちょっと待って、私の方が少し下にしといて下さい。
なんか、かっこ良過ぎですから。

私も子供の時、道で100円拾って交番に届けた。
その時のお巡りさんが、『君はえらいね』と言ってくれ、
その100円を奥にしまい、自分の財布から100円を出し
『これはお巡りさんから君にあげる』と言ってくれた。
言葉少なかったけど、何か嬉しかった。

ずるして手に入れた100円じゃなく、誉められて手にした100円は
重さが全然違う。 なぜかこんな時思い出した。


そして少しの待ち時間で頭に浮かんだのは。
代々木署にくるのは、剣道か、交通違反か、飲みの待ち合わせか
(これは場所が目印と言う事です。としておいて下さい)

それにしても財布などよく拾うのは注意が散漫なのかもしれないし、
色々な事に興味のアンテナが広がっているのかも・・・

人の物を拾うより、大切な人の心を捨てるなですね。
(私自身のことです)


良い事をしたと思わず、良い気持ちにさせてもらったと
感じられるように、生きていたい
です。




献血結果が出ました

いや〜〜〜〜思った通りの検査結果です。

           今回    5年前

ALT(GPT)   39     41
AST(GOT)   39     29
r−GTP      104    84 

総蛋白TP     7.3    7.3
アルプミン     4.4    4.0

 アルプミン対グロプリン  1.5    1.2  
コレステロール  196    203

赤血球数      482    537 
ヘモグロビン    15.2   17.1
ヘマトクリット    45.0   50.7

平均赤血球容積   93.4   94.4 
赤血球ヘモグロビン量   31.5   31.8     
赤血球ヘモグロビン濃度    33.8   33.7       

白血球数      47    42
血小板数      17.3   16.8

以上です。


こう見えてもある数値以外は正常なのです。
その数値とは、r−GTP 104です。
ご存知の通り肝臓に関する数値です。

知り合いの医大の教授の先生に見てもらったコメントです。

軽い脂肪肝が疑われる状態だと思います。今回の血液検査は
献血で行うごく一般のものでそれほど詳細に調べていないので、断定はでき
ません。ただ、γーGTPが少々高め、しかも5年前より上昇しているので、
肝臓に脂肪が蓄積した状態だと思います。原因はもちろん、飲酒。
これを確定診断するためには、もう少し詳しい血液検査と
腹部超音波検査が必要です。そのほかには下記のデータでは
異常は認められません。いずれにせよ、飲み過ぎないことですね。


本当に見たままの検査結果でした。

何事もほどほどにしないといけませんね。
身近に親切な医学の先生が居るって私は幸せです。
でも、節制するのは自分自身ですね。

自分自身に「き〜〜〜〜」です。



美味い焼肉屋さん

最近家の近くに変わった美味しい焼肉屋さんが出来た。
店の名前は(しお)と言います。 オーナーの名前の一部です。
焼肉屋さんと言っても、韓国色が強かったり、牛角のような安さを
売りにするようなお店てではなく、ジャズをBGMにワインを傾けながら、
炭火で少しづつ焼肉を楽しむ。 それでいて安心料金です。
いつもの私はビール、ワイン(ボトル1本)飲んで焼肉&つまみで
一人4,000円位です。
ワインをボトルで頼まなければ、一人2,500円位です。
(勿論特上物は頼まないものとします。)
時々特上物も頼むのですが、美味過ぎる位美味いです。
それでも、1,900円位だったと思います。(競馬で当たった時)

また焼肉だけではなく、手作りコンビーフやスモーク物、魚介類
レバさし、牛さしも絶品です。 他にも色々な物があります。
お勧めはセットメニュー(1,500円)が色々な味を楽しめて満足できる
と思います。 私もまだ全部のメニューを食していないので、少しづつ
味わって行こうと思っています。

オーナーはもと肉屋さんだから肉にはそうとうのこだわりを持っている。
がさかざ騒がしくと言うよりも、しっとり肉を味わってくれる人に来店して
欲しいと言っていた。 だから肉だけは妥協せずに良い物を揃える。
それでいて肩苦しくなく、オーナーは丁寧で、特に肉の質問には
良く答えてくれるし、話し相手にもなってくれる。
こんな焼肉屋さんがあったら良いなぁっと思える店です。

オーナーは飲み屋さんは初めてらしく、まだまだ初々しく、ぎこちないけど
真面目さと、真剣な心はなかなか良い感じです。

「権田のホームページ見てきました」
と行って来た初めてのお客さんには、何かサービスがあるよう
交渉してみます。 きっと近々そんな事になっていると思いますので、
とりあえず行かれた方は言って見てください。
「権田のホームページ見てきました」と。

本当にタン塩は今までの感覚とは違いを感じます。
肉を感じてみてはいかがでしようか。
くれぐれも肉の焼きすぎには要注意です。 レア位が美味いです。
焼きおにぎりで閉めるようになれば貴方はスペシャリストです。

場所は渋谷区本町6−39−7(六号通りから少し入る)
ゴンダクリーニング店の近くです。

電話 (3375)7017
詳しい場所など電話してみて下さい。

定休日は月曜日
営業時間は夕6時からです。
雰囲気と肉の味はこの近くでは一番だと思います。

次はシェルターと言うイタリア料理店を紹介します。
ここも、美味いです。



献血久しぶり

先日久しぶりに献血に行ってきた。
献血ってわりと好きなんですよ、昔はよく行ってました。
献血のきっかけは、自動車免許の試験の時合格して
交付されるまでの時間があったので、初めて行った時、何か良いことしている
と思え、私が出来る良いことってこんな事位だけど、心が良かった。

受付の人も、とても丁寧で気分も良くなり、終った後にジュースや牛乳
またお菓子などが食せる。 場所によっては粗品も頂ける。
また、後日送られてくる、検査結果もとてもありがたい。
私的にはもっとも嬉しいのは、瞬間ダイエットだ。
10分位の間で、400g(血液400cc献血)ダイエットなのだ。

110Kg体重があった時など毎日献血したいと思っていた。
ちなみに現在の体重は82Kgです。(普通ぽくなってきましてた)
*最近なんのダイエットもしていないのに、1ヶ月で5Kg減ったのです。
体重計にのってやった〜〜っと喜んだ後、頭の中に不安な?????が表れた。
でも、体調は二日酔い以外の時は好調なので剣道で痩せたと思っている。

献血は針を刺す時ちょっと痛みはあるものの、自分の体から血が勢いよく
流れて、管を通って袋に溜まっていくのを感じられるのもこの時しかない。
血の勢いが良いのは良い事ですよね?
採血の経験のあるかたメール頂けたら幸いです。


無事に終了してジュースを口にする。
両腕には注射後の大きめなガーゼが貼られ、ちょっと満足げな私。

5年ぶり十回目の献血を終えた達成感味わいながら、仕事に戻る。

私の行き付けの店は(献血場所)、新宿西口の地下の所にあります。
いつも、ある程度献血する人がいるのも感心してしまいます。

皆様は献血したことがありますか? また、今までに何回しましたか?
ちょっと気になりませんか?

私はAB型なので、希少価値が高いと自分では思っているのですか?
前回の時にRH−AB型の人が同じ場所にいたのですが、
その事がわかった時、医者から採血の人までざわめいて、
すごく丁寧な口調で、『是非、これからもご協力をお願いします』と
言っていた姿を見た時、何かやっぱりRH−AB型はすごい血液型なんだ
と思ってしまった。 AB型だって10人に1人なんだけど。

一周間後に結果がくるので、それを見ながら皆さんと健康について
考えましょう。

詳細については、知り合いの先生にお伺いをして、皆さんの参考になれる
ような、文章をUPしたいと思っています。

駄洒落を卒業して、みのもんたコーナーになりそうだ。




沖縄は良いみたい

沖縄に出張していた山本英雄氏がもうすぐ東京に戻ってくる。
その前に少し東京にもどって来た。

さすがに沖縄に長く行っていると、色黒になっていた。
彼の場合現場監督と言う仕事だけに、元から色黒と言ってしまえば、
それまでなのだが、どこか沖縄焼け??と思うと、何か良いなぁっと
思ってしまう。

私はまだ沖縄に行った事が無く、憧れの土地なのだ。
釣り好きの私だから間違いなく、お酒以外の余暇の使い方は釣り
だと思う。 勿論それだけではないけど、良いんだろうなぁ。

話しの中でやっぱり出てくるのは、海の色が全然違うと力が入る。
当たり前だけど、江ノ島やお台場の海を身近に感じている私には
想像が出来ないが、驚きを超えるのだろ。

それと写真も趣味なのでいっぱい撮ってみたいし、勿論文章も残したい。
とは言うものの、本当に私が単身赴任で沖縄に行ったとしたら、
どうなんだろぅ????、私を知っている人は頭に浮かんだ通りの
行動をすると思います。 すいません身近ネタになってしまいました。

そして先日、山本氏と従兄弟さんと三人で
沖縄の話しをさかなに、楽しく大酒を浴びてしまいました。

翌日重症だったのは、私だけだったみたいです。



源流館BBQは最高

恒例の源流館のバーベキューが二子多摩川河原で行われた。
毎回色々な人が参加してくれて、年々盛大になってくる。
今回の参加者総人数は31人となり、学校の1クラスに相当する数だ。

すべての顔を把握できる人は誰もいないけど、(私が唯一一番知っている)
私も面倒くさいので、『勝手に自己紹介して下さい』と言うしかなかった。

でも、変な人は絶対にいないので、時間とお酒で皆仲良くなってきた。
バーベキューも美味しく、海野さんが魚を燻製にしてくれ、山口君をはじめ
若い子達も一生懸命動いてくれる。

11:00から始まったBBQも17:00をもって終了した。

とっても気候も良くと言うより、夏のような日差しと肌に触れる爽やかな風
満足な一日を過ごせたと思う。

石井さんのご主人はイギリスの方なので酔払い相手の英語教室
本当にご苦労様でした。

松本先輩のペットのポテト(コーギー)もとっても可愛かったけど、
ちょっと目を離すと焼肉を食べたり、ウーロンハイをがぶがぶ飲んだり、
これで酔っ払って、言葉の最後に『ベキヤロウ〜〜〜』と言い出したら
飼い主そのままだ、と私は一人で微笑んでしまった。

なにも問題も無く楽しく終了できた事にとってもホッとした。

来年も皆元気で楽しく出来たら良いね。と言葉を残し家路に帰る。

次の日は二日酔いと言うよりは、太陽に当たり過ぎたのか、
とっても疲れてしまったけど、今は楽しかった事だけしかない。

本当に皆様有難うございました。




自分の力って

本当に自分の力とか、自分の長所とか短所とかわかっているようで
本当はわかっていないと思う時がある。

私も先日、試合があってそれを感じた。
東京都レベルの試合は今はほとんど選手ではなく、監督として関わっている。

自分の力だけだったら、東京都3位なんて絶対になれない。
だって、無駄だと思う努力をしても、歳も歳だし頑張れる力だって
ピークをとうに過ぎているし、試合より稽古の方が良いと感じている。

今だって、負けても良いなんて試合に取り組んではいないのだけど、
心のどこかで『俺は終った』と感じ、負けてもしょがないよって、
自分に言い訳してる。

でも、今回の試合で結果を残したからじゃなく、団体戦の皆が私を信じて
応援をして、望みを最後まで捨てていない。
選抜チームなので普段は違う道場なので純粋なチームでもないのに
段々絆が一つになり、より強くなって行く事が分かった。

また、色々な人が応援に来てくれた、その人達の応援の心も伝わってくる。

たぶんその人達は選手以上に熱い心で感動しているはずだ。

選手の皆が熱くなって、応援の人達が心から頑張れと願う。
いつもと違う力が出る。
本当はそれが本当の自分の力かもしれない。

一番分かっているようで
一番分っていないのは、自分かも


喜びの涙をこれから何回流せるのかなァ。



キャサリン

私のペットの亀の名前はキャサリンと言います。
時々気分で呼び方を変える事もありますが、今はキャサリンです。

飼い始めた時は直径3cmほどのゼニガメだったのですが、
今は全長30cm位のガメラの従兄弟みたいになってしまいました。

初めは小さな水槽にいれていたのですが、大きくなりかわいそうだと思って
コンクリートをこねる入れ物に移したら、またまた大きくなってしまった。

とっても大きくなってしまいもう家の中では飼えず、小さな庭に出してみた。

快適にすごしているキャサリなのだが、少しさみしそうなので
金魚を入れてみた。
名前はステファニーにした。


なんとも名前だけはゴージャスだ。

でも8匹いたステファニーは現在3匹になってしまった。
どこへ行ってしまったんだろぉー。



ほどほどって大切

子供が竹刀の弦(つる)がたるんだから治してほしいと言ってきた。
私にとってそんな事はたやすい事だ、日曜大工はまるで駄目なのだが、
竹刀は体の一部みたいなのものだし、いじくるのは好きなのだ。

でも、私の竹刀とは違い細くて柔らかい。
竹刀には無くてはなら無い弦なのだけど力一杯引っ張って
閉め過ぎては腰の弱い竹刀は反り返って竹刀にとっても良くない。

そうかといって、弱くでは柄も先皮も動いてしまうし、何よりも打突した時に
響く音も良くない。

ほどほどの強さで弦を張る。
この「ほどほど」という事が大切だと思う。

人生においても張り詰めてばっかりでは、疲れきってしまう。
琴でも、ギターでも、最高な音色はほどよい閉め具合で良い音色となる。

人生も、適当に気を抜くのではなく、ほどほどに気合いを入れて、
頑張って生きていきたいと思う。

息は吸ってばかりでなく時には「ふっと」吐かなくては。


愛すること

人には色々な性格があるように、愛し方にも限りないバリエーションがある
特に男性と女性とでは、また違うと思う。

ある雑誌に「Hは好きじゃないけど、愛せる人が欲しい」と言う人が
増えてきたと書いてあった。 若い男女とも。
愛する心があれば、触れ合いたいと思うのでは・・・、私は強く思う。

快楽を追いもとるるより、心の安らぎのエクスタシー。
普通人間と自負している私には、難し過ぎる。

また外国の人と日本人とでも、愛し方は違うと思う。
日本人の恋愛の形としては、話したり、一緒の時間を過ごし、
信頼関係が出来、愛する心が芽生え、H(SEX)と導かれる。

けど、外国の人はまずHをしてから、そして相性が良ければ愛を深める。
すべてではないが、そう言われるとそうかもしれない。

何か、危険な感じもするのだが、生まれ持っての国民性なのか
本能のなせる技なのか、日本人にはちょっと理解できないかも。

やっぱり私は「愛」が先で「H」は後が良い。

外国の人は「H」が先で「愛」が後みたいだ。

言葉も、やっぱり日本語じゃなくアルファベットの国だからなんだろう。
A.B.C・・・I・・・

やっぱりが先だった。

日本語はあ・い・う・・」やっぱリ愛が先だった。

人の為て・・・?

色々な意味で人の為になれたらいいなって思うことがある。
仕事でも、剣道でも、人とのふれあいでも、私は思う。

別にそのことで私を良い評価になんて思っていない。

だって、私は嫌な事や、困った事を相談されるより、成功や
今頑張っている話しの方が好きだから。

だから誰かが困る前になんにも手を差し伸べないで、失敗した時に
「あの時はこんなやり方が良かったんじゃないの」とか、
「言ってくれれば良かったのに」と言う言葉が出るとおかしいなぁって
思ってしまう。

それなのにその前に相談されると、ちょっと忙しいなんて言ったりする。

でも、それが普通の人なんですよね。 勿論私も普通なんです。

でも、やっぱり人の為にと言う心はどこかにある。

それはやっぱり自己満足だったり、誰かに見られているような評価を
気にかけているのかもしれない。

人の為は、合わせると偽りなる。

なぜ自分のためと言えないのだろうか?


花見は最高

4月7日渋谷区役所剣道部主催の花見に参加させてもらって来ました。
少し散りかけた桜だけど、最高でした。
咲き初めの桜も良いけど、散りかけの桜は、少しの風にも反応良く、
舞い落ちる。 そして飲みかけのグラスに溶けこんでくる。
この前の桜は、落ち着いた女性のように仄かで、柔らかくって、
どこか弱い感じがたまらなく私は好きた。

私は松本先輩の酔っ払っている所が、好きなので早く酔っ払って
くれないかなぁと思いつつ、仕事を早く切り上げ期待に満ち溢れ大宮公園に
先日買ったバーベキューセットと子供二人を引き連れ向かった。

すでに午前中から場所取りをしている松本先輩が不敵な笑顔で一番に
迎えてくれた。 もうすでに出来あがっていた。
私は火をつけバーベキューの用意をするが、早く飲もうとせかす松本先輩。

やっと肉が焼ける頃には松本先輩は、ためらいの無い酔払いになっていた。
いつもの松本先輩がいた。 本当に、面白い。

私も美味しい酒をガップリいただき、軽い二日酔いになってしまった。
仕事&講習会(不当請求防止講習。簡単には暴力団対策)は辛かった。

また花見の時、米山君の5歳の子供の質問で、
『権田さんとゴジラはどっちが強いの?』この真面目な質問も辛かった。

米山君くれぐれも子供に言っておいて下さい。
権田さんは人間で怪獣や恐竜ではない。


剣道の時は近いものはあるけどね。

六月の源流館のバーベキューは今から楽しみだ。

ほのぼの薬局

先日私は身だしなみをととえる為、近くの薬局に髪染めを買いに行った。
別に茶パツとかにする訳ではなく、白髪を黒くするのだ。
若い頃から白髪が目立ち、30歳過ぎた頃から染めている。
そろそろ、染めずに白い髪も良いと思っているけど、もう少しと思い
薬屋さんに行き、いつもの毛染めを手に取りレジに行く。

私の前には、一人のおばさんが花粉症の薬らしいものを手に持ち
お店のおばさんと会話をしていた。
私は髪染めの代金を手に持ち、その次に並んだ。

そのお店のレジの横に小さな水槽があり、めだかを飼っている。
二人のおばさんはひとしきり薬についての会話をかわした後、
お客さんがふと水槽を見て、『これなぁに!』と指を差す。
お店のおばさんは『それはね、メダカ』と差した指先を確認せず答える。

『そうじゃなくって、これこれ』と水槽にへばりついている貝みたいな物を
もう一度必要に指差すお客さん。

お店のおばさんもそれに気がついたのか、『あ、それ』と質問の物に気がつき
『それはね,タムシ(田虫)』と自信に満ちた顔で答える。
おばさんも『タムシね』と復唱し納得して帰る。

私はその時、タムシ(田虫)は股間あたりが痒くなる病気じゃないのか。
その水槽内に生息するのはタムシではなく、タニシ(田螺)と言う貝では
ないのかと私は思った。 けどその会話は無事終了。

そして私の番になった。
店のおばさんは、ふっと気づいたのか『タムシじゃなくって、タニシだった』と
私を見ながら訂正する。 私に訂正しても困る。
それでなくても、私にはさっきの会話で大笑いの序曲が始まっているのに
真面目な顔をして店のおばさんが、ちょっとしくじってしまった、の顔と
おばさんとは言え、女性の口から大きな声で『タムシ』はやっぱり
ばつが悪いし、ましてや薬学に関わるだけに『田虫』はどんなものだか
知っている。 おばさんも笑ってくれれば笑えるのだが、少しへこんでいる。

私は必死で笑いをこらえる。 笑いをこらえると変な顔になり涙も出る。
そんな私を見てお店のおばさんは『花粉症?』と問いかける。

私は無言のまま、おつりをポケットに入れ急いで店を出る。
それにしても、苦しかった。

私も多弁症なので似たような事をしているのだろう。
笑いは自然が一番!



そろそろ衣替え

いよいよと言うか、やっとと言うか、暖かくなってきた。
クリーニング屋さんも衣替えのシーズンを迎へ、やっと仕事をしている
気分になってきた。 仕事一途ではない私でさえ手持ちぶたさだった。
皆さんはクリーニング屋さんを利用する時、どこを、または何を
基準にお店を選ぶのでしょうか? 私は本当のお客様になったことがない。
選択しとしては、料金・仕上り度・立地条件(近所)・接客・サービス等
まだまだ色々あると思います。

私が考えるに理想的クリーニング屋さんは、低料金で、丁寧な仕上げで、
徒歩2分以内で行けて、また配達もしてくれ、年中無休で
愛想の良い可愛い女の子がいつも笑顔で親身に応対をしてくれ
(ここの部分が妙に長いのは個人的趣味ですみません)、
面白く、変わった、色々なサービスをしてくれ、何よりもお客様の気持ちに
なって考えてくれるクリーニング屋さん。

いかがでしょうか?

この中でゴンダクリーニング店が実行できないのは、低料金と、徒歩2分だと
思っています。 徒歩2分はお客様すべてに満足して頂くには取次店ですね。

また、料金に関しても個人店ではどうしても無理があり、
安い大型店にはどうしょうもありません。
でも心が通じ合える点では個人店の方が良いと思います。

色々考えてお客様と接し、生の声が聞けて今の店舗の大きさや形態が
が良いし、また私にはあっていると思っています。

桜の花びらのような清らかなクリーニング屋さんを目指しています。

剣道の時のような強引な振る舞いはしていなく、
愛想の良い熊さんみたいな権田です。

クマちゃんクリーニングとでも改名しょうかなぁ?

来週は大好きな、松本先輩と花見です。
また、「べきやろ〜〜〜〜」になってくれるのを期待しています。

その時の写真は載せられる範囲で載せたいと思っています。
なにしろ、いつも放送コードぎりぎりなもので。


琉球からのメール

沖縄に保養所みたいな物を建設するために行っている、山本氏から
沖縄の風を送ってきた。 向こうはすっかり夏みたいだ。
今じゃなく、一年中夏みたいなんだろうな。

もうすぐ出来あがり、東京に帰ってくる。
たぶん五月過ぎになると思うので、関係者の皆様、また英雄君と大酔払い
になろ〜〜〜の飲み会を開きますので、ご参加お願いします。


小さなシーサーだけど、大きな建物を守ってくれる守り神。
沖縄には無くてはならないものなんだなあ。

シーサーな事からこつこつと
今日のは不発って感じだ。


スキーは手強い!

3月9日〜11日に私はスキーに行ってきた。
どうだと言わんばかりに強気で書けるほどスキーをした訳でもないのだが、
笹塚同志会(剣道の会)の木村先生ご夫妻と海野さんが企画・取りまとめ
をして頂いたスキーツアー(私は合宿の気分)に家族で参加させてもらった。

場所は志賀高原スキー場。

新宿発10:30の夜行バスで目的地に向かう。総勢20人。
貸し切りの人数ではないので一般の人も同乗し満席だった。

私は人の1.5倍はある体をどう席に収めて約9時間の長旅を過ごそうかと
考えた。 席の相手に小3の息子を選んだ。 二人合わせれば丁度良い。

スキーの支度は何一つ私はしなかったのだが、お酒の用意は完璧に近い位
こそこそバックに詰め込んだ、子供の水筒にウイスキーの水割りをしのばせ、
バス内で、ちびちびと飲みおつまみはチーカマとマグロの角煮と
おかきセットを主流に先々のドライブインでその場の味を楽しむ。 
鴨ねぎのつくねは美味かった。 勿論日本酒・ワインも携帯してる。

寝たり起きたり、飲んだり食べたりしながら早朝志賀高原に着いた。
小雪が舞い落ちる。 温度計は−11度を差していた。 風も吹く。
こんな状況でも、スキーをするのだろうかとちょっと不安が走るが、私と息子は
温泉&のんびりを決めこんでいるので、あまり態勢に影響はないのだが、
やっぱり晴れて欲しいと思った。 吹雪きの中の見学は辛いからだ。

ホテルで朝食を済ませ目の前のゲレンデに出る頃には、さっきまでの
悪天候が嘘のように青空が広がり、眩しい位の日差しが気温を上げてくれ、
汗ばむ陽気になった。 絶好のスキー日和に早変わりだ。

私も一応スキーを着けてみた。

なんとも動きずらい物だ。 ましてや動きたくなくてもずるずる微妙に動く。
木村先生の合図で子供達はどんどん滑り始める。
私も小高くなった所から滑ってみた。
滑ると言うより、『ドンガラガッタン』と音がするようなころびかたで、
斜面で止まる。 やるせない空気が私を取り囲む。

たぶんこのグループだけではなく、このスキー場で私が一番下手だと
確信できた。 息子も同じ気分を味わっていたのは、後の温泉でわかった。

権田家約2名本日スキー終了!
二人のスキーをつけていた時間、約10分。
内容・滑走距離15m、転倒1回、歩行滑走20m、リフトは遠くで見学。


それでも私達はソリに乗ったり、雪合戦をしたり、写真を撮ったりして、
それなりに楽しんでスキー場に来た事を実感していた。

皆でお昼を食べ、場所を変えて滑ると言うので、私達は部屋へ入った。

皆は上級者コースへ旅立った。
我が娘は急斜面を下りられず、高橋重ちゃんに大変お世話になってしまった。
スノボーを満喫しようと思っていたのに、悪い事をしてしまった。
本当に我が教え子ながら性格の優しい、素晴らしい男だとつくづく思った。
私のどこを見てこんな良い性格になったのか、それとも私は
反面教師のなか? このお礼は『和民』笹塚店で恩返しをしようと思った。

夕食はスキーの話しで盛り上がるが、私は笑顔を作っているしかなかった。
でも、皆の楽しい顔に満足だ。 お酒も程々に就寝。

さすがの私も翌日は頑張ろうと心に決めてゲレンデに出る。

皆が滑り始め、私は一人で練習を始めた。
少し何かをつかんだ。 言い表せないけど滑れそうだと思った。

木村先生のご指導の元、私はリフトに乗り、頂上を目指した。

木村先生の後を命綱のように思い、私も滑った。
3〜4回転んだものの何とか落ちてきた。
ボーゲンらしきかっこはするけど、難しい〜〜〜。

それでも、なんか面白くなってきた。 もう一度行ってみようと思った。
なんて前向きな心に変わってしまったのだろう。
すっかり私の気持ちも、山の天気のように変わり身が早くなってしまった。

二本目に挑戦。 なんと1回も転ばずに降りてきた。 快挙だ。
もう自ら、三本目に行きたくなってきた。
上手くはならないけど、転ばなくなってきた。 木村先生のおかげだ。

そして私は肉離れの左足がもう止めようと、言うので終了。
怪我も無く終れた事にほっとしている。

今度また行っても良いかなぁっと、ほんの少し思った。

それにしてもボーゲンは難しい。
暴言なら得意なのに!




ケーキを息子と作った

息子・貴大とケーキを作った。
なぜ作ったかと言えば、別に深い意味はない。
ただ買い物に行った時、ロールケーキが目に入り作ってみようと
思い、息子に言ったら大盛り上がりで参加してきた。

勿論女性の手もレシピ本も無しだ。
息子と二人で生クリームをかき混ぜ、ホイップした角を立たせる。
会話で人の地雷を踏んで心の角を立たせるのは得意なのだが、
純白で可憐なクリームはなかなか立ちあがってくれない。

でも、色々話しながら二人だけで、作り上げた。
と力むほどではないのだが、とにかく形にはなった。

所要時間15分!今年は自分の誕生日ケーキを作ってみようかな
とっても、しょっぱくなりそうだ。 

ちなみにこのケーキは味もなかなかでした。子供達には好評でした