2002.4.2更新

日本キリスト教団 弘前教会

牧師 竹内郁夫 竹内豊子

「信仰と一致と協力」

平和のきずなで結ばれて、霊による一致を保つように努めなさい。

エフェソの信徒への手紙4・3(2001年度弘前教会主題)

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 大切にしている集まりです。

・子どもの教会(日)9:00am

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 聖書を学び、祈り合う集まりです。

・求道者会(日)9:20am 第1、3日曜日に行なわれます。

 キリスト教の入門・基礎を学ぶ集まりです。

・そのほか 

 高校生会・青年会・婦人会・バイブルクラス・日本語教室などの集まりがあります。

 音楽会・講演会・映画会なども行なわれます。

メッセージ

世の光・キリスト

ヨハネによる福音書8:12

 「私は、世の光である。私に従う者は暗闇の中を歩かず、命の光を持つ」。

 「私は、世にいる間、世の光である」。

 「私を信じる者が暗闇の中にとどまることのないように、私は光として世に来た」。

イエス・キリストは、ご自分を「光」と語られます。キリストが私たちだけでなく、全人類にとってなくてならない存在であることを語っておられるのです。

 光について2,3学びましょう。

 私たちは、光がないとものを見ることができません。キリストという光がなかったら、神さまを見ることができません。

 光と命とには、密接な関係があります。光がなくては、命、即ち健康を保つことも、成長することもできません。死に至ります。信仰の命を保ち、成長するためには、光であるキリストから光をいただかなくてはなりません。だから、「私は世の光である。私に従う者は、命の光を持つ」と、キリストは語られたのです。

ある詩を紹介します。

「光る 光る すべては光る 

    光らないものは一つとしてない

        みずから光らないものは 他から光を受けて光る」

 光は、ものごとのありのままの姿を明らかにします。良いところも悪いところも分ります。長所も欠点も明らかにします。信仰も不信仰も明らかにします。主イエスという光に照らされて、神さまに愛されていると知ったら、喜び、感謝をしましょう。罪が分ったら、大胆に悔い改めましょう。そして、新しく生まれ変わりましょう。

 世の光としての主イエス・キリストは、私たちに語りかけられます。

「光の子となるために、光のあるうちに光を信じなさい」(ヨハネ12:36)と。このみ言葉は、私たちに対する主イエスの希望であり、願いです。主イエスは私たちに「光の子」となってほしいと願っておられるのです。だから、「あなたがたは世の光である。」(マタイ5:14)と語っておられるのです。

 「今は主に結ばれて、光となっています。光の子として歩みなさい。光からあらゆる善意と正義と真実とが生まれるのです」(エフェソ4:8−9)と、パウロは語ります。

 光の子となるとは、光を継承することです。親にとって子が可愛いのは、自分の命を受け継いでいるからです。

 光から善意と正義と真実とが生まれると、み言葉は語ります。「善意」と語っていることに大きな意味があります。現代は、人間不信が強くなってきて、善意が通じにくくなってきています。善意が善意として通じ、受け取られる社会でないと、本当に住みにくいです。善意の回復こそ、現代の重大課題です。

 いずれにしても、私たちに「光」があるということは、何ごとにもまして、大きな祝福です。

 夕暮れになっても光がある。ゼカリヤ書14:7

 闇になっても 盲目になっても 孤児になっても 不治の病になっても

 危篤になっても 極刑になっても 臨終になっても 光がある

河 野   進