スマートラビット ○●。[Soap Makerのひとりごと]。●○heabs

美しい日本語
★今日は丁寧語でいきます★先日赤坂アクトシアターで行われた「秋山ちえ子の談話室45周年の集い」(TBSラジオ&コミュニケーションズ主催)に春江さんと私soapmakerは参加しました。(ご好意で参加させて頂いたのです。)
ご存じの方も多いと思いますが、秋山ちえ子さんは、TBSラジオ「大沢悠里のゆうゆうワイド」枠内、午前10時から10分間の番組「秋山ちえ子の談話室」のご本人で、私soapmakerは元祖女性ジャーナリストであると昔から尊敬している方でありまして、御年84才ながら世界中を飛び回り土日を抜いた毎日10分間、ラジオを通してさまざまなことを語り続けておられる方であります。この番組は1957年にスタートして(昭和32年)ひええーっ!?(・・・すみません。今日はいつもの調子でのひとりごとではいけないのでした。)なんと9月3日で12228回を超えた長寿番組となっている、人気番組なのです。
久しぶりにお会いした先生(私soapmakerは秋山さんを先生と呼びます。)はほんの少しお痩せになっていました。それに背が小さくなっておられました。先生曰く、「私は80才を過ぎ、自分の体に次々と異変が起こるのが解りました。体は痩せて、サイズぴったりだったスカートがゆるゆるになり、なんとその丈も長くなってしまいました。」さらなる説明では、やはり人間年を取ると背丈がちぢむんだそうですね。「165センチが161センチとなりました。」とおっしゃいました。それでも先生のお声は我々が無理して作るよそゆき用きれい声なぞ足下にも及ばぬ、澄み切った美しい声で1300人のお客様を魅了されていたのです。
先生のライフワークは、正しい日本語、美しい話し言葉の普及に日々力を注ぐというものであります。カタカナ英語の連発や下品な言葉、意味不明の擬音濁音を連続した言葉などに深く心を痛められて、先生のご提案として、小学校ではまず正しく美しい日本語の読み書きを徹底するべきであると主張されています。私soapmakerも日々気をつけてはいるのですが、どうも芳しいものではありません。おまけに書いている文章を読み直すにつけ、穴があったら入りたいようなものばかり。本来ならば、このような文章を書いて公表するということは読者皆さんの時間を無駄にしていると批判されても致し方ないものばかりです。小さくなった秋山ちえ子先生とこれまた元から小さい春江さんを交互に見ながら様々な事を考えさせられた一日でした。
楚々として美しい日本語を話す人生の大先輩に敬愛をこめて・・・
PS/チャトウチャック市場のsoapmakerの石けん映像と使用感レポはかなり先となります。こらあ!(と元に戻ってしまい失礼しました。)

海外旅行ができる幸せ
「国外に出ることなく、一生を村の外にも出かけないで終わる子供だっている。」「高価な航空券を買って外国を旅してるんだもん、優雅な金持ちと思われても否定できない。」前記はタイの舞踊研究を続けているみほさんの言葉、そして後記はウイークリー毎日でおなじみのフリーライター長谷川まりこさんのインド旅での言葉である。
それから「小さな木の実」という、小学校の時に好きだった歌の歌詞も同時に思い出した。「坊や強く生きるんだ、この広い世界、お前のもの。」
インターネット技術は進歩しているものの、なぜか更に南北問題が広がるなんていう矛盾が起きているのは事実だ。技術を活用できるリタラシー(活用能力)を持っている人とそんなチャンスにも恵まれない人。格差が生じるのは当たりまえである。でも、どちらが幸せか?と問われたら、それはまったくわからない。
自分の目の前にある畑を守り、家畜を育て、家族と共に、一生を通してその土地と共に生きる。このような生き様に反発を覚える人もいるし、そうでない人もいる。どちらがより人間として豊かな生き方か?また比べることができるだろうか?
soapmakerはたまたま高度経済成長期のまっただ中の、豊かな日本に生まれ、物質的にも精神的にも不足やおかしくなるという危機には遭遇せず、就職し、旅行をし、好きな事だけ勉強し、好きなところに住み、パソコンを動かし、世界中の情報、文化、暮らしに感心をもったりして生きている。
これはとても幸せな行き方のうちの一つであることは間違いない。そして海外旅行させてもらうと、先に記述したような、まったく違った幸せも見つめ直すことが可能となる。ということは、やはり海外へ出かける事ができるのは、かなりの幸せであることは間違いない。うーむ。やっぱり。
もちろん他力本願はいけないが、発展途上にある国の指導者と呼ばれる人には、自国の子供たち全てがそんなチャンスに恵まれるべきだという認識を少しは持って、さらに努力を続けてほしい。そしてやっぱり、先に情報活用能力にいそしんだ人々はできる限り協力するべきなのだ。

正しいHTMLとは?
先日掲示板にあこさんから、びっくりのご指摘書き込みを頂いた。内容をカンタンに言うと「ネスケ(ネットスケープ)で読めないページがある。読みたいのに!何とかならないの?」であった。(本当はもっと優しいお言葉でのご指摘です。念のため)
ええーっ!!そんななんと!申し訳ないことを!と早朝から私soapmakerは焦ってしまった。そして、どうしてどうして?何で?と自分のソースを総点検。すると驚くべき事に、というより、とんでもない事に、テーブルタグが抜けているページを発見。ご指摘の通り、そのページは当然ながらネットスケープでは表示されていなかった。
エクスプローラーでの表示確認だけでアップしてしまっていたのもとても悪い事だが、何よりタグ打ち不良によるネットスケープ非表示ではお話にならない。 申し訳ない。すぐに手を加えてアップし直した。掲示板には平謝りだ。何とかもう一度ご覧になってほしい。むなしい希望だがそう願った。しかし翌日大変に、誠に、有り難い事にあこさんはまたご覧下さって、読めましたー!と書き込んで下さった。感謝のキモチでいっぱいです。本当にありがとうございました。
それにしても、タグ打ちは慎重を極めないといけない。HTMLの基本のキの字である。一見デザイン的にも見やすいテーブルタグには、実は落とし穴が潜んでいる。パソコンの画面環境は各自様々でいろんな条件があるからだ。それをテーブルタグで、たとえば文章の幅などを固定値にしてしまうと、画面の小さいパソコンを見ている人にはとても読みづらくなってしまう場合がある。本来のパソコンでの画面調査は利用者が自分の使いたい大きさでその画面(ウインドゥ)を調整しながら見るものであって、HPを作っている人が自分の環境だけに合わせて固定してしまうとかえって使いにくい環境を作り出してしまうことがあるのだ。
もう一度このHPもデザインを見直さないとならない。チェックを入れるとキリがないくらいの不安点がある。altの指定もまだ全て終了していない。
「使い勝ってがよく、誰もが自分の環境で見る事ができるホームページにするために、正しくHTMLを打つこと。」時間がかかりそうだが、今回の教訓を肝に銘じたい。読者の皆様、今後もどうかお気づきの点は何でもご指摘下さい。よろしくお願いいたします。もちろん私soapmaker自身も勉強し直します。

思考の堂々めぐり
特に世の中におけるありとあらゆる不条理な事柄について、深く考え込み、不安と怒りで頭の中がいっぱいになってしまい、どうにかしなければ!どうしよう?などと、頭の中でぐるぐると考え事がまわり、とにかく考え続けること。そんな状態を「思考の堂々めぐり」というのだという。
ある女性で、小さい子供のころから特にこの状態に悩み、半世紀以上を過ごし、そのうちにこの思考の堂々めぐりを自らの意志でコントロールできるようになり、周囲の人々の善意や良い志から、そして何よりも自然の恵みや生きものたちの営みから、不思議な力をもらい、この不思議な力を自らの活動エネルギーに変えてしまった人がいる。チンパンジーの行動学を研究し続け、世界中の子供たちや人々に、生きものの驚異に満ちたすばらしさを伝え続けている、世界的な動物学者、ジェーン・グドールさんである。
とにかく何だか難しそうで、長そうな、はっきり言って読むのが面倒そうな「森の旅人」(Reason For Hope-A spiritual Journey)という本を私soapmakerに、徹夜でも読め!すぐに即刻読め!と厳しく命じてくれた友人に心から感謝したい。なぜなら現在に生きているヒトという動物の中の一人である私soapmakerにとって、勇気100倍、まさに直感教授の恩物的書物であったからだ。この本はジェーン・グドールさんの自伝であり、動物行動学(もちろん人間も含む)の本であり、ヒトにとって重要な育児書でもあった。
この本は、おすすめ書籍にもちろん加えたい至極の一冊であるが、とにかくまず先に、ジェーン・グドールさんの場合の「思考の堂々めぐり」を見事上手に寄せ付けない方法、そして不安や怒りを次のステップに突き進む動力にしてしまうすばらしい方法について触れたいと思った。
それは・・・「今が明日。(来週だ、再来週だ)」と自分に言い聞かせ、どんなにいやなことがあっても、その日のうちにそれを手放してしまうというものだった。はじめに一読しただけでは何が何だか解らなかったが、前後の章に戻ったりして何度も読み返すと私soapmakerの頭でもうっすらと見えてきたものがあった。
不条理な世の中において、ヒトがヒトに対して、また、他の生きもの(自然界)に対して行う行為は怒りや悲しみにまみれたものが確かに多い。集団的心理に突き動かされたり、自己コントロールを失ったりしての、残虐行為。戦争、飢餓、自然破壊などなど、考え出せばきりがない。しかしである。実のところの解決策は、「考えていないで行動に出る」という方法しかなかったのである。
自分にできる最低限のことからでよいから、何かの行動にでること。それが「思考の堂々めぐり」からの唯一の脱出方法なのだ。
今、私soapmakerにも、やってみようと考えていたことが目の前にやってきている。しかし不安だから、何度もジェーンさんの文章や詩をことある毎に読み返し、例の堂々めぐり状態から毎度救助されている今日このごろである。

びっくり仰天!マコモ風呂
ぜひぜひ体験してみたい事に、マコモ風呂に入る事、がある。
ご覧になった方も多いと思うが、「クロワッサン」誌5月10号に、エッセイスト小幡玻矢子さんのお宅のマコモ風呂が紹介されている。とにかくびっくりである。小幡さん曰く、このマコモのおかげで20年間お風呂の水をくみかえたことがない。とおっしゃる。
いったい真菰(マコモ)とは何であるか?クロワッサン誌の記述によれば、マコモはイネ科の生物で(植物で)マコモの菌は熱に強く、人間の汗や垢を分解してくれるという。また、マコモ風呂がさらにすごいのは、お湯がさらさらとした感触で、肌にとても優しいということである。もちろん水も節約できる。
我が家の資料では、マコモとは川や沼に生息する生きもの。としか解らないので、インターネットで調べるか、図書館に行かないとならないので、後日、このひとりごとにてご報告することをご勘弁ください。
それにしても、自然界の生きものは驚くべき力を備えていることが多い。
木で作られたものが、まさにそうであって、以前とても驚いたことがあるのでここでご紹介しておく。
木の道具とステンレスの道具について、雑菌の繁殖率を調べた人がいた。どちらが繁殖率が多かったかというと、ステンレスの方であった。木には木自体が持つ、抗菌力があるが、ステンレスにはこの免疫力というか、本来生きているものが持つパワーはないという。
確かにステンレスは清潔なイメージがあるが、手入れを怠るととんでもなく汚れてしまう。一方の木には、「生きものパワー」がもともと備わっている。耐久性はないけれど、実は雑菌に強いのだ。
マコモの話に戻るが、とにかく一度マコモ風呂に入ってみたい。よどんだ水の中に底知れぬパワーを持ったマコモ菌が生きていて、汚いものを分解しているなんて、なんとミステリアスなお風呂なんだろう。
はやく体験してみたいものである。

地雷ゼロキャンペーン。また頭が熱い
坂本龍一さん快挙!のCDをもう一度聞き、番組の内容を思い出した。そして「さあ寝ないと。」と床についたのだが。。。
もはや眠れないのである。あまりにいろいろ考えて。考えているだけでは何も起こらないのに、次々と考えてしまう。 明日は休みじゃないぞ!はよ寝れっ!と言い聞かせても当然無駄な努力であった。
4歳の女の子が義足をはめよろよろ歩行訓練をしていた。その子はカメラに向かって、なんともかわいい笑顔を向けていた。
地雷だらけの開拓村。貧しいから行くところがない。貧しいのにたくさんの子供があふれている。まるで人間の繁殖率と地雷の殺傷率。どっちが多くなるかを競争しているみたいだ。
あんな危険な、恐ろしい環境の中でも、人の命が生まれて育っているんだ。
1954年5月ベトナムのハノイで報道写真家ロバート・キャパは、撮影中、地雷にふれて死んでしまった。人々曰く、「あの、用心深く慎重な行動をモットーとしていたキャパがなぜ?」百戦錬磨の戦場カメラマンでも地雷の悪魔的破壊力と不気味で陰湿かつ卑怯な武器には勝てないのだ。一般市民や子供たちが犠牲になるのは当たり前である。
なぜあんなもの作り続けるのだ?「自営にはとても効果がある武器だ。被害をもたらしているのはタイマーも効かない、古くて頭の悪い地雷の方で、我々の作る地雷は危険度は少ない。」と言ってるやつが番組に出ていたが、「おまえらそこまでして商売したいか?武器を売りたいか?」と叫びたい!
CDが売れ、資金を集め、みんなが現実をとらえ、どうにかしたいと考えた。音楽の力がみんなの心を一つにした。自分は何をするべきだろう?自分は何ができるだろう?
これからは何とかして、国の指導者、国の運営を任されている人間に現実を解らせないとならない。やっかいなことにこれらの人間はすべてを解っているのに、国の利害関係が自己の権力に絡むので、どうしても地雷や銃などをはじめとする武器を作らせ、売り続けているのだ。うーむ。どうすればいいのだ???

今年初!スイカを頂く...
スイカ一個が丸ごとドーンと我が家にやってきた。お隣りの奥様がスイカを抱っこして息を切らしながら運んでくださり、玄関で呼び鈴を鳴らしてくださったのだ。
玄関を開けたら、バスケットボールぐらい大きさのスイカを必死に抱えておられる。
「えっ?そ、それ、どうしたんですかあ?」とマンション中に響く声をあげてしまったスイカ好きの私soapmaker。
奥様曰く、「スイカ、メロンの類がダメなのよ。送っていただいたんだけどもらってほしいの。この時期は味はどうかしら?解らないわ。」
「はいはい!もう喜んで!一族そろって、みんなスイカ大好きです。わあ!すごーい。重ーい!ごちそう様ですう...」
かくしてスイカ君の登場であった。
しかし!冷蔵庫にスイカ君の入る余地が...切ってしまうか?でも切ったら早く食べないと...何?出張?誰だ、スイカを食べている時間なぞ無いと言ってるやつ?真夏のスイカならたくさんいけるけどさあ...とか言ってるやつ?殺!!
一日目はソファーの上に座布団を敷き、その上で重々しく埋もれていたスイカ君。お相撲さんの頭ぐらいはある。soapmakerは自転車で工房に運んだ。ハンドルが取られて何度もこけそうになったが、自転車のプロを自認するsoapmaker流ハイテク運転でなんとか工房にたどり着き、古い冷蔵庫にスイカ君は納まってくれた。道中スイカ君はみんなの注目の的であった。よろよろ自転車を運転していたからかもしれないが...
工房ではスイカの皮の汁を絞り、石けんに使ってみようというまたも大胆不敵な計画が進行中である。

ちょっと頭を冷やして...
最近の多くのいやなニュースと武器の話で頭がパンクしそう。これ以上思考回路がうまく働き、何かまとまりのつく、論理的な話ができないかもしれない...と思ったりする。
こんなお天気だから、気分転換にはテレビだ。(?)今朝偶然「2001幻のペンフレンド」というドラマを最後まで見てしまったら、なんと、とても納得できるラストが用意されていた。それは、この世界を作っているのは、人間一人一人の「心」なのよ!ということだった。こういうのはこのドラマのテーマというのか、オチというのか、ツボというのか...そんなことはどうでもいいのだが。
すばらしい!と思った。そうだ。これこそ私soapmakerも言いたかったことなんだ。なんて自分のあまりの調子のよさには、ホトホトあきれるものの、ちょっと感動したりした。
でも待てよ。その一人一人の「心」がみんな違うわけであり、それがそもそも争いごとの発端じゃない?
みんな一緒にしようよ。---ちがうちがう、それがダメなの!いけないの!一番いけないのは同じにしちゃえば楽だという危険な発想だ。みんな違う。これでいいのです。ちなみにこのドラマは中学生向けに作られた教育テレビのだった...いいの、大人だって観るもん。頭冷えました。ひとりごと、これから短くいこう...

武器は要らない!その2
かなり前になるが全米ライフル協会に関する本を読んだ。これはもう根本的に自分とは考え方が違う、違いすぎると思った。それはかなり重苦しく息苦しい内容であった。これは、ヘラヘラと「武器はいらない!」と脳天気に書いていられないとも思った。ちょっとやばい...とすごく思った。
全米ライフル協会の方々の主張は、はっきり言って、「偶像崇拝のための仏像は自分たちにはいらない!」ということで、世界的遺産の仏像を破壊している方々のそれとすごく似ている。こんなことあまり書かない方がいいとも思ったけど。主義主張の違いを冷静に認めずすぐに破壊と暴力によって存在をアピールすることしかできない世の中の状況が、恐ろしいしやるせない。なぜヒトの社会はこうなるのだ?
そもそも武器とはどこまでの道具を表すのか?フォークやナイフやお箸だって使いようによっては武器になる。なんでもそうだ。道具は個々のヒトによって使い道が決まる。
銃という道具はそもそも何の道具なのだろうか?一体初めは何のための銃であったのか?ヒトはオオカミなどから家畜を守らなければならなかった。でも相手は言葉が通じないし、字も読めない。やめてほしいのに、相手は生きるために家畜をどんどん食べにやってくる。すごくストレスを感じたと思う。そこで銃を使う。ナイフや石よりすごく楽にオオカミたちを蹴散らせる。とっても便利な道具だ。開拓時代にはなくてはならないものだった。
そのうち先住民族の方々とも言葉や生活習慣がうまく通じなくて、憎しみも出てきてしまいイライラするので、銃を向けて試しに何人かに撃ったら、みんな仕方なく降参してくれた。それから、おんなじ人種や隣り近所の方々の中にも、何だか気に食わないむかつく方がいるので、一発撃って自分の周りからいなくなって頂いた。あースッキリ!...なんてお馬鹿な人間でしょう?
ところで武士道の武器、刀はそもそもどうして使われるようになったのだろうか?騎士道のナイトが持つ剣も。ヒトはいつから丸腰ではなくなったのだろうか?そういえばお姫様のカンザシも武器になるよね。

武器は要らない!その1
武器は要らない!声を大にして叫びたい。武器ほど役に立たないものはない!
武器を持っていればその事が抑止力となり、国がお互いに争わなくなり、世界平和が保たれるという。果たしてそうだろうか?国籍の違い、人種の違い、性別の違い、宗教の違い、考え方の違い、人はそれぞれみんな違う。国単位でなくても、人は個人的に必ず一つの個性をもっているのであるから、だれかと同じであるというのは考えられない。個人個人が違うのだから、その集まりは違うものがただ集団でいるだけの話だ。しかし何故か人は集団になるとその集団のための利益、不利益を考える傾向がある。もちろん、時には集団のための利益は大切だ。それはみんなが飢え死にしないためだったり、より幸せに生きたいという欲求もあるからだ。
だが時に集団の欲求は、個人同士の憎しみよりも、さらに大きな憎しみを生むことがある。自分たちの欲求を最優先にして考えると、その集団以外の他の人たちのことはどうも後回しにして、自分たちさえ良ければいい、自分たちのかかわっているごく身近な物事にさえ都合がよければいいと考えるようになる。
そもそもこれが対立や憎しみの始まりだ。相手の立場に立って物事を考える力を、本来なら一番持っているはずのヒトが、この有能な機能を失ってしまう。恐ろしいことだ。
自分たちとは違う主義主張を持っている人たちへの憎しみは、ヒトが武器を持ち、相手方をなるべく多く、一度に消し去ろうという欲求を果てしなく広げる素になる。なぜなら、人の集団は自分たちとは違う物事や考え方を押し付けられたりするのが怖いからだ。できれば触れたくない、関わりあいたくないと逃げている分にはまだ良いかもしれないが、それも結構面倒となってきて、ストレスは頂点に達する。
だからやはり力でねじ伏せ、一度になるべく多く抹殺してしまえばこっちのものだ。こうして武器はどんどん作られ、売られ、商売大繁盛となり、次から次へと新製品が出来上がっていくのだ。

諫早湾のこと
やっぱり!こうなるのは解っていた。海苔の漁師さんたちの悲痛な抗議も理解していない、予算を食うためだけの目的で何一つ利益をもたらさない干拓事業。海水に浸されつづけていた土地など豊富な農作物など期待できるはずも無かったはず。それにボタンひとつで海水をせき止める壁を海に次々と打ち込んでいったあの光景は、大げさかもしれないが、まるでどこかの要塞からミサイルのボタンが押されて、次々に都市が破壊されていいくようなイメージをぬぐえない。あんなショーのようなやり方は海を冒涜しているとしか思わなかった。海底に突き刺さる鉄の歯を想像してみてほしい。痛し悲しい。
紛れも無く宝の海である有明海、島原湾、それに大村湾などは、天草灘の生きものたちのための、言わばゆりかごのような場所であったはずだ。また生きものたちも豊富だし天然資源も豊富で、人間はこの自然からどれほど多くの宝物を過去にもらい続けていたか...想像すると人間の行ってきた事はほとんどが恩を仇で返しているのと同じだ。もやはヒトは、増えすぎの鹿みたいに駆除されないとダメなのかと思ってしまうくらいだ。
海の立場に立ったら、もらい過ぎの人間、取り尽くす人間、人間のイメージはこれ以上悪いものは無い。それに増え続ける一方で、海を汚すだけでろくなことをしない。ああ!私も含めてヒトは、なぜもっと謙虚に自然の一員として生きていけないのだろうか...
漁師さんたちは生活がかかっている。海の恵みでお金を得て自然と共存しているのだ。もっと早く干拓事業自体を止めさせるべきだったと後悔していると思う。干拓事業を担った方々には悪いが何だって失敗あるのだから、一刻もはやく水門を開き元のままの諫早湾の姿に戻すべきだ。はやく!

魅惑のゼリービーンズその2
その2などともったいぶる必要もない話で恐縮であるが、マメの誘惑をどうにかして断ち切るために一体どうしたらよいかいろいろ考えた私soapmaker。
美味しくて可愛いマメを発明した人に対して実に嫌味な作業ではあるが、とうとう使用成分を一つ一つ調べることにしたのである!本棚から「化学物質データブック」(情報センター出版局刊)をおもむろに引っ張り出す。
まず、デキストリンという物質から。デキストリン=天然添加物(ムム?天然?この言葉に弱いぞ...油断大敵だ。)増粘安定剤、ゲル化剤。発ガン性は特に報告なし。でも危険度マーク一つ。ソルビトール=増粘安定剤、ゲル化剤一日に50グラム以上とると下痢を起こす危険有り。合成添加物。(ふーむ)次は光沢剤=天然添加物毒性は低いが変異原性が見られた?(これは生殖機能に及ぼす影響があることだ。うーむ)クチナシ=(これはいいんじゃないの?)ところが!天然添加物ながら突然変異、染色体異常を起こす!(なんてこった!)フラボノイド=アレルギー危険度4つとある。カロチノイド=発ガン性有り!スピリナ青=発ガン性有り!ビタミンB2=痒みと痺れを伴う事有り。ソーマチン=甘味料タウマトコッカスダニエリの種から取る。毒性は無いがアレルギーを引き起こす事有り。
ああ。何たることか...さんざん食べてしまったあとではないか!何でもっと早く調べなかったの?と嘆いてもあとの祭であった。でも食べてる時は幸せだったし、虫歯はできたが精神的に安定できた。だから少しならいいのではないだろうか?問題は量なのだ。中毒になるんじゃないかと思うぐらい食べてしまう自分が悪いのだ。マメたちの誘惑はこれからも続く。だが、自己との戦いが結局は自分の身体を守るのである。今後はスルメや昆布や煮干、氷砂糖なんかをに食べるしかないのかとも思うが、ゼリービーンズは平和の象徴とも言えるほど(大げさか?)美しく可愛いお菓子の傑作品だと思うので罪はないと信じたい。成分表を冷蔵庫に貼り付けて自己管理せよ!という結末になった。
やっとこの大げさな長い話が終わって、本人もホットしている次第である。

魅惑のゼリービーンズその1
「ジェリーベリーのメニューとレシピ」という葉書大のちいさなチラシが、私soapmakerを毎日のように誘惑している。チラシには「公認フレーバー!!純正のほっぺたが落ちそうなおいしさ-中略-天然素材をできる限り使用しています!」なんて書いてあり、40種類のカラフルなゼリービーンズ一粒ずつの写真がプリントされている。そう、soapmakerはゼリービーンズがどうしようもなく好きなのである。
どれくらい好きかというと、簡単には説明できないのだが、例えば洋画の中や海外のドラマの1シーンで主人公が久しぶりに実家に帰るとキッチンテーブルの上にきれいなガラスの器があり、その中にはゼリービーンズが山盛りの状態に置いてある。それを主人公はガッと右手で引っつかみ、(たぶん30個ぐらいか?)「母さん?」とか「ハイ!ペニー(ペットの犬の名)よしよし...」とか言いつつそこらを歩き回りながら、おそらく6つぐらい一度に口に投げ込み、もぐもぐしているシーンがその夜の夢に出てきてしまうくらい好きなのである...わかりました?
soapmakerは何度となくソニープラザなど、さまざまなお店の輸入菓子コーナーに立ち止まっては、一つ一つの袋を穴の開くほど眺めまわしている。先日ももう少しで「ストロベリーチーズケーキ」の袋をレジまで持っていくところだった。中毒になるのが目に見えているのでどうしても買えない。ああ。魅惑のカラフル色と誘惑のマメマメした形。一粒だけでも可愛いのにそれが大挙してsoapmakerを誘惑するのだ。
ハリー・ポッターに出てくる100味ビーンズのように恐ろしい味のが含まれていたとしても、あのキラキラ輝くマメ達には人を夢中にさせる何かを持っている。一体誰が発明したのだろうか?
誘惑に負けながら、かつ中毒を恐れつつ、「ジェリーベリー」を忘れるために、「明治ポイフル」を売店で買い我慢する。これなら国産だから量も少ないし安心だ。もう一つの「長マメ型駄菓子系昔ながらの日本のゼリビンズ」よりも絶対的に少ない。それにサワー度はポイフルの方がジェリーベリーの味に近いに違いない。きっとそうだ。
食べ終わっても箱をしばらく眺めている自分に気づき、ようやく我に返りこれではいけないと思った。このままではマメに一生負け続ける...
このつづきはまた。「魅惑のゼリービーンズその2」にご期待ください。

宇宙開発に、もの申す!
まずは、何とも恥ずかしい話しで、申し訳ないのですが、誤字を見つけて、あたふたしてしまいました。オーストリアのケーブルカー事故のことをオーストラリアと打っている...大変失礼しました。お読みになられた方の失笑しているお顔が浮かびます。「まったく、こいつはあわて者に違いない」と...反省しきりです。
さて、立ち直りの早いsoapmaker、今世紀2回目のひとりごとへ行かせて頂きます。
21世紀は宇宙世紀なんだそうだけど、ロケットを打ち上げるお金と技術があるならば、地雷を全部破壊できる頑丈な装甲車でも作って、埋めてある場所をしらみつぶしに走らせて、全部爆破してしまうぐらいに足元の地上の問題にもっと目を向けてほしい。と思うのである。はっきり言って、人工衛星なんかは宇宙に粗大ゴミを捨てているのだと思う。もちろん気象衛星や通信衛星など、必要な仕事をきっちりしてくれてはいるけれど、平和目的のものよりも、軍事目的に使われている方が絶対多いと思う。後で調べるけど。
もちろん宇宙開発に反対しているのではありませんよ。毛利さんのお話や映画「アポロ13」だって大好きだし、プラネタリュウムも好きだし、空を見上げて星を観るのもすごく好きだ。銀河鉄道999や宇宙戦艦ヤマトもほんとに大好きなんである。昨日の夜も眠い目をこすりながら「コンタクト」を観た。ちょっと感動した。でもでも、ロケット打ち上げにかかる莫大な費用は半端なもんではない。21世紀、もっと人間は足元をみなければならないと思うのだ。宇宙開発に使われるぐらいの予算が地雷撤去の作業に使われてもいいはずである。大国の指導者さんっ!!自国の利害ばかり計算