ドヴォルザーク
スターバト・マーテル Op.58

解説

市原市楽友協会  2001



スターバト・マーテル Op.58(B71)
Stabat Mater Op.58(B71) 
音楽之友社 名曲解説ライブラリー『ドヴォルザーク』より

作曲1876〜77年。

初演1880年プラハにて、アドルフ・チェフの指揮によって行われた。

出版1881年。

歌詞:現行<公教会祈祷書>では、「悲しめる聖母に対する祈り」。このセクエンツィアは、Jacopone da Tode(1306年没)の作とされているが、確証は無い。

編成SATBの各独唱。混声4部合唱。fl2,ob2,e-hrn, cl2,fg2,hrn4,tp2,tb3,tba,timp,string5部

演奏時間:約90分。

【概  説】

ドヴォルザークは、全ての分野にわたって200以上の作品を残しているが、その内最も重要なのは室内楽の分野であろう。ついで「9番」まである交響曲と、オペラを除く声楽曲にすぐれた作品が集まっている。その点で、歌劇と標題音楽に特色を発揮したいわゆる国民楽派の中ではやや変り種であった。歌劇も終生情熱を捧げて、11本も書いており、そのなかには佳作も2、3あるものの、さんざん苦労したわりには成功していない。台本の選び方のまずさに足をすくわれたり、ワーグナーの影響が消化不良を起こしたまま取り入れられていたりもするからだが、同じ声楽の分野でも、合唱曲、歌曲となると話がまた別である。歌曲と二重唱曲にも、数はそれほど多くないが良いものを残しているし、民謡を合唱曲にしたようなものもあるが特にオラトリオ、ミサ、カンタータのたぐいを、失われたものも含めて11曲も書いていて、そのなかには作曲家として初めてプラハの楽壇に認められた1872年作曲の出世作、賛歌《ピーラー・ホラ(白山)の後継者たち》もあり、また、そのあとに続いた合唱の大作のうち、少なくとも《スターバト・マーテル》、カンタータ《幽霊の花嫁》、オラトリオ《聖ルドミラ》、それに《レクイエム》の4曲は、ドヴォルザークの名を世界的にするのに役立っている。なかでもこの《スターバト・マーテル》は、完成の4年後ジムロックから出版ののちは、翌82年のブルノでのヤナーチェクの指揮による演奏、ブダペストでのハンガリー初演、83年ロンドン、84年初めて英国を訪問した作曲者自身の指揮によるロンドンでの再演、ピッツバーグでの米国初演とバーミンガム、ニューヨークヘの紹介、86年のウィーン初演などが相次ぎ、ロッシーニやヴェルディの作と並んで19世紀の《スターバト・マーテル》の名作のひとつとして親しまれるにいたった。日本でも第2次世界大戦後の合唱運動の発展のなかで同じ作曲者の《レクイエム》とならんでしばしば取り上げられるようになり、とりわけその第3曲〈悲しみの泉なる御母よ〉は、合唱コンクールの人気曲のひとつにもなっている。

 合唱音楽の作曲家としてのドウォルザークはバロック音楽からの影響―とりわけヘンデルからの影響が指摘されており、それはこの《スターバト・マーテル》の場合も例外ではない。しかし、それと並んで、もち論ドヴォルザーク自身の調性の印とともに、ドイツの盛期バロック音楽よりも技術的に単純で、独自の民俗色にも欠けていなかったチェコのバロック音楽の伝統の復活をはかった面も無視できない。

 クラップハム(John Clapham)がその『アントニーン・ドヴォルザーク〜音楽家・名工』(1946)のなかで指摘しているように、ドヴォルザークのラテン語の知識の乏しさから歌詞を充分に生かしきれていない個所があったり、部分による出来ばえのむらや作曲様式の不統一もまったく目につかないわけではないけれども、全体として古今の《スターバト・マーテル》のなかでもとくに温かい血の通った人間味豊かな名作となり、近代チェコにおける最初の大規模な教会音楽の名曲にもなったのであった。

 この作品は、父親の意志にさからって音楽家を志し、少年時代から苦労を重ねてきたドヴォルザークにようやく開運のきざしが見えはじめた30代の半ばに、彼の家庭を襲った不幸なできごとが生んだ名曲である。というのは、ウィーン政府が、当時ハプスブルク帝国内の才能があって若い貧乏な芸術家に出していた国家奨学金を、初めて受賞して大いに張り切っていた1875年―ドウォルザークはその後5年連続してこの賞を手にしているのだが―の9月に、まず長女に死なれ、1年おいて1877年の秋には、1か月のあいだに、次女と長男が相次いで先立ち、こうした不幸が、ドヴォルザークにこの名曲を書かせたのであった。

 ドヴォルザークがこの曲を書き始めたのは、長女に死なれてまだ間もないころで、1876年の2月19日から5月7日までのあいだにスケッチをいちおう仕上げていた。しかしその後ほかの仕事が忙しくなり、この曲は1年半近くも棚上げとなっている。ほかの仕事というのは、《モラヴィア二重唱曲集》作品29と作品32、名ピアニスト、カレル・スラコフスキーの委嘱を受けた《ピアノ協奏曲》作品33、オペラ《いたずら百姓》作品37などの作曲であった。ところが1877年の8月になって《交響的変奏曲》作品78の作曲中のことであったが、あとひと月で満1歳になる次女が劇薬をあやまって飲んで死に、9月にはやがて4歳になろうという長男が天然痘にかかって死んでしまった。ドヴォルザークは、子供たちの冥福を祈って《交響的変奏曲》を9月28日に仕上げたのち、10月にはいって本格的に《スターバト・マーテル》の作曲を再開し、11月13日にオーケストレーションを終えたのであった。

 初演は完成後3年あまりたった1880年12月23日になって、ようやくプラハの音楽芸術家協会の例年の定期コンサートで行われている。指揮はアドルフ・チェフ(Adolf Cech)で、管弦楽と合唱は、国民劇場完成までの仮劇場のそれであった。

 なお、プラハ国立博物館音楽部門に自筆譜が保管されている。出版は1881年にベルリンのジムロック社から総譜とヨーゼフ・ズバディー編のヴォーカル・スコアが出版され、このとき作品番号が28から58に変更された。

【解  説】

 全曲は10曲から成り立っているが、そのうち第1曲と第10曲だけが主題のうえで明瞭なつながりをもち、いわば全曲の額縁となっている。また第10曲の後半約3分の2を占める「アーメン」だけが全曲を通じて唯一のアレグロで書かれた部分で、あとはすべて遅い速度で書かれているが、実際に聞いてみてそのことに気づく人は少ないのではなかろうか? 遅い速度のなかにも微妙な変化の綾があって、単調にならないからである。《スターバト・マーテル》にあって、10曲中4曲まで長調で書かれていることについても、別段気にはなるまい。最初の4曲では短調が支配的で、長調が目につきだすのはその後だからである。

第1曲 「四重唱と合唱 (Stabat Mater)」
   
   アンダンテ・コン・モート  ロ短調 2分の3拍子

 管弦楽の序奏が、上へ上へとオクターヴの飛躍を重ねていく嬰への音を印象づけながら始まるが(p1 第1小節〜)、これは十字架に高くつけられたキリストを聖母マリアが見上げるさまを描いたもののように思われ聖母マリアとともにわれわれ聞き手も上を見上げる思いをさせられる。やがて半音階的下行の音型が現われ、反復されながら盛り上がっていって、モルト・クレッシェンドの指定に達すると、ピアノの指をほぐす練習にでてくるようなパッセージに引き継がれる。このへんは、悲しみに沈み、涙にむせぶ聖母の胸中を描いたものであろう。管弦楽総奏が減7の和音をffで打ち鳴らし、盛り上がりの最初の頂点に達したのち、混声4部の合唱がテノールの声部からはいってきて(p3 第71小節〜)、それまで管弦楽で音画として描いていたところを、こんどはことばも交えて表現してゆくことになるが、頂点の盛り上げかたには、序の部と同じパターンがみられる。「悲しみに沈める御母は涙にむせびて、御子の懸りたまえる十字架のもとにたたずみたまえり」。

 やがて独唱のテノールがこの節全体を、既出の半音階的下行の音型で繰り返したのち、それまでのほの暗い口短調から二長調に転調をとげて、次の節「嘆き憂い悲しめるその御魂は、鋭き刃もて貫かれたまえり」を歌い続ける(p9 第176小節〜)。ここは木管の彩りも耳に快く響き、聞き手をしばし砂漠のなかでオアシスを見出したような思いにさせる。このテノール独唱に始まる四重唱を主とした比較的明るい部分が、この第1曲の中間部となって、そのあとへ第1部の序の部分を短縮するなどして繰り返して3部形式にまとめ、最後は口長調に終止する。
 10曲中最も長大で、演奏時間にして約4分の1近くを占めている。

第2曲 「四重唱 (Quis est homo)」

アンダンテ・ソステヌート  ホ短調 4分の3拍子
 
 短い前奏に続いてアルトから「キリストの御母のかく悩みたまえるを見て、たれか涙を流さざる者あらん」と歌い始める(p26 第7小節〜)が、その冒頭に現れる4つの音符からなるこの部分の主要動機の模倣がすぐに木管にでる。音色の配合の妙味とも結びついた模倣の効果が、この曲のききものになっていて、とりわけ「聖母は、イエスが人びとの罪のため、責められ、むち打たるるを見たまえり」以下を扱う中間部でのこの種の効果は著しいものがある。

 コーダにすすんで、独唱者たちがppのユニゾンで、同音(ホ音)を繰り返しながら、「聖母はまた最愛の御子が御死苦のうちに棄てられ、息絶えたまうを眺めたまえり」の節を再び取りあげるのに伴うティンパニのリズム的音型は、文字どおり、息の絶えようとする前の最後の鼓動のようである。管弦楽の後奏に前述の4つの音符からなる動機がもう一度、忍び足で戻ってきて終りとなる。

第3曲 「合唱 (Eja, Mater)」

アンダンテ・コン・モート  ハ短調 4分の4拍子

 全曲を通じて最も有名で、単独に切り離して歌われることも多い葬送行進曲風の曲。主要動機はまずファゴット、チェロ、コントラバスに出て、合唱のバスがそれを取りあげる(p38第7小節〜)。この動機に基づく部分と交互に現れる副主題も、第1曲の序の部で嘆きの聖母を表した半音階的下行に似た動機の見られる感銘深い部分だが、短い。「慈しみの泉なる御母よ、われをして御悲しみのほどを感ぜせしめ、共に涙を流さしめたまえ」。

第4曲 「バス独唱と合唱 (Fac, ut ardeat)」
   
   ラルゴ  変口短調 8分の4拍子

 「わが心をして、天主たるキリストを愛する火に燃えしめ、一にその御心に適わしめたまえ」と嘆願するバス独唱(変口短調、p46第1小節〜)と、清く澄んだ天使の歌声を思わせる「ああ聖母よ、十字架にくぎ付けにせられたまえる御子の傷を、わが心に深く印したまえ」と歌う女声合唱(変ホ長調)との対照がすばらしい。ここで初めてオルガンも使われ、穏やかな、心温まる響きを聞かせる。また、楽譜に指定されているわけではないが、この曲に限って女声の代わりに少年合唱隊を用い、効果を一段と高める演奏法も行われている。

 女声合唱はそれぞれの声部が2部に分かれて4部で始まるが、すぐに2部に戻り、バス独唱によって一時中断されたのち、また4部で再開、今度は間もなく混声4部となる。最後にまたバス独唱。

第5曲 「合唱 (Tui Nati Vulnerati)」 

   アンダンテ・コン・モート、クアジ・アレグレット 変ホ長調 8分の6拍子

 なだらかな8分の6拍子で書かれたパストラル風の合唱曲。主要動機は、まず木管群とチェロとヴィオラにでて、合唱はバスに始まり(p53 第9小節〜)、模倣進行風にそれを取りあげる。「苦痛」という語を属7と減7の和音の強調で印象づけたり、中間部(ウン・ポコ・ピウ・モッソ)にすすめば、多少とも劇的になるという工夫はあるにしても、全体としてはのどかにすぎて、美しくはあるが、「わがためにかく傷つけられ、苦しみたまいたる御子の苦痛を、われに分かちたまえ」という歌詞の内容にややそぐわない気がしないでもない。

第6曲 「テノール独唱と合唱 (Fac,me vere)」

アンダンテ・コン・モート ロ長調  4分の4拍子

テノール独唱(p62 第18小節〜)と、男声だけを4部に分けた合唱で、同じ歌詞、同じ旋律をだいたい交互に歌ってゆく清く澄んだデリケートな曲。「命のあらん限り、御身と共に熱き涙を流し、はりつけられたまいしイエスと苦しみを共にするを得さしめたまえ」というのが歌詞の第1節であるが、ここでもドヴォルザークの音楽は、美しすぎるほどに美しい。ようやく後半、第2節の「われ十字架の側に御身と立ちて,相共に嘆かんことを望む」を扱う部分(ポコ・ピウ・モッソ)にすすんで、フーガのストレッタにも似た手法に激した興奮もかいま見ることができるが、長くは続かない。以上をもう一度繰り返す。

第7曲 「合唱 (Virgo virginum)」

   ラルゴ イ長調  4分の2拍子
 
 短い前奏ののち、合唱で「童貞のうちいとも勝れたる童貞、願わくは、われをしりぞけたまわずして、共に嘆くを得さしめたまえ」と祈る(p70 第13小節)。この清らかな祈りの歌が、管弦楽の間奏をはさんで3度繰り返され、そのつど新たな展開と管弦楽による彩りとを見せたのち、「共に嘆くを得さしめたまえ」だけを、主音(イ音)と主和音でもう一度強調して終る。
 合唱を無伴奏で始めるなど、音を切り詰めた管弦楽の使い方も静穏な祈りの気分をかもし出すのに役立っている。

第8曲 「ソプラノとテノールの二重唱 (Fac, ut portem)」

   ラルゲット  ニ長調 8分の4拍子

 やや長い前奏のあとに、まずソプラノ独唱だけで「われにキリストの死を負わしめ、その御苦難を共にせしめ、その御傷を深くしのばしめたまえ」と歌いだし(p77第24小節〜)、次にテノールを加えた二重唱で、その対位法的変奏を続けてゆく小さな変奏曲のような形をとっている。歌詞の第1節だけが4回もいろいろな形で取りあげられていく間に、後半、第2節の「御子の御傷をもってわれを傷つけ」以下は、第3変奏で1回取りあげられるにすぎない。

 転調に富んだ曲で、そこに散見される半音階的な動きを、「トリスタン的なまで」と評した人もいる。この種の半音階的進行は、これまでのナンバーでも控え目ながら効果的に使われてきたのだが、ここへきてやや目だつようになり、ドヴォルザークの生涯を通じてワーグナーがいろいろな形で影響を与えていたことを思い出させる。

第9曲 「アルト独唱 (Inflammatus et accensus)」

アンダンテ・マエストーソ ニ短調 4分の4拍子

「聖なる童貞女よ、われに地獄の火に焼かれざらんため、審判の日にわれを守りたまえ」と、聖母にせつに願う歌で(p83 第6小節〜)、前の曲などとは対照的に、厳密な意味ではないがバッハ、ヘンデルのオラトリオのなかのダ・カーポ・アリアを思い出させるようなスタイルで書かれている。管弦楽の低音の扱い方はとくにそうで、曲頭から文字どおりマエストーソで、おごそかに整然と奏されていくオクターヴのリズム的音型など、バロック・スタイルそのものという気がする。

 中間部には、作曲者の謙虚な宗教心がにじみでていて心を打つし、スタイルの新旧はともかくも、全曲を通じての独唱のナンバーの白眉といってよく、作曲者の生前、当時の代表的なアルトやメゾ・ソプラノの歌手たちによってリサイタルの曲目に加えられていた。なお、中間部の半ば以降になって扱われるこの曲の歌詞の第2節は、従来2通りあって、ここではヴェルディなどの曲に使われているわが国の「公教会祈祷文」に定訳がのっている歌詞とは異なるものが使われている。わが国でもすでに1974年からこの歌詞が採用されているのだが、現在まだ定訳がないので、ズデニェク・コシュラー指揮のレコード(ビクター)に添付された野村良雄氏のこの節の訳を次に引用させていただく。「われをして十字架に守られ、キリストの死に支えられ、恵みにあずかるを得しめたまえ」。

10曲 「四重唱と合唱 (Quando corpus)」

 アンダンテ・コン・モート〜アレグロ・モルト ロ短調〜ニ長調 2分の3拍子

 第1曲で歎きの聖母を描いた材料をここに再び使いながら、「肉体は死して朽つるとも、霊魂には、天国の栄福をこうむらしめたまえ」という歌詞を、独唱のアルトとバスのオクターヴに始まる四重唱で歌う(p88 第9小節〜)。次いで同じ歌詞を合唱で繰り返しながら最初のクライマックスヘと盛り上がってゆくが、その頂点で、また減7の和音がでてくるのだろうというおおかたの予想に反して、こんどは輝かしいニ長調の和音を響かせる。折りもおり、合唱は「天国の栄福を」ということばを歌っている。

 再び四重唱で歌詞の初めに帰って歌う力強い移行部をへて、この曲の平行長調たる二長調に導かれ、第1曲以来初めて速度がアレグロ・モルトとなって、「アーメン」の2重フーガが始まる(p98 第70小節〜)。それを四重唱と合唱と管弦楽とで、白熱的に盛り上げたのち、7部から9部に分けられた合唱が無伴奏の和声的レチタティーヴォで再度「肉体は死して朽つるとも……」の歌詞を取りあげ、「栄福を」には管弦楽の総奏を加えてfffにまで盛り上がったのち、モルト・トランクイロの指定に変って、静かな諦めの境地に達して全曲を結んでいる。この「アーメン」の合唱については、ヘンデルのスタイルヘの歩み寄りが指摘されているが、「のちのヤナーチェクの飾りけのないアーメンを予告するもの」(ブルグハウゼル)という意見もあることをつけ加えておこう。(佐川吉男)


        

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