コラム 「言いたい放題」 NO173
指導主事先生の話
2002.9.17


 先日、山陰のある都市の教育講座に招かれた。担当は指導主事だったが、この方がりっぱな教師で、今どき、指導主事にもこんなすてきな実践家がいたのかとびっくりした。 しかし、一昔前は、どこの市町村でも、このような、すぐれた実践家が指導主事として現場教師を支援していた。わたしの市の指導主事も名実ともにすぐれた実践家であった。
 しかし、だんだんとひどい教師が指導主事に任命されるようになった。

 同学年のH先生が学級活動の時間、合唱の指揮者を選ぶ活動を指導主事に見せたことがあった。
 終わってからの批評会で、その指導主事が「学級文化活動には合唱のほかにも多様な活動がある。他の活動にも目をやってほしい」というから、わたしは怒った。
 「今日の活動は合唱なのだから、そのことについて批評しなければだめじゃないか。国語の授業を見にきて、授業には国語のほかにも多様な教科がある。国語のほかにも目をやらないといけないと、そんなこというか。批評の仕方もわからないのか。もうお前なんか、くるな。帰れ」

 こんなひどいのが指導主事に任命されるようになったのは、指導主事の任務がかわってきたからである。かつての指導主事は教育実践をリードし支援することが、その任務であったが、現在は、文部科学省の指示を現場教師に通達する単なる「伝達屋」にかわってきたからだ。
 なかには、通達内容を理解できないまま、オウム返しに伝達し、質問されると「わたしもよくわからないのです」などと恥知らずな答弁を繰り返す指導主事もみられるようになった。

 そんな指導主事先生の話を聞いた。

 どこにでも指導主事という大先生がいるが、だいたい元は現場の教師であった。処世術の心得よく、「上を向いて歩こう」と、仲間たちを踏み台にして、立身出世の権化となって、今は、意気揚々と、「やあ、キミ、元気かね」などと旧僚の肩をポンと叩くようになった。
 これが学校になどやってくると、校長先生といえども恐れをなして、おん自らスリッパを揃えるなど平身低頭するのである。

 指導主事先生には、五ヶ条の勤務内規があって、次のようなものである。
  一、指導主事ハ教師ヲ軽ンズベシ
  一、指導主事ハ上ヲ重ンズベシ
  一、指導主事ハ実践ヲケナズベシ
  一、指導主事ハ誤チヲ認メザルベシ
  一、指導主事ハ知ッタカブリヲスベシ 
  こうしないと何年か後には校長になれないそうである。

 さて、わたしの学校の若い音楽の教師が、一ヶ月ほどまえに、音楽の指導主事大先生の訪問を受け、研究授業をやったのだが、自主教材を使ったため、「よくも君は音楽の教師をやっていられるね」とかなんとか、ケチョンケチョンに酷評され、かわいそうに首でもくくろうかと思ったというのである。

 それを聞いて、我ら同僚一同、「よし。仇を討つべし」と復讐を誓ったのである。かくて半月後、くだんの指導主事先生をお招きして、再び、音楽の授業をみていただいたのである。
 ところが、批評会の席上、開口一番、
「今日、本校で音楽の授業をやると聞き、教材を調べたところ、モーッアルトのグローリアをやるとのこと。そこで、さっそく図書館に行って調べようとしたところ、時すでに遅く閉館。そこで、本屋に行って参考書を買おうとしたところ、関係書が売っておらず、したがって、あまりいい助言ができないが」と前置きの挨拶をなさったのである。

 我ら一同残念に思っていたところ、あにはからんや。「いうこと! いうこと!」発声が悪い、指導のパターンがよくないなどと、さんざんにケチをつけ、あまつさえ、おん自ら、しめ殺されるような発声をして「発声とはかくのごとし」と模範? をみせたのである。

 我ら一同、恐れ入り奉り、かねてからの計画どおり「では、先生、いかがなものでしょうか。ひとつ、合唱の模範授業をしてみせていただけないでしょうか」と申し上げたところ「よろしい」とご快諸されたのである。

 さて、模範授業当日、我ら口さがなき一同教室のうしろにズラリと立ち並び、指導主事先生のご授業を恐る恐る拝見させていただいたのである。

 ところが、中学校の合唱の授業は、たいへんむずかしいのである。しかし、そこは大先生、おん自ら持参した教材で自信満々授業をはじめたのであるが、大混乱。教案の半分も授業が進まず、しかも、お得意な発声練習をすればするほどダメになり、見るも無惨な授業となり、生徒たちもくちぐちに、「わかんない、わかんない。上手に教えて」といいだしたのである。

 さすがに指導主事大先生だけあって、本日の授業は大失敗と自己分析され――こんどは青菜に塩のていたらく。
 校長室で指導を受けるべき我ら一同、こんどはくちぐちに大先生を慰め申し上げたのである。
「いやいや、そうがっかりしないで。なかなかお上手でした。このあいだきた教生にくらべれば、さすが指導主事先生だけあります」
「ピアノはとても上手でしたよ」
「本校のまねをして、パートに分けて練習させたのはよかったですよ」
「出だしの自信に満ちた語り口だけは見事でした」
「一回でもほめたのはよかったんじゃないの」
「意欲は買うよ。3部合唱に挑戦したんだから。立派でしたよ」
など、口さがなき一同、入れかわり立ちかわってチクリチクリと敵討ち。

 指導主事先生、もういてもたってもいられずに、そわそわしだしたのである。そこで、やおら進みいで、
「じつは、今日の授業を全部録音させていただきました。機会あるごとにこれを拝聴し、また研究会などにも他校の先生方にも貸し出しまして、わたしどもの座右の宝としておきたいと思います」
と述べるや、真青になって、陽気のせいか、ぶるぶると震えだしたのである。そして、最後には、とうとうかくのごとくのたもうたのである。
「いや、まったく、授業はむずかしいものです。本校の先生方の音楽の力のすばらしさがよくわかりました。わたしの今までの本校の音楽への批評は全部撤回させていただきます」と神妙に頭を下げたのである。
 我ら一同、拍手して承認。友人の敵討ちはみごと成功し、かくて流飲を下げたのである。

 じつは、この指導主事先生は、授業は下手くそなうえ、ひどい学力であって、「悲愴」という曲の話になったとき、「べートーベンの『悲愴』なんてあるのかね。『悲愴』といえばチャイコラスキーじゃないのかね」とやって失笑をかった経歴の持ち主である。

 しかし、多くの場合、指導主事のお言葉となると、お説ごもっとも、『悲愴』はすべてチャイコラスキーにしてしまうのが、教師根性の情けなさ、かくて指導主事先生は、つけ上がるのである。
 ちなみに、ベートーベンのピアノソナタ第8番は別名『悲愴』というし、グリンカにも『悲愴』と呼ばれる三重奏曲がある。

 さて、それからしばらく後、校長を通して教育委員会の某氏より、例の音楽模範授業の録音テープをひそかに買い戻しにきたのである。そのとき遅く、かのとき早く、録音テープは、たくさんコピーされ、日頃、指導主事先生の酷評に泣く教師たちのあいだを転々と流れ、一同「自信がついた。自信がついた」と感謝して拝聴していたのである。

 次の年、かの主事先生、指導主事の権威を失墜せしめた責任を負って教頭に転出することになった。
 そのうえ、指導主事の勤務内規に次の項が付け加わることになった。  

一. 指導主事ハミダリニ授業ヲ見セルベカラズ

 かくして、指導主事は、名実ともに「伝達屋」になりさがったのである。そんなこともあって、わたしの学校の研究会には指導主事を呼ばないようになった。

 この話を聞いて、どこも同じだなあと思った。


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