今日のいいともニュース
2014年3月31日(月曜日)
森田一義アワー 笑っていいとも!
グランドフィナーレ 感謝の超特大号


司会進行・タモリ、西山喜久恵
アシスタント・noon boyz


出演者
現レギュラー陣
(月曜)
 香取慎吾、三村マサカズ、千原ジュニア、渡辺直美、指原莉乃、
 武井壮、生野陽子
(火曜)
 中居正広、大竹一樹、バナナマン、澤部佑、ローラ、久代萌美
(水曜)
 太田光、タカアンドトシ、柳原可奈子、栗原類、パンサー、
 アルコ&ピース、ウエストランド、三田友梨佳
(木曜)
 笑福亭鶴瓶 山崎弘也、ピース、ベッキー、倉田大誠
(金曜)
 草なぎ剛、関根勤、田中裕二、劇団ひとり、木下優樹菜、鈴木浩介
 内田嶺衣奈
(増刊号)
 デニス、斉藤舞子、竹内友佳
(不定期)
 とんえるず、岡村隆史

元レギュラー陣
明石家さんま、ダウンタウン、ウッチャンナンチャン、矢部浩之

(ア行)
 青木さやか、秋元才加、麻木久仁子、あさりど、東幹久、安達祐実
 飯尾和樹、磯野貴理子、小倉久寛、小倉優子、おさる、おすぎとピーコ
 オスマン・サンコン、乙葉
(カ行)
 片岡鶴太郎、勝俣州和、加藤紀子、KABA.ちゃん、ガレッジセール
 神田利則、キャイ〜ン、キングコング、工藤兄弟、桑野信義
(サ行)
 坂下千里子、佐々木希、三瓶、品川庄司、柴田理恵、島崎敏郎
 清水圭、清水ミチコ、鈴木紗理奈、シャ乱Q(まこと、たいせい)
(タ行)
 DAIGO、ダチョウ倶楽部、田中康夫、千秋、デーブ・スペクター
 出川哲朗
(ナ行)
 中澤裕子、野沢直子、野々村真
(ハ行)
 はいだしょうこ、橋田壽賀子、はしのえみ、ヒロミ
(マ行)
 松尾貴史、松村邦洋、マリエ、萬田久子、南野陽子、峰竜太
 三船美佳、森口博子、森公美子
(ヤ行)
 柳沢慎吾、山本晋也、よゐこ
(ラ行)
 ランディ・マッスル、ロッチ、ロンドンブーツ1号2号
(ワ行)
 渡辺正行

ゲスト
吉永小百合(中継で出演)


レギュラー陣、元レギュラーの50音順で記載された方たちは、番組中
基本的にはステージ前の客席で観覧という形になっていました。





オープニング

・番組初回の時を再現したステージでタモリさん、noon boyzさんが
 「ウキウキWatching」のオリジナルバーションを歌い番組スタート
・続いて元レギュラー陣、スタッフなどが並ぶ花道を通ってメインの
 ステージに行き、各曜日レギュラー陣とグランドフィナーレ特別
 バージョンの「ウキウキWatching」を歌いました。




> 吉永小百合さんとの中継

・映画の撮影のためスタジオに来ることが出来なかった吉永小百合さんと
 中継でトーク
・吉永さんからの直筆のメッセージ
  「タモリさま
   三十二年間ほんとうに、ほんとうに、お疲れさまでした。
   どうか少しお休みがとれます様にと、願って居ります。

   旅のお供に持っていただけましたら嬉しいです。
   二○一四年三月三十一日 吉永小百合」
 と旅行バッグがタモリさんにプレゼントされました。





テレフォン〜タモリ・さんまの日本一の最低男

テレフォンショッキング風セットでタモリさんと明石家さんまさんがトーク
CM明けにはセットが片付けられ、以前行っていたフリートークのコーナー
「日本一の最低男」になりました。

内容は省略させていただきます。





レジェンド集結〜胴上げ
・「タモリ・さんまの日本一の最低男」の途中で「長い!」と言って
 ダウンタウンさん、ウッチャンナンチャンさんが乱入して4組6人でトーク
・そこに、とんねるずさん、爆笑問題さん、ナインティナインさんが次々と
 乱入しました。その状態に対してダウンタウンの松本さんが「ネットが
 荒れるから!」と言い、太田さんは「荒れろ!荒れろ!」と発言。
 さらに中居正広さんも加わり合計8組13人が同じステージで話している状態で
 タモリさんが「これプロレス?」「これ俺の番組だ!」などと言っていました。
・大混乱になったためスタッフから「皆さんで仲良くお話し下さい」という
 指示が出て、ステージ上それぞれが「タモさんお疲れ様でした」と言葉を
 かけました。

ある程度落ち着いて
・岡村「順番抜かし絶対あきませんよ」
 石橋「順番抜かしじゃ無いんだよ。松本がネットで荒れるって言うから」
 松本「(笑)」
 中居「何でそんな事言うのよ」
 石橋「そしたら俺がネットで見たら「キーマンは石橋貴明だ」って言うから」
 松本「(笑)」
 田中「何ネットに左右されて」
 石橋「だから、だから俺はあの太田に言ったの「太田、一緒にあがろう」って」
 松本「荒れるから?」
 田中「荒れるから、もう!」
 (中略)
 太田「ハッキリ言ってね、ハッキリ言ってこのメンバーで仲良く出来るわけ
   ねえじゃねえか!」
 一同「(笑)」
 田中「何でおめえがそういう事。だから荒れるって」
 (中略)
 「いや〜お祭りや、お祭りや」
 田中「いやでもこれは凄い楽しいですね、タモリさんね」
 (中略)
 太田「まあタモリさんのお陰ででもこうして何か仲悪い人達と会うことが
   出来て」
 一同「(笑)」

・ウッチャンナンチャンさんがハワイから放送した「いいとも」に出演した
 話などをしている所に、笑福亭鶴瓶さんが到着
 鶴瓶「俺こんな所よう入られへん」
 松本「みんなや!」
 一同「(笑)」
 鶴瓶「俺、俺案外奥手やねん」
 さんま「いつもの御得意の入り方!」
 岡村「狙って」
 一応「(笑)」
 (中略)  太田「もっとやりません?この番組」
 タモリ「え?」
 太田「もっとやりません?」
 タモリ「明日も来てやる?」」
 太田「明日も。どうですか?皆さん」
 一同「(拍手)」
 太田「こんだけ勢いあったら、何かフジテレビ的にももっと復活」
 田中「いやいい、復活とか言わなくていい。だからお前はすぐ出れなくなるんだろ。
   何で学ばねえんだ、お前そういうの」

 中居「いや、でもタモさんがこう好き嫌い無くね、限りなくやってたのがこういう
   集まりになった」
 矢部「仕切りだした(笑)」
 田中「仕切りだした」
 中居「皆さんがこうやってね、来てくださって。皆さんがこうやって仲良く来られ
   たのも、タモさんの人徳だと思います」
 岡村「タモさんお疲れでした!」
 中居「お疲れでした!」
 一同「(拍手)」

・明石家さんまさんが帰って、タモリさんとウンナンの南原清隆さんと
 ナンバラバンバンバンの話をしてましたが
 岡村「あの人いてなかったらスムーズですね」
 田中「あの人、この人帰っちゃった」
 岡村「帰ってしまいました」
 タモリ「場が落ち着くね」
 一同「(笑)」
 松本「帰り際もやらしいよね〜」
 中居「何かそこの時間に、もういらだって4人が入って来たんですよね?そこから
   おかしくなったんですよね?」
 松本「そこからおかしくなった」
 中居「さんまさんが長かった」
 太田「戦犯タカさんなんです」
 矢部「タカさんが順番抜かしした」
 中居「タカさんがいけない」
 太田「タカさんが俺らの楽屋に来て「おい、殴り込み行こうぜ!」」
 中居「言ったの?言ったの?言ったの?」
 松本「酷いな〜、殴り込みってね、殴り込みってね、そてはちょっとあんまりこう」
 橋田壽賀子さんが木梨さんに連れられてステージに来て、タモリさんらと挨拶
 橋田「ご存じ無いでしょ?私の事なんか」
 松本「いえいえ、僕知ってます」
 石橋「もう「渡る世間」やんないんですか?」
 橋田「はい、宇津井さん亡くなりました」
 石橋「ずっと、ず〜と裏表だったんです。木曜9時で」
 橋田「あ〜そうそうそうそう」
 太田「だから宇津井さん役僕やりましょう?」
 香取慎吾さん、草なぎ剛さんらにエスコートされ橋田さん退場

・石橋「ウッチャンナンチャンのほら、VTR」
 内村「もういいでしょ、もういい。もう喋る空気じゃ」
 石橋「ウッチャンナンチャンとダウンタウンのコーナー」
 中居「とんねるず・ウッチャンナンチャンはあるの?」
 木梨「あんま見ない」
 中居「あんま見ないですよね」
 石橋「でも昔、」
 内村「昔「オールナイトフジ」とか一緒にやって」
 石橋「オールナイトフジ」
 中居「とんねるず・ダウンタウンは無いんですか?」
 石橋「一回、」
 松本「一回何か」
 浜田「春祭です」
 松本「春祭」
 中居「へぇ〜、それぐらいですか?」
 「河田町の」
 石橋「何で中居くんが仕切ってる」

・CM明けに石橋さん、爆笑問題さんが客席に座っていて
 タモリ「これどうすんの?これ」
 岡村「分かんないです、突然乱入して来てサッって座られたんで」
 浜田「そう」
 岡村「どうしようも無いです、これは」
 石橋「ウッチャンナンチャンとダウンタウンのVTRがあるから」
 岡村「もう流れました。終わりましたよ」
 中居「終わったでしょ、それ」
 太田「じゃぁあの明日の友達紹介してもらいましょう」
 浜田「もうええやろ!お前も!何やねん、お前らさっきから!」
 一同「(笑)(拍手)」
 松本「仲良くして下さい」
 ローラ「ナンバラバンバンバン見たい」
 曲が流れ出し、南原さんが踊り披露  南原「お疲れ様でした!」
 木梨さんに連れられて柳沢慎吾さんがステージに上がり警察マネを披露し
 南原さんを逮捕。続いて高校野球のネタ披露
 (この他にもコーナー中、オスマン・サンコンさん、田中康夫さん、三村
 マサカズさん、神田利則さんらがステージに上げられていました)

・タモリさんを中心にダウンタウンさん、ウッチャンナンチャンさん、
 ナインティナインさん、アナウンサーを除く現レギュラー陣全員で
 記念写真撮影。
・続いて記念写真で集まった全員でタモリさんを胴上げ(6回)
 (ダウンタウンさん、ウッチャンナンチャンさんの出演はここまで)





「ありがとう」
SMAP5人で登場し
稻垣「タモリさん32年間本当にお疲れ様でした」
タモリ「ありがとうございました、どうも」
稻垣「そしてお世話になりました」
木村「あのホント自分らSMAP5人も、きっとココに集まりし「いいとも」に出演
  された皆様も、テレビをご覧の皆様も、タモさんみたいな、こう先輩がいて
  くれて頑張れてると思います。本当にありがとうございました」
タモリ「ありがとうございます」
中居「それでは、え〜聞いていただきたいと思います。タモさんに贈る歌です。
  SMAPで「ありがとう」

歌披露。途中からはタモリさんを囲み歌っていました

「タモさんありがとうございました」
「ありがとうございます」
稻垣「ありがとうございました」
草なぎ「ありがとうございます」
タモリ「ありがとうございました。ありがとう、ありがとうございました、どうも
  これで私もSMAPの一員となる事が出来ました」
中居「一員に、一員には成れませんから」





感謝のスピーチ
現レギュラー陣がステージに上がり、番組やタモリさんに向けての感謝の言葉を
伝えました

西山アナ「「笑っていいともグランドフィナーレ感謝の超特大号」。ここからは
  現いいともレギュラーから「わらっていいとも」という番組へ、そしてタモリ
  さんへ向けて、スピーチをお願いしたいと思います」

1組目ベッキーさん(いいとも歴4年半)
 「はい、え〜タモリさん、32年間「笑っていいとも」お疲れさまでした。
  ええと別にタモリさんは引退する訳じゃ無いんですけど。
  でも「笑っていいとも」が無くなってしまう事、後「笑っていいとも」の
  タモリさんに会えなくなるいう事が、凄く寂しいです。
  タモリさんはいつもクールでシャイで、淡々と司会をなさったりとかして。
  でも内に秘めてる情熱とか、優しはさ凄い深い物があって。もうその深さが
  まさにこの32年間という道のりなんだなと感じております。
  タモリさんは言葉では無く背中で色んな事を教えてくれる人でした。出演者
  だけじゃ無くてスタッフさんも多分みんな、もうその背中を見ながらですね
  毎日頑張っていたと思います。
  タモリさんにも感謝してますし、タモリさんを支えているご家族の皆さん
  とか、スタッフの皆さんにも感謝しています。
  本当に素敵な32年間をありがとうございました。
  これからゆっくりではありますが、恩返しさせて下さい。
  明日から素敵な日々が始まります様に。お疲れさまでした」

2組目指原莉乃さん(いいとも歴2年半)
 「(涙ぐみながら)タモリさん、本当にお疲れ様でした。ええと指原がレギュラーに
  なったのは、18歳の時で、まだまだ何も知らない私に沢山の事を教えて下さって
  私がHKT48に移籍した時も「頑張れ」と応援してくださって、1位になった時も
  私はまだまだ駆け出しですが、芸能界のほとんどの出来事を「いいとも」と
  共に過ごして来たつもりです。
  ええと、たくさんの素敵な出会いと経験を本当にありがとうございました。
  またエビマヨを食べに連れてって下さい、お願いします。本当にありがとう
  ございました」

3組目バナナマンさん(いいとも2年歴)
 「(設楽)え〜タモリさん、お疲れ様でした。我々二年間という事なんです、短い
  時間だったんですけど、貴重な、え〜時間レギュラーにしていただきまして
  ありがとうございます。
  先ほどあり得ないお笑いの方々が一つの画面に写る。まああの人達に僕らは
  憧れて入って来ました。タモリさん、そして「いいとも」だからこれが実現
  したと思います。「いいとも」に出る事、テレフォン出る事、夢でした。
  夢を叶えていただきましてありがとうございました。え〜2人なんで後日村に」

 「(日村)(モノマネで)え〜タモリさん、30、32年間お疲れ様です。郷ひろみ
  です。しかしタモリさんが32年間「いいとも」を続けて来た事は決して
  順風満帆では無く、いくつもの困難があったと思います。しかしそんな時
  タモリさんを支えてくれたのは、タモリさんの親父でも無く、そしてオフクロ
  でも無く。そう、リーでした。お疲れ様でした!」

4組目山崎弘也さん(いいとも歴2年半)
 「すみません。お疲れ様でした!あの、ちょっと、すみません。
  (タモリさんから「今ブー、ブーと言った」と言われ)いやブーじゃ無くて。
  何か真面目な流れって聞いたんですけど、急にリーが出て来ちゃったから
  私もどうして良いか分かんないんでけども、
  あの僕も2年半という短い時間の中でですね、あのタモリさんに、まああの
  2年半のまあずっとですね、もうホント「笑っていいとも」入ってから
  ず〜とですね「お前はブタなんじゃないか」という、疑惑を持たれまして。
  最初はまあまあその一週間二週間、2回3回4回くらい、もう言ってるから
  「まあ違います」なんて言うんですけど、それが一年と続き、二年ぐらい
  経ったときですかね?「この人はちょっとどうかしてるんじゃないか?」
  なぜ止めないんだ。
  しかもそれが何でしょう?このお客さんに伝わるとかじゃ無くて、僕と、
  僕がトイレ入ってて、タモリさんが入って来て二人っきりの時に「あれ?
  これ、え?人しか入っちゃ駄目だよな」とか、僕はこうしながら「いや
  いや、ブタじゃ無いですよ」みたいな、何とそういう絡みをした事か。
  誰も居ないのに言ってる、この人はどうかしてるんじゃないか?と。
  いやただあのテレビ見た、あのタモリさんがですね、こう二人っきりの
  こう空間を作ってくれる様な、そういうのが何かまあ、もう何かこう
  時間が経つことに、逆に、逆に何か欲している自分もいて。もしかしたら
  ブタんじゃないか?と思うよう。もう今正直、その分からないままで
  「笑っていいとも」が終わってしまうから、私がもうブタか人間なのか
  分からないまま終わってしまうという、非常に悲しい状況でございますね。
  まあ色々ありましたけども、
  (何が言いたいんだ、ブタしか言っないという事を言われ)すみません、
  いやあのブタしか無いって言われるかも知れませんけども、
  (長いと言われ)そうですね、現場からは以上です」

5組目渡辺直美さん(いいとも通算4年半歴)
 「え〜タモリさんホントにあのお疲れ様でした。(マイクの高さを三村さんが
  調整してくれて)あっすみません、ありがとうございます。
  タモリさん、本当にお疲れ様でした。私は2年半レギュラーを務めさせていた
  だきまして。その前に少女隊として2年間、ええと少女隊を務めさせていただき
  まして、オープニングタモリさんと一緒に歌ったりとか、後はあのポスターを
  貼ったりとか「貼っといて」と言われてポスター貼ったりとかして。なかなか
  貼れなくてタモリさんに「いつまでやってんだ」って言って怒られたことも
  あったんですけども。
  そんな私がですね、こうやってレギュラーに戻って来てこの最後の「いいとも」
  のステージに立てたことを、凄く誇りに思います。本当に32年間お疲れ様でした。
  ありがとうございました」

6組目ローラさん(いいとも歴2年)
 「(マイク位置が)う〜ん低いな〜。ええと、(紙を取り出し)「いいとも」へ。
  今日は「いいとも」の最後の日。あっタモリさんもだ。
  ええと私が「いいとも」のすきな所。何だか良く分からないけど、小さな家族
  という感じがするの。(泣き出し)誰かが困っていたら助けたいと思う。
  何か迷ったりした時は、私がいた「いいとも火曜日メンバー」に言えるの。
  あと番組の時みんなが同じ気持ちになっているし、「いいとも」のスタッフ
  さんも家族みたいだった。朝いつもフルーツがあるのが楽しみだった。
  (泣いてしまい中断)うん、うん、みんなでお揃いの服作ったの・・・・
  私たちがどんなに歳を取っても、この「いいとも」のみんな、笑わないで。
  笑ってるんだ、ええと、私たちがどんなに歳を取ってもこの「いいとも」の
  みんな、スタッフさんもずっと仲閨Bありがとう。タモさん、帽子喜んで
  くれて、帽子喜んでくれて、ありがとう。いっぱい使ってね。終わり」

7組目ピースさん(いいとも歴3年)
 「(綾部)え〜タモリさん32年間お疲れ様でした。え〜子どもの頃から見ていた
  この「笑っていいとも」に出演させていただき、え〜タモリさんと共演させて
  いただき、お食事に連れてっていただき、え〜色々なお話しをさせていただき
  え〜本当に芸人として幸せでした。そしてお笑い芸人なって良かったなと思っ
  てます、本当に。え〜32年間お疲れ様でした。そしてありがとうございました」

 「(又吉)え〜タモリさん、お疲れ様でした。あの毎週ホントに面白かったです。
  あの、僕、こど、あの子どもの頃から、まあ色んなニックネーム付けられて
  来たんですけど、死神とか幽霊とか大体かぶるんですけど、あのタモリさんに
  付けていただいたスフィンクスっていうのは、あの本当にタモリさんだけに
  しか言われた事が無いので、一生大事にしたいと思います。え〜お世話になり
  ました。ありがとうございました」

8組目千原ジュニアさん(いいとも歴6年)
 「タモリさん、え〜お疲れ様でした。ホントにあのタモリさんとはあの何度も
  お食事に連れて行っていただいたりしまして、その印象的な表情がありま
  して。俺があの、せいじの話をすると滅茶苦茶嬉しそうで、滅茶苦茶笑って
  はるんです。で「もっとくれ、もっとくれ」と。ある時あのせいじに興味を
  持ちすぎて「アイツ一体どんなエッチするんだろうな?」って言うのは、あっ
  この人ほんま生物としてせいじが興味を抱いてるなと、僕がしました。
  例えば野生の猿に手渡しでエサをやったら猿が受け取ったと、その後せいじ
  の後に猿の行列が出来たとか。あと新幹線新大阪で乗って、隣に乗って来た
  オバチャンとめっちゃ仲良くなって仲良くなって、名古屋で大げんかしてた
  とか。みたいな話本当に好きで、タモリさんがいつも「もっと無いんか?」
  と言っていただいて。
  あと最後に最近のあの最新のせいじ情報があるんですけども、あのシルバー
  バックってあの、銀色の背中が、ゴリラがいるんですけど。子ども産むと
  凄いこう攻撃的で、あの守るために。人間絶対近づかないらしいんですけど
  この間アフリカでせいじが行ったら、シルバーバックのメスゴリラがなぜか
  せいじに赤ちゃん見せに来た。
  あの、はい、今度は是非そんなせいじと3人で飲みに連れてってください」

9組目木下優樹菜さん(いいとも歴1年半)
 「よろしくお願いします。ええと、優樹菜は最後にあのレギュラーに成らせ
  てもらって、まあ1年ちょいなんですけど。あの最初、居るだけみたいな
  感じで凄い自分的に嫌だったんですよ。
  (泣きながら)だけど、「言葉の達人」っていう何か、何か言葉、何か辞書
  みたいののに、何か載せるか載せないかみたいなやつで、何か考えろって
  いう企画で。で自分みたいな元ヤンが、辞書なんて開いたこと無かったし
  出来んのかな?と思ったけど、まあありのままの気持ちでやれば良いやと
  思ってやったら、何か凄いいっぱい達人に成っちゃって。タモリさんより
  達人成っちゃったりとかして。
  でもタモリさんって凄い誉めてもらって、で何かそれが凄い嬉しくて。
  先生とかに誉められた事無かったから、でも神、神みたいにタモリさんに
  誉められたから凄い嬉しくて。もう次の回からもう絶対タモリさんに誉め
  られたいから頑張ろうと思ってやってました。
  それでタモリさんが増刊号でサルサの音楽を教えてくれて、何かサルサが
  凄い好きになっちゃって、サルサにハマっちゃったらタモリさんがお家に
  聞きに来なって言ってくれたのも超嬉しかったです。だから今度タモリさん
  家にお邪魔して、サルサいっぱい踊、踊らせて下さい。
  ホントに小っちゃい頃から見てた番組が終わるのは寂しいけど、だけど
  タモリさんがちょっとでも何か余裕もって生活出来るんだったら良いかな
  って思います。すみません。ホントに何かこう、ホントこの仲間に入れて
  もらえた事が幸せです。ありがとうございました。お疲れ様でした」

10組目劇団ひとりさん(いいとも歴7年半)
 「(泣きそうにしていて、わざとらしいという声の中)え〜、ホントにあの、
  32年間お疲れ様でした。大丈夫です。スタッフからは、あの真面目に挨拶
  するちょっと、か、感動した感じのコーナーですって言われたんだけど、
  結構あのジュニアさんとかしっかりオチ付けてて。
  いやホント、俺そういうの全然用意して無いから。タモさん!俺怖い!
  怖い!すみません。
  あの、忘れもしないんですが僕が、あの、レギュラーになった日「劇団
  ひとりっていう呼び方はちょっと呼びづらいから、みんなであだ名付け
  ようぜ」「そうだな」って話になりましてね。
  それであの、他のレギュラー陣は何か「劇ピョン」が良いんじゃないか?
  とか「ひとちゃん」が良いんじゃないか?って言う中、タモリさんが
  「それじゃインパクト弱い」って言ってて。付けてくれたあだ名が
  「ゲゲゾッゾ」っていう、全然意味が分かんねえ!いつかゲゲゾッゾに
  ふさわしい芸人になりたいと思います。
  32年間お疲れ様でした!」

11組目柳原可奈子さん(いいとも歴6年半)
 「(最初から泣いていて)???、タモリさん、32年間お疲れ様でした。
  私が、(泣いて少し間が開き)私が初めて「いいとも」に出させてもらった
  時、総武線の女子高生というネタをタモリさんの前でやらせてもらったん
  ですね。タモリさんが凄い笑ってくれて。埼京線の女子高生はどうなの?
  とか、中央線の女子高生はどんな感じ?とか、凄い色々聞いてくれて。
  あんなに芸人として嬉しかった時間は無かったです。
  そこからレギュラー6年半、色んなキャラになって沢山遊んでくれてあり
  がとうございました。
  (涙)最後の日も、最後の水曜日も「タモちゃん、あなたコレ面白い番組ね」
  って言ったら、タモさんが「先生、ありがとうございます」って言って
  下さって、最後までよく分からない二人で、よく分からないキャラになって
  遊べて本当に楽しかったです。すっごい楽しい6年半でした。ありがとう
  ございました。32年間お疲れ様でした」

12組目トシさん(いいとも歴6年半)
 「え〜タモリさん、32年間お疲れ様でした。
  え〜僕は6年半レギュラーやらさせていただきまして。え〜その時、レギュ
  ラー初日にタモリさんに言われた事がありまして。え〜「お前のその口は
  誰かに吸われたのか?」って。初日に言っていただきまして。え〜それを
  6年半、え〜毎週毎週言っていただきまして。本当に何か代名詞みたいな
  感じになりまして。
  え〜先日はあの長男と次男も番組出させていただきまして、タモリさんに
  「小ガッパ1号2号」というあだ名を付けていただきまして。え〜今長男が
  自分の事「1号」という風に言ってます。え〜家族ぐるみで本当にお世話に
  なりまして、ありがとうございました。
  え〜まあ僕自身は「笑っていいとも」で、う〜ん大した事は残せなかったん
  ですけども、僕がこのレギュラーに成れたと言う事は、僕の人生の中では
  物凄い大きな物を残させていただきました。え〜本当に感謝してます。
  32年間ありがとうございました」

13組目タカさん(いいとも歴6年半)
 「ちょっと(戻ったトシさんを無理矢理連れてマイクの前に立ち)ええと、あの
  ホントにタモリさん、今までありがとうございました。
  僕はホントに「いいとも」レギュラーに成らせてもらえてから、ええと最初
  全然喋れ無くて、本番。凄い悩んでたんです。で、どうやったら前に出て
  発言出来るか?とか凄い悩んでた時に、タモリさんが「お前面白い事言おう
  としてるからそうなるんだ。思った事を言っちゃえば良いんだ」って言われる
  様になって、やっとその自分のその何かプレッシャーとかから解放されて、
  徐々に徐々にではありますが、発言出来る様なって。
  その芸人として、そういう感覚でやれば良いんだっていうのを教えていた
  だきました。本当にそれは感謝しています。本当にありがとうございました。
  32年間お疲れ様でした!」
 「(トシ)何で呼んだ?俺を!お前最低だな、お前は。俺がおかしな感じなっ
  ちゃった」

14組目石橋貴明さん
 「え〜今から34年前、高校卒業してまだ2ヶ月ぐらいだった僕と憲武が
  「お笑いスター誕生」に出て、ただただ野球部の部室とサッカー部の
  部室でやっていた様な下らない芸をタモリさんに「何やってっか分かん
  ねえけど、面白いからいいよ」その言葉を言われて「あっちょっとプロ
  でやってみたいな」と。何かタモリさんに背中を押された気がして、
  この世界に入りました。
  2ヶ月ぐらいでしたが、タモリさんと一緒に「いいとも」のレギュラーを
  やらせていただき、32年間タモリさんが築いて来たのは「何だから分から
  ねえけど面白い事」僕らに34年前言ってくれたあの言葉をタモリさんは
  ずっと追求してるんだなと思いました。
  タモリさんの「笑っていいとも」は、タモリさんの素晴らしい作品だと
  思いますが、僕たちとんねるずも、タモリさんが残してくれた作品です。
  ありがとうございました」
  (タモリさんが以前赤塚不二夫さんへの弔辞の言葉と同じだという指摘が
  多く出て「(タモリ)良い話かと思ったのにね、バカにしてるだけだった」)

15組目木梨憲武さん
 「(木梨さんは石橋さんを連れ出してマイクの前に立ち)アントニオ猪木」
 「(石橋)何だバカヤロウ」
 「(木梨)サンキュー」(石橋さんは席に戻りました)
 「そういうスタートで、18歳19歳からスタートして、先ほど言ったタモさん
  にこの世界を勧めていただいて、え〜この世界入らせていただきました。
  で今もう番組を自分でもやらさせていただいて、え〜タモさんに「真剣に
  やらなくていい、レギュラーのメンバーの皆さんに申し訳ないぐらい
  僕だけ好き勝手な事をやらさせていただき、え〜天井から降りる、箱から
  出る、基本的な事を楽しくやらせていただきました。
  あと、ええと鶴瓶さんと関根さん、本当に一番長いお二人本当にタモさんも
  そうなんですけど、お疲れ様でした。
  え〜2ヶ月でレギュラーさせていただいて覚えた事は、鶴瓶さんのいじり方
  だけです。この先も「A-Studio」とか色んな所に行ってパイを投げたり
  落語中にパイを投げたりして行く事を誓います。
  ええと「ミュージックステーション」で上から降りて良いですか?」
 「(タモリ)いえいえ、あれは駄目だって、ミュージックステーション」
 「分かりました。テレ朝ですもんね」
 「(タモリ)そういう問題じゃ無い」
 「ありがとうございました、タモさん。ええと後半一緒にお酒とか飲めて、
  本当に幸せでした。まだあの面白い事あったら一緒に番組やって下さい。
  ありがとうございました」

16組目香取慎吾さん(いいとも歴20年)
 「・・・32年間お疲れ様でした。
  え〜、え〜僕は、94年から、17歳の時から20年間お世話になりました。この
  4月で丁度20年です。
  ・・・まず・・・凄く涙が出そうな思いが、え〜昼間も今日月曜日があった
  んで、あったですけど。昼で終われれば、あそこで僕泣いてたんですけど、
  夜もあったから凄い変な一日でした。本当は昼間で終わりたかったですけど。
  あと昼間始まる前に、あの、あんまり20年僕行ったことの無いタイミングで
  トイレに行ったら丁度タモさんと一緒になっちゃって。タモさんは気づいたか
  どうか分からないですけど、タモさん小の方にいたんですけど、そのまま僕
  挨拶せずに大きい方に隠れました。すみませんでした。
  ・・・ちょっと、あの、大きいです、20年って。しかも十代からだったんで。
  ・・・タモさんは、特に何も教えてくれませんでした。でもずっとタモさんの
  背中は見てました。
  20年一度も怒られた事無いです。小っちゃい事でも怒られた事無いです。
  僕酷かったのが、90年代、97年か8年ぐらいの頃に「いいともCUP」が始まった
  ぐらいの時間、12時50分ぐらいに遅刻して入った事があります。あり得ません
  すみませんでした。それを終わって謝りに行ったときも「あ〜あ〜分かった
  分かった」って怒りませんでした。

  ええと・・・信じられません、まだ。答えはいりませんが・・・ちょっと我慢
  出来ず言います。答えは要らないですけど、そもそも何で終わるんですか?
  え〜、あの、え〜いっぱい言いたい事あるんですけど本当に色々考えて、もう
  ここず〜とここの所考えてたんですけど、結局は何も考えずにここまで来ました。
  あのツヨポンが凄く仲良くてタモさん家行ったりするの凄えずっとうらやまし
  かったです。
  あと僕あの何か携帯の番号教えたりとか、あんまそういうのが苦手な人で
  なかなかタモさんと話す時間も無かったりして。で中居くんとかそういうのも
  凄くする、するんですけど。で中居くんとか食事よく行ったりしてんのも
  知ってて「あ〜そうなんだ」とか言いながらも、僕も行きたかったです。
  「お前が何か番号渡したら、お前が行きゃいいだろ」って話なんですけど、そう
  いうのホント苦手で、ほんとでも・・・・・
  え〜・・・あとあの生放送で毎週20年間、出させていただいて、テレビに出て
  いる僕ですけど、SMAPでもつらかったり苦しい時があって(涙ぐみ)そんな時に
  笑ってなきゃいけないのがつらい時もあって。「笑っていいとも!」って言う
  のがつらい苦しい時もあったりするんだけど、始まったら笑顔になってる自分が
  いて。苦しかったりする時に昼間に「いいとも」見ると、あっタモさんやって
  たり、みんなまたやってる。・・・ごめんなさい、本当。本当にありがとう
  ございました。
  タモリさんこれからも、つらかったり苦しかったりしても、笑っててもいいかな?」
 「(タモリ)いいとも」
 「ありがとうございました」

17組目三村マサカズさん(いいとも歴10年)
 「え〜タモリさん、32年間お疲れ様でした。
  あの、僕が入ったのは2004年の4月で、2千今14年の3月31日なので、あのちょうど
  丸10年で「いいとも」が終わるという。ちょっとあの、最後の終わりに居れて
  ホントに、ホントに何か嬉しいなっていう。
  あの1982年に始まったという事は僕はあの15歳でこの番組を観てて。で当時あの
  祭日とか学校休みになると「いいとも」観れて、え〜今みたいにくっついた月曜日
  祭日とかじゃ無く、こう単独の木曜日祭日とか色々あって。「あっこのメンバーの
  日観れた。あっ良かった」とか。「あ〜ハズレの回だよ」なんていうのを、誰とか
  じゃ無くて「あ〜ハズレに曜日だよ」みたいな(笑)。色々あったんです、当時あの
  波が、波がって言うか。いや小ちゃい頃の思い出です。中学とか高校とかの、ええ。
  で、あの凄くだからそれぐらい「いいとも」観る事が嬉しくて。
  で、就職したり、お笑いとか入った時に忙しくなったりとかして「いいとも」見て
  無い、その見て無い間も、ず〜とタモリさんってアルタに通ってたんだな〜って、
  8054の日にちをちょっと僕なりに振り返ってみたんです。中学3年ぐらいから46歳の
  僕になるまでで、長いんですよね。あのね、長いんです。とんでもなく長いんです。
  その間の、雨の日も風、もう何回も言いましたが、でもね、ハズレの曜日があったん
  です。(おすぎさんから「誰の回?」との声が上がり)「誰の回?」とかじゃ無くて。
  何か何となくその時に思った、何かそんな尖ったあの少年だったんですけど。
  心の中で「何だ、ハズレの曜日じゃねえかよ」っていう、そういう尖った少年。

  あの、でも「笑っていいとも」10年携われて、僕ホントに学ばせてもらった事が、
  タモリさんが毎回常々おっしゃってた「絶対反省しない、俺何言ったって反省しない」
  っていうのは、僕ももうその魂に、この10年で成りまして。なので(色々声が上がり)
  「反省した方がいい」とかうるせえんだよ、誰か。「反省した方がいい」とか」
 「(大竹)お前は反省しろ」
 「大竹さんすみません、ホント色々。で、もうふざけんのいい加減止めて下さい。
  ヒロミさん、にらまないで下さい。最近仲直りしたんですけど、ホント、嫌い
  でした」
 「(大竹)そういう回じゃない」
 「ヒロミさんがハズレの回でした」
 「(勝俣)最後になって」
 「(大竹)どうしたんだ」
 「もう何かタモリさんの前だと何言っても良いのかな?っていう、委ねられる大きさ
  ホントありがたいと思います。
  あの、今とんねるずさんとココでタモリさんを泣かすことはもう不可能だっていう
  結論が出たので、僕ももうあの泣かずに最後まで乗り切りたいなと、そんな男で
  ありたいと思いました。
  タモリさんありがとうございました。あの今後ともよろしくお願いします。お疲れ
  様でした」

18組目大竹一樹さん(いいとも歴10年)
 「先週の火曜日のレギュラー最後の日に、お願いしてあのタモリさんにおんぶして
  もらったんですね。であの、タモリさんにおぶさる時に、ちょっと腰やっちゃうん
  じゃないかな?とか、俺がケガさせちゃったらいけないのかなと不安だったん
  ですけど、思い切ってしてみたんです。
  そしたらあの感触、何て言うんですかね?あの、硬いバネの板みたいな。あの
  硬いバネの板みたいな。何かバネが硬い、あのバ、あの、踏切台みたいな。
  踏切台?(ロイター板という声があがり)ロイター板?何だロイター板って。
  踏切台。ロイター板ですか?あれは。
  ロイター板と同じ感触だったんです。まあロイター板乗った事無いんですけど。
  あの何て言うかその、バネと、物凄いパワーだった。
  乗った時「あっ!お爺ちゃんじゃない」お爺ちゃんと思ってた訳じゃ無いです、
  お爺ちゃんと思って接してた訳じゃ無いですけど。一回もお爺ちゃんとは思って
  無かったんですけど。
  全然お爺ちゃんじゃ無かった。あのロイター板と同じバネ。バーン、バーンって
  なりまして。あのあっ凄い、もう凄いパワー感じまして。あっこれあの体力が
  こう無くなっての終了では無いんだなと。あの、あっ、あっまだまだやれるんだな
  という事感じました。え〜何て言うか、まあ健康で良かったなって。あっ健康
  なんだなっていうのは感じで良かったです。
  (ふざけてるという声が上がり)ふざけてない。
  あのまあタモさんにもまだ言ってない、
  (タモリさんにおぶさった時の映像がモニターに出て)あの時がロイター板と同じ。
  感動してますね、あれは完全に、ええ。

  で言って無い事まだあるんですけども、あの僕インフルエンザと盲腸で最近2回
  ぐらいお休み、それ以外お休みはしてないんですが、入ってすぐ思い切り遅刻
  したんです。もう入ってすぐ、もう3,4回目ぐらいに遅刻しまして。その時の
  理由は具合悪くて、ちょっと病院に寄ってから行くって。ギリギリ間に合ったん
  ですけども、寝坊だったんですけど」
 「(三村)お前時効じゃないんじゃない?」
 「寝坊だったんですけど。
  で、まあギリギリ間に合って、あの「すみません、タモリさん」って言ったら
  その時タモリさんが「何だ、もうちょっと遅れれば面白かったのに」と。
  「早々終了して後説の時に来たら面白かったのに」って。「心広いな〜」って。
  だからホント何でもお笑いにしてくれる方なんだなって、いや何だ?
  あとあのもう一つだけ良いですか?入ってすぐ、第一回目の出演の時に、放送
  終了しましてあの階段上がって楽屋の方行くときに、タモリさんが直接僕に
  「この後飲みに行くか?この後めし行くか?」ってタモリさんが直接誘って
  くれた。あのタモリさん。「この後空いてんのか?飯行こうよ」って言われた時
  奇跡的に僕ら仕事入ってた、その後に。「行けません。すみませんちょっと仕事
  入ってて行けません」って言った以後10年間1回も誘われなかった。
  何あの日仕事だったんだと。1回も誘われなかったんです。だからタモリさんに
  気を遣わせてしまったんですね、我々は。あっ誘ったらプレッシャーになって
  しまうから、何か嫌な思いさせちゃいからっていう事で誘ってもらえなかった。
  まああのスタッフ伝てに何度かお食事はさせていただいたんですけど、その後。
  それがもうあの、結果それ10年間自分からこう勇気を出して誘うことが出来な
  かったという事だけ、ちょっと心残りで。あの、誘います。今日誘います。
  (この後、打ち上げでみんな参加する宴会があると言われ)タモさん、今日飲み
  行っていただけませんでしょうか?」
 「(タモリ)宴会がある、この後」
 「みんな他の人も居るんですか?」
 「(タモリ)いるよ」
 「大丈夫です。大丈夫です」
 「(三村)お前、ほんと最後に「いいとも」って言う流れを作りたかったんだけど
  失敗したんじゃ」
 「うるせえな!そんなタモさんに「いいとも」何て言わせて」
 「(三村)何か失敗した」
 「あのホント寝坊すみません。一旦お疲れ様です」

19組目関根勤さん(いいとも歴28年半)
 「森田さん、あっすみません。ちょっとあがって間違ってしまいました。
  え〜タモリさん、え〜29年半、あっ28年半お世話になりまして。長い事お世話
  になったので、その間、去年ありがたく成人式を迎えること、あっ還、還暦
  でした、あっすみません。ちょっとあがってるんで。
  タモさんとの思い出はね、たくさんあるんですよね〜。であの「いいとも」の
  スタッフとレギュラー全員でタモリさんの別荘でゴルフの大会やった事あるん
  ですけども。あのゴルフをしない人も全部集まってまあ宴会をして。ゴルフを
  する人だけがゴルフをするって。
  で前の日にタモリさんの大きな部屋でちょっと宴会をやってたわけです。
  それでタモリさんもガウンを着て、白いガウンを着てこうくつ、くつろいでた
  んですね。その時に、まあHさんというディレクターが、ちょっとデリカシーが
  無いって方で。女子アナが非常に嫌がったんです。「ホントHさんって嫌です。
  ホントに何か嫌なんです」って言ったら、いつの間にかそこにタモリさんが
  女子アナとして横にいて「ホント嫌よね、あの人ね」
  で、最初は凄い違和感あったんですよ。ところが30分見ている内に、30分やり
  続けるんです。タモリさんがね女子アナに見えたんです。
  あれは見事だと思いました。

  あとタモリさんの家に、タモリさんがあの、あのご馳走してくれるって言うんで
  行きまして。でタモリさんが「あ〜そこのピーナッツでも食べて待ってて」って。
  で僕無類のピーナッツ好きで。食べ始めたら止まんないんですよ。でず〜と食べ
  てて。僕も止められなかったんです、自分を。でもうこんなピーナッツ食べて
  たら、タモリさんがとうとう「関根くん、そんなに食べたら食事できなくなるよ」
  って止めてくれたんです。ありがとう。
  あとタモリさんは絶対止めないんですよ。あのね、僕ね妄想すると、大抵の人が
  僕の話に付いて来れなくて止めるんですよ。でもタモリさんはね、止めて、止め
  ないんです。
  僕がですね、SPEEDがデビューした時に後説で「タモリさん、昔浅田美代子さんが
  16でデビューした時も、随分早くデビューするなっていう風に思ってんですけども
  SPEED12歳ですよ」タモリさんが「そうだね」「この後もう幼稚園隊とか出て来るん
  じゃ無いですか?」大抵そこでみんなに止められるんですよ。
  ところがタモリさん「そうだな、赤ちゃん隊もあるかもな」「そうですよね、タモ
  ちゃん。タモさん」ちょっとあがってますんで。
  そしたらタモリさんドンドン話して「いや関根くん、妊婦隊もあるぞ」と。「妊婦
  が出て来て歌唄うんだ」と。
  「タモさん、映像どうすんですか?」「超音波で見せるんだ。子どもを見せるん
  だよ。そしてな、アルバムはな「遙かなる受精」って言うんです。その時に一生
  付いて行こうと思いました。
  本当にありがとうございました」

20組目田中裕二さん(いいとも歴14年)
 「え〜お疲れ様でした。
  あの、今日も色々何言おうかと思ってたんですけど、最後の最後にホント奇跡的な
  凄い事起こっちゃって。まあ貴明さんのせいなんですけどね。もうホントにあの
  予想だにしない出来事がココで起きて、最高でした。
  あのそれがでもやっぱ「いいとも」の、生放送の何か一番良い所だなっていう気が
  して。え〜ありがとうございます。タモリさんのお陰。
  あの僕が14年前に「いいとも」のレギュラーになって。で後説とかで、あのタモリ
  さんに無理矢理やらされるモノマネってのあったんですけど。
  あの、タモリさんがね、僕は知らないんです、そのモノマネをする相手を俺は見た
  事が無い。だけどタモリさんが四ッ谷のね、スーパーで夜中にたまに見かけるレズの
  オバサンってのがいるらしい。
  で俺は、俺は見た事無いんだけど。タモリさんマジで14年間で100回以上やらされて
  んですけど、オンエアゼロだからね、タモさん。
  俺今こんなトークすらホントはしちゃいけないのか、ちょっドキドキしてるんだけど、
  もう今日は良いやと思って。あの後で、じっくりまたあの見せてあげますから。
  ホントにタモリさんそういう何かこう、凄くこう、多分それは僕に対する色々こう
  気を遣って下さったところかなって思ってるんですけども。
  あのずっとこう今回こうやって「いいとも」が終わるっていうんで色んな所でインタ
  ビュー受けたりとか取材受けたりとかして、色々こう思い返してたんですけど、
  一番やっぱ思い描くイメージってタモリさんのその何かこう、照れ笑いみたいな、
  こう、今も多分そうなんですけど。ず〜と恥ずかしがってやってるじゃないですか。
  それが僕大好きです。ギネスに載って8000回以上やって、32年やってる司会者が
  ず〜と慣れてないんです「いいとも」に。
  照れて今日も、あの最初ね歌唄って出て来て、恥ずかしそうだし。この人何で慣れて
  ねえのかな?と。でも、じゃなきゃ長続きしなかったんだなって僕は思いました。
  やっぱ普通こう慣れて、こなして、慣れっこになっちゃったら多分つまんなくなると
  思うんですよね。でタモリさんず〜とホントにあの「ヨ〜、チャッチャッチャ」も
  客席見れてないじゃないですか。ほとんどこう下向いてやってるみたいな。
  だからそういう所が僕は凄くこう信用出来ると言うか、本当にこの人はあの、信頼
  出来る人だなってずっとそこは僕は憧れる、こういう大人に成れたら最高だなって
  思って見てました。
  え〜ホントに32年間ありがとうございました」

21組目太田光さん(いいとも歴14年)
 「(モノマネ)え〜と言う訳でございまして。
  (似てないと言われ普通に戻し)え〜ホントにあの言おうかず〜とあの悩んでたん
  ですけども。
  僕はあの始めた時からずっと「あっ俺邪魔者かな?」ってね。あのこの番組、タ、
  あのタモリって番組が、あの「いいとも」タモリの「いいとも」って番組が、その
  もう凄い結束が固くて。で俺はいつもこう何かちょっと、それ和を乱す様な事で
  あの「太田さえ居なければ」って、2ちゃんねるに書かれたり」
 「(田中)気にしてんじゃねえ。気にしてんじゃねえ。読んでんじゃねえよ」
 「結構だから、まあそういう意味ではホントにあの、まあ何て言うかあの、自分は
  あんまりこう邪魔ばっかりしてんのかな?と思ってて。
  でタモリさんにも、「いいとも」のプロデューサーの方にももうホントに何枚も
  始末書書かせてしまって。あのホント失言が多かったもんですから。
  で、でもさっきも誰か言ってたけど、一回もそのタモリさんに怒られた事が無くて。
  僕みたいにそういう中途半端なそのタレントを、笑って見守ってくれる人ってのは
  なかなかこのなが、僕の番組ってすぐ終わるのが有名で。あのこういう長い間見守
  ってくれる人は凄くあのアバンギャルドな人で。実は根っこの所では。
  で、タモさんよく誰とでも、テレフォンなんかで誰と、誰が来ても興味深く話すっ
  て言われてるんですけどね、実はそうじゃ無くて。あの興味がある人と無い人すぐ
  分かるんですよね。
  で、この番組見てて最近思ったのは安倍さんが来た時に」
 「(田中)また荒れるぞ、お前その話は。早く止めないと駄目だ。って言うかさ、お前
  こそ俺呼べよ!何か知んないけど。何なんだ何でお前、タカは呼ばなくて良いけど
  お前が呼べよ、俺」
 「あの時に本当にあの、タモリさんが安倍さんに言ったのが、あのSPがアルタのお客を
  にらみ付けてるんです。その時にタモリさんが安倍さんにさんに言ったのは、SPの
  態度の悪さと、それからバラエティーを国はなめるな。この2つだったんですね。
  で僕はそれ見てて、凄く痛快でした。でこの人の番組に出れてホントに良かったなと
  思って。これ以上だから迷惑を掛けない様にしようと」
 「(田中)最後に迷惑かけてる!」
 「思いました。これからも本当によろしくお願いします。ありがとうございました」

22組目草なぎ剛さん(いいとも歴18年半)
 「タモリさん、お疲れ様でした、32年間。
  え〜そうですね、ホントにタモリさんには沢山お世話になりまして。言いたい事
  沢山あるんですけど。
  あの、日本には凄い面白い人沢山いるなって、今日また改めて思いまして。凄い
  コメディアンが沢山いるなと。あの、もうお笑い怪獣だらけだなと、今日思いま
  して。
  あの、ホントに僕ら、まあSMAPとして、アイドルとしてですね、あのこういう
  お笑いの一線で活躍されてる方と、こう18年、20年間と一緒にこう仕事出来たっ
  てのホントに今日奇跡だなと思いました。
  で当時はホントにそんな方々なので、前に出ていく事も出来なくてホントに悩ん
  でる事が多かったんですけど。
  今日ホント思いました、無理だなと。この人達の中で前に出て何か発言するのは
  凄い事なんだなって、まあそれも改めて思いました。
  で、そうです、ホントにタモリさんにはお世話になってるんですけど。
  あの、そうですね、みんなホントにココにいる人はタモリさんの事大好きで。
  でタモリさんから沢山の影響受けた人達がみんなで。その中で僕も何を言おう
  かなと思ってたんですけど、あの、タモリさんの側に居るとですね、何か物事
  とかをこう違う目でこう見る目が出来て。何か色んなこう世界とかを違う目で
  自分が見れる様になって成ったりとかして。あの色んな世界をこう拡げてくれ
  るのがタモリさんの凄い素敵な所だなと、僕はあの、まあそんなまだ20年ぐらい
  何ですけど、あの何か思いました。
  それと、何か物事の固定観念とかを、こう取り除いてくれる所が何か凄い素敵な
  あのオジサンだなと思ってます。
  え〜それと、まあみんなもそうだと思うんですけど、あのタモリさんの笑顔を
  見てますと、何か、あの笑った顔を見てると何か自分が悩んでる事とかは何か
  「馬鹿らしいな」と思えて。あの何か元気に、あの前向きになれる自分がいる
  ので、あのタモリさんの笑顔はホント、ホントにみんな大好きだと思います。
  僕も何か年取ったときにですね、タモリさんみたいに、あの素敵にあの笑える
  人間になりたいなと思います。
  あのこれからも、え〜、あの、格好良くて、そしてちょっと変態なオジサンで
  居続けて下さい。
  お疲れ様でした」

23組目中居正広さん(いいとも歴20年)
 「え〜タモリさん、32年間お疲れ様でした。
  え〜僕が「いいとも」に携わる、ちょうどこの2014年の4月ピッタリで、ピッ
  タリ20年になりました。え〜振り返ってみますと、94年のこの4月、う〜ん
  まだ有名でも無いですし、そのジャニーズのアイドル、アイドルとして人気も
  ある訳でも無かったですし、知名度も無く、ましてマネージャーさんとかも
  いない、え〜僕らをまずレギュラーとして迎え入れてくれて、え〜まず深く
  感謝を申し上げたいと思います。ありがとうございました。
  やっぱりバラエティーは非常に残酷な物だなとも思います。お陰様であの
  歌もやらさせてもらって、お芝居もやらさせてもらって、、バラエティーも
  やらさせてもらって。
  歌の世界っていうのは、いずれかライブとかやれば最終日があって、ドラマも
  クランクアップがあって、映画もオールアップがあって。
  何か始める時に、そこの終わりを、ゴールに向かって、え〜それを糧にして
  進んでるんじゃないかなって思います。
  でもバラエティーは終わらない事を目指して進むジャンル何じゃないかなと。
  覚悟を持たないといけないジャンルなんじゃないかなと思いながら「いいとも」
  を出させてもらった事をきっかけに、僕はバラエティーを中心にSMAPとして
  やらさせてもらおうかなと。

  ・・・非常にやっぱり、バラエティーの終わりは寂しいですね。他のジャンルは
  評判が良かろうが悪かろうが終わりがあるんですけど、バラエティーってゴール
  無いところで終わらなければならないので、こんなに残酷な事があるのかなと
  思います。
  (涙ぐみながら)当時俺と香取でホント何も出来なかったんですね。「今日はこれ
  やろう、今日はこの話やろう」って言って、何やらなかっ、出来なかったんすけど。
  でも番組を、タモさんをアシストする事が楽しい番組を、娯楽を提供する手段の
  一つでもあるって事を、僕は学びました。
  残念ですね。こんなに残念な事は無いと思います。さっきも話してましたが、
  タモさんはあの怒りもしないですし、誉めもしてくれない方でしたけど。
  ココようやく2年、3年4年前ぐらいからようやくご飯を食べれる様にタモさんと
  なり、ある時お酒を飲んだとき、タモさんが、まあ酔っぱらってたっていう事も
  あったんですけど、僕のこと優しく抱きしめて、優しく頭を撫でて
  「中居、俺お前に感謝してるからな。本気でお前の事感謝してるからな」って
  言ってくれたのが凄く、凄く嬉しかったです。
  今こんな形でジャニーズとかバラエティーとか普通にやってますけど、ホントに
  あの「いいとも」出させて、俺と香取出させてもらって、ジャニーズもバラエティー
  とか全然知らない、育て方とか知らない中、こんなチャンスを与えてくれて
  ありがとうございました。

  20年間・・・ケガした事や病気した事で休んだことありました。でもどんなこと
  あっても僕は20年間アルタに通い続けました。
  ある人はお正月なったら1年に1回休んでる人がいて、何でこの人1年に1回ハワイに
  行くために毎年毎年休みやがって。「特大号」のモノマネで自分がウケなかった
  からって言って、不参加になって。
  誰かと比較するのは好きじゃありませんが、僕は20年間、え〜ホントにや休む事
  無く、サボる事無く、え〜私的なことを除いてしかったりまっとう出来たと。
  20年間でタモさんが、え〜「もう成人だから卒業して良いんだよ」とおっしゃって
  くれてるんじゃないかな、と勝手に解釈をして、え〜今後も「いいとも」のレギュ
  ラーとして胸を張って「「いいとも」ずっとやってたんだよ」と胸を張って恥じ
  ない様に今後もバラエティー、他のジャンル含めて頑張って行きたいと思います。
  タモさんありがとうございました」

 西山アナ「年に一回休まれてた方はこの方なんでしょうか?いいともレギュラー歴
  27年、笑福亭鶴瓶師匠、お願いします」

24組目笑福亭鶴瓶さん(いいとも歴27年)
 「どうもタモリさんお疲れ様でございました。
  え〜あれは去年の10月に僕に電話、タモさん掛かって来て。あの「「いいとも」
  終わる」と。「あんた納得してんの?」って俺が言うたら、あの「感謝してる」と。
  この人凄いな〜。「いやホントに感謝してる」あ〜こんなに長い番組終わるのに
  「感謝してる」って言える、すぐに言えるっていうのはホント凄い人やな〜と
  思ったんですね。

  僕はもう色々タモリさんに教えてもらいましたね。色々怒られたりもして。みんな
  怒られて無い言うけど、僕だけ怒られ。僕はどんだけ怒られたか。そんな怒られる
  様な人間じゃ無いのに「あなた駄目だよ」とかね、あの色、色々言われました。
  でも僕はタモさんビックリしたのは、あの平等なんですよ、誰にでも。大スターが
  来てんのに、まあ大分前ですよ、今はもう違うかも分かりませんけど、外国の
  大スターとか、それから後あの全米ヒットチャート1位の人でも30秒しか無いんです
  俺ドキドキして「30秒でええのん?」って言うて。で最後に紹介したら出て来たら
  30秒でジャンジャンって、そのチャチャチャチャ〜って言うて、その、そのあの
  タレントもビックリして「もう終わってんの?」っていう様な顔して。もうタモリ
  さん平気なんですよ。「こんな事許されるの?」って思ったんですね。
  いや、もっと凄いのは、俺と喋ってて俺の思い出を俺に語ることがあるんですよね。
  分かってやってはんのかな?と。「それ俺の思い出やん」って言えない、言えない
  んです。俺の、どっかで聞いた事やな?って。「それ俺の」分かってやるんです、
  多分。「俺の思い出やで」と思いながらもず〜と何か気持ち悪い終わり方をしたり。
  でも大好きで、この人。
  あのBIG3って今日揃ったじゃないですか。
  やっぱたけしさんっていうのは素晴らしいし、あのもう会うと嬉しいんですけど
  緊張するんですよね。
  でさんまもね、僕より後輩なんですけど、会うと嬉しいけど緊張するんですよ。
  何で後輩に緊張せなあかんのやろ。
  この人緊張しないんです、全然。そこがね、何かええとこやな〜と思いますね。
  あの色んな人間の大きいとこ見てます。
  この人のあの別荘へ行って、別荘行って別荘来てくれって行ったら、あの全部木が
  切られてるんですね。根こそぎ。「木切ってくれ」言うて「枝切ってくれ」言うて
  根、根こそぎ切られてはるんです。俺屋ったら物凄い怒こりますよ、家、7つぐらい
  こんな古木(枯木)が出来てるんです。それそのまま入って行って。
  「いやいや、アンタあれどうすんの?」「いや、切ってくれって言ったんだけど
  間違ったんだね」って言うて。そんな、そんなおかしいや。「早よ全話せえ!」って
  俺が言うた。電話しはったんですよ、この人。「あっもしもし、あの今日あれ切って
  くれって行ったけど、あっあっ、あっそう?あ〜そうか〜そうか、うんうん。うん
  枝だったんだよ」って言って切って。あと何十年またあないなんねんで。
  俺やったら、最低やこの人ね。これおかしいやないか!って思う事何度もありました。

  そやけどね、僕物凄い救われた事があって、ある、まあこれは言えないですけど、
  ある事で物凄い落ち込んでたら、もうその当時あの、え〜ホテルに泊まってた頃です。
  下から電話掛かって来て「今日どうしたの?」って言うんです。
  あんな珍しいですよね、まだ携帯の無い時分です。「どうしたんだ?」って言って。
  「何かおかしかったよね」って。物凄くおかしかった事があるんですよ、言えない
  ですけど。
  助けてもらったんです。何か安心するですよね、この人に会うと。
  それからずたずた人の所に入って来るんですね。あの「「A-Studio」の終わりは何か
  澄まして喋って終わるけど、嫌だよね、あれ」っていう。
  そんなね、そんな事言われたら腹立つやろ。
  「「家族に乾杯」も嘘くさいよ」とか言うて。最低ですよ、この人。
  それでも何か、何か全部救われるんですよね。何か不思議な人ですよね。
  だからこれ芸人が、今見てる人、「いいとも」のレギュラーに成れなくて終わって
  いく人ってかわいそうですよ。
  それから今、まあ高校生でもああなりたいに「いいとも」に出たいって思う人いて
  るじゃないですか。それが閉ざされてるんですよ。
  やっぱりね、タモリ、なん、どんな、どんな人、芸人にとって何か港みたいな人なん
  ですね。これ作らなあかんよ、この人の番組。フジテレビ。フジテレビもこんな港
  無くなったら路頭に迷うで。
  だから絶対に作らなあかんと思うね。タモリさんに会える所を是非あのフジテレビの
  方作っていただきたいと思います。
  今日はホントにどうも、あのお疲れさんでした。また、まあ僕はしょっちゅうこれ
  からも落語とか色々やらせていただくんで、よろしくお願いします。
  ありがとうございました」


エンディング

 西山アナ「番組終了まで残り6分と成りました。最後にタモリさんから出演者、そして
  テレビをご覧の皆さんにご挨拶をお願いします」

タモリさんからのメッセージ
 タモリ「今日はどうも、あっすみません、すみません、立っていただいて申し訳
  ございません。
  あの、こんなに集まっていただいて本当にありがとうございました。お忙しい中」
 出演者「(拍手)」
 タモリ「感謝します」
 出演者「(拍手)」
 タモリ「え〜出演者・スタッフのお陰で32年間無事にやる事が出来まして。
  まだ感慨っていうのまだ無いんですよね。ちょっとホッとしただけで。来週の火曜日
  くらいから来るんじゃないかと思います。
  え〜もう明日もアルタに行かなきゃなりません。え〜楽屋の整理があります。私物が
  いっぱい置いてありますんで。
  え〜あの皆さんのおかげでホントにここまで来ること出来ました。
  まあ考えて見れば、あの、気持ち悪い男でしてね。こういう番組であの以前の私の
  姿見るのが私大嫌い何ですよね。何かこう気持ちが悪い、この濡れたシメジみたいな
  感じ」
 出演者「(笑)」
 タモリ「何かこう、い、イヤ〜なこうぬめ〜とした様な、の感じで。え〜ホントに
  嫌でして。私もいまだに自分の番組見ません。
  またそれで性格が当時ひねくれておりましてね、不遜で、生意気で、世の中舐め
  くさってたんですね。そのくせ何にもやった事が無いんですけども。
  これがどうしたわけか、初代の亡くなられました横澤プロデューサーから仰せつかり
  まして、まあ大体3ヶ月か半年ぐらいで終わるんじゃないか?と思ってたところが、
  この32年に成りました。
  まぁ〜生意気な事でやってたんですけども、その長い間に、視聴者の皆様方が色んな
  シチュエーション、色んな状況、色んな思いでず〜と見てきて頂いたのが、こっちに
  伝わりまして、私も変わりました。何となくタレントとして形をなしたと言う事なん
  です。
  で、皆様方、視聴者の皆様方から、私にたくさんの価値を付けていただき、またこの
  みすぼらしい身にたくさんの綺麗な衣装を着せていただきました。
  そして今日ここで皆様方に直接お礼を言う機会がありました事を、感謝したいと
  思います。32年間本当にありがとうございました。お世話になりました」
 出演者「(拍手)」
 出演者「(拍手)」


 タモリさんが現レギュラー陣や元レギュラー陣などの次々を頭を下げながら
 タモリ「ありがとうございます」
 出演者「???」
 タモリ「ありがとうございます」
 出演者「お疲れ様でした」
 タモリ「ありがとうございました、どうも」
 出演者「(拍手)」
 タモリ「ありがとうございました」
 出演者「(拍手)」
 タモリ「ありがとうございました、どうも」
 出演者「(拍手)」
 タモリ「いや〜」
 出演者「(拍手)」
 タモリ「ありがとうございます。あ〜ありがとうございます」
 出演者「(拍手)」
 タモリ「ありがとうございました、遠いところ」

 関根「タモリさん、今一番したい事は何ですか?」
 タモリ「今一番したい事ですか?」
 関根「はい」
 タモリ「ちょっと早く酒飲みたいな〜」
 出演者「(笑)」
 出演者「(拍手)」
 中居「酒飲みたいの?」
 鶴瓶「酒飲みたい」
 草なぎ「タモリさん、最後にじゃぁ、その「ウキウキWatching」唄いましょうよ、みんなで」
 関根「おお!」
 草なぎ「みんなで」
 中居「あっもう一回ね」
 出演者「(拍手)」
 中居「あ〜いいじゃん」
 ローラ「うん」
 草なぎ「合、合唱して」
 関根「はい」
 劇団ひとり「はい」
 タモリ「あ〜、ええ、あっ」
 イントロが流れ出し、全員が手拍子を打ちながら「ウキウキWatching」を合唱
  (タモリさんのパートはタモリさんのソロ、青年隊の部分は現や元のレギュラー
  みんなで合唱)
 歌い終わり
 出演者「(拍手)」
 「ありがとうございました、どうも」
 出演者「ありがとう〜」
 出演者「タモリさんお疲れ様〜!」
 出演者「お疲れ様でした!」
 出演者「(拍手)」
 出演者「お疲れ様でした」
 鶴瓶「ご苦労さんでした、ありがとうございました」
 タモリ「ありがとうございました、どうも」
 出演者「(拍手)」
 タモリ「わざわざありがとうございます」
 出演者「(拍手)」
 タモリ「わざわざありがとうございます。もうテレビをご覧の皆様も本当にありがとう
   ございました」
 出演者「(拍手)」
 タモリ「それじゃ明日も、見てるかな!?」
 出演者「いいとも〜!」
 出演者「(歓声)」
 出演者「(拍手)」
 タモリ「ありがとうございます、感謝します!」





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