IMMELMANNとは????
IMMELMANN(インメルマンと読みます)は1981年に結成された、ボード・ウォーゲーム・クラブです。当初はわずか3人しかいなかった会員は現在ではおよそ10〜15名。現在は以下のような活動をしています。
・月1回の例会。場所は池袋あるいは保谷。ウォーゲームをはじめとする各種ボードゲームが行われます。
・年1回の合宿。場所は軽井沢。泊まりがけで、時間のかかるビッグ・ゲームをプレイします。
・年1回のスキー旅行。例年、お正月に2泊3日でスキーをします。もちろん夜はゲーム。

また、いまは休止していますが、かつては月1回の電動ラジオコントロールカーおよびスロットカー・レースなども行われていました。

IMMELMANNは家族的な雰囲気のクラブで、会則はほとんどありません。以下のわずかな規則を守れる方なら、どなたでも歓迎しますので、一度例会にいらしてみてください。


IMMELMANN会則
・例会においてはRPGのプレイを禁止する。
・会員は定められた年会費(現在は10800円)を納入する。
・例会参加者は参加費500円を例会当日に支払う。


IMMELMANNスタッフ一覧
・会長:鍵和田淳
・会長代行:須永有三
・会計:高澤俊一
・編集:佐藤俊之
・企画:千口隆


IMMELMANN、6000年の歴史
BC.3000〜1953A.D
地球上の至るところで、偉大なあるいは愚かな指導者たちが、さまざまな言い訳をみつけては、人々をコマに見立てて「戦争」と呼ばれるゲームをしていました。もちろん彼らは、自分たちの「崇高」な仕事が後に本当に「ゲーム」にされ、純真無垢な若者たちの娯楽となるとは知るはずもなかったのです。

1954A.D
アメリカ合衆国はメリーランド州に住むチャールズ・ロバートという青年が、「TACTICS」というシンプルな名前の、史上初のボード・ウォーゲームを出版しました。ここに商業ウォーゲームの歴史が始まります。もちろん彼自身、それを日本人がプレイするとは思ってもいなかったでしょうが。

1981〜82A.D(黎明期)
某日。池袋PARCOで開催されたポスト・ホビー主催のウォーゲーム・コンベンションで、3人の恐れを知らない若者が出会い、その日のうちにIMMELMANNが結成されました。はじめは会員個人の自宅を会場に例会を行っていました。
当時人気があったゲームは、Air War(SPI)、Taskforce(SPI)、Swords and the Stars(SPI)、3rd Reich(AH)、Victory in the Pacific(AH)、Panzer Blitz(AH)など。当時の会員数は6名程度、平均年齢は16歳でした。

1982〜85A.D(第1期)
会長が千代田区九段下のマンションに住み始め、月例会とは別に、彼の自宅で毎週末、徹夜のゲームが行われるようになりました。1Kの部屋に最大で12名が宿泊した記録もあります。会員たちがまさに「ゲーム漬け」になっていた時期でした。
当時人気があったのがAsteroid(GDW)、Starship Troopers(AH)、Civilization(AH)、戦国大名(EP)、D-Day(EP)など。加えてグラス、ククという二大傑作カードゲームも大流行しました。
また、このころクラブ内にD&D旋風が巻き起こり、ウォーゲームのメンバー確保に支障が生じたため、例会でのRPGのプレイが禁止されました。
1984〜85年の夏には、黒姫高原への1週間に及ぶ合宿旅行が実地されました。学生という身分を謳歌した贅沢な企画で、みなゲームもせずにリゾートしていたのです。会員数は10名を越えました。

1986〜90A.D(第1停滞期)
活動の中心となっていたメンバー数名が大学生(または自衛官)となり、充実した健全な学生生活を送るようになったため、例会でのゲームが低調になった時期です。気力と体力を要するウォーゲームは敬遠され、カードゲームやファミリー・ゲームが幅を利かせました。
それでも、この期間にあたる1987年に、アメリカからの留学生を含む8名により、Fire in the East(GDW)という巨大なゲームが1週間かけて行われました。このころ会員数は現在とほぼ同じ15名程度になりました。
この当時人気のゲームは、3rd World War(GDW)、6th Fleet(VG)、Cold War(VG)、Dune(AH)など。

1991〜1997A.D(第2期)
甘い大学生活も自衛隊生活も終わり、メンバーたちは再びウォーゲームに帰ってきました。このころから、合宿は規模は縮小したものの毎年行われるようになり、例会への参加者もコンスタントになってきたのです。
また、ウォーゲーム以外にも、メンバーによるスキー合宿が毎年正月に開催され、毎月ラジコンカーのレースが行われるなど、活動は活発化しました。
合宿で行われたゲームはOperation Typhoon(SPI)2回、The Last Gamble(HJ)、Advanced Squad Leader(AH)、Napoleon at Leipzig(OSG)、EuroFront(Columbia)、Hell's Highway(VG)。人気のゲームはASL(AH)ですが、ゲームの点数が増え、同じゲームを繰り返しプレイすることが少なくなった時期でもあります。

現在
いつのまにか17年が経過。ここまで毎月欠かさず例会を行い、会誌を発行しては休刊にしてきました。この年、IMMELMANN史上初めて会費を徴収することを決定。会員たちは、ちょっと本格的なクラブになったような錯覚に酔いしれたのです。新会員も増え、また例会にほかのクラブのかたが遊びにきてくれるようになり、活動は充実しています。
ボード・ウォーゲームというホビーが忘れ去られようとしている現在、わたしたちは、今も元気です。


ボード・ウォーゲームってなに?
 ボード・ウォーゲームは歴史上、あるいは空想上の戦いを、ゲーム盤とコマを使って追体験するゲームです。
ウォーゲームは100年ほど前にドイツ陸軍参謀本部が発明し、作戦立案や演習に利用していました。ドイツに兵学を学んだ旧帝国陸海軍も、太平洋戦争中このウォーゲームを活用していたのです。
一方、一般民衆の間には、錫でできた兵隊人形とジオラマを利用した「ミニチュア・ウォーゲーム」が行われていました。
ボード・ウォーゲームは、1954年にこれら軍と民間の2つの流れが合わさるかのごとく、突如誕生したのです。
日本では1970年代中期に玩具店を通じて輸入され人気を博し、1985年ごろまで流行しました。アニメや日本史を題材にした国産のゲームも数多く出版されたのもこのころです。
現在、コンピュータの普及やRPGそしてMAGICへのユーザの移行、高年齢化などにより、ボード・ウォーゲームは衰退しつづけています。いま、ウォーゲームは「マイナーだが熱烈な固定ファンのいる地味な趣味」という地位を獲得しているようです。


IMMELMANNの由来
わがクラブの名称であるIMMELMANNは、第1次世界大戦中のドイツの撃墜王マックス・インメルマンに由来します。クラブ設立当初、メンバーの間で流行していた空戦ゲーム『エア・ウォー(SPI)』において、劣勢を一気に挽回できる「必殺技」であったインメルマン・ターンというルールを、プレイヤーはこぞって利用しました。そこでクラブ名もIMMELMANNとなったわけです。決して、仲間内に第1次世界大戦のマニアや、インメルマン個人のファンがいたわけではありません。


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