今月の一首
今月の一首
        江國凛

「たすけて」と言えばあなたは会いに来てくれるだろうかくれぬだろうか 俵万智

作者は今や中学生の教科書にも載っているような、現代の大衆歌人と言うべき方である。口語を多用し、文法等で読み手が立ち止まることは少ないだろう。
さてさてこの歌は「たすけて」という語がキーになっている恋の歌である。「たすけて」といえば最近では飯田有子氏の「たすけて枝毛姉さんたすけて西川毛布のタグたすけて夜中になで回す顔」を思い出す方もあるかもしれない。
この「たすけて」というセリフは相手を必要とする。緊急の場合以外は特定の人物であることが多い。俵氏の歌では「あなた」であるが、この「あなた」と主体との関係は助けを求めても来るか来ないかわからないほど危ういものである。私はこの歌の「たすけて」は電話を使うことを予定していると考えるが、これが現在ならどういうシチュエーションになるだろうか。
この歌は1991年上梓された「かぜのてのひら」にふくまれるもので、パソコンや携帯電話もそれほど普及していない時期の歌である。「たすけて」が相互間でしか成り立たなかった時代と違い、メールや携帯のワンコールなどを使えば、こちらからの意識を一方的に相手に送り届けることができる。「たすけて」と送って、たとえ来てくれなくても「相手がメールを見なかったからかも」と逃げ道を作ることができる。関係は希薄になったのではなく、増えた回線を簡単に切れるようになっただけだ。居場所を知られたくなければ電源を切ればいい。お互いの顔を見ないまま、永遠のお別れもできる。
「たすけて」は相手の気持ちを推し量るためのツールに過ぎない。この言葉にリアクションがあるかないかが重要なだけなのである。省エネルギー、省コスト、「たすけて」は間違いなく進化した。そしてそれは限りなく急速で、かつ怠惰な進化なのだ。しかし迂回経路がどれほど増えようと、最短距離でしか届く価値のない言葉だってあるのではなかろうか。「たすけて」という語はそんな言葉のうちのひとつに違いない。この歌はそのような他者との距離を測るためのツールとしての言葉のちからを感じることができるものとなっている。
夜道で助けを求める時には「たすけて」より「火事だ」と叫ぶほうがいい、なんていう話も聞く。「夜中になで回す」距離にいる人物なら、こんな重い言葉を受けとめられるのだろうか。心の最短距離を測るにはまだまだ修行が必要である。

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