ほしのささやき
  ロシア詩コーナー
  ☆ほしのささやき☆
                  大月晶子

なにを唸るか 夜の風よ?
なにをそんなにもの狂おしく嘆くのか?…
なにをお前の不可思議な声は語るのか
或いは低くかなしげに あるいはざわめきつつ?
こころには解ることばで
おまえは不可解な苦しみについて繰り返しかたる
そしてこころを掘り返し 掘り起こす ―
それは時には激烈な響きだ

おお、そんな恐ろしい歌どもを歌わないで
蒼古のカオスを ふるさとなるカオスのことを!
なんと貪婪に夜のたましいの世界は
気に入りの物語に耳を傾けることか!
その世界ははかなき人の胸よりもがき出て
果て無きものとひとつになろうと渇え望む…
おお、眠り込んだあらしを呼び覚まさないで ―
その下には カオスが蠢いているのだから!
(1831-1836)フョードル・チュッチェフ

無底(UNGRUND)という言葉がありますが、この詩はまさにそれを彷彿とさせます。ボードレール以来、西欧においてしばしば語られてきた深淵の感覚というものを、イスラーム哲学の世界的権威である井筒俊彦は、チュッチェフのなかに見出していました。神秘家たちが言う「照明(illuminatio)」とは正反対の、下方へ、深淵へと向かう無限性の感覚、エチエンヌ・ジルソン言うところの「下方への脱魂(エクスタシス)」の感覚を、チュッチェフははじめから持って生まれました。その深淵の感覚、否応無しに深淵に魅せられ無底を覗き込もうとせずにはいられない抗い難い欲望が、彼の人生を害い、それ以上に彼に愛され、彼を愛した女性たちを苦しめ、破滅へと突き落としたのか…真にデモーニッシュであるとはこういうことかと思わずにはいられません。剥き出しの自然の姿、カオスを、古代ギリシア人は、悪、醜悪として捉えていましたが、チュッチェフはそこにおそろしい底無しの魅惑と美を見ました。古い貴族の家に生まれ、外交官として壮年期の大部分を西欧で過ごし、フランス語で執筆し、ロシア語をまったく解さない2人のドイツ人の妻を相次いで娶り、死に臨んではフランス語以外理解できなくなっていたという、典型的なロシア上流貴族のエリートであるチュッチェフはまた、誰よりも深く激しく暗いロシアの魂の謎を、身をもって生きた詩人でもありました。

キリスト教神学には、肯定神学と否定神学と呼ばれるふたつの流れがあります。肯定神学とは、神の存在を肯定的手法によって論理的に証明しようとするもので、否定神学はその逆に、神はすべてに超越した存在であるから、肯定的手段による認識は不可能であるとして、次々と撞着語法を用いて神を言い表そうとします。光り輝く闇、神の暗黒、神の深淵、神の沈黙、神の非在…この流れは、とうぜん神秘主義へと連なるものです。神秘主義とは、言葉によらない、直接的な神認識を目指す宗教態度です。カトリックには、教義神学と神秘神学のふたつがあり、教義神学はトマス・アクィナスを頂点とするスコラ哲学的、合理的な神の存在証明をもっぱらとするものです。神秘神学は、とうぜんながら常人の選ぶ道ではありません。そこでは、カリスマ(霊能者)と呼ばれる特殊な能力を持ったひとたちが、神秘体験によって直接神を体験します。反宗教改革時代の、十字架の聖ヨハネ、聖テレジアがもっとも有名で、この時代のバロック様式の、華麗にして法悦的な絵画や彫刻でご存知の方もおおいと思います。井筒俊彦は、すべての神秘主義は東洋に発していると言います。言うまでもなく、インドのヨガ、イスラームのスーフィズム、仏教の禅などもそうです。
ラウスの「キリスト教神秘思想の源流」には、キリスト教神秘思想は東方教会起源であるとあります。「神秘神学」のディオニシウス・アレオパギテスやオリゲネス等、古代教父たちの、思弁より祈りと瞑想を重視する信仰態度は、東方教会に受け継がれました。それはエジプトで発展し、中世ギリシアのビザンツ帝国を経由してロシアへと流れ込んでゆきます。ドストエフスキーの作品中に出てくるゾシマだのチーホンだのは、こうした流れを汲む聖人像です。ギリシアにあるアトス山は、ロシア人にとっても最大の聖地で、黒海沿岸には、新アトスという、アトスを模した聖地まであり、おおくのロシア人の巡礼の地になっています。またロシアのイコンは、ギリシアのイコンをお手本としています。
東方キリスト教には、神人共働説という考え方があります。西欧キリスト教の主流が、神と人とを隔絶した存在として、アガペーたる愛がつねに神から人へと下され、人は神の恩寵によってのみ救済を得るという考えであるのに対して、東方教会では、愛は神より下されるばかりではなく、人から神への上昇的なエロースたる愛によっても強められ、神と人との相互的な働きによって、救済は完成すると考えられています。この、エロース的な愛、激しく恋焦がれる神秘的な愛の諸相は、スーフィズムの詩人たちによって、繰返し描かれているものと本質的に同じです。薔薇に恋して心臓を薔薇の棘で刺し貫き、からだ中の血が失せはてて死ぬまで歌い続けるナイチンゲール、燃えさかるほのおに向かってまっしぐらに飛び込んでゆく蝶などのヴィジョンを用いた、陶酔的で甘美な愛の認識、これは西欧キリスト教世界の本来の伝統にはない、東方的な神への愛の捉え方です。そもそも、聖書、とりわけ旧約聖書には、神と人との関係をあからさまに恋人や夫婦の愛にたとえる箇所がいくつもあります。ホセア書では、神と人との関係は、寛大な夫と、その夫を裏切って他の男に奔り、後に悔いて夫のもとへと戻る不倫の妻にたとえられています。「雅歌」に関しては、言及するまでもないでしょう。

フェートを研究している間ずっと、彼の詩情はなんだか日本的だ、とりわけ古今集の世界に似ている、という漠然とした印象を持っていましたが、後になってそれは、フェートに限ったことではなく、ロシアの詩情の西欧詩との違いとも関連づけられるのではないか、と考えるようになりました。その原因は、自然と人間、神とこの世界との隔絶のなさといった、宗教観、自然観、世界観の違いから来るのではないかとおもいます。
ロシアには、純粋な哲学は存在しないと言われます。思想家といわれる人は多くいますが、それもまた、たとえばドストエフスキーに代表されるように、まず第一に文学者です。宗教哲学者のソロヴィヨフに関して、セルゲイ・ブルガーコフ神父は、その詩を理解しなければ、彼の思想も決してわからないと断言しています。井筒俊彦が看破したように、ロシアにおいては、観念とはけっして抽象的な思弁ではなく、血と肉を持った、生きた、なまなましい現実です。哲学とは、思索することではなく、まさに、「生きる」ことそのものです。わたしは当初、ロシア宗教思想の研究をするつもりが、適当な指導教授が見つからないという理由で、なりゆきから詩の研究にずれ込んだだけだったのですが、今にしておもえば、文学研究の素地なしに宗教思想の研究はできなかったと思います。

さいきん、フェドートフの「宗教詩」という著作を読みました。ロシア民衆の信仰を、盲目の放浪詩人たちが伝えたふるい宗教詩のうちに探ろうというものです。それによれば、ロシアの民衆にとって聖母マリアは、古代異教の大地母神、母なる大地と重ね合わされており、彼女は聖処女ではなく常に母として信仰され、それは自然そのものとして、神の母として、従ってあるときは造物主としてさえ捉えられているといいます。つまり、ロシア人にとって、自然は、西欧のキリスト教の伝統におけるような支配する対象としてではなく、苦しむ息子である人間を癒す母として、慰め手として、苦しみと涙をとおして永遠の美を開示するものとして捉えられているのです。自然の美しさは、母の清らかさ美しさ、広野の美であり、そこに人間と神、人間と自然の乖離はなく、ひとは神の母の子として、地上においていつか神の人となる存在として捉えられています。ロシアには、ソフィア(神の叡智)思想というものがありますが、これもやはり、母なる大地の信仰と繋がっているようです。ソフィアは、神の叡智であると同時に自然であり、永遠に女性的なるものの顕現であり、人と飽くまでも苦しみを共にする存在であると考えられています。キリストはそうした自然の息子なのです。
チュッチェフには、ロシアの貧しい村村を、十字架を背負ったキリストが僕(しもべ)のすがたで巡礼してあるくという、有名な詩があります。ロシア人は、ロシアの自然の剥き出しの貧しさのなかに美を見出し、その過酷な北国の無限の広野をさまよう貧しい巡礼として、キリストを捉えていました。雪のキリスト、果てしなき北の大地に生きる、最後の審判を告げるパントクラートル(全能の神)としてのキリストが、ロシア人にとってのキリストです。
イコンに関心を持つひとは多いと思いますが、こうしたロシア人の信仰、ロシアの大地と自然に根差した、母なる大地の崇拝を思い起こすことなしに、あのマリア像の、時を超越した静謐な美しさを理解することはできないでしょう。神は各人に各様に語るというようなことを、エマニュエル・レヴィナスは言っていたと記憶しています。ロシア語が堪能だった彼の信仰観のうちには、ドストエフスキーなどロシア人作家たちの影響も大きいと思います。

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