Episode2 恋のイントロダクション
さて、Episode1で、「私は、ほのぼのとした雰囲気にすっかり騙された」と記した。それはそうである。どう考えても、このマンガのストーリーの行く先は何時終わるとも知れない(というか、全部読んでから分かったことだが、星が滅びるまで終わることがない)気が狂いそうな殺戮と戦いの日々なわけだから。
でも、忘れてはいけない。それらの戦闘は、この物語の背景であり、いわば刺身のツマみたいなものであるということを。
あくまでも、ストーリーの柱は、ちせとシュウジの恋物語である。それ自体は、ちせが最終兵器であることをシュウジに知られた後も何ら変わっていない。
感動できるドラマの条件ってって、マンガの条件って、小説の条件って、一体何だろう?
一言で言いきるのは難しいだろうが、その一つとして、「感情移入がしやすい作品」を挙げても、異論はないだろう。。
感情移入しやすい作品の条件は2つ。「キャラクターの心情がしっかり描かれていること」「描かれている心情に共感できること」で
ある。彼女が兵器だというとんでもない非日常的な設定の中においても、とりあえず、シュウジとちせは、「恋に恋する」段階から、徐々にお互いの気持ちを確かめ合い、深め合い、そして物語の発展とともに、「愛とはなにか」という根源的なものに進化、深化し、最後に結ばれていくわけである。
いきなり「愛とはなにか」と最上段に構えられると息苦しくなる。そもそも、難し過ぎてつまらない。でも、誰もが通ってきたであろう(私はそのレベルから卒業していないが(^^;;;)、「恋に恋する多感な気持ちの季節」は、物語の導入部分としてはとても分かりやすく共感しやすい。
「サイカノ」の成功の一因として、この導入部分をしっかりと描き、読者を「サイカノワールド」にぐっと引き込む、いわば「つかみ」の部分が秀逸だったことが挙げられるのではなかろうか。
登場人物のうち、シュウジに関しては、上記の感情移入しやすい条件を2つとも完璧に備えている。だからこそ、無理なく自然に、シュウジに感情移入ができ、この物語を楽しむことができた。ただし、感情移入し過ぎて、かなり重い辛い気持ちになりながら、マンガを読み進める羽目に合ってしまったのだが。もっとも、これは、しん先生としてはしてやったりというところではなかろうか?
シュウジの心情で、共感できる部分をちょっと列挙してみると
・「つきあう」っていったいどーすりゃいいんだ?
(1巻16ページ。永遠の悩みですよね)
・ちせはどこがよくて、ぼくとつきあってるんだろう…
(1巻22ページ。相手が告白されると予想さえしていなかった可愛い子なら尚更ですよね)
・ずっと部活の仲間とつるんできたから、ちせに対していい言葉がでねえんだ…きっと
部の女とはふつーに話せるんだし…
こんな不器用なのは世の中でぼくだけかもしんねー…
(1巻23ページ。少なくとも、私だってそうですよ、シュウジ(^^)/)
・こっ、こんな時くらいなんかいーこと言いたかったんだ。
交換日記のあんなひと言で終わりたくねーんだ
(1巻99ページ。自分の気持ちをどう伝えるのか、言葉を選ぶのって本当に難しいですよね)
…と枚挙にいとまがない。きりがないので、いい加減このあたりでやめておこう。
もちろん、ちせの心情表現に関してもその点はまあしっかりとしているのだろう。ちせの言っていること、思っていることも理解はできるし、疑問に思ったりケチをつけたりする気はない。ま、ちせについては、言いたいことがちょっと複雑なので、いずれまたゆっくりと語ることにしよう。
また、本編の中では決して大きくはクローズアップされないが、シュウジの腐れ縁的な存在(←この立場ってすんごい微妙ですよね。10代後半の恋愛シーンでは特にね)で、ちせにシュウジに告白するように勧めたアケミの存在も気になる。勘のよい方なら、1巻121ページの表情を見れば「本当はアケミはシュウジのことが好きなんでしょ?」と気付いていることだろう。いや、ひょっとすると、気付かない人は鈍いかも? 私はもちろんちゃんと分かってましたよ。伊達に31年生きてませんから(笑)ただし、気付けた理由としては、「いいひと。」の野島はる子など、私がこの系統の顔が好みで、気になっていた子だったから、注意深く見守っていたということも挙げられるのだが(^^;;;
それを踏まえて読んでいると、1巻127ページの「あんたにかわいげ見せてなんのトクがあんのよー。あんたはちせにだけもててりゃいーの」という台詞といい、その後の頭ぶつけといい(笑)、2巻57ページからの一連の“母性本能発揮”シーンといい、シュウジとの微妙な距離感に揺れるアケミの姿は、見ていてちょっと胸が痛むものがある。本当は自分から好きといいたかった。付き合いたかった。でも…という、10代ならでは(別にその上の年代にない話だ、とまでは言いませんが…)の微妙で複雑な恋心がきちんと描かれていることに、ノスタルジーなり、共感なり、いろいろな思いを読者に与えてくれている。
さらに、その複雑な心境は、5巻53ページ以降の、“アケミの遺言”のシーンで、シュウジと読者に明示される。自衛隊入隊を控えたアツシに告白されて、アツシには自分の中の胸中をすべてさらけだし、(アツシはもちろん、アケミの気持ちを分かっていた上で、それでも敢えて告白に踏みきっている。4巻7ページ参照)でも、結局彼に体を許してあげたこと、付き合ってあげたことなどが、死を控えて、色々な意味でピュアになったアケミから語られていくシーンは、読んでいて何かこみ上げてくるものが多い場面であった。
最後に、1巻113ページの言葉についてひとこと
笑ってもいいです。
ほんとは、もっとこの星の人にとって重大な問題を、
ただ不器用に前向きに、
恋愛なんかの問題にすりかえて生きていこうと決めた…
ぼくたちのことを
「笑ってもいいです」と言ってはいるが、貴方はこの2人のことを笑えますか?
私は共感はできても、笑うなんてとてもできません。
たぶん、同じように、こうやって生きていくことでしょう。
でも、それはすりかえとかそういう問題ではないでしょう。だって、世界がどんな情勢になろうとも、人は1人じゃ生きていけないし、だれかと一緒につながっていたいという思いに、時代も国籍も文化も、いや、それ以前に人間とほかの生物の間にでさえ、違いなんてあるんでしょうか?
この星の人にとって、一番重大な問題。「サイカノ」にとってのメーンテーマ。それは、やはり「いかに恋愛に生きていくか」だと思います。それ以上重大な問題なんてないでしょ? 政治だって経済だって…そのほかすべての社会における事象も、すべて「恋愛をまっとうするために必要だから」一所懸命考え、問題を解決していくものだとさえ思っていますよ。私は
執筆 2003年1月3日