第26巻巻末言より

 風評被害について、理解してもらえる範囲で引用します。漢数字を洋数字に直すなど、一部、内容を変えない程度に改変しています。風評被害と関連性が薄い部分は割愛しますのでご了承ください
(前略)
 3月3日の水曜日、午後4時頃、最後のゆーじと妙子を描き終えました。(中略)ちょうど同じ桜の季節に始まったこの作品が6年もの間、皆さんを始め、スタッフや編集部、妻、製版所、印刷所、編集スタジオ、デザイナーさん…たくさんの方々に支えられ、大団円を迎えることが出来たこと、本当に嬉しく、恵まれていたなあとぼんやり想っています。終了を決めてから2年もかけて、なんとか言いたいことを描き切ろうと四苦八苦してきましたが、力が及ばないことも多く、充実していたと同時に、漫画を描くことの難しさ、厳しさを感じた6年間でもありました。
 去年の11月に連載が終了してから4ヵ月もかけた新たに200ページくらい…実質は単行本の2冊分約400ページぐらい描き上げ、「」を完結させました。真理子さんの言葉で言えば思い出にしたということでしょうか?
 原稿料は出ないのでただ働きです(笑)
 連載終了を決めたときにも思ったのですが、今こうしてこの時間を一緒に楽しく過ごしてくださる方に喜んでもらいたくて描きました。のんびりと楽しんでもらえたら嬉しいです。
 本来の形より単行本1冊分増やしてしまうという、あいかわらずバカみたいなことをやっている私に、文句一つ言わず明るくついてきてくれたスタッフにも、ありがとうと言いたいと思いながら、ビールを飲んでたりしています。
(中略)

 正直に言うと終了を決めた直接のきっかけは、テレビドラマ化でした。

 テレビ局の方にドラマ化の許可を出すための条件の中に、ゆーじと妙子だけは変えないこと、という一文がありましたが、多くの方が感じたように、
ゆーじは変え「られて」いました

 私はもうこれ以上わたし以外の誰にも変えられずに、読者の中の「」を守ること、そして同時に多くの読者の方に切ない思いをさせてしまった、その漫画家としての責任として私の生活の収入源を止めること、その2つを考え連載を終了させようと思いました。
 このことはドラマの制作発表直前にゆーじと妙子の名前はドラマでも変えないで使うことを許可したときに決めていたことだったのですが、決して作品を描くことを放棄したわけではないということは、終了を決めてから描ききるまでの2年間の「」を読んでくださった皆さんにはわかっていただけると信じています。

 テレビドラマを気に入ってくれていた方はごめんなさい。私は第1話目しか見ていないんです。でも、ごく一部のひと以外のドラマスタッフの方々の、良い作品を作ろうとの思いに対して、またその結果うけられた多くの視聴者の方々の支持には心から感謝しています。また、一部の週刊誌で報道があったようにテレビ局との間にいざこざがあったわけではありません(笑)
 最初に約束があり、結果的に約束が守れなかったから、約束通り原作を降りた。それだけのことだったんです。
 関西テレビのプロデューサーの方から読者の方に対して、「現場が走りすぎたのを押さえることが出来ませんでした。申し訳ありません」との謝罪の言葉も編集部を通してうけとっています。

 重ねて、一番の責任者である、私からもお詫びいたします。
「皆さんと創った大切な作品を守れなくて、申し訳ありませんでした。」
(後略)
平成11年春 高橋しん
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