IT'S PYTHON TROUPE

モンティ・パイソンって誰?

経歴やグループ内での役回りなど、雑誌等でもよく紹介されていることが中心ですが、98年9月のNHKでの放送を機に、多くの人に彼らを知ってもらいたいと思い、自分なりにまとめてみました。98/08/28記


MONTY PYTHONは一人の男の名前ではありません。1969年にスタートしたイギリスBBCテレビのコメディ番組"MONTY PYTHON'S FLYING CIRCUS"(空飛ぶモンティ・パイソン)のために、当時売り出し中の若手コメディアン兼コメディ・ライター6人で結成されたグループです。「モンティ・パイソン」というときは、この6人の男たちとその作品を指します。また6人それぞれを、「パイソン」、6人合わせて「パイソンズ」と呼ぶこともあります。日本では「モンティ」とか「モンパイ」という呼び方もありますね。画像をクリックすると1998年の各人のポートレイトにジャンプします(残酷?)

グレアム・チャップマン(1941/1/8〜1989/10/4)

 イングランドのミッドランド州・レスターの出身。ケンブリッジ大学にて医学を修める傍ら、長い伝統を持つ同大学のコメディ・サークル「ケンブリッジ・フットライツ・クラブ」で、学生演劇活動。医師国家資格を取得するも、コメディの道を選択し、モンティ・パイソンに参加。
 ジョン・クリーズとは学生時代からの友人及びシナリオ執筆のパートナーで、二人は主に言葉にこだわったギャグ(verbal gag)を好んで書き、「死んだオウムのスケッチ(コント)」などの名作を生み出した。軍人や医者などの権力側の人間を演ずるのを得意とし、また一方、ヒゲの政治家なのにピンクのドレス、といったオカマっぽいキャラクターも特徴の一つ。ジョンとはまた違ったタイプのキレる芝居、相手を罵倒するセリフもいい。映画作品「ホーリー・グレイル」のアーサー王、「ライフ・オブ・ブライアン」のブライアンなども印象深い。
 「空飛ぶ」以降の個人プロジェクトでは"The Odd Job"(日本未公開、ビデオ未発売)や「チーチ&チョン イエロー・パイレーツ」などがあるが、世界的なヒット作には恵まれなかった。
 私生活はアルコール依存症との闘いや、自身のホモセクシュアルの公表、「ゲイ・ニュース」の発起人に名を連ねるなどの活動、およびゲイカップルである彼らが養子(といっても小さな子どもではなかったのですが)を迎えるなど、ラジカルで波乱に富んでいた。そして、1989年10月4日、脊椎ガンにより帰らぬ人となる。奇しくもパイソン結成20周年の前日であった。
 デビッド・シャーロックという男性がその恋人だが、グレアムと十数年も生活を共にし病床の彼を看病した、人生の伴侶とでもいうべき間柄だった。グレアムの遺灰はシャーロック氏が大事に持っており、パイソンの節目節目の記念イベントには骨壷の姿で出演している。死んだ後もみんなを笑わせることが出来るなんて、凄く素敵なことだと思う。


ジョン・クリーズ(1939/10/27生)

 イングランドのサマセット州出身。子供時代から長身ゆえにアウトサイダーになりがちだった彼は、「人を笑わせること」で、孤立を回避しようとしたという。高校卒業後、2年間の教員の仕事で学費を貯め、ケンブリッジ大学へ進学、法学を修め、弁護士資格も取得。フットライツ・クラブでグレアムと出会い、一緒にギャグ執筆を行うようになる。
 「議論クリニック」などの会話の応酬で爆笑を生み出すギャグを好んで書いたが、一方、「ラマの歌」「バカ歩き省」などのバカバカしくナンセンスなパフォーマンスも得意。嫌みな役人、ファシスト、あるいは奇人変人に翻弄される相手役(straight man)まで何でも軽くこなす、6人の中でも飛び抜けた演技者。「空飛ぶ〜」がマンネリ化を迎えたときに一番早くグループを抜けたのがジョンでもあった(第4シーズン、通算40話〜45話にはジョンは不参加)。
 「空飛ぶ〜」以降の個人プロジェクトでもヒットを飛ばす。特にTVコメディ「フォルティ・タワーズ」、映画「ワンダとダイヤと優しいやつら」が評価が高い。ディズニー映画「ジャングル・ジョージ」の声優をしたときは4日間の仕事で305,000ポンドのギャラを受け取ったという、それぐらいの大スター、コメディ界のVIP。シリアス映画への出演も多い。
 私生活では3度の結婚を経験(最初の妻はパイソンでも共演している女優コニー・ブース。現在の夫人は精神分析家)。娘のシンシアは、「ワンダ〜」や「危険な動物たち」で共演している。


テリー・ギリアム(1940/11/22生)

 アニメーションを担当したテリーG。画面に出てこない人がギリアムと覚えるとよいでしょう。アメリカ合衆国ミネソタ州出身。カルフォルニア州のオキシデンタル大学では、政治学を専攻。大学時代はユーモア雑誌の編集に情熱を注ぐ。卒業後はニューヨークで雑誌"Help!"に携わる。この仕事がきっかけでジョンと知り合う。60年代半ばロンドンへ渡り、ジョンの紹介でイギリスのテレビ界へ。テレビ番組の似顔絵イラストレーターなどを経て、モンティ・パイソンに参加。
 番組ではアニメーションを担当。クリーズ達はスケッチから安易なオチ(punch line)を排除したため、次のスケッチへのつなぎをギリアムのアニメーションが果たすことになる。スケッチAの最後とスケッチBの頭の全く異なったイメージやキーワードを結びつける、シュールで個性的なアニメになった。アニメ製作はテリーGが一人で担当、古典絵画や古い写真の切り抜きコピーが彼の机の引き出しには大量にストックされていた。スケッチの方にはときどき端役で登場。「スペイン宗教裁判」での「安楽椅子?」は名台詞?
 「空飛ぶ〜」以降はパイソン映画の監督(ジョーンズと共同監督)もしたが、1985年の「未来世紀ブラジル」がカルト的なヒット。その後「バロン」「フィッシャー・キング」「12モンキーズ」などの監督作は日本でもよく知られているだろう。現在のところの最新作はジョニー・デップの「ラスベガスをやっつけろ」。
 私生活ではパイソンのメイキャップ・アーティストだったマギー・ウェストンと結婚。娘の一人ホリーは、「ブラジル」にちょっとだけ出演していた。


エリック・アイドル(1943/3/29生)

 イングランドのダラム州出身。父を早くに亡くした彼は全寮制の学校で少年時代を過ごす。ケンブリッジ大学に進学し英語学専攻の傍ら、フットライツ・クラブで演劇活動。卒業後、放送界での仕事を開始。
 「空飛ぶ〜」での彼の持ち味もまた、ケンブリッジの二人の先輩ジョンとグレアム同様verbal gagだが、会話の中から笑いが生まれるというより、専らエリック一人が一方的に奇妙なトーク・パフォーマンスを繰り広げるのが特徴。「旅行代理店」などの過剰かつ無意味なおしゃべりはもちろん、「ミー、ドクター?」「アナグラムで喋る男」など文法や単語まで破壊しており、相手役は怒ったり悩んだりするというよりは、ついて行けない…そんな空回りする男を好んで演じていた。もう一つの持ち味は音楽の才能で、"money song"などのコミック・ソングを数多く作詞作曲している。映画「ライフ・オブ・ブライアン」のエンドテーマである彼の曲"always look on the bright side of life"は、90年代に入ってからリバイバル・ヒットとなりチャート一位も記録した。また、6人の中で唯一若い女性役も似合う。
 個人プロジェクトではビートルズ伝説のパロディ「ラトルズ」が世界的ヒット。エリックのイギリス音楽界の幅広い人脈のおかげでジョージ・ハリスンやミック・ジャガーまで出演する豪華作品に仕上がった。そのほかには主に役者としてテリーGの「バロン」や、「ナンズ・オン・ザ・ラン」「キャスパー」など多くの映画に出演している。最近ではエリックが自身著作の児童文学を朗読したCD"The Quite Remarkable Adventure of the Owl and the Pussycat"が第44回グラミー賞にノミネートされた。
 私生活では2度の結婚を経験、現在の妻タニアは「ラトルズ」に少し顔を出している。来年のパイソン30周年公演の言いだしっぺはどうもエリックのようだし、オフィシャルサイトPythOnlineにも熱心な様子。


テリー・ジョーンズ(1942/2/1生)

 北ウェールズ出身。オックスフォード大学で中世英文学を専攻。同大学一年後輩のマイケルと組んでシナリオを執筆し、学生演劇活動に熱中。「オックスフォード・レビュー」という公演はケンブリッジ同様アマチュアながら高い評価を受けている。卒業後、放送界へ進み、「空飛ぶ〜」に参加。
 ここではオックスフォードの特徴と言われる視覚的ギャグ(sight gag)やシュールな作風のスケッチ、例えば「男の生き甲斐は人前で服を脱ぐこと」や「サイクリング・ツアー」などにこだわりを見せた。役者として印象的なのはやはり"pepper pot"と呼ばれる一連のキイキイ声のおばさん役や、オープニング・キャラクターの一つである「裸のオルガン弾き」。攻撃的な役が多いジョンなどに比して、いじめられ役というか弱い役が多いのも特徴。「空飛ぶ〜」がマンネリ化を招き、第4シーズンを製作すべきか否かという話になったときには、テリーJが一番強く継続へのこだわりを示したという。おとなしそうなルックスからは想像しにくいが、すぐに感情的になる性格で、番組の企画をめぐっては正反対の性格のジョンと時に激しい論争になったと聞く。が、実はテリーJこそが一番ジョンを必要としていたのかもしれない。
 パイソン長編映画三部作では監督を担当。以後は中世史の研究書を執筆したり歴史ドキュメンタリー番組を制作したりする一方で、児童文学作家として高い評価を得る。自身の絵本を映画化した「エリック・ザ・バイキング」などの監督作品や、ジム・ヘンソンに脚本を提供した「ラビリンス」などもよく知られている。
 夫人は科学者で、彼女がBBCで学生アルバイトをしているときに知り合った。


マイケル・ペイリン(1943/5/5生)

 おそらく日本のファンの間で人気ナンバーワンのマイケル。ファミリー・ネームは日本語記事では「ペリン」「パリン」と表記されることが多いが、「ペイリン」が一番英語の発音に近いと思うので、このサイトではこう書いておく。ヨークシャー州出身。オックスフォード大学で歴史学を専攻。一年先輩のテリーJとコンビを組んで学生演劇活動に力を注ぐ。
 「空飛ぶ〜」でもテリーJと共同でシナリオを執筆。マイケルはオールラウンドに役者として活躍し、画面への露出もジョンに次いで多い。何をやらせても上手だが、「結婚カウンセラー」のアーサー・ピューティのような間抜けな善人役、「ガンビー」のウスノロ演技などが光る。人なつっこうそうな、パイソンズの"nice one"と呼ばれるキャラクターを武器に、「ブラック・メイル(脅迫状)」や「偏見の時間」などの毒性の強いネタを演じても何となく憎めないお得な人。また、例えば「バカ歩き省」で控えめにバカな歩き方を演じたりするのを見ると、共演者を立てるのが非常にうまい人だとわかる。そのせいか、ファンのみならずメンバー間でも人気者で、学生時代からの相棒のテリーJ(テレビコメディ「リッピング・ヤーン」を共に製作)は勿論、ジョンやテリーGの個人プロジェクトにも引っ張りだこである(エリックの「ナンズ〜」もはじめはマイケルに共演を依頼していたという)。
 「空飛ぶ〜」以後はギリアムの「ブラジル」やジョンの「ワンダ〜」で素晴らしい演技を見せたほか、自身のプロジェクトである紀行ドキュメンタリー「80日間世界一周」(日本では未ビデオ化)などが高い評価を受けている。近年発表された彼の小説"Hemingway's Chair"も好評。
 上の「ワンダ」で吃音の役を演じたことがきっかけで吃音の子供のための支援団体を設立、講演会なども行っている。
 2000年には紀行番組・紀行本での活躍に対して英国王室よりCBE勲章(Commander of the British Empire)を授与される。高校時代からの恋人と結婚、三人の子どもがいる(息子、トムは赤ちゃん時代に「ホーリーグレイル」に出演)。


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