読書ノート:「社長失格」板倉雄一郎

ハイパーネットという広告収入による無料プロバイダー事業を立ち上げ、それを倒産させてしまった人の赤裸々なドキュメントである。 どちらかというと、いわゆるビジネスものとして多少なりとも仕事の参考になれば、というつもりで読み始めたのだが、とんでもなく面白い読み物だった。 ジェットコースタームーヴィという言葉があるが、この本はまさにそれだ。 ベンチャー企業の雄としてもてはやされ、ナスダック上場計画やビルゲイツとの面会など成功の絶頂にのぼりつめ、あっというまに転落し、会社の破産どころか自己破産に至る、その上昇と転落をすごい臨場感で書いている。 文章もうまいし、主人公も非常にアクのある面白いキャラクターで、起承転結があって、人間ドラマがある。 自分の失敗原因や日本の銀行の行動原理などの分析なども、簡潔にして的確なものが随所に盛り込まれている。 これは、内容が全部フィクションであったとしても、エンターテイメントとして十分成り立つ本だと思う。

この文章のうまさは天賦のものかもしれないが、処女作でこれだけのものが書けるということは、すごく頭のいい人なのだろう。 そして、いうまでもないことだが、問題のハイパーネットという事業は恐ろしいほどに時代の先を見通した事業である。 要するに、今はやりの無料パソコンと同じことを、インターネットの本家アメリカより何年も先に思い付いたわけである。 ユーザのパソコンに広告を表示する代わりに、タダでインターネット接続を提供する。 当時の価格では、パソコン自体を提供することは不可能だったが、もし、事業を継続できていたら当然、パソコン自体の無料化という展開になっていたことだろう。 これだけの経営者をささえきれなかった、日本の銀行、日本の経済、日本という文化は、不明を恥じるべきである。

もちろん、本人がこの著書で述べているように、経営者として問題がなかったわけではない。 事業に計画性がない、銀行とのつきあい方を知らない、部下の心を掌握できてない、組織の論理を知らない、欲が深い。 あげていけばきりがない。 本人の記録でこれだけ問題がわかるということは、本人が気がつかない所でもっともっと多くの問題があっただろう。

印象に残るのは、車、女、酒といった生臭いことも、正直に書いていることだ。 ビルゲイツが、このハイパーネットという会社に興味を持っているらしいことを知り、買収や提携の期待と、参入してきてつぶされる恐怖とが入り混じって、混乱したまま帰宅する場面がある。 彼は、愛車で首都高をぶっとばす。

浜崎橋から横羽線を経由してレインボーブリッジへと向かう。世界で一番スポーティなV8は9500rpmで改音を響かせる。 横羽線から11号線レインボーブリッジへの分岐のS字でいったん3速にヒール&トウで減速する。 道は斜め上を向きながら左方向へ大きくねじれる。自ら発した快音が壁にぶつかって再び耳に届く。

まあ、とにかく遊ぶのが好きで、派手な人である。

こういう人がワンマン経営者では、銀行としては安心できないのもわかることはわかる。 しかし、彼は事業がようやく安定して稼働しはじめ月次損益がプラスになった所で、「貸し渋り」に合ってどんどん資金を引き上げられ、あっというまに会社はいきずまってしまう。 その後は「ナニワ金融道」の世界である。 個人保証を強要され、そのために自己破産を余儀なくされてしまう。 この破滅ぶりと先見の明のギャップはどういうことだろう。

ミクロに見れば彼個人の責任、失敗であることはわかるが、マクロに見ればやはりどこかおかしい。 これだけのビジョンと実行力と分析力を備えた人が、こういう末路をたどるしかないというのは、どこかおかしい。 何かがおかしい。

彼のビジョンというのは、見ためよりずっと深いものがあるのだ。 インターネットは、社会のいろいろなものを根底からくつがえしてしまうが、広告も革命的に変わるのである。 まず、ターゲットをどこまでも絞れるのである。 テレビや雑誌では、「十代向け」とか「パソコンユーザ」とか、漠然とした読者像しかない。 インターネットでは、顧客にプロフィールを登録させることができれば、どこまででも細かく指定できる。 「静岡県に住む25才から28才のOLで両親と同居していて年収が400万円代、海外旅行経験2回以下」の人だけに広告を見せるとかそういうことが自由自在にできる。 さらに重要なことは、広告の効果をかなり正確に計測できるのだ。 広告をクリックしたら、そのホームページが出る。 そのクリックした件数や率を簡単に記録できる。 うまくやれば、購入に結び付いた割合もかなり正確に判定できる。 「なんとなく、テレビCMの翌日から電話が増えたような気がする」というあいまいな世界ではないのだ。

彼は、インターネットがこういう意味で全く新しい広告媒体であることを世界中の誰より早く見抜き、ボロボロの上げ底でも、とにかく事業化したのである。 たとえ、事業を継続させる経営者としての資質や人格や行動に問題があったとしても、もうちょっとむくわれてもいいのではないだろうか。

彼は、事業の失敗はあくまで自分の責任であるとして、事業の将来性をまったく評価しない銀行や、組織の中でしか動けない企業人や、そういう限界を越えられない日本の文化、経済システムを一切批判していない。 少なくともこの本を読む限りは、非常に潔い。 淡々とあっさりと、事実を書き連ねて行くだけである。 しかし(彼が意図していることではないのだろうが)その事実こそが、この日本に対して痛烈な批判となり警鐘となっていると、私は思う。

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