インサイダーとエイリアンしかいない世界

私は某大手電機メーカーの関連会社にいたのだが、そこではトラブルを収拾するのに、課長があやまるか部長があやまるかあるいはもっと上が出てくるか、 そういう所に微妙なランクがあった。 客の方でもそれを充分承知していて「まあ、事業部長が出てきたから今回はこのへんで勘弁してやるか」みたいな感覚があった。 時にはトラブルのレベルの認識が違っていて、こちらが工場長あたりでおさめようと思っても、むこうの方が「本社が出てこないと許さん」とか言って長引くこともある。 しかし、重要なことは「誰それを出したらこれくらいの誠意」という座標軸みたいなものを両者が共有していたこと。 くいちがいはあっても、同じものさしの上で「ここだ」「もうちょっと上だ」とやっているわけで、妥協や折衝は簡単である。

日本の会社には、こういう暗黙の価値観みたいなものがたくさんあって、これを理解すると一人前のサラリーマンとみなされる。 そして、関連会社や下請けだけでなく、客にもそういうことを期待する。 客と言っても法人相手だと、相手も自社内で似たようなことをやっているから、それが通じてしまう。 転職してから、そのメーカーのライバル会社と仕事をしたが、実にこういう感覚が似ているので驚いた。 つまり、社内はもちろん顧客も競争相手もみんなひとつの価値観を共有する環境の中で仕事をしていることになる。 つまり、多くの日本の会社にとっては回り全てがインサイダーであることが普通で、そうでない人をしっくりおさめる世界観がないのである。 同じものさしを持ってない人はなんでもかんでもエイリアンにしてしまう。

「東芝クレーマー事件」という例の事件の顛末を書いた本を読んだが、こういう観点で見ると東芝の行動がよくわかる。 東芝は思わぬ事態に振りまわされ、対応が二転三転しているように見えるが、実は一貫して譲らないことがある。 「彼はヘビークレーマーだ」という主張だ。 わざわざ、副社長が謝罪に行ったのに「私は特別な客ですか?」と聞かれ、返答につまり、せっかくの事態の収拾をはかる機会をフイにしたりしている。 当時は戦略のなさにあきれたものだが、これはある意味で一貫した対応なのだと気がついた。

東芝としては「インサイダーにはああいう対応は決してしません」という主張を譲りたくなかったわけだ。 あくまで、AKKY氏をクレーマーすなわち、我々と価値観を共有できない人にしておきたいのだ。 インサイダーとそうでない人、つまりエイリアンに対する対応は根本から違う。 「あれはエイリアンに対する対応です」とインサイダーに言うことが第一優先の課題だったのだ。

暴言を公開されて、やむなく発表したコメントがAKKY氏あてでなく「お客様各位」となっていたのも、こういう読み筋で解釈するとよくわかる。 「当社サービスの一般的対応につきまして、多くのお客様が誤解や疑念をお持ちになる事態を避けますため」これをホームページに出すと言っている。 「多くのお客様」とはインサイダーのことで、「一般的対応」とはそのインサイダーに対する対応なのだ。 AKKY氏、つまりエイリアンに対する対応(暴言)に適切でなかった点は認めているが、これを謝罪するとかどこが適切でなかったとかどのように再発を防止するかなどのエイリアン向けの措置は二の次で、まずインサイダーに対する誤解をときたいのだ。

副社長の謝罪の前後の段階では、AKKY氏は反響の大きさと野次馬の誹謗中傷に疲れはてて、本音としては早く終りにしたいと思っている。 東芝にとっては、きれいに和解するチャンスはいくらでもあった。 しかし、東芝側が「彼はクレーマーである」という主張をくずさないので、AKKY氏が望んでいるのに和解はできなかった。 副社長の面談の中にまさにそういうやりとりがあるし、その前後にも「ここさえ譲れば」という場面はたくさんある。 東芝は「暴言に至る経緯が普通の顧客の行動ではない。彼はそれを隠している」とは言うが、その主張の根拠となる具体的な事実を持っているわけではない。 それに東芝側の主張が全て事実だったとしても、彼は爆弾をしかけたり社長を殺すとか言っているわけではない。 社長宛にビデオを送付したりあちこちに電話しまくったり、異常にせっかちに結論を求めたりしているだけだ。 「そのレベルのクレーマーをうまく扱えませんでした」と公言していることにもなるわけで、「彼がクレーマーだ」という主張になぜこだわるのか、当時は不思議でならなかった。 組織として正常な判断力をなくしていると見る人も多くいたし、私もそう思ったことはある。

だが、これを「インサイダー/エイリアン」というコンセプトで見ると、最初から最後まで一貫した意味のある行動だったことがわかる。 ある時点で東芝はAKKY氏をエイリアンであると認定し、その後は「多くのお客様」つまりインサイダーに向いた対応に終始している。 ホームページが反響を呼び、インサイダーが「あれはどういうことだ」と騒ぎ出してから動きだしたわけだし、エイリアンに対する対応は不適切であったことを素直に認めるけど、彼がエイリアンであるという主張だけはどうしても譲れない。 エイリアンに不適切な対応をしたと認めることと、インサイダーに対して不適切な対応をしたと認めることは全然重みが違う。

そして、どこでAKKY氏をエイリアンとして認定したかと言うと、ビデオを「社長宛」に送付した時点ではないかと思う。 ああいう所では、社長どころか平取くらいでも雲の上の人である。 実は、その某メーカーで私も自分の起したトラブルで平取のさらに3つか4つ下くらいのエラい人に御登場願ったことがある。 それくらいでも、担当者としては胃が痛くなる思いだったが、御威光は顧客にも充分通じて、一件落着どころか客のほうまで恐縮しまくる始末。 東芝側のインタビューでも「社長宛」ということを随分強調しているが、あの感覚はわからないでもない。 「おそれおおくも社長様の名を出して平然としておるとは、やはりこいつアブナイ奴か?」 インサイダーであればこういう感覚はわかるのだが、それを一般消費者に適用してしまったのがすれちがいのはじまりではないか。

さらに、野次馬の中に妙にAKKY氏のささいな矛盾にこだわる人がいたのもこれで説明できる。 確かに、彼は主張を二転三転させている部分があるし、嘘はつかないまでも一部の事実を触れずにすませている所もある。 全体の文脈と関係なくそこを際限なくつっこむ一群の人たちがいて、いったい彼らは何を主張したいのだろうと思ったものだ。 彼が計画的に東芝を誹謗中傷あるいは脅迫しようとして、暴言を引きだしたとすれば話は別である。 しかし、いくら矛盾や隠しごとを見つけても、そのような周到な悪意を想像させるものはなく、むしろ計画性のなさを示すものばかりだ。 つまり、なりゆきで話が大きくなってしまってAKKY氏自身がとまどっているという状況が見えてくるだけだ。 なぜか、そのような矛盾を細かく言いたてる人がたくさんいたのだが、 彼らもAKKY氏がエイリアンである、つまり「あれはエイリアンに対する対応であって、インサイダーは絶対にああいう目にあわない」ということを確信して安心したかったのだ。 そういえば、そういう人たちは「社長宛」送付もかなり非常識な行為とみなしていたような気がする。

そもそもAKKY氏は、それほどのエイリアンではない。 「社長宛」送付も、現場じゃらちがあかないとみてその威力をよくわかった上でしたこと。 副社長が面会をもうしこんだ時も「大きな会社の副社長が時間をさくのは大変なことですからね」と、突然の依頼にも応じている。 一般常識もサラリーマンとしての感覚も持っているのだが、「社長宛」の重みがちょっとだけずれていた。 あるいは、事業部(工場)をまたがって問題にするととてつもなく大きな話になってしまうことを認識してない。 あちこちに電話をして話を広げるという行為も、インサイダーの目からみると「問題を大きくしているだけで収拾しようという気がない」というふうにも見える。 こういう感覚は一般のサラリーマンでなく、メーカーのインサイダーとして仕事をしてみないとわからないかもしれない。 暴言オヤジの前にたくさんの人が対応しているが、誰もそのほんの少しのズレを最後まで埋められずに、エイリアンとしてしまった。

もちろん、これはわかりやすい事例だから取りあげているだけで、東芝だけがこの病にかかっているわけではない。 東芝よりもっとひどくこの病にかかっている所を、私はいくつか知っている。 たぶん、日本の大企業はほとんどそうだろう。 そして自浄能力がない所は、社会の価値観がゆらぎ会社の価値観をゆさぶるほど、逆に内向きの価値観を強化してまとまろうとする。 社会全体の価値観が多様化するほど、企業と社会のギャップは大きくなっていくのだ。 インサイダーでない外部の人間とつきあう方法を覚えていかなくてはならない。 もちろん、異質な考え方を全て理解することは無理だ。 考え方の距離に従って、それなりの関係を持つだけでいい。 つまり「インサイダーでなければエイリアン」ではなく、両者の間に何段階か「それなりの」つきあい方の中間的なランクを設けるということだ。 あるいは、価値観でなく仕事だけを共有する人(同僚、上司、部下、取引先、顧客・・・)と仕事をすることに慣れること。

AKKY氏は、東芝の期待する「まともな顧客」試験に不合格だったわけだが、顧客にある種の価値観を期待することの是非はおいとくとして、 どうみても合格ラインすれすれの惜敗である。 このわずかの違いで、例えば「濡れた猫を電子レンジでかわかそうとして焼猫にして怒鳴りこんでくる」ような0点に近い人と同じクラスに編入されてしまう。 試験の是非より、クラスが2つ(インサイダー組とエイリアン組)しかないことの致命的な危うさを感じる。

なんでも過労死という問題も、ここらあたりから出てくるものだそうだ。 もし会社の中でインサイダー組からはじきだされるた場合、落ちていく先はエイリアン組しかない、つまり人間扱いされないという感覚がある。 ちょっとしたミスやさぼりでインサイダーからはじき出されると思うのは、本人の性格的な問題や病気だったりするのだが、 その外側が一切の救済措置なしに、いきなりエイリアンになっているというのは社会の構造の問題である。

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