圏外からのひとこと出張所(ライブドア編)


2006年02月06日

ボケとツッコミとブロゴスフィア -- (本家記事へ)

明日の、「梅田望夫がブロガーと語る「ウェブ進化論」」というイベントににおまねきいただきましたので、参加させていただく予定です。

そこで、アジェンダの「既存メディアとネットメディアは融合していくのか、並立し続けるのか?」というテーマについて、ちょっと考えたことを書いてみます。

まず、ショートアンサーとして、「既存メディアは『ボケ』、ネットメディアは『ツッコミ』であり、『ツッコミ』は『ボケ』が無くては存在し得ない。よって両者は相互に補完し合い並立し続ける」

別の言い方で言うと、ネットメディアは全体としてブロゴスフィア(blogosphere)をかたち作ると思います。ブロゴスフィアは、ブログに代表される個々の参加者が、生態系的システムとなったものです。ここでは「生態系的」という言葉を、次の三点の意味で使用しています。

  1. 自己修復機能がある
  2. 刺激に対して全体として反応する
  3. 構成要素のレベルを超えた複雑さを持つ

「自己修復機能がある」とは、庭の草取りをしても、しばらく放置しておくと、またそこに雑草が生えてくるように、特定の機能を占めている構成要素を取りさっても、似たような要素によって修復されるということです。匿名掲示板、検索エンジン、ソーシャルブックマークのようなものは、特定のサイトが消えてしまっても消えることは無いでしょう。もっと狭いジャンルで言えば、会計士のブログ、弁護士のブログ、経営者のブログ等、それぞれ有名なものが2〜3ありますが、そういう方がブログをやめたとしたら、やはり、別の会計士、弁護士、経営者等々の方がブログを始め、そのうちいくつかが、そのジャンルにおけるアルファブロガーの地位を継承することになるでしょう。

ブロゴスフィアには、特定の機能を自律的に維持していく作用があるということです。

「刺激に対して全体として反応する」というのは、風邪に感染する時は、ウィルスが鼻やのどといった特定の器官だけでなく、体全体に広がります。それと同じように、ブロゴスフィアに特定の情報が注入されると、それは、ブロゴスフィア全体に広まります。

たとえば、ライブドア事件で、注目すべきエントリーをいくつか見ましたが、そのうちかなりの部分が、私がそれまで読んだことのないブログでした。つまり、自分の見えない所に入ってきた刺激が、自動的に自分の所に届くということです。体に侵入したウィルスが短時間で全身にいきわたるように、ブロゴスフィアに入る刺激は、特定のブログやグループ、サイトというローカルな反応でなく、ブロゴスフィア全体の反応を呼び起こします。

そして、もうひとつ、「構成要素のレベルを超えた複雑さを持つ」とは、脳がニューロンやシナプスという単純な構成要素でできているのに、そのレベルとは全く違う複雑な思考を行なうようなものです。ニューロンやシナプスに脳の思考内容が理解できないように、ブロガー個人個人が「ブロゴスフィア」の思考を理解することはできません。

ネットメディアは、このような意味で、生態系的システムとしてのブロゴスフィアに成長していくと予想します。

そして、多くの人はこのシステムに自発的に参加し、政治や経済がブロゴスフィアに依存する部分が増えますが、そのような動きには参加しようとしない人もいるでしょう。ブロゴスフィアに参加しない人とブロゴスフィアの接点として、既存メディアは残ると思います。

たとえば政治的な議論はブロゴスフィアと外部システムの討論のような形になり、その接点で通訳として既存メディアの役割があると思います。

ただし、ブロゴスフィアはひとつの意見に集約されるということではなく、複数の意見と対立を含んだ、複雑で動的なシステムとしての政策のようなものになると思います。ニューロンが脳を理解できないように、そのブロゴスフィア全体としての意見は、簡単に要約できるようなものではありません。

ただ、全体として外部システムと対話することが可能な程度のまとまり(生態学的まとまり)は持つと思います。その接点として、既存メディアは必要になると思います。

ただ、その力関係は対等ではなくて、既存メディアから発信される政策などの情報は、「ネタ」「ボケ」という程度の意味しかなくて、ひとつ出たとたん、「なんでやねん」というツッコミがブロゴスフィア全体に起こることになるでしょう。

ちょうど、朝日新聞の偏向報道が2ちゃんねるで揶揄されているような関係になると思います。あるいは、タイムリーなネタを例に出せば、野口英昭氏「自殺」事件を関する報道のフラツキぶりに対して、2ちゃんねるやブログで、たくさんの指摘があります。

  • 偽名でチェックインした客に対して「「野口様、野口様」と(本名で)呼びかけたけど返事がありませんでした」と証言するホテル従業員
  • 財布の中にあった包丁のレシートが10日間(何の言及もないまま)経過してから発見される不思議
  • フロントでしか聞こえないはずのブザー(二度目)に、(部屋からフロントに)戻る途中で気がついて引きかえしたという証言
  • 「手首の傷が両手にあった」という同じ勘違いをした救急隊員と消防所長(後に手首の傷は左手のみと「判明」)

これらは、事件の謎を解明するものではありませんが、マスコミの報道の矛盾をほぼ確定的に指摘するものです。どれも気づきにくい点ですが、たくさんの人が情報交換し議論する中で、自然と浮かびあがってきたもののようです。一部のマスコミが非常にあやふやな情報ソースから検証なしに報道していることと、特定の意図を持って報道していることは、間違いないと思います。

「官僚的組織」対「自律性、冗長性のある多数の参加者=生態学的システム」では、このような鋭い「ツッコミ」が多数生まれ、それがブロゴスフィア全体で共有されることになります。ブロゴスフィアに参加しない人の多くは、公開できない意図を持つ人たちで、公開できない意図はコントロールされた組織を必要とします。ですから、官僚的組織VS生態学的システムという、ここに見られる対立関係は、さまざまに形を変えながらも残るものだと思います。

もちろん、既存メディアも「ツッコミ」の洗礼を受けて進化していくでしょうが、その進化の速度はとてもネットメディアの進化には追いつきません。その差は広がり、既存メディアは「ネタ」以上のものは提供できなくなると思います。

ただし、ネットメディアも「ツッコミ」以上の機能は持ち得ません。既存メディア経由でブロゴスフィアの外部から「ボケ」が供給されなければ、「ツッコミ」に対する「ツッコミ」、さらにそれに対する「ツッコミ」という、「ツッコミ」の連鎖だけになり、実質的な内容を失なっていくことになります。

朝日新聞が無ければ、本ブログの面白さが半減してしまうように、「ツッコミ」は「ボケ」、つまり、ブロゴスフィアの外から来る「ネタ」あるいは「情報」を必要とします。

動物の体は、外部から食物を取り入れて、それをエネルギーに変換することはできますが、エネルギー自体を体内で生み出すことはできません。ブロゴスフィア内部で発生する情報は、一瞬にして平衡状態に達してしまうので、「ネタ」としての鮮度を保ち続けることはできません。

従って、ブロゴスフィアとしてのネットメディアは、外部システムとその接点としての既存メディアを将来も必要し、両者は補完関係となって、継続的に並立していくと思います。そして、もしその過程で淘汰が起こるとしたら、「ツッコミ」を意識し予期した「ボケ」(お笑いの用語として本来の意味の「ボケ」)を意図的に継続的に提供できるように、自分の役割を再定義できたメディアが勝ち残るでしょう。

(このエントリーの、野口英昭氏「自殺」事件の報道に関する指摘は、2ちゃんねるで見た未検証の内容を含みます。もし、指摘されている報道内容について間違いがあれば、後程訂正します)

(2/7 追記)

と言ってる先から強力なボケが!

目を合わせてくれなかったから捜査終了←「なんでやねん!」

>> 次の記事 ((アンチ小泉+野口氏自殺説)×3=?)

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ウェディング問題を考える会

このサイトは、圏外からのひとことからにライブドア関連する記事を抜粋したサイトです。


書いている人: essa



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