RealAudio・ピンクフロイド・トランジスタラジオ

RealAudioのPROXY(中継プログラム)を開発していた時、テストのためにいろんなサイトを聞きました。アメリカのラジオ曲の放送をそのままライブで流しているサイトがあるので、その中からいくつか聞いていたら、ピンクフロイドの「狂気」が流れてきたのです。5年ぶり、ひょっとしたら10年ぶりくらいでした。

むこうのラジオはだいたいジャンル固定で、ジャズならジャズばっかり、クラシックならクラシックばっかり流しているようです。しかも、ロックでも古いロックばかり流している局もあったりして、そういうラジオ局の放送がそのまま聞けるのです。

会社にいて頭が仕事モードで、こういうものを突然聞くというのは、すごくショックな体験でした。「水と思って一気に飲み干したコップにコーラが入っていたら、生まれて初めて飲んだコーラの味がした」という話を聞いたことがあります。これと似たような体験で、高校生の頃、聞いていたピンクフロイドの音がしました。「The dark side of the moon」ではなくて「狂気」の音でした。

その音を聞いた時に、自分の中の何かがゆさぶられて、思い出したことがあります。


        Woo 授業をサボって
         陽のあたる場所にいたんだよ
         寝ころんでたのさ 屋上で
         たばこのけむり とても青くて
        
         内ポケットにいつも トランジスタラジオ
         彼女 教科書 ひろげてるとき
         ホットなナンバー 空にとけてった
        
         ああ こんな気持ち
         うまく言えたことがない ない
        
         (トランジスタラジオ BY RCサクセション)
      

ここで歌われている「こんな気持ち」、それは私にとっては「世界には別の生き方があるんだ」というメッセージでした。私にとって音楽は、勉強して就職して結婚して家をたてて・・・という全て先が見えた人生と違う、別の生き方があるんだ、というメッセージを運んでくれるものだったのです。歌詞の内容でなく「ホットなナンバー」のサウンドそのものが、そこから見えてくる彼らの生き方が、メッセージでした。

今なら、そういうことに「オルタナティブ」という立派な名前がついていることを知っていますが、その時は、そんなこと何も知りません。具体的にどんな可能性があるのかも全く知りません。身の回りにあるのは、学校の生活、目にする大人は親と先生とその回りにいるかわりばえしない人たちだけ。

そういう生活の中で窒息しなかったのは「トランジスタ・ラジオ」のおかげだと思います。この曲は、そういう気分をすごくうまく歌っていて大好きな曲です。私は、結局ここまで「オルタナティブ」な生き方を選ばなかったけど、この道しかないと思って選ぶのと、違う可能性があることを知っていて自分の選択として生きるのとは随分違うと思います。

今のバンドを見ていて一番不満に思うのは、こういう「もうひとつの生き方」を提示していないことです。というより、今のバンドはみんな立派なビジネスマンに見えてしまいます。みんな、すごく優秀なマーケッティングの専門家ですよね。市場の中での自分の強み弱みを正確に分析して、最も効率的なアプローチを間違いなく選ぶ。連中はみんなベンチャー企業でも興したら、それなりの経営者になれると思います。

彼らがそういう生き方を選ぶのも人生ですから、何も非難したくはないけど、今の若い人にとって、「トランジスタ・ラジオ」みたいなものはあるのだろうか?と思います。彼らに「もうひとつの生き方」を体ごと提示してくれる人はどこにもいないのではないだろうか。

そして、インターネットというメディアがひょっとしたら、今の人にとっての「トランジスタ・ラジオ」になるのではないか、そういう可能性に気がついたのは、高校生の耳に戻って「狂気」を聞いた瞬間でした。

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