読書ノート:「ここまで来たインターネットビジネス最前線」竹村健一

まず「このタイトルだけはなんとかならんか!」というのが第一印象です。しかし、内容は非常に濃い本です。私はインターネット関係の商売をしてますので、そこで使われている技術の詳細はよく知っています。いろんなサイトやアプリケーションに関する情報も日夜集めまくっています。そういう私が考えぬいて達した結論と同じ論旨がいくつかありました。この竹村健一さんはもう70に届こうかという年齢だし、もちろん専門はインターネットではないし「自分にはインターネットの技術はわからない」とこの本でも述べていますが、これだけネットの本質をつかまえるとはさすがだなあと思いました。

しかし、この竹村さんをして「自分のやってることは師匠に教わったことで、師匠はもっと凄いよ」と言わせる人間がいるのです。その人、竹村さんの師匠がこの本のもうひとつの主題になっているマクルーハンという人です。 マクルーハンという名前は聞いたことがありますが、私は著作を読んだこともないし、よく知りません。しかし、次のようなエピソードを読むと確かに本当に凄いと思います。

まず、今のインターネットやパソコンを創った人たちにいかに影響を与えているか。一番驚いたのは、coolという言葉を今の意味で使いだしたのがマクルーハンだということ。今、これを見ているブラウザに「おすすめ」というボタンがあると思いますが、英語版ではここは「What's cool」と書いてあります。マクルーハンは、活字をホット、ネットをクールと呼んで、30年も前に両者のメディアとしての根本的な違いを予言していたそうです。

さらに、何とWindowsもマクルーハンが産んだ、というと言い過ぎですが、Windowsへつながる系譜としては、アラン・ケイのダイナブック→ゼロックスのアルト→マッキントッシュ→Windowsという来ています。このことは私も知っていましたが、アラン・ケイがダイナブックというコンセプトを思い付いたのは、マクルーハンに入れ込んで半年間マクルーハンだけを読みつづけた後だということです。天才だけが天才を理解し得るということでしょうか。

この本が、ありきたりの「インターネットビジネス最前線」ものと違うのは、竹村さんにとって血となり肉となったマクルーハン思想がベースになっていることです。多少薄っぺらくなってるような気もしますがマクルーハン思想自体の解説もありますし、事例の中でも面白いものが多いです。

例えば、シンガポールの果物屋がインターネットでドリアンの通信販売を始めたという話、これのどこが面白いかというと、この果物屋さんはパソコンを持っていないそうです。プロバイダーがメールを変わりに受けてFAXしてくるそうです(それも自動化して)。パソコンがなくてもインターネットビジネスは可能とか、農業がインターネットでよみがえるとか、ちょっと人の逆を行くというか、奇をてらって面白がっているだけみたいに思われそうですが、ちゃんとポイントをついていると思います。

私がポイントというのは、「これからは職人やオタクが復権する」というところです。つまり、「こだわり」が重要だということです。もっと言えば、偏見や独断です。そういう思い込みがある人のほうが、インターネットの中では重要だし、ビジネスとして勝ち残るということです。これは、私が常々考えていたことです。情報がこれだけあふれ、どれだけ専門を区切っても個人の処理能力を超えている時代には、ポリシーがはっきりしていないととても消化できない、ポリシーと言えば聞こえがいいが、それは独断と偏見と思い込みである、と私はずっと思っていました。

そういう意味で、この本には変な人がいっぱいでてきます。食事を一日一回にしてまで古本を買い集めて日本で唯一の文庫本専門の本屋を開業した人、電車の中でプロバイダ開業を思い付き降りた駅で広告依頼の電話をかけた人(ベッコアメの社長)、熱帯魚のFAQを書いたら内容が詳しすぎて業者の痛いところをつき頭に来た業者から脅迫状をもらった人、一国の首相でありながらネットの技術に詳しくOCNという技術が日本独自のものであることを即時に見抜いた人(マレーシアのマハティール首相)。

マクルーハン理論によると、ネットの時代には、こういう「先祖がえり」が幅を利かせ、地球は一つの村になるそうです。国でも都市でもなく「地球村(Global Vilage)」というのがミソです。つまり、従来の延長では考えられないわけで、あえて「村」という言葉を使う意味と重要性は、日頃からネットをしているみなさんには直感的にピンとくるものがありませんか?ピンときた人には、一読をお勧めします。

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