<<1999年3月 の日記>>

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1999/3/7

夕方、買い物に出たら青梅の梅見で渋滞していた。仕方がないのでラジオをつけたら、伊集院光が変なクイズをやっていた。電話してきたオバサンに「233から266にクロックアップしているが、アーキテクチャーはもとのまま。一般的にはブルーベリーが人気あるけど、個人的にはライムが好き」だという問題文を読み上げて、「さてこれは何に対するコメントでしょう?」

ルールは、2時間の間何をやっても誰に聞いてもいいから、正解を見つければ1万円。誰に聞いてもいいというのがミソで、本人の知識より人脈で決まるという面白いクイズ。とは言え、50過ぎのオバサンにiMacのことを聞くのは酷だよ!と思っていたら、2時間後、このオバサンちゃんと正解を答えました。「アーキテクチャ」を辞書で引くと「電算機の基本設計」とあったので、これを頼りに電話しまくって「姉の息子の奥さんの友達」にパソコンに詳しい人がいて、その人に教えてもらったそうだ。

でも驚いたのは、その後で伊集院が「でも奥さん、今でも本当は何のことかわからないでしょう?」と聞いたら、「あのテレビでやってるきれいなパソコンでしょ?」と答えたこと。知ってたんだ!う〜むJobs恐るべし。

しかし、このラジオ面白いです。その日は悪役商会にガイドライン関連法案の説明をさせていた。悪役商会の恐いおにいさんが「おう、伊集院!おめえの組(日本)が出入りになったら、俺の所(アメリカ)が駆けつける。それなのにおめえは、俺の組の出入りがあっても知らん顔か?まあ、先代の遺言(憲法9条)でドンパチできねえのはしょうがねえ。しかし、てめえ俺たちに出入りの後でわけえもんの怪我の手当とメシくらいは出すだろうなあ(後方支援)」
伊集院はおもいっきりびびりながら「怪我の手当とメシは出入りじゃないからいいです」
「じゃあ、出入りの時に若いもん集める車くらは出すよなあ?」
「はい、車も出します」
「じゃあ、その車にハジキもつんでくれるよなあ(武器弾薬の輸送)」
「はい、いえ、あの・・・拳銃運ぶのは出入りになるのかあ(ここが国会の争点)・・あれ?どっちだろう」
と、やってすかさず悪役商会が「よし、じゃあ小林あとはまかしたああ」とか言うと、小林という解説委員が集団的自衛権の説明に入るという調子で、メチャクチャ笑えるしわかりやすかったです。前に聞いた時は、山田まりあに高齢化問題を説明させたりして、これも非常にポイントをつかまえた説明で、お笑いやアイドルはみんな頭いいなあと思いました。

1999/3/11

オンワードのコマーシャルで、かかっているスティービーワンダーの曲がすごくよかったので、曲名も知らないままCD屋に行った。いくつか彼のCDを手に取ってみたら、ちゃんと「オンワードCM曲Overtime収録」とか書いてあるんですね。さすが商売上手!。すぐ買ったけどこりゃ買い物だった。スティービーのベストにハズレがあるわけはないけど、私の好みのスピリチャルな側面がよく出た曲が多くて、しかも1時間分くらいたっぷり詰まってました。

ついでに、iMacのCM曲(She's a raibow)も買ってしまった。いかにもミーハーで恥ずかしいけど、どっちもいい曲なんだもんしょうがない。最近のCMは本当に昔聞いた名曲が多い。自分がオヤジになってマーケッティングのメインターゲットになる世代になったんだろうけど(その割には自分に購買力がないのは何故?)、やっぱり今聞いてもいい曲が多いよ。

ところで、同じ中山美穂なのにオンワードとあのビールのCMではすごく素敵な女性に見えて、某パソコンのコマーシャルでは人間的な魅力が感じられないのはどうしてだろう。

1999/3/12

「だんご3兄弟」のプロデューサーはIQのプロデューサーだった。

堺屋太一*の「時代末」下巻が図書館にあったので、いきなり下巻から読み始める。この人はどの本でも同じようなことばかり言っているので、自分のような固定読者にはどこから読み始めても同じなのだ。 「時代末」は昭和史を堺屋理論で詳細に検証して、今の日本の問題を影絵的に浮かび上がらせる力作だが、読み始めた所は太平洋戦争の分析。岸田秀*も同じことを言っていたけど、日本軍は戦略、戦術とも全くデタラメだったらしい。もちろん物量の差が第一の敗因だけど、勝てないように勝てないようにこれでもかこれでもかと軍事的に意味のないことをやりまくったらしい。

「追いつめられると、昔の成功体験にしがみついて生き残れない選択肢をわざわざ選ぶ」って、今の銀行をほうふつとさせる。

1999/3/13

今日は、うちの奥さんの誕生日。ケーキを作りながら、こないだ買ったストーンズの「サタニック・マジェスティーズ」をはじめてゆっくり聞く。実は私はストーンズのCD(またはレコード)を買うのは初めて。なんか、マジカルミステリーツアーみたいだけど、これはこれでなかなかいい。

1967年の作品だから、私は7才だったことになる。60年代って言うのは、こういうレコードがいっぱい出ていてやはり凄い時代だったんだなあと、自分が「遅れてきた世代」であることを改めて実感する。ウッドストックには間に合わなくて、インターネットにはちょっと早すぎだった。どっちも知らない訳じゃないけど、青春時代にリアルタイムで体験するのと、そうでないのは随分違う。我々の20代には何もなかった。バブルの予感とバブルとバブルの後始末しかなかった。

1ヶ月ほど前に読んだ宮台シンジの本のことが妙に頭についているのも、こういう感覚を共有しているように感じるからだろう。彼の本は共感できない、というより本当のことを言うと読むのが恐い。自分の頭の中のシステムをどんどん破壊してくるようで、なかなか読む気がしない。こういう感覚を持つのも、そういう世代的な感性がつながっているからなのかなあ。

1999/3/14

またまた懲りずに、日曜日の午後外出して渋滞に引っかかる。ところが今日は相撲で「伊集院光の日曜大将軍」をやっていなかった。(先週このラジオのことを書いて番組名を書き忘れた。TBSラジオで3時からです)しょうがないから、FMに切り替えてユーミン*の番組を聞いた。人生相談は面白かったが、やはり曲はいまいち。帰りに別の局で「海を見ていた午後」がかかったけど、こいつは何回聞いてもいい。これは25年前の曲だそうだ。

1999/3/17

ここ2〜3週間、繰り返し歯ぐきが痛くなる。おとといとうとう観念して歯医者へ行ったら「咬合性外傷」と言われ、麻酔を打たれて切開してウミを出した。歯や口にダメージがあるととたんに元気がなくなるので、そういう時は、JUDY AND MARYを聞いて元気を出す。最新アルバムの「イロトリドリノセカイ」という曲はめちゃくちゃいい。バラードなのにギター+リズムセクションだけですごく重厚なサウンド。それでいて、幻想的でメロディーも誌もすごくいい。繰り返し聞くうちに少し元気が出てきた。

1999/3/19

毎朝決まって見るページのなかにMSNニュース&ジャーナルがあるのだが、今朝はここに 不確定性原理よさらばという記事があった。これが結構衝撃的な内容だ。これまでの物理学の定説が壊れてしまったと書いてある。

そもそも、インターネットも通信とコンピュータの産物で、どちらもトランジスタのかたまりだ。そして、このトランジスタという技術の元になっているのが量子力学と理論である。これだけ実用レベルになっているから、完璧に理解されていると思うのが普通だが、実はこれはよくわかっていない。どんなエライ物理学者でもよくわかってないのだ。それでどうしてモノが作れるかというと、受験生が公式だけを暗記するようなものだ。量子力学の方程式と計算の方法だけは随分前にわかっているのだが、それが何を意味するかは未だに解明されていない。

普通の教科書には、この記事に出てくるボーアとかいう人などが「コペンハーゲン解釈」という考え方を出して、これでわかったことになっているのだが、アインシュタインはこの解釈に随分ご立腹されたようで、さんざん論争をしかけた。別に、その方程式や計算に文句をつけたわけでなく、その「解釈」なるものが気にくわなかった。というのも、この考え方によると、世の中の全てのことが「不確定」になってしまう。「不確定」になるのが、原子とか細かい話で我々の生活に関係ないならどうでもいいのだが、そういう原子を観察する機械で何かを操作すると、その「何か」が「不確定」になってしまう。

例えば、その機械の先にスイッチをつけて、そのスイッチをテレビにつなぐと、テレビがついているのかついていないのか「不確定」になる。猫を密封した容器に入れて、そのスイッチを毒ガス注入機につなぐと(どうしてこんな残酷な例を思いつくのかしらないが、これが有名なたとえ話なのだ)猫の生死が「不確定」になってしまう。スイッチを核爆弾の発射ボタンにつなげば、世界が滅亡するのかどうかが「不確定」になってしまう。なんだかよくわからないけど、猫が死んでるのかどうか一生懸命議論している。どうもそーゆうとてつもなく変な物理学なのだ。

そして、その時の論争ではアインシュタインが負けたことになっているのだが、この記事によると、最近、どうもその結論が間違っているという説が発表されたらしくて、大変な騒ぎになっているらしい。ただ、その説でもアインシュタインが正しかったという意味にはならないらしいが、やっぱりああいう天才がいちゃもんつけたものはどっかおかしいのだ。

それで思い出したけど、最近の物理学者にもペンローズという変人がいて、この人は「人間の頭脳の仕組み、特に『直感』というものが働くしくみがわからないのは、物理学(量子力学)が不完全だからだ」ということを言い出した。といってもオカルト系の人ではなくて、ツイスター理論という立派な業績をあげて、ホーキングがこいつかというくらい、凄い物理学者なのだが、この人が問題にしているのが『直感』というものだ。人間の脳をコンピュータでシミュレーションしようとすると、困難にぶちあたることが多いのだが、中でも『直感』というものがよくわからん動きをする。一番いい例が将棋である。プロの棋士は口を揃えて「どんな局面でも最善の手は一瞬で浮かぶ」という。プロだから読みが早いのはもちろんだが、読みのスピードより全然速く最善の手がわかるだという。

チェスでコンピュータが人間に勝ったといっても、人間がどうやってチェスの手を考えるかという疑問が解けたわけではなくて、話は全く逆なのだ。あのマシンは、人間の思考過程をシミュレートすることをあきらめてから発展した方法論でできあがっている。人間がサイクルやアクセス速度の圧倒的に遅い脳を使って、なぜ一瞬でヒラメクかという疑問はほっぽり出されているのだ。ペンローズによると、この問題が「プログラムのバグを直すプログラムは作れない(これは数学的に証明されている)」という話とからんでいて、量子力学をもうひと押しすると解明されるそうだ。難解だけどへたなトンデモ本よりトンデモな話です。

量子力学の周辺には、こういう面白いテーマがたくさんころがっているのである。

1999/3/20

*岸田秀の「起源論」という本を読む。面白い話がたくさんあるが、一番すごいのが、猿が人間に進化する時に、人間のひとつ前の段階の原人とか猿人とかゆう種族がなぜ滅亡したか、という話。いわゆるミッシングリンクという昔からある謎だが、このテーマに心理学者として発言するというのは、何を考えているのか?だが、これまで読んだどんな説明よりも説得力がある説を述べている。

岸田秀が繰り返し言っていることは「人間は本能の壊れた生物である」という主張だが、本能が壊れているのにどうして生存しているかと言うと、言葉やら観念やら社会やらそういう本能の代わりになるものをこしらえたからだ、という。説得力ある議論ではあるが、これまではどうしても「証拠を見せてみろ」と言いたくなった。ところがこいつ、とうとう証拠を出してきた。原人とか猿人とかは、「本能が壊れたけどその代わりを獲得できなかったから滅亡したのだ」という主張。アリは本能があるから黙々と働くけど人間はそうはいかない。犬は本能があるから教えなくてもSEXするけど人間はそうはいかない。観念を使ってけしかけないと種族の保存につながる行動はしない。原人はそういう観念(岸田の用語では「幻想」)の世界を作れなかったから滅亡した。人間はそういうものを何とかでっちあげたから生き残った。まあ、なんとも凄いホラ話だけど、これはダーウインなみの凄いホラ話ではないだろうか。

1999/3/21

雨なのに墓参りに行ってきた。さえない一日だった。

1999/3/22

月刊アスキー4月号のLINUX特集は面白かった。今年になってから、どの雑誌もLINUX特集をやっているけど、どれも横並びでCD-ROMの付録に入れたLINUXをインストールして、コマンドをちょっと解説しておしまいで、踏み込みがない。それに比べアスキーの特集は、ちょっと違う切り口だ。まあ、いろんなライターにちょっとずつしゃべらせただけなのだけど、ライターの人選がいいのでみんなそれぞれ独自の切り口で鋭いことを言っている。特に、LINUXに詳しくてLINUXを冷静に見ている人を集めている。

一番よかったのが、砂原秀樹という人の意見で、私は昔この人が書いたUNIXの参考書のお世話になっていると思うが、とにかくUNIXとOSの専門家。そして、そういう年期の入った人から見ると、LINUXのカーネルなんてのは「10年早い」という段階らしい。メモリ管理とスケジューラが未完成だと言っている。BSDびいきのあまり近親憎悪か?と思うとそうではなくて、今後問題点は解決していくだろうと述べ、そのための前提条件や戦略を書いている。そして結論は「そこで重要なのが、Linuxを鍵に集まったネットワークの人々です。これだけの力があれば、本当に自分たちに必要なOSを作り上げるのは簡単でしょう」。何だレイモンドと同じことを言っている(オハスタのレイモンドじゃないよ)

つまり「Linuxの本当の財産はカーネルのソースではなくて、ネットワークで集まったコミュニティだ」ということ。このコミュニティさえあれば、OSを一から作り直すのも簡単だ、という主張で、これは私も全く同感です。エリック・レイモンドは「Linusの最大の発明は、Linuxのカーネルでなく開発モデルだ」と言ってたが、砂原さんのように技術的に確かな見識があってコミュニティの外にいる人が同じことを言うとは、ちょっと驚いた。

1999/3/28

新聞のテレビ欄を見たら、K1があって「アーツ、海パン腹ブヨブヨ男にマジギレ」という見出しがあった。本当に、海パンをはいた腹がブヨブヨで肌の異常に白い変なヤツが出てきた。ゲストの関根勤なんかゲラゲラ笑っていた。動きもまるで素人みたいであきれたが、やたら打たれ強い奴で、ピーター・アーツ相手に3Rまで立っていたので驚いた。

しかし、関根勤は今日のK1でもそうだが、タモリやたけしと同じ番組に出ると、ほとんど何もしないでゲラゲラ笑っている。自分の仕事を忘れているとも言えるが、あの笑い方は本当に愉快そうで、あそこまで楽しそうな笑い方だと、もはやひとつの名人芸の領域に達していると言えるかもしれない。

1999/3/29

マツダ自動車が本社を東京から広島に移動するそうだ。これは画期的なことで、戦後一貫して大企業は東京を目指していた。もともと地方や関西を拠点としていた会社もこぞって東京へ集まってきた。なぜかというと東京に官庁があるからで、日本の会社がいかにお上を頼って仕事をしているかの証明なのだ。今回、一社だけとは言え、逆の流れが出たことはめでたい。日本の構造改革も根づいてきたのかもしれない。

そして、東京集中=官庁頼みの弊害を一貫して主張していた堺屋経企庁長官がサンデープロジェクトに出ていた。今日ビデオで見たら、ずいぶん顔色がよくなってきたような気がする。就任直後はなんとなく顔がむくんでいて、いかにも疲れているような感じがした。番組のタイトルは「安心理論」となっていたが、言っていることはそれほど景気のいい話でもないように感じた。結局、まだら模様の回復になるということのようだ。だけど、日本人は悲観的になりすぎるという話だった。話の内容より、顔色を見て安心した。ある程度やることはやったという自信みたいなものが感じられた。堺屋さんがそういう自信を持てるなら大丈夫だと思う。

1999/3/30

今日は、私の39回目の誕生日!で、夕方、自分に誕生日のプレゼントを買いに出かけたら、ラジオのニュースでメリッサのことをやっていた。ラジオのニュースになるほどすごい騒ぎになっているらしい。ちょっと驚いた。

なお、プレゼントは何かというとなんとセガサターンです。今買うと、ソフト3本つけてちょうと1万円。せがた三四郎も死んでしまって、いまさらだけど、バーチャ2から評価の確定した名作を順番にやっていけば、結構もととれると思います。

1999/3/31

田口ランディさんが相変わらずさえています。「臓器移植と援助交際は、どちらも『自分の身体なら自分で何をしてもいいだろう』という考え方が問題の本質だ」という意見が鋭い。


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