<<2000年11月 の日記>>

Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
. . . 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 . .

2000/11/14

今やネットで見つけられないものを探す方が大変だ。 それをひとつ見つけたので、一応ここに書いておこう。 それは何かと言うと「自分の好きなもの」だ。 ヘタななぞなぞみたいだが、「自分の好きなもの」はいくら検索しても出てこない。 検索できるのは「野球」とか「ユーゴスラビア」とか「ハムスター」など。 「自分の好きなもの」が野球だとわかれば、それはネットで探せる。 しかし、「自分の好きなもの」は何かと言うことはいくらネットに聞いてもわからない。


2000/11/17

信長は短期で残酷な奴で、秀吉と家康はもっと「いい人」だったことになっているが、 あれは信長が比叡山の坊主を全部焼いたりして中世のアカみたいなものを全部きれいに掃除してくれたからであって、 もし信長がやってなかったら、秀吉と家康は今より尖った人間として認識されるような革命的なことをやっていたはずだ。

みんな信長じゃなくて秀吉や家康になりたがるけど、それはそもそも無理。 最初の人は絶対に「いい人」にはなれません。 あの時みたいに、多少まともな坊主が混ざっちゃっても許すから、もう一回比叡山をまるごと焼いてほしいものだ。

2000/11/18

アメリカ大統領選がごたごたしているが、 家庭も政治もごたごたしなきゃいかん時はごたごたした方がいいのだよ。 不登校の子供がいるうちは、そういうことだと思って腹を決めよう。

2000/11/19

国会議員の仕事はまず議会なんだろうが、それだけでは話が終わらない。 料亭で謀議をこらす、いわゆる「密室」という奴をやんなきゃいけない。 しかも最近ではサンデープロジェクトに出たりして、テレビでもがんばんなきゃいけない。 3割30本30盗塁じゃないが、「国会」「密室」「サンプロ」を全部じょうずにやる人はなかなかいない。 なかなか大変な商売である。

しかし、ビル・ゲイツはそんなことはしない。 リナス・トーバルズもそんなことはしてない。 カルロス・ゴーンもおそらくやってないだろう。

密室がなくて全て公開してやってるということじゃない。 問題は、3つの仕事がコンフリクトしてないことだ。 ビル・ゲイツは表向きは「*linux*はおもちゃ」とか言ってたけど、 裏ではどうやってこれを取り込むか真剣に考えている。 裏表はあるけど、両者は一貫しており同じ種類の才能でこなしている。 コムデックスで演説する時もその延長線で仕事ができる。

別の言い方をすれば、ゲイツもトーバルズもゴーンも才能が100%仕事になっていてロスがない。 しかし、加藤鉱一や野中広務に能力がないということではなくて、 「国会」「密室」「サンプロ」でそれぞれ両者が違うことを違うように言ってるために、 なかなか仕事が進まないことが問題なのだ。

「密室」や「サンプロ」があっちゃいかんとは言わないが、 国会で仕事ができなすぎるからその2つの比重が高まってしまうわけで、 もうちょっと国会で予定調和じゃない本音ベースの議論をするようになれば、 「密室」や「サンプロ」でする仕事の量が減って、 本来そこで行なわれるべきことがそこで行なわれるようになると思う。 そうすれば、仕事が回って今より政治家の才能が生きるようになるだろう。


2000/11/20

腐海ってのは無意識のメタファーだ。 普通の人は立ち寄りたくない場所。 何かの装置で守られずそこに入りこむと、瘴気を吸って死んでしまう。 焼き尽くしてしまいたくなるが、それをやると中からオームの大群が出てきて目茶苦茶になる。

基本的に、風の谷の人々のように自分の分を守り、そこからやってくる悪い胞子を辛抱強くひとつひとつつぶしていくしかない。 一気に無くそうとするのでなく、それと共存していくようなアプローチが必要だ。 しかし、それは途方もなく大変なことで、それをやっても瘴気の病が避けられないこともある。 そして、そういう知恵は失われつつある。

しかし、腐海は世界を浄化している。 憎しみや怒りや嫉妬も精神を浄化している。 そのことを知るには、腐海の最深部に到達しなくてはならない。 到達するためには、ある種のパワーや技術と人を助けようとする慈悲の心と、さらにひとつの幸運が必要だ。 強く幸運な人だけが、あの静謐な世界にたどりつき帰ってくる。


2000/11/21

今回の政局で一番印象的だったのは、野中の笑顔だ。 政治家でちゃんとした顔のできる奴はそんなにいないが、 野中は実に陰影のあるいい笑顔を見せていた。 それを見て直観したが 「あっ、こいつ負けた加藤の気持ちがわかってる。 一番加藤の気持ちがわかっているのはこいつなのか」

相手の気持ちがわかるということは、 相手の気持ちに同調することではない。 野中には同情はないし冷徹な計算やひょっとしたら憎しみも同じこころの中に同居している。 それだけ、キャパシティーが大きいということだ。

ギリギリの勝負では、勝者が勝者になることを選択するのではなく、 敗者が敗者になることを選択した時に勝負が決まる。 敗者の気持ちを自分の中におさめられる者が勝者になるのだ。 敗者は勝者の中にそれを見た瞬間、敗者になることを受けいれる。

秀吉や家康の勝ち方はこんな感じだったんだろうね。 もちろん、俺は人間ドラマでなく政策で政治が進むことを望むが、 人間ドラマは確かに見えたので、それはそれで書いておく。 でも繰り返して言うが、今、本当に必要なのは信長だと思う。

2000/11/28

各社からクルーソー塔載モデルが出たがNECのものが一番意欲的だった。 評判の悪い反射型の液晶を使ったり、デイスプレイの裏側にバッテリをつめたりして、 何と標準バッテリーで10時間以上動くようにしている。 とにかく「外でモバイル」へのこだわりで一貫していて、いさぎよい。

思えば、10年前はこの会社の98というローカルスタンダードを俺たちは使わされていたのだが、 NECは実にうまく切り替えたものだ。 98で引っぱるだけ引っぱって、ATを出したかと思ったらあっというまにそっちを主役にしてしまった。 市場の流れに合わせてシェアも保ちながらユーザにもあまり迷惑をかけずにここまで来たのは評価してよいと思う。

そこで、もしNECがゼネコンや銀行だったらなんて考えてみる。 たぶん市場の流れを政治力で押し止めようとするだろう。 何故かAT互換機の発売は行政指導でさしとめられ、俺たちは21世紀まで98を使わせていただけることになる。 台湾だの香港だのソーテックだのと怪しいもの買う必要はなくなり、 相性でつながらない周辺機器に悩むこともない。 非常にわかりやすい秩序だった商品になっているだろう。 当然、技術の進歩のスピードがダイレクトに価格の低下につながる、あの流れは起こらず10万円のパソコンなんてものはない。 市場は広がらず、ネットもないし激打もないしソフトも高いままだろう。 森総理が冷汗かきかきパソコンを習う必要もない。 デルだコンパックだゲートウエイだと毛唐どもに市場を荒らされることもない。

なるほど供給側は楽だね。 俺も業界人のはしくれだから、マジでこうなってて客を楽にダマせるあの頃が続いていたらと思う。 秩序と安定があるのはこっちだろうな。 だけど、その場合NECはクルーソーなんてものには手を出さずに、冒頭にあげたあのマシンは絶対に出てないだろう。 いや、そもそもソニーが入ってこなけりゃ、B5薄型ノート自体がありえなかった。

ビッグバンとか規制緩和っていうのは、 「98を使え」という行政指導をやめてAT(グローバルスタンダード)に切り換えることであり、 ユーザにとってはいいことばっかりなんだよ。 98に未練がある評論家どもは、ATは自己責任で日本人向きでないとか、 外資に蹂躙されるとかいろいろ言うが、あれは全部嘘。


[UP]