潮風通信「5」

 

 

たとえTシャツは色あせても

 

夏が、終わろうとしていた。

9月の空は、晴れわたり、ウロコ雲がところどころに浮かんでいた。

その午後、僕は葉山マリーナにいた。自分の船に用事があったのだ。

用をすませた僕は、ハーバー・ヤードを、車に向かって歩きはじめた。

その時だった。何かアナウンスする声が聞こえた。

僕は思い出した。国体が、開催されているのだ。葉山マリーナの

すぐとなりに新しくつくられたハーバーで、国体のヨット・レースが

開催されているのだ。神奈川国体・夏期大会。ヨット成年女子の部だ。

たしか、今日がレース最終日のはずだ。僕は、ひまつぶし気分で、

ぶらぶらと、となりのハーバーに歩いていった。

ハーバー全体が会場になっていて、なかなかにぎやかだった。

ヨットのレースは、すべて終了したらしく、沖では、最後のレース、

ウインド・サーフィンがくりひろげられていた。僕は、陽射しを浴びながら

会場を歩いていた。そのうちにノドが渇いてきた。何か飲み物をさがし

はじめた。ぶらぶらと、ひとつの建物の角を曲がった。そこに、1人の

女の子がいた。大学生ぐらいの年頃で、あきらかに選手だつた。

彼女は、泣いていた。誰もいない建物のかげで、タオルを目にあてて

泣いていた。海から上がったばかりなのか、青いゴムで束ねた髪は

まだ濡れていた。ヨット用のウェアの上に黄色いウインド・ブレーカー

をはおっていた。

彼女は、思うようなレースが出来ず、あるいは力不足で、競技に

敗れたのだろう・・・。僕は、そっと、その場をはなれた。そして

思った。この葉山が、彼女の心の中で苦い思い出になるのだ

ろうか・・・と、歩きながら思った。

しばらく歩いて、売店を見つけた。飲み物や、土産ものを売る

テントばりの店が、いくつか並んでいた。僕は、飲み物を買い、

それを飲みながら、歩き始めた。そして、知り合いを見つけた。

葉山マリーナの社員の1人が、「HAYAMA ・MARINA」の

ロゴが入ったTシャツを売っていた。僕は、ひまそうにしている

彼と他愛のない長話をはじめた。

僕が、そろそろ帰ろうとした時だった。女の子が2人、店に

近づいてきた。その1人は、建物の陰で泣いていた彼女だった。彼女は、

Tシャツをながめる。そして、ブルーのTシャツを手にとった。明るい声で

「これ、ください」と言った。その顔には、もう涙も、かげりもなかった。

たとえ敗れても、精一杯、何かをやり終えた者の爽やかさだけがあった。

彼女は、首から下げた防水ケースから、小さくたたんだ千円札をだした。

買ったTシャツを、大事そうに胸にかかえて、仲間と並んで歩いて行った。

その後ろ姿を見ながら、僕は思った。

ウインド・ブレーカーに書かれていた彼女の県は、西日本の遠い県だった。

これからさき、彼女が葉山を訪れることは、もうないかもしれない。そして、

彼女が買ったTシャツの「HAYAMA」の文字も、しだいに色あせていく

のだろう。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・しかし、彼女の心の中で、

力の限りがんばった「葉山の4日間」は、色あせることなく輝きつづける

にちがいない・・・・。人生に二度とない4日間・・・・。

歩き去る彼女の肩に、優しい9月の陽がさしていた。

 

 

潮風通信「4」

 

コロッケ・ガール

 

初夏の陽射しが、葉山の町にあふれていた。5月末。金曜の昼過ぎ。

僕は、肉屋の旭屋に買い物にいった。自分の買い物をすませ、店を出た。

旭屋のすぐそばには、川が流れている。森戸川という、幅10メートルほどの川だ。

川には、車が通れるぐらいのコンクリートの橋が架かっていた。僕は、橋をわたろうとした。

その女の子を見つけたのは、橋の上だった。

「女の子」というのは、ちょっと違うかもしれない。年は、20歳ぐらいだろう。まだ5月なのに、

よく日焼けしていた。一目で、地元のローカル・ガールだとわかる。

彼女は、ゴムゾウリをはき、ウエット・スーツを身につけていた。ウエットの上半身は、

脱いでいた。ウエットの腕の部分は、ウエストのあたりに回して結んであった。

ウエットを脱いだ上半身には、ビキニのトップをつけている。

ウインド・サーファーだろうと、僕は思った。今日は、朝から、ほどよい南西風が

吹いている。午前中、海にでて、いま、ひと休みしている所なのだろう。彼女は、

コロッケ・パンをかじっていた。橋のてすりにヒジをついて、コロッケ・パンを、

のんびりとかじっていた。それは、間違いなく、そばの旭屋で買ったものだった。

いうまでもなく、旭屋のコロッケは、葉山名物であり、僕ら、ローカルの人間にとっても、

なくてはならぬ物だ。旭屋では、コロッケだけでなく、コロッケ用のパンも売っている。

4、5個のパンを、ビニール袋に入れて、売っている。さらに、客が自分でつくった

コロッケ・パンに、そこでソースをかけられるようにしてある。だから、僕らは、

コロッケとパンを買い、その場でコロッケ・パンをつくり、かじりながら、歩いていくこともある。

いま、彼女が、かじっているのも、それだった。

彼女は、パンをかじりながら、同時に、パンをちぎって、川に投げていた。僕は立ち止まり、

川をのぞきこんだ。川には、鯉が泳いでいた。何匹もの鯉が、泳いでいた。

この川には、いつ頃からか、野性化した鯉がすんでいるのだ。彼女は、パンを

小さくちぎっては、鯉たちにあげていた。特に、群れからはずれ、食べそこねている

鯉がいると、そっちに、パンを投げてあげている・・・・・。その横顔に、初夏の陽射しが

優しくさしていた。ポニー・テールにした髪の先からは、まだ、海水のしずくが、

ゆっくりと落ちていた。

その時だった。3、4人のオバサンたちが歩いてきた。近くにある懐石料理店から出てきた

らしかった。オバサンたちは、彼女の近くを通り過ぎるとき、露骨に「やぁーね」という

表情をした。どうやら、町の中でビキニ姿でいる彼女が、気にくわなかったらしい。

僕は苦笑いし、胸の中でつぶやいた。「オバサン、ここは湘南なんだよ。で、湘南って

言葉を、ぼくらは( 自由 )と読むんだよ・・・」 と、つぶやいていた。

僕は、同時に、思っていた。あのオバサンたちが食べた懐石料理と、彼女の

コロッケ・パンと、はたして、どちらがリッチなのだろうか、と・・・・・。

サラリとした5月の風が、葉山の町を、スルーして過ぎていく・・・。陽射しは、

あい変わらず、明るく透明だった。

 

 

潮風通信「3」

 

 

ジャニスを聴きながら

 

めずらしくウイスキーを飲んでいる。いまは、夜明けの5時半。そろそろ明るくなりかけている。

霧が出ている。窓のそと、30メートル先の海面すら、霧でよく見えない。

ウイスキー・グラスの、淡い黄色だけが、眼にはいる・・・。さっきから、FMが、

ジャニス・ジョプリンの曲を、流している。彼女の命日なのだろうか・・・。僕は、ぼんやりと、

ジャニスの曲を聴いている。「愛は生きてるうちに」という皮肉なタイトルの曲だった。

彼女の死は、薬物事故という名の自殺だったのだなあと、ふと、思っていた。

最近、有名人の自殺が、つづいている。マスコミは、自殺に対して、おおむね否定的だ。

けれど、僕は、そう簡単に、自殺を否定する気になれない。その気持ちを、ごく簡潔に

言ってしまうと、こうだ。

「人間、生きていくには、その人なりに生きていく理由が必要なのだ。

もし、その理由を見失ったら、誰もみな

自分で人生のページを閉じる権利がある・・・」

僕がこう考えるようになったのは、約10年前だ。長い間、親友だつた男が、自殺したのだ。

突然だった。混乱もした。けれど、2年ほど過ぎて、やっと、奴の気持ちが、わかるような、

そんな気がしはじめた。結局、奴は、生きていく理由の、すべてを、使いきってしまった

のではないだろうか・・・。これから先、生きていく理由が、もう、なくなってしまった・・・。

そう感じたのではないだろうか。そう思えば、突然の死も、わかる気がする。

結局、惰性で生きられる人間と、そうでない人間、という事なのだろうか・・・。

最近、ある人から、「なにが小説だ」といわれた。くわしく言えば、

「その程度の小説を書いてて、何様だと思ってるの」という事だろう。

聞き流した。けれど、それは聞きたくない言葉だった。たとえ、どんな小説でも、僕にとって、

それは、「生きていく理由」なのだ。

「小説を書くこと」、「カジキを釣ること」、この2つが、いまの僕にとって、生きていくための

最大の理由だと言えるだろう。絶対にゆずれない理由・・・。

ウイスキーのせいで、珍しく、重めの話になってしまった。申し訳ない。

ふと見れば、淡い朝日が、裕次郎灯台を白く染めている。FMから流れる曲も、

静かなボサノヴァに変わっている。そろそろ、トマトでもかじって、

ひと眠りするか・・・。とりあえず、元気に生きてみよう。今日も・・・。

 

 

 

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潮風通信[2]

 

細いリボンが、風に揺れていた。

 

春の湘南は、ワカメの季節だ。僕の住んでいる葉山でも、ワカメが

収穫されている。漁師や、釣り船屋の人たちが、海岸でワカメを

干している。砂浜にロープをはり、そこでワカメを干すのだ。

一本一本のワカメは、洗濯バサミにはさまれて、吊るされている。

やがて、ワカメが乾いてくる。すると、しだいに、細くなる。

色も、黒っぽくなってくる。

たそがれ時、海岸を散歩していると、干してあるワカメが

風に揺れているのが目にはいる。それは、まるで、黒いリボンの

ように見える。僕は、目を細め、それを眺めていた。

ふと、ある光景を想いだしていた・・・。

その頃、僕は高校生だった。ロック・バンドをやっていた。

そして、ガールフレンドがいた。彼女は、ちがう高校に通っていた。

彼女の制服のえりもとには、黒く細いリボンが、結ばれていた。

放課後。どちらかの部屋。僕らは、背伸びして、煙草を吸ったり、

ウイスキー・コークを飲んだりした。そして、音楽を聴いた。

彼女が好きだったのは、ビートルズだった。中でも、

「The Long And Winding Road」が、特に気に入っていた。

何回も何回も、かけた。僕は、なかば付き合いという気分で、

その曲を聴いていた・・・。

僕らの別れは、始まりと同じように、ごく自然にやってきた。

10代の恋は、砂糖菓子のようなものだ。甘いけれど、簡単に

こわれてしまう。僕らが最後に「じゃあね」と言ったのは、秋だった。

ハンバーガー・ショップの前で、別れた。ひんやりとした風に、

彼女のえりもとの、細く黒いリボンが揺れていた。

それから、月日が流れた。僕は、ビートルズの曲のように、

「長く、曲りくねった道」を、ゆっくりと走っている。道は、つづく。

「けど、まだ、元気だ。ゆっくりだけど、背筋を伸ばして、

走りつづけているよ」と、彼女に伝えたい。けれど、彼女の電話番号さえ

僕はもう、持っていない。彼女もまた、彼女なりに、

「長く、曲りくねった道」のどこかを、走りつづけているだろうか・・・。

答えは、ない。ただ、リボンのようなワカメが、潮風に揺れているだけだ。

たそがれの砂浜を、僕はまた、歩きはじめた。心の中で、

ビートルズの曲が流れつづけていた。

 

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潮風通信[1]

 

彼女は、ワイパーをつかわない。

 

いまは、夜の11時。僕は、白ワインを飲みながら、これを書いている。

窓の外の海は、少し荒れてきたようだ。オーディオからは、リンダ・ロン

シュタットの< Love Has No Pride>が流れている。

僕は、青いグラスで、ワインを飲んでいた。その青い色を眺めていると

、ふと、昼間に見たある光景を、思い起こしていた。

午後の、3時頃だった。

僕は、車で、葉山のスーパー・マーケットに行った。車をおりて、歩き

だす。そこで、思わず、足をとめた。駐車している1台の車。そのそば

で、立ち止まった。

車は、青い色をしていた。矢車草の青・・・・。そんな色の車だった。

その車は、桜の花びらに包まれていた。車全体に、桜の花びらが、く

っついていた。まるで、水玉模様のようだった。いまは、桜の散る時期

だ。花びらをつけた車は、そう、珍しくない。けれど、僕が見とれたのは

、その、フロント・グラスだった。

フロント・グラスの全面に、花びらが、散っていたのだ。正確に言うと、

花びらを、つけたままにしていたのだろう。これでは、運転には、少し

不便なはずだ。けれど、そんな事より、花びらを、ワイパーでぬぐい去

りたくなかった・・・その気持ちが、なんとなく、わかる気がした。

やがて、その車のドライバーの女性が、戻ってきた。背筋を、ピンとの

ばし、車に向かって歩いてきた。僕は、ゆっくりと、その場をはなれた。

早春の風が、頬をなでて過ぎた。

 

 

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