気仙高田人形


 現在の陸前高田市で作られていた人形です。この人形が作られていた頃は気仙郡高田町であったため、気仙高田の土人形と呼ばれています。堤人形の系統と説明されていることもありますが、赤を中心にした彩色、簡略化された花模様、底の和紙張りなど、人形の系統としては明治の花巻人形の影響を強く受けているような気がします。土は焼かれていません。戦後に一時復活したようですが、実質的には戦前に廃絶しています。最後の作者は熊谷卯八郎です。

初菊

八重垣姫と説明されていることがありますが、八重垣姫が手にする諏訪法性の兜に付けられている白毛がないことより、絵本太功記の初菊ではないかと思います。外題が何であれ、稚拙な中にも微笑ましいこの人形の魅力には変わりありません。
 陸前高田市立博物館に収蔵されていた土人形も大半は原型をとどめない状態だそうです。地元は雛人形どころではないでしょうが、このようの形で貴重な文化が失われていくのは残念です。毎年市内の雛めぐりで飾られていたそうですが、被災を免れた人形が飾られる日が早く訪れることを願います。
(2012年3月30日)