宮の峡人形

 広島県の三次では、今でも三次十日市人形が作られています.その前身は宮の峡人形と呼ばれ、嘉永7年,大崎忠右衛門により創始され,大正の始めに廃絶してしまいました.背部に三次宮の海人形本元と刻印されていることで有名ですが、これは、新興の三次十日市人形に対抗するために明治後期より刻印されはじめました.刻印のない初期の作品に優品が多いようです.
天神

 木台にのった立派な天神で、顔立ちも気品に満ちあふれてます.雛人形というより神像といった方がぴったりします.保存状態もよく大切に飾られ保存されていたのでしょう.宮の峡の天神は赤衣、黒衣が有名ですが、この雲母手が最も美しく、作例も少ないようです.

松負天神

  松負い天神といえば三次十日市人形が有名で,佳作として郷土玩具関係の本には必ずといっていいほど紹介されています.しかし,十日市の松負い天神の元になったのは,やはり本家の宮の峡人形でした.宮の峡人形大好きの私としては,こちらの人形に軍配を上げたくなります.(さらに遡ると宮の峡人形の松負い天神の元は長浜人形の松負い天神です). この人形は,丹,緑青,黄土で彩色されており,幕末から明治初期の,初代大崎忠右衛門時代の,いわゆる初期宮の峡人形に属する人形です.一筆で書かれた目でこれだけの表情を作り出すことができた人形師の実力は相当なものです.山口県の広島県境に近い,美和町の民家から採集されています.

内裏雛

 長浜人形ほど繊細ではありませんが着物に花柄のレリーフを認め,明らかに長浜人形の内裏雛の影響を受けています.とても田舎っぽい内裏雛です.天神の伝世品は比較的多いのですが,内裏雛の伝世品はほとんど見かけず,珍品の部類にはいります.

花篭持ち

 一見,古長浜人形のようですが,古長浜の影響を色濃く受けた,初期宮の峡人形です.初代,大崎忠右衛門の作品かもしれません,美人とはほど遠いおへちゃですが,その田舎臭さが見所でしょうか.江戸末から明治初期でしょう.