武生人形

 三国人形の創始者新保屋治平の次男新保佐治平により明治20年頃より作られ始めた人形です。現地では「でこんぼ」、「べと人形」などと呼ばれていました。伏見型のみでなく、差し首の明治の風俗人形も多数作成し、優れた原型師であったようです。現在残されている人形は、佐治平の没後に平野秀太郎により復活された人形が多く、佐治平の人形は貴重です。
天神

 佐治平の代表作はなんといってもこのべと天神です。当時北陸で作られていた高価な木彫り天神を型による大量生産し安価に提供したものと考えられます。仏師岡田平吉の木彫原型から造形されたと伝えられています。磨き出された美しい頭部に老成した表情、手に取ってみないと土人形とわからない重厚な作品です。本体のみで35cm。神像なので玩味に乏しいですが、 玩味ある10cm程度のミニチュア木彫り風天神も作られていたようです。