棚尾人形

 三河地方は良質の土に恵まれ、各地で明治中期頃より多数の窯元で土人形が作られるようになりました。中でも碧南市でも棚尾町、大浜町、旭町、新川町で土人形が作られていました。あくまでも行政的な区分で産地が命名されているだけで、多少の違いはあるもののどの産地も赤い土、ニス塗、酷似した型を基本としており、三河人形と総称したほうが良いと思います。江戸時代より村歌舞伎、村芝居が盛んな地域であったため、どこの窯元も歌舞伎人形が主力となっています。亀島久八に始まり最盛期には多数の窯元や作者のもとで隆盛をきわめた棚尾人形も、鈴木初太郎を最後として昭和30年代に廃絶してしまいました。

寧王女(ねいわんにょ)

 滝沢馬琴による奇想天外な伝奇物語、椿説弓張月に出てくる琉球の王女、聡明で孝行心に熱い寧王女です。源為朝の人形も確認されていますので、おそらく対物なのでしょう。
 物語のクライマックス、為朝の助けで曚雲の正体である虬(みずち)を倒し、琉球2つの珠を取り戻したところでしょうか。
 この物語が実際に歌舞伎として演じられたのは戦後のことのようですが、村芝居では演じられていたのかもしれません。葛飾北斎が描いた原本の挿絵の中にはこの構図がありませんし、衣装も挿絵の寧王女とはだいぶ異なっています。椿説弓張月は浮世絵の題材にもなっているようですので、あるいは浮世絵等や芝居絵を手本に作ったのかもしれません。
 この人形の背面には「中十」の陰刻があり、三河人形の中でも最も評価の高い岡本開太郎の作品です。開太郎は原型を全部自作したそうですので、この型も他の三河窯元では見かけないような気がします。一瞬の動きをとらえた勢いがある型、切れ長で小さな眼点を持つ鋭い面書、繊細華麗な彩色など、やはり棚尾中十は三河人形の最高峰です。
(2011年10月10日)