左官 -内壁-

 壁を塗ることを「左官」と呼びますが、ふと考えると不思議な呼び名です。昔は泥工デイクと言われたそうですが、宮中に修理などで出入りするには位が必要なため、属サカンの位を与えられたことに由来するからとか。左官は別名を壁大工とも言うそうです。

 さて、我が家の壁は、和室と茶室、玄関まわりが聚楽、その他は壁も天井も漆喰シックイです。昔は新築の家に招待された時、誉める順番で、「一壁、二障子、三柱」と言われたとか。それ程に、壁は家の「顔」とも言える存在だったようです。

 

漆喰

 ビニールクロスは接着剤のホルムアルデヒドが問題となって最近はずいぶん改善されたようですが、火災時には有毒ガスを発生するものも多いとか。また、静電気が起きやすく、テレビや冷蔵庫の裏側が黒ずむといった欠点があります。さらに、年月が経つと継ぎ目が目立ってきてしまいます。

 これに対し漆喰は、2000年も前から世界中で使われているだけのことはあります。日本のお城や土蔵の壁も漆喰ですが、それは漆喰が強いアルカリ性の無機化合物のため、カビなどが発生しにくく、湿度を調節する働きがあるからです。また、不燃材のため、何より怖い火災から守ってくれます。江戸時代には、延焼を防ぐ目的で広く漆喰壁が用いられたとか。昔の人の知恵には、本当に敬服します。

 漆喰は静電気を起こさないのでホコリがつきにくく、テレビの後ろも真っ白なままです。神崎建設標準仕様の漆喰壁で、夏涼しく冬暖かい、快適なエコロジカルな生活ができそうです。

 左官屋さんは鈴木左官さん。鳶頭の梶野さんとは幼なじみで、高校時代はバッテリーを組んでいた仲とか。お二人とも、そうとうワルかったという噂が・・・(笑)。梶野さんが足場を組み、鈴木さんがそこに乗って外壁を塗る。今でも名コンビのようです。

 
 鈴木明宏さん



 1、2階の漆喰は、鈴木さんの知り合いの田中左官さんも手伝って下さいました。田中さんのお父さまは瀬戸内海で貝灰を作っていらっしゃった方とか。そもそも漆喰は貝灰が主成分で、はまぐりや牡蠣カキなどの貝殻を蒸焼きにしてできた灰だそうです。昔は砂浜に竹で作った格子を立てておくと、そこに貝が山ほどかかったとか。今は護岸工事が進み、すっかり貝も取れなくなり、漆喰の原料も貝灰から消石灰へと変わってしまったようです。

 田中さんの少年時代は貝灰のおかげでずいぶん裕福だったとか。そういえば、かの有名な吉野太夫のパトロン、灰屋紹益も灰屋さんでした。

 さて、漆喰壁は石膏ボードの上に石膏で中塗りをしてからその上に漆喰で上塗りします。まず石膏で粗く塗り、生乾きのうちにさらに石膏をもう1回、今度はきめ細かく塗ります。1日置いて半乾きにしてから漆喰を1回塗り、やはり生乾きのうちに仕上げの漆喰を塗ります。この乾き具合が季節によって違うため、経験と勘の必要なところのようです。回数としては全部で4回。時間と手間がかかるため、敬遠されるはずです。

 実は、漆喰の色をさんざん悩み、真っ白では目にきついような気がして色をつけていただこうかとも思ったのですが、色を混ぜた漆喰は、日に焼けるとまったくベツモノになってしまうとか。白のままで正解だったようです。

 天井を塗る時には脚立を2台置き、そこに板を渡し、その上に立って塗ります。中塗りの際は、コテを持って上に伸ばした手は動かさず、トットットットットッと歩きながら塗っていきます。感動…。漆喰は、たまに目に入ることもあるとか。なんだか申し訳なくなってきてしまいます。



 
 様々なコテ



 職人さんがはいているこのズボン、私は今まで「にっかぽっか」というのだと思っていました。しかし、正確にはニッカーボッカーズknickerbockers。オランダの膝下で留める半ズボンをこう呼ぶそうで、ここから来ているのです。さらに、ニューヨークへ初めて移民したオランダ人のこともこう呼ぶとか。「ニッカーボッカーズ」はゆったりしているので動きやすいのでしょう。足下は地下足袋でキリッと。私は地下足袋を見ると、なぜかウットリしてしまいます。

 
 石膏の中塗り1回目。職人さんは背中で語る!



 さて、石膏や漆喰を塗ったら、その度ごとにドア枠や柱のまわりの「ちり」際を、水をつけた刷毛で掃除します。この刷毛を「ちりぼうき」と言うそうで、「左官の腕前はちりぼうきを見ればわかる」とか。真面目な仕事ぶりに通じるもののようです。

 そして、この「ちり」回りが職人さんの腕の見せ所で、柱やドア枠と壁の境は真っ直ぐでなければなりません。きものの仕立てでも畳のヘリでも、端や隅の始末は一番難しく、そこを見れば腕がわかるようです。ちり際は、中塗りの際は定規を当て、上塗りの時は細く小さい鏝コテで押さえ込んで仕上げます。何気なくスーッと端をなでているようですが、これが難しいのでしょう。

 
 「ちりぼうき」で汚れをきれいにする田中祥之さん



 漆喰の仕上げ方は色々あるため、こちらの希望を伝えて、鈴木さんにいくつか塗り見本を作っていただきました。イメージ通りに仕上がり、大満足。それにしても、コテ1本で模様を作っていく技は見ていて本当に感動で、これぞ職人芸という感じです。ちり際の鏝コテさばきにしてもそうですが、漆喰仕上げも、「エッ?それで模様になったんですか?!」と思わず聞いてしまうくらいの何気なさ。職人芸は無駄な動きがなく、静かなものなのかもしれません。

 完成した壁を見ると、心配していたほど白すぎもせず、「やさしく守られている」という感じです。

 田中さんの息子さんの大介さんは、わざわざ左官の学校に行って勉強したそうです。意気込みが違うだけあって、目がキラキラしていてカッコイイ!この若さで立派に一人前なのですから、腕のいいお父さまのお陰でしょう。お父さま曰く、「神崎さんの仕事は、職人が喜びますよ。今はみんな壁にクロスを貼りますから」。

 鈴木さんは大介さんのことを「必殺遊び人」と紹介して下さいました。「鈴木さんは?」とうかがうと、「オレは必殺仕事人」。ま、まいりました!遊び人クンは、岩肌をイメージして塗って下さったとか。我が家の壁は「漆喰岩肌仕上げ」と命名させていただきます。「いまのところ世界で一つ」だそうなので、「よそのうちを同じように塗らないでね」と頼んでおきました(笑)。

 
 完成したLDの壁と天井。右から田中さん、息子さんの大介さん、息子さんのお友達の渡辺慎さん。


 峰崎さんは、口数が少なく、差し入れの甘いものは一切口にされません。夜のお酒がまずくなるからなのでしょう。初めてお目にかかった時、「お名前はなんとおっしゃるんですか?」とうかがったところ、「名乗るほどのもんじゃーありませんよ。あっはっは」。すっかりファンになってしまいました。名を残さず仕事を残す。冗談の中にも職人さんの心意気を見たような思いがしました。

 
 7寸柱を挟んで峰崎善治さんと小川京子さん







聚楽

 次は聚楽。もともとは、秀吉の建てた聚楽第ジュラクダイ跡付近で産する壁土を聚楽土と言うのですが、そんな土はもうほとんど手に入らないため、それに似せて作られた土で塗った壁を普通は聚楽壁と呼んでいます。我が家の聚楽壁の主成分は、天然の土、珪藻土ケイソウド、木粉です。

 

 聚楽の下地は漆喰と同じで、石膏を2回塗ります。漆喰は生乾きのうちに上塗りするのに対し、聚楽は十分に乾かしてから塗ります。そうしないと、カビが生える恐れがあるとか。

 また、漆喰はキズを補修してもそれほど目立たないのですが、聚楽はキズがついたら壁全体を塗り替えないといけないこともあり、家の中の工事がほとんど終わってから塗るのだそうです。階段の壁は、引っ越してから塗っていただくことにしました。

 聚楽の上塗りは1回。金鏝カナゴテで塗っておいてから、ビニールカバーのついた大きなコテで、なでるようにやさしくスーッ。見ていると、うっとりしてしまいます。

 
 鈴木さん。職人さんの厳しい目が素敵です。



 角には直角に曲がったコテが使われ、なるほどと感心してしまいました。場所によって本当に様々な種類のコテが使われます。

 
 直角に曲がったコテ



 玄関から階段まわりは黄聚楽キジュラクという黄色がかった色にしていただき、茶室は本聚楽と言われる落ち着いたベージュ色に。漆喰にしても聚楽にしても、塗り壁は水分を吸ったり吐いたりしてくれます。この懐の深さがありがたく、そしていとおしくなります。ゆえに我が家は絶対禁煙!

 
 峰崎さん。「丁寧」という言葉は、この方のためにあるのかと思う程です。



 聚楽の仕上がりはどこまでも平らでなめらか。我が家に来て、この美しい壁にキズをつけた人は無事には帰れません!!(笑)

 



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