匠の話

 仕事の邪魔とはわかっていても、荒井棟梁のお話は本当に興味深く、そして奥深く、時の経つのを忘れてしまいます。

 

 柱を1本立てるのにも、無垢の柱には立て方があるようです。集成材は上下左右関係なく立ててよいそうですが、無垢の場合は、まず上下を見なければなりません。木が立っていたように立てる。そして、年輪を見れば、南側が一番成長していて年輪の幅が広いことがわかります。逆に北側は狭い。柱を立てる時も、木が南を向いていた方を南側にして立てるそうです。すると、狂いが少ないとか。いくら柱になった木とはいえ呼吸をして生きているのですから、逆立ちさせたり太陽に背を向けさせてはかわいそうですし、ご機嫌が悪くなるのは当然でしょう。

 刻みの段階で1本1本の柱の向きを考える。こういったことがわかっている大工さんは、本当に少なくなったそうです。つまり、集成材の柱を使う家ばかりになり、無垢の柱についての知識などは知らなくてもやっていけるからです。

 この傾向は1960年代から始まったとか。今の50代後半から60代の大工の多くは、高度経済成長の波に乗って、高収入の突貫工事に従事しているうちに、伝統技法を身につけられないままになってしまったそうです。そして当然その弟子たちには何も伝わっていない。そんな中で地道に腕を磨いてこられ、息子さんをはじめとしたお弟子さんたちに技を伝える荒井棟梁のような大工さんこそ、日本の宝と言うべきでしょう。

 

狂い

 家は、半年くらい寝かせながら、ゆっくり建てるのが理想だそうです。時間をかけて微調整しながら、徐々に木と木をなじませていく。そうやって建てられた家は狂いがほとんどないとか。昔はこうした建て方でも大工さんは十分食べていけたのですが、今はそんな悠長なことをしていては生活が成り立たない。その結果、アッという間に建てられた家は、そこらじゅうが歪んできてしまうのです。さらに日本の気候に合わない輸入材の使用が、この歪みを加速させています。

 母は「表装技術を守る会」に入っていますが、表装の世界でも事情はまったく同じで、やはり1年くらいかけながら、屏風なら木と紙のなじみ具合、掛け軸なら布と紙のなじみ具合をゆっくり調整しながら作っていくようです。そうすると、100年は優に持つとか。もちろん使う糊は化学糊ではなく、正麩ショウフ糊。正麩糊は、小麦粉を水でこねて水洗いし、分離し沈殿させた澱粉を、そのままねかして練って作るため、100年たっても糊をはがし、表装し直すことができます。逆に化学糊で「突貫工事」をしてしまうと、すぐに化学変化を起こして掛け軸は波打ってしまうとか。強力な化学糊は、はがして表装し直すこともできず、結局は絵や書を台無しにしてしまうのです。

 日本文化は、自然と対話しながら、繊細でゆったりとやさしい心の上に成り立つものなのでしょう。人間の心の狂いと紙の狂い、そして木の狂いは、比例しているのかもしれません。

 しかし、心の狂いはさらに深刻になってきています。人間は次第に自分の都合のみを優先させ、力ずくで自然を征服しようとするに至っているのです。今では、木が狂わないように、木の中に樹脂を注入するといった暴挙さえ行なわれています。また最近では、木を粉々にして樹脂をまぜ、ボンドで固めた「木を越えた木」が盛んに宣伝されています。狂いがなく、木くずを再利用しているため環境にやさしいと言われていますが、あらたに生み出された「木」は、自然には帰らないのです。ボンドの有害性も否定できません。実物を見に行きましたが、自然のぬくもりは全く感じられないばかりか、そんな「木」に囲まれた空間にいると窒息しそうな気がしました。

 人間の作り出したものが自然を越えたという自惚れの、いかに愚かしいことか。しかし何より恐ろしいのは、人工物に囲まれているうちに、人間としての感覚がなくなっていくことです。子供たちの現実感覚の鈍りも、こうした環境と無関係ではないように思います。自然とあまりに乖離した生活を送っていると、自然のありがたさも人間の小ささも、そして何より人間もまた自然の一部であることを忘れてしまうでしょう。

 



匠の技

 棟梁の手間のかかった仕事を見ると、本当にありがたいと思います。「知らない間にこんな風にされちゃって」というのが世の常。しかし、できあがった部分をよく見ると、「知らない間にこんなに手をかけておいてくださって」と思わずにはいられません。

 まず、土台の木ですが、家の幅ほどの長い木はないため、当然どこかで接がなければなりません。昨今は金具で留めるだけのようなのですが、棟梁は木に矢印の形の凹凸をつけて組み込ませています。これならどんな大地震でも左右の木が離れることはないでしょう。





 筋交いも実に手が込んでおり、形は場所に合わせて様々です。

 3尺幅(90センチ)なら中央に1本、まっすぐに木を立てます。そこには溝ができていて(写真左)、その溝にはまるように筋交いを交差させるのです。

 4.5尺(135センチ)なら、中央の2本の木で筋交いを固定します。

    



 さらに、筋交いの斜めの木は、上下に窪みをつくっておいてそこにはめ込みます(写真左は土台のほぞ穴にはめ込んだところ)。近頃は金具で留めるだけの筋交いが多いようですが、組み込ませておけば、まずはずれることはありません。その上から金具で留めて、これで万全でしょう。

         



 筋交いは壁の強度を補強するものですが、梁や桁といった水平方向の結合部分を補強しているのが「火打ち梁」というものです。鉄製の火打ち梁を釘で留める方法もあるようですが、梁や桁に穴をあけておき、そこへ角材をはめ込んでボルトで固定すれば頑丈です。

 こうして見ると、水平方向も垂直方向も、さらに斜め方向も、すべて木組みになっていることがわかります。





 さて、我が家の設計上一番の問題点は、1階の和室の上に書斎が載ることでした。洋室は柱を覆うように壁を作るのに対し、和室は柱を見せるため、その分、壁が薄くなり、支える力も弱くなります。そこで、筋交いと太い梁、火打ち梁、さらに格子のような縦横無尽の補強で2階の本を支えられるように工夫して下さいました。ありがたいことです。

   



匠の読み

 考えに考えて設計図を書いたつもりでも、あとから「やっぱりああしたほうがよかった」ということが出てきてしまいます。

 階段下の物入れの扉を、階段の左側ではなく右側に変更したいとひらめいてしまったのですが、右側にすでに筋交いが入っていれば無理。しかし棟梁は、「ここはこっちからになりそうな気がして筋交いはやめておいたよ」と。

 他にも、ドアの位置が変わりそうな所は上に梁を渡しておいて、その下でドア枠の位置を自由に決められるようにしておいて下さいました。ドアの両側に柱を立ててしまっては動かしようもないのですが、ドアの位置が変わりそうだとの「読み」だとか。

 「すみません、棟梁〜。ここは〜・・・」と言うと、「そうなるんじゃないかと思って保険をかけておいたよ」と。

 あぁ、神さまはすべてお見通し。



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