*今夜の曲目

(2003年9月26日:カノラホール公演パンフレットのために記述。無断転載などを禁ず。)


*交響曲第6番「朝」1761年

ハイドン30歳にして、ハンガリー最大の富豪エステルハージ家の宮廷音楽家になる。皇居の料理長になるようなものだから相当才能を認められていたと思われる。1761年のこと。就任記念披露に、侯爵が所望したのは「朝・昼・晩」という3曲の交響曲のセットだった。13名の小さな楽団の能力と変化の可能性をすみずみまで利用し尽くして作られている。なにより、コンサートマスター、チエロはもちろん、あらゆる管楽器、ファゴット、コントラバスに至るまで豊富なソロを与えられているのは、上記「マンネリ防止」のほかに、楽団員をも紹介し、あるいはテストし、あるいはオイシイソロを与えて就任のお土産としたのかもしれない。とはいえ、当時はまだ交響曲は、楽団のいろいろな楽器が活躍するイタリア風の合奏協奏曲を原点にして、あんまり区別されていなかった。ヴィヴァルディの「四季」もハイドンの「朝昼晩」も同じ趣向の産物なのだ。

「交響曲」をひとつの立派なジャンルにしたのはまさにハイドンさんであり、その、40年近い、長い実験と工夫の仕事は、いま、まさに「始まった」ところなのだ。

今夜はまず「朝」の全曲を聞いていただく。

第1楽章:夜明けのような序奏に続いて、フルートが快活な主題を演奏する。ちらほらとつぎつぎ顔を出す木管楽器は「顔見せ」のよう。

第2楽章:ヴァイオリンのカデンツアでイタリア風に始まり、チエロの独奏も加わってあまりにも美しい詩情が展開する。30歳の巨匠の姿がここにある。伴奏のリズムはあとで聞く「告別」の第2,第4楽章にも出てくるから、覚えましょう。

第3楽章メヌエット。1,2,4楽章にはいろいろな音楽を持ってくることができるが、メヌエットだけは3拍子、繰り返し、トリオ、アタマに戻る、と決まっている。その中でハイドンが作り出した変化は、今夜の最後に聞く85番からさらにさきを貫いて、驚くべきものがある。ここでは、前半意識的に木管・ホルンの高音域を聞かせている。なぜかというと、トリオ(中間部)で、とんでもない楽器がソロを始めるからだ。その音色!ユーモア!超絶技巧!お楽しみに。

第4楽章:フィナーレ。主題はただの音階であり、小さなオーケストラだというのに、とんでもないエキサイティングな世界に導かれる。矢継ぎ早にソロを取る全員も、またしても「ジャムセッション」のよう。


*交響曲第7番「昼」より(抜粋)

第6番で、すでにオケの可能性をすべて聞いてしまったような気になるが、とんでもない。今夜はやれないが、この曲の第2楽章はヴァイオリンとチエロを歌手に見立てたオペラ仕掛け。その音楽をはさんで、このオケの最強兵器ホルンが縦横にパワフル・サウンドを響かせる。まさに真昼の音楽。


*交響曲第8番「晩」より(抜粋)

この曲のトドメを聞いていただく。第2楽章の、あまりにも、あまりにも美しい、夕陽に翳る森の風景のような旋律主題だ。一度聞いてこの旋律を好きになれないなら、演奏しているわれわれに責任があると思うので、多分2回やります。夜中の嵐のような第4楽章はベートーヴェンの「田園」を彷彿とする。


*交響曲第45番嬰へ短調「告別」

1772年初秋

40代を迎えたハイドンの作風は次第に情熱的で圧倒的、嗚咽するかのような叫びに満ちたものととなり、音楽、交響楽はここにきて宮廷の飾り物から、ついに「意味あるなにか」に昇格する。それをなしたのもハイドン。モーツアルトも、ベートーヴェンもそこから学んでいるのだ。

この45番はその「疾風怒涛期」の代表作だが、逸話もある。ハイドンの雇い主エステルハージ公は、夏には別荘(エステルハーザ宮)で過ごすことを常としたが、ここには楽団全員を伴い、しかし楽団員の家族はアイゼンシュタットに残された。この年(1772)滞在はなんと8箇月を越えて伸びに伸び、楽員はついに楽長ハイドンに「なんとかしてください!!部長!!」と泣きついた。そこで、ハイドンは新しい交響曲の最後に唐突にゆっくりな部分を作り、一人づつ楽員がロウソクを吹き消しては退場し、最後に自分とコンサートマスターだけが(残って、さみしく終るというウイットでその願いを表現した。

第一楽章

ともかく、噴出しており、エネルギッシュであり、悲痛そのものであり、複雑な響きである。整った、簡潔なベートーヴェンを聞きなれたわれわれは、「先生!校訂、推敲、したんですか!!」と問い詰めたくなるくらいだ。

第二楽章

怒濤の不死身がやっと終ったので、こんどは永遠の天国のようなながーーーーーーい音楽が来る。

(あきらかに、「休憩」の楽章。でもよく聞くとまことに美しい。ポイントは「垂れ下がる」音形です。)

第三楽章メヌエット

始まり(第三小節)から、レコードの針が飛んだのではないかと思わせるほど唐突な和音がくっついてくる。聞きなれるとむちゃくちゃにかっこいい。イキナリこの始末だから、ハイドンは油断ならない。

第四楽章

ある解説には、「グレゴリオ聖歌のよう」とあるが、旋律は確かに(5音音階的なので)そう、あるいは演歌調でも、雰囲気は「つり目」というか、「寄り目」というか、ともかく、「待ったなし!!」という詰め寄り系で始まる。

例の「告別」のコーダはまったく新しい音楽に聞こえ、5つの楽章のよう。どうやって終るかお楽しみに。


休憩

*交響曲第85番「王妃」(1785頃)

ハイドンは円熟期に、自分の作品がパリで人気を集めていることを知って「田舎にいることが私の不幸なのだ」と嘆いた。あまりに多忙で旅行を許されなかったのだ。しかし、パリの有名なコンサート・シリーズから依頼を受けて、6曲の素晴らしい交響曲を作曲し、送った。(82−87)この85番もそのひとつ。宮廷よりもはるかに大きなオーケストラ、パリの絢爛趣味、ドイツ人としての利点であるがっしりした構成、サウンドを併せ持ち、さらには6曲のセットそれぞれが全く異る個性を持っているという大名作集なのだ。個人的にはこの時代のハイドンを最も推奨したいです。

「王妃」とは、マリー・アントワネットが好んだフランスの恋歌「優しく若いリゼット」を第2楽章の主題に据えているためにこの名前があるという。

第1楽章:簡潔な序奏に続いて、雨垂れがおっこちるようにさりげなく始まる。すると突然、さっき45番「告別」を聞いたばかりのアナタが、物凄くびっくりすることが起きます。驚愕させるのはハイドン生涯の趣味。どうか居眠りしないように。オーボエ、あまりにも甘い旋律。おれにも吹かせろ!

第2楽章:ロマンス

王妃の好きな歌の変奏曲。単純な旋律になんとも蠱惑的な、官能的なシビレル和音がついている。聞いた貴婦人たちは身をよじったことだろう。僕もピアノで勉強していて身をよじる。マリーになって、あなたもよじって下さい。

第3楽章:メヌエット

ファゴットとヴァイオリンのソロで始まるトリオ(中間部)の後半には、上品にして、意外にして、簡潔にして、一度聞いたら忘れられない工夫が作られている。ホルンは、そのあいだずーーーーーーーっと同じ音を伸ばしている。

第4楽章:フィナーレ

ファゴットの、ユーモラスで快活なキャラクターそのままのような音楽。ロンドのようだが展開部が非常に充実している。終りまで聞いて、この興奮、トランペットもティンパニもないオケによってもたらされたこと、気づいてますか?


さあ:今夜、ハイドン・ファンになったかたへ

*僕のオススメハイドン交響曲

紙面がないので番号だけ。

初期:13,22「哲学者」31「ホルン信号」

疾風怒涛期:38,39,44「悲しみ」、49「受難」

劇場期:63「ロクスラーヌ」、70(絶対!)73「狩」

パリ(トスト、ドーニ交響曲含む):全部。とくに83,88.

ロンドン(最晩年):全部。とくに、100,101.


*ハイドン交響曲のCD

ホグウッド、ピノック、ブリュッヘンなどが精力的に全曲録音に取り組んでいるが、挫折したのもあるらしい。僕はこれらは全部聞いたうえで、アダム・フィッシャー指揮、ブタペスト祝祭管弦楽団(Austro-Hungarian Haydn Orchesta)の全曲録音を愛好。Nimbusから。33枚組セットで、1万円しかしない。安かった。