新潟用:

「新世界交響曲」を100倍楽しもう!

*ごあいさつ:

本日は、ようこそいらっしゃいました。

ドボルジャーク(1841-1904)が作曲した交響曲「新世界」は、ありとあらゆる交響曲の中でも最も人気が高く、ベートーヴェンの「第9」や「運命」、ブラームスの第1番をも凌ぐほど全世界で頻繁に演奏され、愛されている作品です。本日ご来場の皆様も、全体は知らなくとも、お聴きになれば部分部分のメロディーなどはきっと耳にしたことがおありだろうと思います。今日は、ただ聞いただけでも充分感激するこの「新世界」を「100倍楽しもう!」という企画です。そんなことが可能なのか?と思われるかもしれません。僕は可能だと思っています。それほど、交響曲に隠された、すぐには聞き取れない魅力は大きいものなのです。

それでは、ごゆっくりとお楽しみ下さい。

****音楽を、今までより楽しむために****

*クラシックは難しい:

「クラシック音楽は難しい」とか、わかりにくい、退屈だと言う声をよく聞きます。また逆に、熱狂的クラシック・ファンになって曲を覚えるまで聞いてしまった人たちは、CDコレクターのようになっていたり、指揮者の解釈による些細な違いを追いかけて顕微鏡的になり、音楽を聞き始めたころの感動になかなか再会できなくなっていませんか。

通の方も、初心者の方も、自分の好きなあの旋律が来るまでの時間を、どこか退屈なものとしてCDを早送りしていたりしませんか?

これは、どちらも同じ原因によるものです。それは、クラシック音楽について長い間語られ、信じられてきた、「音楽は難しくない、心で聞けばきっと感動できる」という言葉です。

これは、すいませんが、ウソです。

もちろん、本日のテーマである「新世界」を始め、音楽をあまり知らない人が一度聞いただけでも、美しい旋律や迫力あるオーケストレーションによってかなりの感動をもたらしてくれる音楽はたしかに存在しています。しかし、それはむしろ例外的なのであり、また、そうした作品についても、まさに今日「新世界」について皆さんにお話ししたいと思っている通り、楽しみのすべてを味わっているとはとても言えないのです。人類の遺産とも言えるクラシック音楽はたしかに複雑で巨大で、すぐに全貌を知るのは難しい。でも、理解して聞けば100倍の感動があるのです。

では、どうすればもっと楽しめるのでしょうか。

*人を知り、時代を知り、音楽を知る:

まず、作曲家について知らなくてはなりません。どこの国にいつごろ産まれて、どんな人生を送ったのか。ベートーヴェンやワグナーなど、決定的に重要な作曲家に較べて前か後かなど。そしてその作曲家の生きた時代は?音楽はどんな誰のために書かれ、意味を持っていた?などをできるだけ多く知っておくことは楽しみを増やすことにつながります。

「新世界」を作曲したドボルジャークはチェコの人で、素朴で情熱的、実直、無口な田舎の人でした。時代としては、ベートーヴェンよりもワグナー、ブラームスよりも後、19世紀の最後に活躍した人ということになります。(今年が死後100年に当たっています)。

ドボルジャークの特徴は、ボヘミアの民謡のような親しみやすく暖かい旋律と熱情的リズム、豊かな森や草原などの自然描写を盛り込んだ「国民楽派」の作風。この人が50歳代になって渡ったアメリカから、望郷の念と「新世界」への驚嘆と共感を込めて郷土に呼びかけたのがこの「新世界」交響曲です。

*曲を理解する

交響曲には基本的なルールがあります。これを覚えておくことは、単一の交響曲を聞くときにも、複数の交響曲を比較するときにも楽しみをふやすことになるでしょう。

交響曲のルール:

・楽章を4つ持つ。

・そのうち第1楽章は快速で、2つの対照的な性格のテーマを使ってドラマを作るソナタ形式による。

・第2楽章は静かで美しい曲。

・第3楽章は3拍子で、リズミックで繰り返しの多い舞曲。

・第4楽章は再び快速なフィナーレ。

これは18世紀、ハイドンによってさまざまな実験の末に確立された形です。例外は多く存在しますが、基本的にはマーラーやシベリウス、ショスタコービチなど20世紀にいたるまで守られてきた偉大な形式です。

*ロマン派の交響曲

形のルールが決定した交響曲はその後、ベートーヴェンによって「苦悩」や「勝利」という人間的ドラマを盛り込まれ、爆発的に成功し、クラシック音楽全体の中心的存在となりました。その後、ブラームスやチャイコフスキー、ドボルジャークなどによって全曲を統一するテーマを持つ(4つの楽章すべてに共通のメロディーが出現する)など発展させられたのみならず、民謡的な旋律を用いたり、人間、心、自然、死、葛藤など、一般の聞き手を共感させる要素を描写することも盛り込んで、いわば「大衆的」「普遍的」な音楽となっていきました。これを「ロマン派」の音楽と呼んでいます。「新世界」はルールと普遍性の両方を満たし、さらに上記「国民楽派」の魅力も開拓した、それらの動きの頂点にある作品です。

*交響曲の聞き方

普通は旋律の美しさ、壮大なオーケストレーションやファンファーレのカッコ良さ、ティンパニなど大音量によるカタルシスの快感、あるいは弦楽器などによる繊細な表現など、色彩の大きなコントラストを味わうことに終始しているのではないかと思います。しかし、交響曲の楽しみは実はそれだけではありません。印象的に演奏される、覚えやすい旋律は「主題」(テーマ)であることが多いものです。まずはこういう旋律を「覚える」ことに集中力を発揮して下さい。実は、交響曲の最初の部分はこうした主題がとても覚えやすいように、印象的にハッキリと(呈示)、かつ、幾度か繰り返されて(確保)聞かれるように構成してあるものなので、記憶するのはその気になれば、思ったより簡単です。

また、椅子によりかかって漠然と聞くのではなく、サッカーの試合を自分で実況するように、「あ、今静かな場面に来ました」「戦っています戦っています」「繰り返し、あ、また繰り返し!」「あのメロディがいま再び金管楽器に出現しました!」などと、状況、感じ、起きていることを「言葉に直して」把握していただきたいのです。たくさん出現するメロディを覚えておくのはとても大変なので、「男性」「女性」とか「主人公」「姫」「王様」「お城」など、直感的に感じた言葉を使って整理しておくとよいでしょう。

すると、これらの主題が姿や音量、楽器、速度、表情を変えてたびたび出現し、あるときは戦ったり重なり合ったりしていることに気が付くでしょう。それを「展開している」と言います。姫と王様が言い争うのか、主人公と誤解しあって離れてしまっているのか、どんなドラマでもよいでしょう。重要なことは、主題は一つの人格であり、複数の人格が舞台上で作り出す関係がドラマなのだということです。そのドラマを自分の心に作り出しながら聞くことが出来れば、交響曲はまた、初めて聴く音楽でも、一つの音さえもムダや退屈などはなく凄く緊密に、しかも人間誰もが共感できるように作られていることがわかり、音楽は今までの100倍どころか1000倍も素晴らしい感動を与えてくれるでしょう。(文末「マニアの方へ」参照)

****「新世界」あれこれ****

*「タイトル交響曲」

まず、「タイトルがついている交響曲」としては、それが作曲者自身によるものである場合に限っても、「田園」(ベートーヴェン)「幻想」(ベルリオーズ)「春」(シューマン)「悲愴」(チャイコフスキー)などがあります。

「新世界」とここまで便宜的に書いてきましたが、正しくは「新世界から」「新世界より」という意味であり、チエコ人であるドボルジャークが壮年期に2年間活動したアメリカで作曲されたことによっています。「新世界」とはアメリカのことなのですね。このタイトルはすでにカーネギーホールでの初演のときに用いられていたようです。

*ホ短調交響曲の仲間

この曲はホ短調(e-moll:#がひとつの短調)という調を取っています。この調は軽やかでナイーブな悲しみを表現する、やや女性的、センチメンタルな調で、ベートーヴェン、モーツアルト等にはこの調の交響曲はありません。バッハの「マタイ受難曲」、ハイドンの第44番「悲しみ」、メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲、ブラームスの交響曲第4番、チャイコフスキーの交響曲第5番、さらにはマーラーの7,シベリウスの1などがこの調を取っている「仲間」の音楽であるといえます。こうした、「調」について知っていることも音楽の楽しみを大きくひろげるキーになります。ことに、新世界とブラームス4,チャイコフスキー5は外見的にも類似点があり、ドボルジャークはこの2つの作品をおおいに参考にしていると思われます。

*9番のジレンマ

ドボルジャークは「新世界」のあと10年も生きて、オペラや交響詩を精力的に作曲しましたが交響曲はこれで最後になりました。ベートーヴェンはご存知のように9曲しか交響曲を残さず、シューベルトも9曲しか書かなかったので、「9番を書くとあとは死ぬ」というのは19世紀末の作曲家たちにジンクスとして信じられていました。マーラーは第8番を書いた後、9曲目の交響曲を「大地の歌」という名称にして様子を見て、そのあとおもむろに9番を書きましたが、やはり10番の途中で亡くなりました。なお、ドボルジャークの交響曲で有名なのはこの「新世界」(第9番)が圧倒的、その直前も8番も素晴らしい名曲ですが、あとは7番がときおり演奏される程度であり、1−6番はほとんど聞かれません。交響曲については大器晩成型の巨匠と言えるでしょう。

*新世界の楽器法

この交響曲では、従来の管弦楽から数歩踏み出した斬新な楽器の用い方が目を引きます。これは保守的なヨーロッパを離れてアメリカの音楽学校と言う自由な風土での創作と初演をイメージしたドボルジャークの実験精神と言えるかもしれませんが、あくまでその基本はブラームスの管弦楽にあり、むしろその「節約した」用い方のために目を引いている部分があります。具体的に列挙しておきます。

第1楽章:

・4本のホルンの効果的分配、第1主題を任せるなど旋律楽器としての積極的使用。(全曲を通じて)

・2番フルートのひんぱんなソロ。

第2楽章:

・冒頭と最後の(死の暗示)和音にだけ使われるチューバ。ワグナーの影響?

・主旋律をまかされるイングリッシュホルン。上記2つの楽器はいずれもベルリオーズによって交響曲に持ち込まれたが、その後長い間使われていなかった。

・非常に長いコントラバス・ピチカートによる美しい伴奏。

・弦楽3重奏まで縮小される弦楽器の用い方。

・楽章の最後を分担したコントラバスの和音で閉じること。

第3楽章:

・トライアングルは第3楽章のみ。ブラームスの交響曲第4番のスケルツオを思わせる。このトライアングルと木管・弦楽器のトリルが描写するのは鳩の鳴き声か?

第4楽章:

・動き出す重い動輪に始まって、全体が蒸気機関車や汽車の描写に満ちており、風を切る音、ドラフトの音、シリンダーの音、吐きだす蒸気などは非常に絵画的に描写されている。

・シンバルは全曲でたった1回、この楽章の第1主題結尾で鳴る。僕にはブレーキをかけて、連結器をぶつける汽車の描写に聞こえます。

・3本のホルンによる高らかなトリオ。ベートーヴェンの「英雄」交響曲のパロディか引用と思われます。その直後に劇的変化が起こる。

・全曲を通じ、トランペット・ホルンには激しい楽器の持ち替え(別の調の楽器への移動)が指示されていて、どちらもバルブ・システムの楽器を前提に半音階的に使いこなしたチャイコフスキーとは対照的で保守的。ナチュラル・トランペットとホルン、それぞれの楽器の微妙に異る音色にこだわっていることが伺える。

*ドボルザーク?ドボルジャーク?ドボルシャーク?

ドイツではアントン・ドボラークとムリヤリに呼ばれていたのを本人はいつも怒っていたらしい。(アントニンが正解)僕はドイツのオケにいたころ、クーベリックの甥というヴァイオリン奏者(チェコ人)から、上記3つの中間あたりにある正しい発音を幾度も習ったのだが、できなかった。ドボルジャークに関するチェコ・テレビの番組を見たところ、まさにこの3つの中間あたりに正解があるらしいです。いずれにしても、「ジャ」という音はRにつくものらしく、「ルジャ」でひとつの子音であるらしい。

*****マニアの方へ:「新世界」の分析****

注:それぞれの主題につけた名前は筆者の解釈によって、覚えやすくするために仮に命名したものです。

筆者は今回、この交響曲全体は、運命的に対立する相互に似通った親子の存在、(第1楽章二つの主題)母親の死、望郷(第2楽章)、運命との戦いと結婚、成長、訪れる暗い影(第3楽章)、新たな世界への出発、野望と仮初めの成功、やすらぎ、それを一気に砕く父親と運命、主人公の絶望、死、その瞬間に思われる母親、野望の儚さなどを描いた文学的な作品と考えて、それぞれの主題をワグナーにおけるライトモティーフに近いものとなぞらえて解釈しています。父親は主人公を運命的に、くりかえし脅かす上位自我であり、母と故郷は類似の感情(旋律線の類似)で統一されていると思われます。

*ドボルジャークは50代で父が死ぬまで素直な従属関係を維持し、アメリカで体験したその死に当たって悲痛な思いを作品に託した。

第1楽章はソナタ形式。第1主題はホルンに現れ、付点と逆付点リズムを連続に持ち、上がって下がる山形の旋律。第2主題の存在については意見が別れていています。

ホ短調の曲の場合ト長調(平行調)に呈示されてホ短調(主調)に再現されるのが通常の短調における第2主題のルールですが、新世界では呈示部でト長調、フルートの低音独奏に現れる極めて印象的な旋律(譜例:「息子の主題」)はなんと定石の半音上の変イ長調に再現するのです。極めて異例な構成であると言えます。そればかりか、この旋律、実は第1主題(譜例:「父の主題」)のリズムと全く同じで、反行形による変奏とも言える「親子の対立関係」にあります。僕はそれでも、展開部などでの重要性から一応これを第2主題と見ています。なお、この主題はドボルジャークがアメリカで聞いた黒人霊歌からの影響(引用ではない)をもっとも濃厚に反映していると思われます。このふたつの主題の間に、フルートとオーボエによって演奏される、両方の中間点ともいえるト短調(再現部では#5個の嬰ト短調!)に現れるもうひとつの柔らかな主題(譜例:「母の主題」)があります。ここではこの主題が展開部やほかの楽章で扱われないこと、調性も不安定なことから、僕は経過的な主題と考えています。ただし、この経過主題が第2楽章の主旋律(譜例:「望郷の主題」)を暗示するような類似点(楽譜を見比べてみて下さい)を持っていることは重要です。大きな交響曲の第1楽章にしては展開部も簡潔で、ドボルジャークがさまざまな意味で「先を見ている」(4つの楽章全体として構成を考えている)ことがわかります。なお、曲の最初にある、一見あまり意味のない「序奏」は、実は全曲の4つの主題を律動的(リズム)に統一する要素(ここでは付点と逆付点のリズム)が無の空間から生まれ出てくるような誕生の奇跡を表現していると思われ、イエスの生誕を表すミサ曲の楽章(Et incarnatus)のような奇跡的転調や、ワグナーのトリスタンのような進行、小さなリズムの断片が第1主題として成長するプロセスをリアルタイムに表現した、「作曲された作曲行為」のようなスリルと感動に満ちています。

第2楽章は有名な「家路」の旋律をイングリッシュホルンが歌う、世にも美しい、郷愁と感動に満ちた楽章です。当初はレジェンド(伝説曲)と題されていた。具体的に何を連想するかは個人差があるとはいえ、ここにはあまりにも豊かな、冬や春などの季節、鳥や草原、農村の生活などの描写があり、ミレーやクールベなどほぼ同時代の農村画家の作品に共通する魅力をたたえています。なお、楽章の最初と最後に現れるオルガン風の複雑な和音進行は、ドボルジャークが最初にこの音楽を発想したロングフェローの叙事詩「ハイアワサの歌」において、主人公の妻の葬儀のシーンに用いられていることから、荘厳な死を暗示しているとも考えられます。(譜例:「死の暗示」)

第3楽章には熱情的舞曲がありますが、ベートーヴェンの「運命」からの引用を思わせる主題がしつこく継続される姿、トリオ(中間部)がハ長調に進むところなど、「運命」との共通点を意識的に演出しているように思われます。トリオの旋律は付点のリズムによって序奏部から全体を統一する動機を共有しています。

フィナーレもソナタ形式になっていますが、ドボルジャークが熱愛した蒸気機関車を思わせる効果音に充ち満ちています。第1主題(譜例:「野望の主題」)非常にエネルギッシュな呈示部、窓外の風景に故郷を回想しているような内面的な展開部に続く再現部分は、まどろみ、やすらぐように静かで(停車場での機関車を思わせる)、再現というより実質的に第2の展開になっているとも言える新しい形式です。実はこれはそのあとに突如として介入する葛藤と破滅のドラマ(日本語名:「どんでん返し」)を準備する「嵐の前の静けさ」であると言えます。最終部分のコーダは(あたかも「カルメン」や「蝶々夫人」などの幕切れのように)破滅、絶望と、最後の野望の叫びを描いたあまりにもドラマティックな音楽。父、死の暗示、母(望郷)、運命、野望と各楽章の主題が姿を歪めて一斉に重なり合う様は、ワグナーの楽劇のクライマックスを、最後に到達するホ長調の和音の輝きは死後の世界さえも連想させます。

こうして見ると、細部の解釈は個人の想像力によって異っても、この交響曲が「生誕」から「死」までを包括した壮大な人生ドラマ、大河小説であることは疑いがなく、まさに「ロマン派」交響曲の白眉と言う事ができるでしょう。

茂木大輔

2004年1月記

禁:無断転載、引用

参考:

「交響曲読本」

「名曲解説全集:交響曲2」(以上音楽の友社)

「ドボルザーク―チェコが生んだ偉大な作曲家」ロデリック ダネット (著)

「ドヴォルザーク"」音楽之友社

「ドヴォルジャーク―わが祖国チェコの大地よ」黒沼 ユリ子 (著)

ロングフェロー:三宅一郎訳(作品社)

立川管弦楽団ホームページほか(研究:宮川雅裕)

チェコ・テレビ制作「白人の作った黒人霊歌」(日本語字幕:増田恵子、翻訳:田才益夫:スカイパーフェクTV で放映)

*チェコ語翻訳家の田才様にはオリジナル閲覧など多大かつ迅速なご協力をいただきました。ここに感謝を表明します。