三鷹用

死後100年、初演111年:

「新世界交響曲」の解釈について

茂木大輔

ワグナーとブラームスの影響下に19世紀後半の最も偉大な作曲家の1人となったチェコ国民楽派のアントニン・ドボルジャーク(1841-1904)は今年が死後100年にあたります。本日演奏する交響曲第9番「新世界から」は、ドボルジャークが50歳代に2年あまりを教授として過ごしたアメリカで作曲され、故郷への思い、アメリカでの発見などを折り込んだ「新世界からの手紙」というようなニュアンスで発表され、今から111年前、1893年、カーネギーホールにおける初演では異例の大成功を収めました。ことに第2楽章の、イングリッシュホルンによって歌われる旋律の美しさは素朴にして詩情あふれ、胸に迫るもので、初めて聞く人にも深い感銘を及ぼすばかりか、聞き手が自らの郷愁や回想などを重ねて聞くとき、落涙を禁じえない名作となっています。宮沢賢治もこれを愛して歌詞をつけ、「銀河鉄道」にも登場させたし、人類が初めて月に到着したとき、アームストロング船長が月面にこの音楽を流しながら降り立ったそうです。

ほかにも、美しい、親しみやすい旋律、迫力ある色彩的オーケストレーション、明快な構成などによってこの交響曲は最も愛されているクラシック音楽のひとつであると言えるでしょう。

それだけでも充分ですが、しかし、この作品の価値はそうした表面的効果にとどまらず、実は序奏部に登場する小さなリズム動機によって全体の統一が計られるばかりか複数の主題が楽章間で変貌しながら幾度も登場し、さらには半音階転調など思い切った手法によって極めて大規模に構想された長編小説のようになっているのです。

よろしければ、今日は僕の作った解釈にしたがって、想像力と集中力を存分に働かせて聞いてみて下さい。交響曲の主題やそれらの関係をこのように擬人的、ないし擬文学的に考えてみることで、漠然と聞き流し、ないしは抽象的に感銘なく通過していた多くの要素を、作曲家が実にドラマチックに、かつ有機的に結合してこの巨大な交響曲を創作していることが実感できることとと思います。それこそがベートーヴェン、ワグナー、ブラームスが作り出して、音楽を地球規模の「言語」にした「ロマン派」(文学派)の音楽の魅力であると言えるのです。

来月7日にここで演奏するハイドンの交響曲が、いかなる文学的イメージとも無関係に、純粋に音の組み合わせとして愉快で、美しく、情感にあふれたものになっていることと、同じ交響曲という形式の中で、本当に大きな違いがあることを実感していただけるのではないでしょうか。クラシック音楽は、かくも幅広く、可能性の大きなものなのですね!

筆者は今回この交響曲全体を、運命的に対立する相互に似通った親子の存在、(第1楽章二つの主題)母親の死、望郷(第2楽章)、運命との戦いと結婚、成長、訪れる暗い影(第3楽章)、新たな世界への出発、野望と仮初めの成功、やすらぎ、それを一気に砕く父親と運命、主人公の絶望、死、その瞬間に思われる母親、野望の儚さなどを描いた文学的な作品と考えて、それぞれの主題をワグナーにおけるライトモティーフに近いものとなぞらえて解釈しています。父親*は主人公を運命的に、くりかえし脅かす上位自我であり、母と故郷は類似の感情(旋律線の類似)で統一されていると思われます。それでは、各楽章の簡単な分析を書いておきます。(なお、それぞれの主題につけた名前は筆者の解釈によって、覚えやすくするために命名したものです。)

*ボヘミアの純朴、保守的な人間であったドボルジャークは50代で父が死ぬまで素直な従属関係を維持し、アメリカで体験したその死に当たって悲痛な思いを作品に託した。母親はその10年ほど前に亡くなっている。

第1楽章はソナタ形式。第1主題はホルンに現れ、付点と逆付点リズムを連続に持ち、上がって下がる山形の旋律。第2主題の存在については意見が別れていています。

ホ短調の曲の場合ト長調(平行調)に呈示されてホ短調(主調)に再現されるのが通常の短調における第2主題のルールですが、新世界では呈示部でト長調、フルートの低音独奏に現れる極めて印象的な旋律(譜例3:「息子の主題」)はなんと定石の半音上の変イ長調に再現するのです。極めて異例な構成であると言えます。そればかりか、この旋律、実は第1主題(譜例1:「父の主題」)のリズムと前半が全く同じで、反行形による変奏とも言える「親子の(対立)関係」にあります。僕はそれでも、展開部などでの重要性から一応これを第2主題と見ています。なお、この主題はドボルジャークがアメリカで聞いた黒人霊歌からの影響(引用ではない)をもっとも濃厚に反映していると思われます。このふたつの主題の間に、フルートとオーボエによって演奏される、両方の中間点ともいえるト短調(再現部では#5個の嬰ト短調!)に現れるもうひとつの柔らかな主題(譜例2:「母の主題」)があります。ここではこの主題が展開部やほかの楽章で扱われないこと、調性も不安定なことから、僕は経過的な主題と考えています。ただし、この経過主題が第2楽章の主旋律(譜例5:「望郷の主題」)を暗示するような類似点(楽譜を見比べてみて下さい)を持っていることは重要です。大きな交響曲の第1楽章にしては展開部も簡潔で、ドボルジャークがさまざまな意味で「先を見ている」(4つの楽章全体として構成を考えている)ことがわかります。なお、曲の最初にある、一見あまり意味のない「序奏」は、実は全曲の4つの主題を律動的(リズム)に統一する要素(ここでは付点と逆付点のリズム)が無の空間から生まれ出てくるような誕生の奇跡を表現していると思われ、イエスの生誕を表すミサ曲の楽章(Et incarnatus)のような奇跡的転調や、ワグナーのトリスタンのような進行、小さなリズムの断片が第1主題として成長するプロセスをリアルタイムに表現した、「作曲された作曲行為」のようなスリルと感動に満ちています。

第2楽章は有名な「家路」の旋律をイングリッシュホルンが歌う、世にも美しい、郷愁と感動に満ちた楽章です(譜例5)。当初はレジェンド(伝説曲)と題されていた。具体的に何を連想するかは個人差があるとはいえ、ここにはあまりにも豊かな、冬や春などの季節、鳥や草原、農村の生活などの描写があり、ミレーやクールベなどほぼ同時代の農村画家の作品に共通する魅力をたたえています。なお、楽章の最初と最後に現れるオルガン風の複雑な和音進行は、ドボルジャークが最初にこの音楽を発想したロングフェローの叙事詩「ハイアワサの歌」において、主人公の妻の葬儀のシーンに用いることが計画されていることから、荘厳な死を暗示しているとも考えられます。(譜例4:「死の暗示」)

第3楽章には熱情的舞曲がありますが、ベートーヴェンの「運命」からの引用を思わせる主題(譜例6:「運命の主題」)がしつこく継続される姿、トリオ(中間部)がハ長調に進むところなど、「運命」との共通点を意識的に演出しているように思われます。トリオの旋律は付点のリズムによって序奏部から全体を統一する動機を共有しています。

フィナーレもソナタ形式になっていますが、ドボルジャークが熱愛した蒸気機関車を思わせる効果音に充ち満ちています。第1主題(譜例7:「野望の主題」)非常にエネルギッシュな呈示部、窓外の風景に故郷を回想しているような内面的な展開部に続く再現部分は、まどろみ、やすらぐように静かで(停車場での機関車を思わせる)、再現というより実質的に第2の展開になっているとも言える新しい形式です。実はこれはそのあとに突如として介入する葛藤と破滅のドラマ(日本語名:「どんでん返し」)を準備する「嵐の前の静けさ」であると言えます。最終部分のコーダは(あたかも「カルメン」や「蝶々夫人」などの幕切れのように)破滅、絶望と、最後の野望の叫びを描いたあまりにもドラマティックな音楽。父、死の暗示、母(望郷)、運命、野望と各楽章の主題が姿を歪めて一斉に重なり合う様は、ワグナーの楽劇のクライマックスを、最後に到達するホ長調の和音の輝きは死後の世界さえも連想させます。

こうして見ると、細部の解釈は個人の想像力によって異っても、この交響曲が「生誕」から「死」までを包括した壮大な人生ドラマ、大河小説であることは疑いがなく、まさに「ロマン派」交響曲の白眉と言う事ができるでしょう。

茂木大輔

2004年1月記

禁:無断転載、引用

参考:

「交響曲読本」

「名曲解説全集:交響曲2」

「名曲解説ライブラリー:ドボルザーク」:(以上音楽の友社)

「ドボルザーク―チェコが生んだ偉大な作曲家」ロデリック ダネット (著)偕成社

「ドヴォルジャーク―わが祖国チェコの大地よ」黒沼 ユリ子 (著)リブリオ出版

「ハイアワサの歌」ロングフェロー:三宅一郎訳(作品社)

立川管弦楽団ホームページほか(研究:宮川雅裕)

チェコ・テレビ制作「白人の作った黒人霊歌」(日本語字幕:増田恵子、翻訳:田才益夫:スカイパーフェクTV で放映)

*チェコ語翻訳家の田才様にはオリジナル閲覧など多大かつ迅速なご協力をいただきました。ここに感謝を表明します。