アドヴェント

アドヴェント・カレンダーを御存知だろうか。

ドイツの子供たちは11月後半に入ると、みんなこのカレンダーをもらう。表は生誕の絵などが描かれたカレンダーになっている。一日ごとに小さな窓が付いていて、毎朝、その日の分を開けてみてよいことになっている。中には本当に小さなチョコレートとか、おもちゃとか、クリスマスツリーの飾りなどが入っている。こうして、一日、一日と子供たちは当然1番大きな窓がついている「本番」の聖夜を待ち望む。

本番を待ち望むのは子供たちだけではなく、それぞれの町の広場には11月半ばからたくさんの小屋が建ち並び、「クリスマス市」が立つ。雪がちらつき、零下にもなるという気温の中、ツリーや、ワラで作った星、羊、天使などの質素な飾り物、クリッペと呼ばれる情景のようなもの、年の暮れに必要なさまざまなものや贈り物が売られ、赤ワインを熱くして香料を入れたグリューワインと言う飲み物が湯気を立てている。

沢山の人々が買い物に来て市場はにぎわうが、日本のクリスマスとは違った雰囲気が、この季節、クリスマス前約4週間のドイツを支配している。それは、「静けさ」。

「赤鼻のトナカイ」や「サンタが町に」などのアメリカン・クリスマス・ソングの代わりに市場の隅で演奏されるのは金管合奏や聖歌隊による静かな讃美歌であり、市場でも派手な売り声や喧騒はない。

考えてみればそのはずであって、アドヴェントは生まれてくる赤ん坊を、しかも聖なる赤ちゃんを待つ季節なのだ。みんなが、産婦人科の廊下で産声を待つお父さんの気持ちなのであり、不安と、期待と、夢と希望とを抱いて、そっと、そっと、静かに過ごす。

実際の聖夜は、ドイツでは家族のお祝いである。恋人と高級ホテルに行ってしまうなどというのもロマンチックで、実はうらやましいことこの上ないが、ドイツでは離れて暮らしていた家族が一年に一度みんな集まる、日本のお正月のような時期である。24日の晩は深夜12時からがミサになっており、僕はミュンヘンに留学していたころ、よくこの聖夜のミサで演奏させてもらった。雪深い郊外まで車を出すと、あちこちの家の庭に日本のような極彩色ではなく、白い電球だけで飾られているツリーが遠く見えている。

教会の中央には大きなツリーが飾られているが、そこについた星や天使の装飾もまたワラで作った質素なもので、真っ赤なサンタやトナカイはない。深夜を過ぎて静かに集まってくる会衆の前でお祝いのお祈りがなされ、オルガンで讃美歌が歌われ、1時間ほどのミサが行われて、会衆はまた雪を踏んで静かに帰宅してゆく。子供たちは、きっと翌朝に、「ニコラウス」が運んできたプレゼントをツリーの根元に発見することになるのだろう。

神の子供が、人類の罪を償って死ぬために、人間の姿となって地上に下り、処女マリアから生まれた。

この神秘、この奇跡を、今も信じ、畏怖し、その記念日である神聖な夜を静かに待ち望む。地球の反対側には、そんなクリスマスがある。

今夜は、そんな世界から生まれた美しい音楽を皆さまに聞いていただきたいと思っております。ようこそ、お越し下さいました。

茂木大輔


第1部;ヨーロッパのクリスマス音楽

それぞれの曲によせて

*プーランク:ノエル(クリスマス)の季節のための4つのモテット

20世紀フランスの作曲家フランシス・プーランクはクリスマスの情景を無伴奏の合唱曲として作曲しました。プーランクは、あの「星の王子様」で有名なサン・テグジュペリと同い年にあたります。彼は高射砲の砲兵で、サン・テグジュペリは航空兵でしたが・・・透明で、どこか冷たく、ユーモラス、しかし時としてセンチメンタルなサウンドは、「星の王子様」の美しい挿し絵や、物語と共通する精神を感じさせているように僕には思えています。

1:大きなる秘跡

全曲への序奏に続いて、「なんという秘跡、なんという神秘」と、処女マリアの受胎の奇蹟が歌われます。

2:羊飼いよ、語れ

「羊飼いよ、何を見たのか?われわれに、そしてみなに語れ、誰がお越しになったのか」

静かに、ささやくように羊飼いに呼びかけるなか、夜の闇の中を馬小屋に急ぐ羊飼いの足取りがハミングで表現されています。

3:星を見て

「星を見て、博士たちは喜びにあふれた。そして馬小屋に入り、贈り物を捧げた」

「東方3博士の礼拝」を象徴するように、同じ旋律が3度歌われた後、礼拝してはじめてイエス様を見る感動が歌われます。派遣したヘロデ王のもとには戻らなかった博士たちの足取りのように、最後は3度、「星を見て」と消えゆくように歌われます。この曲の調が#の3つつくイ長調であることも偶然ではないでしょう。

4:今朝救い主が

「今朝、救い主が御生まれになった。天使の合唱。いと高きかたに栄光あれ。ハレルヤ!」

ほとんど小節ごとに拍子の変わる複雑な楽譜からは、ひたすらな喜びの歌がほとばしります。バッハの第1曲に相当する踊りと歓喜の曲ですね。


*バッハ:クリスマス・オラトリオから3つの讃美歌

バッハの「クリスマス・オラトリオ」は、クリスマスの物語にそってアドヴェントから新年にいたる期間に演奏される6つのカンタータのセットです。いっぺんに演奏すると3時間を超えるという大曲です。今夜はそのなかから、プーランクの描き出した情景に近い、3つの讃美歌を選んでお届けします。

第5番:

「どうやってあなたをお迎えしましょうか?すべての世界が待ち望む、心の宝!ああ、イエスさま、私の心に明かりをともして下さい。」

(輝かしい出産の時を前にした暗やみのなかで、すべての人々が不安と期待をもってイエスに呼びかけている讃美歌。ここでの合唱はわれわれ人間すべての気持ちを歌っています)

第12番:

「美しい朝の光、空に暁を呼べ!羊飼いたちよ、恐れるな。天使が語るのは、このか弱き赤ん坊がわれわれに慰めと喜びをもたらし、悪魔を打ち砕き、ついには平和をもたらすことなのだから」

(その夜に近くで羊飼いが夜の番をしていた。そこに救い主の誕生を告げる天使が訪れたのです。天使の放つ光のごとく、大変力強く歌われる羊飼いへの呼びかけです。)

第17番

「みてごらん!やがてすべてを治める方が、暗やみに寝ていらっしゃる。さっきまで牛が食事をしていた桶に、いまはイエスさまが眠っている。」

(寝ているあかちゃんを起こさないように、そっとかいま見る気持ちです。すべての赤ちゃんは、誰かの「救い主」なのかもしれませんね。)


*モーツアルト:アヴェ・ヴェヌム・コルプス

*ブルックナー:アヴェ・マリア

*プーランク:小さな声

こうして誕生したイエス様を抱く母マリアを「聖母子」と呼び、沢山の美しい絵画が残っています。

「母と子供」をテーマに、まずイエスが人となったこと、(生誕したこと)、そしてその母親を讚える、ふたつの美しい音楽を聞いていただき、前半の最後には、さっきと同じプーランクが作った可愛らしい子供の歌をお届けします。


*アヴェ・ヴェヌム・コルプス

幸いなるかな、おとめマリアより生れ出た御躯よ。

人々のため、まことに苦しみを受け、十字架の上で犠牲となり、脇腹を刺し貫かれ、

水と血とを流されました。

願わくは死の試練に先立って、あらかじめわれらに(天国の幸いを)味わわせてくだ

さい。


*アヴェ・マリア

おめでとう、マリアよ、恵まれた方よ。

主はあなたとともにおられます。

あなたは女たちの中で祝福された方、そして、あなたの子、イエスも祝福されていま

す。

気高いマリアよ、神の母よ、(罪深い)私たちのために、

(今も、死を迎えるときにも)祈ってください。

アーメン。


*小さな声

(横川晶子訳)

1.おりこうな女の子

あの女の子は おりこうな子だよ

授業から 帰ると ひとり お皿を並べるよ

そしてきれいに 足を洗うよ 服を濡らさず

幼い弟 すやすや眠っているので

ひとり庭で 星を見ている

 

2.迷い犬

ごらん 犬だ 迷い犬だ

ぐっすり眠って 夢見ているよ

耳のうしろを なでてあげると

まんまるな 目を開け

こっちを向いて ぼくを見つめた

ごらん 迷い犬だ (迷い犬だ)

3.学校の帰り道

道に迷った 学校の帰り

まっくろな森のうえに見える

まんまるの月 輝いて

道に迷った 学校の帰り

ナイチンゲール みみずく ふくろう

なんでもいるよ なんでもいるよ

4.病気の男の子

病気でねている ちいさな男の子は

目をつぶって あつい手のひら 広げてる

ママが窓を開け カーテンがゆらめく 五月の夕暮れ

外から聞こえた 楽しく遊ぶ 元気な声が

すると男の子 顔をそむけ 静かに泣いた

5.ハリネズミ

ハリネズミ見つけた 連れて帰った

ミルクあげても 知らないふりして

ハリで頭を 隠しているよ

でも誰もいなくなると

ほら 顔を出したよ

黙って見てると ミルク飲み出した

こっそりと 飲んでるよ

ハリネズミ見つけた 連れて帰った 帰った

 


第2部:ミサ曲の楽しみを知る

*モーツアルト:「ハ短調のミサ曲」から

・キリエ(「憐れみたまえ」)合唱

(以下「グローリア」より)

・グローリア(「いと高き所の神に栄光」)合唱、ソプラノ

・ランダムス・テ(「あなたを讚えます」)ソプラノ

・クイ・トーリス・ペッカタ・ムンディ(「罪を除いてくれる方」)(抜粋)合唱

・イエズ・クリステ(「その人はイエス」)合唱

・クム・サンクト・スピリトゥ(「聖霊とともに」)合唱

*クリスマスにちなんで(「クレド」より)

・エト・インカルナトゥス・エスト(「こうして天から降りて地上にお生まれになり」)ソプラノ

父親の反対を押しきってウィーンでコンスタンツェと結婚したモーツアルトは、ザルツブルクへの妻を伴っての里帰りのさい、このミサ曲を演奏して父親と和解し、同時に歌手としてのコンスタンツェの実力も披露しようとしました。しかしこの巨大な構想を持つミサ曲は半分程度の未完に終り、「偉大なるトルソー」と呼ばれています。キリエとグローリアだけの短いミサを「ミサ・ブレヴィス」と呼ぶことがありますが、今日はその2つの部分を使って、ミサ曲の歌詞と音楽がどのように関連しているのかをお話します。


*プーランク:無伴奏ミサ・ト長調(全曲)

・キリエ:(「憐れみたまえ」)

・グローリア(「いと高き所の神に栄光」)

・サンクトゥス(「聖なるかな」)

・ベネディクトゥス(「主の名において来る者」)

・アニュス・ディ(「罪を除いてくれる小羊よ」)+ソプラノ独唱

楽譜の表紙には「なき父親の思い出に捧げる」とあり、「レクイエム」に近い性格も持っている作品ですが、レクイエムでは省略される「グローリア」も含まれています。この曲から感じ取られるのは、18世紀以前の作曲家たちのようにひたすらに神を信じ、信仰に身をゆだねるという姿勢ではなく、むしろ神の存在やその力への迷いさえいだいている、20世紀人としての素直な宗教観です。

ときには何も救ってくれない、目に見えるものをなにもあらわしてくれない神やイエスにたいしていらだつように、ときには皮肉に対峙しながら、(グローリア)弱い人間の力ではなにもあがらうことの出来ない宿命*この場合は父親の死がそうなのかもしれません*に直面したとき、ついには有らん限りの声を振り絞って「今すぐ、救ってください」(ホザンナ・イン・エクチエルシス)と弱きものとしての人間を吐露してしまいます。明るく楽しい「サンクトゥス」の末尾にある、突然の中断のあとに歌われる絶叫のような響きを御聞き下さい。この響きは、聞き届けられたのでしょうか。あきらめや無力感をあらわしているのか、それでも取りすがるように、音量を弱めて、この言葉は全く同じ響きでベネディクトゥスの最後にもう一度再現されます。迷い、懐疑、葛藤、激情などのドラマすべてを経て、終曲「アニュス・デイ」でプーランクは冒頭のグレゴリオ聖歌の響きに立ち戻り、ついには安定する調さえもみつけられないまま「私たちに平和を下さい」というソプラノ独唱は天に消えてゆきます。

盲信的でない、知的現代人としてのキリスト教を扱った無伴奏ミサの屈指の大曲を、日本最高の合唱団とともにみなさまに御聞きいただけることを心から嬉しく思っています。

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