モンゴル文学入門文献案内 (試用版 第5版)   by S.Bayan 

 

モンゴルの文学を研究するというのは、「書かれた文学」、「書かれない文学」の両方を念頭におくことになり、言語使用にともなう精神生活全般に関わる領域をカヴァーすることになります。そうした広範な領域について網羅的な文献表を作ることは不可能です。それに、一般文学理論や研究方法に関するものとなれば、それこそ、ゴビの夜空に煌く星の数ほどあります。

一般的な文学に関する知識なしにモンゴル文学を研究することが不可能なことは、例えば、「D.ナツァクドルジとブレヒト」といった論文のタイトルからも明らかです。

モンゴルの文学、とくに、近代、現代の文学を志す方は、世界の文学と文学理論に関する常識と、日本の文学は勿論、ロシア・ソビエト文学、中国文学、チベット文学や仏教文学全般、それに、口承文芸に関する基礎知識などが絶対に必要だと考えてよいでしょう。

ここでは、紙幅の関係で、以下、旧モンゴル人民共和国を中心とする文学研究に、直接的に関連する日本語、英語、モンゴル語によるレファレンスブックの簡単な紹介をすることにします。(モンゴル諸族のモンゴルについての研究も、例えば、内蒙古の文学には、牧田英二『中国辺境の文学』(同学社1989)といったアプローチが存在しますが、ここでは、問題が複雑になりますので紹介しません。)

定期刊行物につては、定期のはずが不定期になるという国情も考え、今回ここでは、扱いませんでした。

また、ここでは、モンゴル文学入門の文献案内という観点からは、個別の問題を扱った雑誌論文をあげません。

詳しい文献表は、本会のメンバーの共著『モンゴル文学への誘い』(明石書店、2003年)巻末の岡田和行編による文献表をご覧下さい。現時点で最も詳細で信頼度の高い文献表です。

この本については 明石書店のHP http://www.akashi.co.jp/home.htm でお調べください。

 

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書誌の書誌

 残念ながら、モンゴル文学研究に関する、日本語による完全な書誌の書誌というものは、上記のものを除いては存在していません。それぞれが読んだ本の文献表をもとにつくりあげていく作業が必要です。既に作られたよいものをお持ちの方は、この場を使って、是非公開して下さい。

日本語の文献目録として、極めて、一般的なものとしては、以下の二つ紹介しておきます。

  京都大学人文科学研究所編『蒙古研究文献目録1900ー1950』

  原山煌『モンゴル研究文献目録1900ー1972』(合本)

  ユネスコ東アジア文化研究センター編『日本における中央アジア関係研究文献目録 1879ー1987』(正誤・索引別巻)

 (選択書誌、所蔵目録などは煩雑となるのでここでは列挙することはしません。)

 

英語書誌として簡便なものとしては、

  Judith Nordby Mongolia (World Bibliography series Vol.156) Oxford 1993 

 

言語学的な書誌 

 これについては、情報が多いと思うので、常識として以下の一冊のみに止めます。

  N.Poppe Mongolian Language Handbook Washington 1970 が簡単な文献表を付しているが、なにぶん20年以上前のものです。

 『言語学大事典』三省堂の栗林氏によるモンゴル諸語に関する項目を参照のこと。

工具類について

語学辞書については、

 小澤重男「モンゴル語の辞書」『世界の辞書』(三省堂1992)を見てください。

  最近、多くの辞書が出ています。新しい語彙については、例えば、Ch.Ganhuyagなどのモンゴル語英語の対訳辞書が大いに参考になりますが、文学翻訳にはかなりの語彙数が必要です。内モンゴルで出版された大部の「モンゴル語辞典」も参考にされるとよいでしょう。

ここに示され他にも、Г.Аким Мoнгoл θвθрмθц хэлцийн тoвч тайлбар тoль УБ 1982のような用例の出典を付した辞書もありますから、丹念に調べて見て下さい。

用語集などは,

Англи-монгол-орос хууль зvйн толь УБ 1994 のようなものも出始めたが、自分なりのものを作っていって下さい。

翻訳を志す方なら、動植物をはじめ、realiaに関する情報源をできる限りもっておくべきで、語学辞書とはべつに事典の類いが必要ですが、事典は少ないので、ここでは、視覚的な理解をたすけるものとして、現在、モンゴルで簡単に手に入れられる青少年用百科事典などの活用を勧めます。

Хvvхэд залуучуудын нэвтэрхий толь УБ 1983

 モンゴルの習俗に関しては、

Монгол ёс заншлын дунд тайлбар толь УБ 1991

小辞典から大辞典まで出ていますが、一巻本の中辞典が簡便だろうと思います。

その他に、視覚的な理解を助けるものとして、

『モンゴルの曼陀羅』新人物往来社1987等が入手しやすいでしょう。

また、様々な用語については、内外モンゴルの高校の教科書が参考になります。

歴史用語については、東洋史の伝統がありますから、ここで紹介する必要はないでしょう。その方面に暗い方は、とりあえず、宮脇淳子『モンゴルの歴史』(刀水書房、2002)や小貫雅男『モンゴル現代史』(山川出版、1993)、バトバヤル『モンゴル現代史』(明石書店、2002)あたりから読んで下さい。ソロングト・ジグムト『モンゴル医学史』農文協1991 のような特異な位置を占める著作が役にたつことがあるかも知れません。

 

さて、以下がいよいよ文学関係です。

 

文学の書誌

Монголын уран зохиолын ном зvйн тойм という本をモンゴルの図書館で利用することができますが、日本でこれを利用できる人は少ないと思います。1999年に幸いにも、便利な本が出版されました。

岡田和行、上村 明、海野未来雄 『国際交流基金アジアセンター アジア理解講座 1997年度第1期 「モンゴル文学を味わう」報告書』国際交流基金アジアセンター 1999 がそれです。巻末には書籍の文献表だけでなく、CDなどの情報もあります。

そして、その文献表をさらに改定したものがさきほど紹介した『モンゴル文学への誘い』(明石書店、2003年)です。

 

元朝秘史: 

モンゴル文学の理解には、やはり元朝秘史についての常識が必要。

まず、小林高四郎『元朝秘史の研究』(日本学術振興会1954)あたりを読まねばならないでしょうが、入手はまず不可能。下手をすると、図書館でもみられないことがあるかもしれませんから、以下のもののどれかに目を通しましょう。

岩村忍 『元朝秘史』中公新書 1963

小澤重男『元朝秘史』岩波新書 1994

村上正二:『モンゴルの秘史T・U・V』平凡社 1976

小澤重男訳『元朝秘史』岩波文庫上下

他の年代記等については、

 C.ZAMCARANAO THE MONGOL CHRONICLES OF SEVENTEENTH CENTRUTY  Wiesbaden, 1955 出版は古いけれど、そして、値段ははるが、入手可能で、簡単に読める英語訳です。

 岡田英弘訳注『蒙古源流』(刀水書房、2004)

 その後の、様々な写本の研究ついては、ハイシッヒ『モンゴルの歴史と文化』、(田中克彦訳 岩波書店 1967 )に詳しい。幸いこの本は、2000年、12月に、岩波文庫に収められました。(英語版は日本語版ほど注がついていないのでご注意ください。)ちなみに、田中克彦『草原と革命』(昌文社 1971恒文社より再刊)を最近の『モンゴル』(岩波書店 1992)と比べるのも興味深いと思います。尚、手写本の世界については、楊 海英『モンゴル草原の文人たち―手写本が語る民族誌』(平凡社 2005)が参考になるでしょう。

伝統文字の文学の世界を知るためには、

DAMDINGSURUNG, MONGγL-UN URAN JOKIYAL-UN DEGEJI JAγUN BILIG ORUSIBAI 1959

 (ダムディンスレンの「古典文学100選」などはキリル文字でも、内モンゴルでのモンゴル文字のものでも手に入れることが可能でしょう。)

口承文芸 

 英雄叙事詩については、ポッペの1冊のみをあげておきます。理由は入手が容易であることとそのビブリオグラフィが参考になると思うからです。

 N.Poppe HEROIC EPIC OF THE KHALHA MONGOLS ,BLOOMINGTON,1979

 英雄叙事詩のテキストを伴った研究は日本でも活発に行われつつあります。藤井麻湖『伝承の喪失と構造分析の行方 モンゴル英雄叙事詩の隠された主人公』(日本エディタースクール出版部、2001年)などがその好例でしょう。

口承文芸ということになれば、モスタールト『オルドス口碑集』(磯野富士子訳 平凡社 1966)は、是非、読んでおいてほしいものです。用語の解説もあって初学者には役立ちます。尚、出版されていない分の翻訳原稿は、現在、翻訳当時に使用された原書テキストと、貴重なオルドスの写真類とともに 清泉女学院大学 「モスタールト・磯野富士子記念文庫」に保存されています。 

モンゴル語によるモンゴル口承文芸の概観と、革命前、後両時代のテキストとして最も利用の範囲の広いものとして1冊あげておくと、

 Монгол Ардын аман зохиолын дээж бичиг , 1966 

 民話の翻訳や研究書は玉石混交、数多くあるが、これは民族学や言語学の学問領域で扱われているので、ここでは割愛します。また、語学テキストとして編まれたものもありますが、それらについては、言語関係の文献表で検索可能でしょう。

 英語でよめる伝統文学のアンソロジーとして、Charles R. Bawden 訳編のMongolian Traditional Literature: An Anthology London,2003があります。伝統文学を鳥瞰するには役立つかも知れません。ただ、高価な本なのですが、テクストの出典が明記されていないなど使いにくいところもあります。

 

その他、選択書誌的な情報を含むものとして、

原山 煌『モンゴルの神話・伝説』(東方書店 1995)があります。

岡田和行、上村 明、海野未来雄 『国際交流基金アジアセンター アジア理解講座 1997年度第1期 「モンゴル文学を味わう」報告書』国際交流基金アジアセンター 1999 の上村氏による第3章も参考になるはずです。

 

近代文学

近代小説(短篇)の選集として、

Монгол  θгvvллэг, УБ 1990

近代韻文の選集として、

Монгол шилдэг яруу найраг, УБ 1981

「民主化」後の作家同盟の編集による文学全集として、

Монголын уран зохиолын дээжис УБ 1995-

これは現在、90巻を越えています。

(同じく、90巻を超える巻数のものに科学アカデミー言語文化研究所から出されている作家叢書『20世紀の作家たち』があります。

ちなみに2004年発行の91巻はプレブドルジの号です。作家の評伝、書誌情報、写真などを探すのに便利でしょう。)

 

近代文学の翻訳

日本語による現代文学の紹介としては先駆的なものとして、詩を中心にしたアンソロジーで簡単な概説的解説を含むものとして 

松田忠徳:『草原と炎』(飯塚書店 1974)

小説の翻訳としては、

松田・蓮見・荒井編訳:『帽子をかぶった狼』(恒文社 1984)

Sh.ナツァクドルジ 『賢妃 マンドハイ』(鯉渕信一訳 読売新聞社 1989)

その他に、岡田和行、上村 明、海野未来雄 『国際交流基金アジアセンター アジア理解講座 1997年度第1期 「モンゴル文学を味わう」報告書』国際交流基金アジアセンター 1999 の巻末に付録として、チョイノム、バヤルサインら現代の作品の紹介があります。

そして、詩から散文までのモンゴル近代文学の概要に加えて、カルムィク、内モンゴルの作品まで紹介した本として、『モンゴル文学への誘い』(明石書店、2003年)の翻訳編があります。

翻訳編 の内容は
1 モンゴル現代詩への誘い
1 チミド(深井 啓)/2 ヤボーホラン(阿比留 美帆)/3 プレブドルジ(内田 敦之)/4 チョイノム(岡田 和行)/5 ダシバルバル(内田 敦之)/6 ルハグバスレン(山本 裕子)/7 ホラン(阿比留 美帆)/8 ガルサンスフ(阿比留 美帆)/9 バンズラグチ(阿比留 美帆)/〈内モンゴルの詩〉10 サインチョクト(内田 敦之)/〔コラム〕モンゴルの文字使用の歴史(荒井 幸康)
2 モンゴル児童文学への誘い
1 ダシドンドグ「七コブのラクダ」(津田 紀子)/2 ガルマー「愉快なお話」(津田 紀子)/〔コラム〕口承文芸(岡田 和行)
3 モンゴル笑いの文学への誘い
1 ツェンドドー「オニゴー」(山本 裕子)/〔コラム〕モンゴル文学と演劇(芝山 豊)
4 モンゴル小説への誘い
1 トゥルバト「蛇の法会(抄訳)」(海野 未来雄)/2 バヤルサイハン「フフ・トーリの平原」(海野 未来雄)/3 ツェンドアヨーシ「困ったやつ」(タニ ヒロユキ)/4 ロドイダンバ「私の栗毛馬(元軍人の話)」(内田 孝)/5 ダムディンスレン「種牛ゴンボ」(岡田 和行)/6 ナツァグドルジ「黒い岩」(芝山 豊)/〈カルムィクの文学〉7 バカラン・アレクセイ「三つの絵」(荒井 幸康)/〈近代文学の前夜〉8 インジャンナシ「一層楼(抄訳)」(タニ ヒロユキ)

 

児童文学

『モンゴル文学への誘い』(明石書店、2003年)の津田紀子論文を参照して下さい。

ここでは、概要を知るに便利な欧文ものとして、一冊だけ

MY BELOVED SWALLOWS AND OTHER CHILDREN'S STORIES FROM MONGOLIA , УБ 1981

 

 

文学史と文学理論

過去の様子は、芝山 豊『近代化と文学』(アルド書店、1987)のpp.20−24に詳述したのでそちを参照して下さい。

この本は、大阪、東京の両外国語大学付属図書館、国立国会図書館などにはあるはずですが、誤植が多いうえに、情報が古くなっていますので、著者としては、なるべく早く、増補改訂版を出したいと思っています。モンゴルにおける文学理論に関する情報が抜けているので、ここではモンゴル人民共和国時代の代表的な二冊のモンゴル文学理論の概説とガルバータルさんの最近の著作ひとつを挙げておきます。

С.Дулам, Ц. Хасбаатар  Уран зохиолын онолын vvд УБ 1980

Ш. Гаадамба Утга зохиол  онолын vндэс УБ 1989

Д. Галбаатар Монголын Уран зохиолын онол тvvхийн зангилаа асуудлууд УВ 2001

 

岡田和行 「文学 伝統の系譜と現代文学」(青木・橋本編『入門・モンゴル国』平原社 1992 所収 )

尚、岡田氏と芝山両者の時代区分の用語についての相違点は、拙稿「モンゴル文学史の時代区分における近代について」(『私学研修』第139・140号、1995)と岡田和行『国際交流基金アジアセンター アジア理解講座 1997年度第1期 「モンゴル文学を味わう」報告書』国際交流基金アジアセンター 1999 p70 を参照して下さい。

文学理論については若い世代からの新しい動きが出ています。幾つか注目すべきものが出ていますが、これは改めて別稿で論じたいと思います。

 

ルポルタ−ジュ等

松田忠徳『モンゴル 甦る遊牧の民』(社会評論社 1996) 温泉教授としてすっかりお馴染みの松田さんのレポートです。

大アジア虚栄圏同盟編『亜細亜通俗文化大全』(スリエ−ネットワーク 1996)

 海野未来雄(うみのみきお)さんによるモンゴルのレポートと、アジアのサブカルチャー的な情報が満載されており、モンゴルを相対化するのに役立つと思います。

 

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