日本モンゴル文学会版

21世紀のモンゴル文学 第1回 

 

シリーズ第1回は注目の女性詩人をとりあげました。

日本モンゴル文学会のメンバーで詩人本人とも親交のある阿比留さんの訳でご鑑賞ください。

 

 

女性詩人

L.ウルズィートゥグスの詩集から

訳者 阿比留美帆

 

 

《作者プロフィール》

L.ウルズィートゥグス。1972年、ダルハン市生まれ。1996年にモンゴル知識大学を卒業。2004年、モンゴル教育大学で修士号取得。1994年から“アルディン・エルフ”紙の記者、1996年から1999年まで“ウチグドゥル”紙の編集者として働く。2003年作家同盟賞。2002年、詩集『自由であるための芸術或いは新書』で“金の羽”賞を受賞。

その他の詩集に『序章』(1995)、『天上の樹々』(2000)、『孤独のレッスン』(2004)がある。

 

 

 

「緑の壁」

 

こんな緑の日々のこと

かあさんにどうやって伝えればいい?

彼にどうやって知らせたらいい?

 

こんな緑の渦の中からどうやって

いとけない娘に手を差し伸べればいい?

いとなまれていく生活に足を踏み入れればいい?

 

全身に生い茂る蔦草は

みつめる眼さえも覆いつくしてしまった

ひとのくるしみ だれかの涙

視るに耐えないすべてのことから 眼差しは閉ざされた

 

わたしはもう誰のことも探さない

誰もわたしを訪れることはない

皆の中 そのただなかに在ても

覆い隠されたわたしを見出す者はいない

 

色とりどりの瞳もつ人々には

今日、明日、あさってになろうと 決して見えはしない

痛みをもって築いたこの緑の壁を

ただ高く さらに高くしてゆくことだけが 

わたしに残った

 

2003.3.14

2003.10.10

詩集『孤独のレッスン』(2004)より

 

《訳者コメント》

モンゴルの伝統的な世界観で、緑色は「大地、生命力、繁栄」の象徴として、女性のデール(民族衣装)に好んで用いられる色であるとされる。しかしこの作品に描かれている作者独特の色彩イメージの世界を、そうした伝統の型と結び付けて説明することは不要であろう。この作品が収められた詩集『孤独のレッスン』の装丁は、白地のとてもシンプルなものであるが、頁を繰ると、その作品群からは赤や青、黄など独特の感性で描かれた色彩が鮮やかに溢れてくるようである。

 

 

 

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呻吟の末にしたためた私の詩、どうぞお安くしときます

もし、そこのお方! 

お気に召されたのであれば おひとついかが?

かわりにもらったお金でわたし

ほんの一杯ワインなど

うんと気前がよかったら 洒落たドレスでも買いましょう

 

儚い浮き世が お好きなだれかの

お役に立つやもしれません

悲哀をうんと染み込ませた、こんなわたしの数行が・・・

 

果てることなき名声に心奪われてしまったお方々、

さあ 遠慮はいりません

だれの作だろうがお構いなし

すばらしき詩篇にこそ栄えあれ!

 

苦しみもがきつづった詩編

かまうことない 小銭で売ります

貧しいだれかにパンの一切れ

それで買ってあげましょう

思わず哄ってしまうよな 

現代(いま)を生きる詩人たちの

厚顔なお芝居に もしも加わりたいのなら・・・

 

1996

 

詩集『天上の樹々』(2000)より

 

《訳者コメント》

 1990年代初め、モンゴルでのモダニズム運動が興った当時、ウルズィートゥグスはG.バダムサムボー率いる象徴主義的な前衛文学サークルの影響を受けたこともあったが、その後、G.アヨールザナやB.ガルサンスフらと共に《二十世紀》というグループを創る。彼らは「本物の文学とは、大衆の喝采をあびたり、賞や称号を得たりするためのものではない」として、一切の詩歌朗読大会への参加を拒み、一部の“商業化”あるいは“形骸化”した大衆文学の流れを否定した。グループは間もなく離散し長くは続かなかったが、その時掲げた指針は今でも正しいと思っている、とウルズィートゥグスは言う。この作品は、そうした血気盛んな時期に書かれたものである。軽い調子で小粋に詠う彼女一流のアイロニカルなタッチがよく活きている。

 

 

 

「雨の匂いを含んだ葉っぱが本の頁の間から落ちた瞬間にうまれた詩」

 

昨日を憶わせる雨の匂いに

夏はなく

ああ 幾多の喜び、数多の春が

別の世界へと 

私を置きざりにして去っていった

 

冬の窓ごしにみる太陽は

病めるだれかの冷たい呼吸(いき)

今日という紙片のうえに

明日についての詩篇を綴るなど

狂気の沙汰というもの

 

・・・こんなことが いつかもあった

確かに繰り返されていく、それとも夢かしら

過ぎ去りし人生の窓を覗き込めば

昨日より明日が 古ぼけてみえる

 

詩集『天上の樹々』(2000)より

 

《訳者コメント》

 米国の文学雑誌『CIRCUMFERENSE- poetry in translation』の2004年夏秋号で、モンゴル詩の中から英訳が掲載されたのがこの作品である。彼女の作品は、他にもロシア、韓国、ポーランド、ハンガリー語などに翻訳されている。

 

 

 

 「無題」

 

 

静寂と光あふれる碧落の天の下

あなたの腕の中で 息絶えたい

ただあなたの腕の中で わたしは息絶えてしまいたい

無言のまま、遠くをみつめる樹の下・・・

 

わたしたちのそばには人生を呼ぶ雲もなく

それから、そう 

溜息をつく風もない

最期の瞬間(とき) 慟哭の声ひびかす鳥たちの姿もない

ああ、いいね とても静かだね・・・

 

その時 あなたがなにも纏っていなければいい

そうしてそっと微笑んでいるといい

いつだって私を夢中にさせた

その尊大なさまはそのままに・・・

わたしの髪をなでる掌が 震えてなどいなければいい

 

静寂と光あふれる真青な天の下

あなたの腕の中で 息絶えたい

ただあなたの腕の中で わたしは息絶えてしまいたい

無言のまま、遠くをみつめる樹の下

 

遠くをみつめる樹の下、あなたの腕に抱かれて

わたしは生涯を なんの哀しみもなくそこに残して逝こう

その胸にいつまでも響き続ける

たった一言をあなたに訊こう       

《わたしのこと、本当に愛してた?》

 

1999

 

詩集『天上の樹々』(2000)より

 

《訳者コメント》

 ウルズィートゥグスの描く恋愛詩には、どこかストイックな空気が漂っていることが多い。愛情のただなかにいても、自分一人の孤独な場所を常に意識しつづけているかのような印象を受ける。この作品では、甘くなり過ぎない彼女独特のロマンティシズムがよく表わされているように思われる。