【01年 避暑山行 日光光徳】

日光・女峰山
月日:2001年7月28日〜7月30日
参加者:市川陸雄、府川宏、曽我裕之、佐宗謙一

7月28日(土)

小田原==大井松田IC==(首都高・東北道・日光道)==清滝IC==日光光徳(泊)

 7/26よりOB会では飯豊山山行の計画があったが、日程的に参加できなかった曽我・佐宗の2名が、2泊3日の予定で日光の市川さんの元を避暑がてらに表敬訪問した。29日夜からは飯豊山から南下する府川さんも加わることになる。

 28日は小田原20:00発、日光到着午前0時。
 市川さんは既にアルコールが入っており、曽我・佐宗は結局3時まで寝かせてもらえなかった。(2時間は酒盛り&話で、1時間はイビキで...)

7月29日(日)晴れ

日光光徳==停滞(泊)

 本日は好天にもかかわらず、野外活動は一切なし。自称OB会のIT推進委員曽我・佐宗により、今回の訪問目的のひとつである市川さんへのPC講習会が行われた。

 まずは電子メールの説明。最近活発になっているOB会内のメールのやり取りを紹介、特に今回の飯豊・日光山行に参加できなかった土岐さんからの「チキショー!」メールに大笑いする。
 次の暑中見舞い作成&印刷では、プリンターのインク切れが判明、今市市街まで買い出しに行ったため2時間強の講習中断があった。山奥に生活する苦労の一端が垣間見える。

 夜になり、飯豊山から南下してくるはずの府川さんが、予定時刻を大幅に過ぎても現れず、心配する。結局21:30到着。飯豊山の下山で大分苦労した模様。それから慰労の酒盛り&焼き肉パーティを始める。


↑Macと格闘中の市川さん
光徳とメールの通じる日も近い?

7月30日(月)晴れのち曇り

光徳==志津峠(P)--馬立--水場--唐沢小屋--女峰山--帝釈山--富士見峠--志津峠(P)==光徳温泉==光徳==帰宅

 本日は曽我・佐宗両名が女峰山へ出掛ける。飯豊帰り、前日10時間行動+単独長時間運転の府川さんは「温泉でのんびり」とは言っていたものの、最後は女峰に同行することになる。その根性には賞賛の拍手!

 車で出発。志津峠の先は路肩工事のため通行止め、止むなく峠に駐車、馬立まで約1時間の林道歩きを余儀なくされる。志津峠7:10発、馬立8:05着。
 トップの曽我さんはランニングシューズとは言え、驚異のハイペース、その健脚振りには仰天。
9:00唐沢小屋下の水場に到着。長めの一本を取る。

←女峰山を目指し、志津林道を歩く


↑山をナメた?格好の曽我さん(唐沢小屋下の水場で)

これぞ正統な"夏山ルック"の府川さん→

 

 小屋への登り途中に、男体山・大真名子山が見えるも、徐々に山頂のガスが多くなってくる。
 小屋を通過した辺りから登りがきつくなる。
曽我・佐宗ここでギャグを飛ばしあい、疲れをまぎらわす(疲労倍増?)。結果、できた歌は
「女峰山、あまりにスリム(ヤセ尾根)で、キュート(急登)で、登る男はハート(心臓)メロメロ」

 10:05女峰山(2483m)着。先客は2名(結局、山中で会ったのは2組4名の静かな山行だった)。ガスのため、眺望はあまり良くない。
 やや遅れて府川さん到着し、揃って昼食。曽我さんが例によってビデオを回し始め、途端に一同口が重くなる。


↑飯豊帰りの疲労した肉体にムチ打って登る府川さん。「あともう少しで山頂です!」

←女峰山山頂にて(曽我、佐宗)


女峰山の頂上直下を下山中↑

"剣ヶ峰"のヤセ尾根を通過↑

帝釈山にて、太郎山を背景に↑

 10:45発、日光三険のひとつ、剣ヶ峰のやせた稜線を通過し、帝釈山経由、11:40富士見峠へ着。
 ここから延々と林道歩き。曽我・佐宗翌日以降の筋肉痛も省みず、ダッシュ競走を見せ、府川さんを呆れさす。
13:10志津峠着。

 その後、お馴染みのアストリアホテルの温泉で汗を流し、光徳小屋へ帰還する。小屋内で、しばしゴロリと横になるが、肌寒さに目が覚める。下界の暑さがウソのようだ。

 ゆっくりの夕食後、市川さんに秋の再訪を約し、各自帰宅の途についた。
 (記録:佐宗)