【01年春山合宿 内蔵助平】その1

北ア・黒部立山、内蔵助平
月日:2001年4月27日〜5月1日
参加者:高野實之輔、錦織英夫(以上学習院大OB)高橋和哉、高橋卓道、小野悦郎、府川宏、
飯塚精一、曽我裕之、津田富士夫、佐宗謙一、早川健司、本多肇、吉田直樹、三宅理将

「平成13年度春山合宿報告書」  (記録・報告:会長 小野悦郎)

 ここ数年、春山合宿は東北方面の山に行っていましたが、今年は学習院山岳部OBの高野、錦織両氏をまじえて立山、剣(内蔵之助平べース)にしました。飯塚が久しぶりに、新人3名(本多、吉田、三宅)も参加して、賑やかな合宿となった。
 ご存じのように春山は、天候、雪の状態で大きく行動が左右される。晴れている時と天候が崩れている時では一瞬のうちに夏と冬の状態になる。また、雪の多いときと少ないときでは歩き方や行動時間に違いがでる。一般的に雪の多いときのほうが歩きやすく目的地に早く着けますが、少ない時は雪のあるところを辿りながら歩くので時間と労力がかかります。
 今回、立山、剣を計画しましたが、日本アルプスでも一級の山であるわけで、過去の経験があるとはいえ前述した天候、雪の状態、参加者の体調等を考慮し、それらを踏まえた上で状況判断し行動することとした。

◆4月28日(土)午前6時扇沢駐車場に集合、7時30分始発トロリーに乗車した。
 高野、錦織氏(学習院山岳部OB)高橋和、小野、府川、飯塚、早川、本多、三宅の9名

 本多、三宅は内蔵之助は初めてのところ、特に三宅は19歳最年少参加者である。今年は雪が多く黒4ダムの下から出会いまではじめは左岸、途中から右岸を苦労することなく(雪の割れ目を避ける等)歩き1ピッチで出合に到着した。錦織氏は持参した釣り竿で試し釣りをする。出会いの小休止から高橋トップで歩き出した直後に大きな岩に出会う。それを乗越し、上部の雪のついた斜面に上がるところで高橋より左の斜面を巻くように指示があった。下から見ると真っ直ぐ岩を登りたくなるところである。下で見るより斜面が急で岩がすべるのである。高橋、早川は岩を何とか乗り越したが、次のものから左のプッシュ帯の斜面を高巻くことにした。ここが、翌日入山する佐宗、吉田が同じコースを辿り事故を起こす場所となる。丸山東壁を眺めながらほぼ谷の中央を真っ直ぐ登る。ベース手前の滝部分は雪で全体が覆われていたが急な斜面を慎重に登り11時30分ベースに到着する。テントの設営を終え、高橋、小野、府川、飯塚、三宅は丸山へ登る。途中、急な斜面で三宅を安全確保して残し(府川同行)項上へ行く。項上の見晴らしは絶景である。南は黒部源流方面、正面は爺、後立から白馬、北はハシゴ谷乗越の後方に剣がある。三宅には後少しのところで残念である。飯塚は持参した無線機を、高橋は携帯電話を試したが無線機の方は応答が無く、携帯電話は圏外表示で使用できない状態であった。ゆであずきを雪にまぶしおいしくいただく。府川、三宅“ゴメンなさい。”ゆであずきを残すの忘れました。その後沢筋を2つほど隔てた伏見君の遭難場所(雪が多く滝は確認できず。)へ下りビールを供え黙祷する。                      


↑久しぶりに「心の故郷・内蔵助平」に帰郷

劔登山隊の精鋭の面々(小野、本多、高橋、撮影は錦織氏)→

 4月29日(日)午前3時起床。4時30分高橋、高野、錦織、小野、本多のパーティが剣へ、府川、飯塚、早川、三宅のパーティが立山へ向け出発した。天気は下り坂とのことだが、午前中は晴天に恵まれる。

剣隊コース:ベース〜ハシゴ谷乗越〜剣沢〜長次郎谷〜剣岳11:30〜剣沢〜ハシゴ谷乗越〜ベース16:00
 雪が多く、剣沢、長次郎谷は歩きやすく最短路を登って行く。長次郎谷を詰め稜線に出ると本峰への登りは完全な雪壁となっており、急な斜面にピッケルを打ち込み、アイゼンを着けた靴を深く蹴りこみながら上がって行く。11:30分項上到着。狭い場所に長いせず、景色を堪能し軽い食事を済ませ帰路につく。長次郎谷稜線までの下りはザイルを出し一人一人ジッヘルし降りることとする。途中つがいの雷鳥が雪の急斜面をときどきすべりながら近くを通り過ぎて行った。長次郎の下りは雪が緩み膝の上まで潜ってしまうほどで、斜面がゆるくなるほど歩きにくい状態だった。なんとか剣沢に出て、ホットしたがハシゴ谷の乗越しへの登りが控えており先が思いやられ、長い行程を感じるときだった。

立山隊コース:べース4:30〜内蔵之助カール〜別山乗越し〜立山・雄山11:30〜べース13:00着 
 早川スキーで別山乗越しからべースまで滑り降りる。


長次郎谷を登る(背景は立山)

(背景は黒部別山、丸山と赤沢岳)
←剣岳山頂(2998m)にて

(以上の写真は、錦織英夫氏撮影)

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